失われた輝き
ヴィクトルというキャラの回想。進展は無いです。
彼女と出会った日は今も覚えている。
王太子アレクサンドルの16歳の誕生日。もう、15年前の事で、ヴィクトルは彼女と同年で9歳だった。
幼い2人の出会いは、当然ながら両親の紹介だった。
王国の最強の騎士、ヴァルター・ライヒシュタインの両腕。そう称される2人の騎士。
乗馬の腕はヴァルター以上と称されるステファン・パドゥレアス
王国一の知将と称されるアドリアン・ザフィール
2人は親友でもあった。ステファンが、別動隊を率いたり、ヴァルターの代役を務める分身とも言える立場で、それに対し、アドリアンはヴァルターに助言を与える参謀が主な役目である。
ヴィクトルは、父のステファンに似た気質を持っていた。荒々しい性格で、剣を振るうのが性に合っている。
だが、アドリアンを知ってからは、彼のような騎士になりたいと考えるようになった。
アドリアンは荒々しさの無い容姿と性格で、友人であるステファンの屋敷を訪れた際にも、ステファンの息子のヴィクトルに紳士的に接してくれた。
アドリアンに自分と同じ年齢の娘がいると聞いていた。魔力が少なく、騎士には成れそうにないという話だった。
このままでは、ザフィール家はお仕舞だから、娘を嫁に貰って子供をたくさん作ってくれ。その子供を養子にしたいと笑いながら頼んでいた。
「お初にお目にかかります。アドリアン・ザフィールの娘でアナスタシアと申します。お見知りおきを」
その時の胸の高鳴りは、初めて経験するものだった。
愛くるしい笑顔に、知的な眼差し。その全てが輝いて見えた。
緊張して、上手く挨拶できたかは覚えていない。ただ、アドリアンのように自分を何時ものように俺でなく私と言い、必死に上品に振舞おうと努力した。
そして、その日は彼女とずっと一緒だった。いろんな話をした。
「君は王太子殿下に挨拶をしなくても良いのか?」
「大丈夫ですよ。私みたいな子供はお呼びではありません」
王太子の元へと、多くの子女が挨拶をしている。父から男子は無理に挨拶する事はないと聞かされていた。
最初は、その意味が分からなかったが、アナスタシアに教えられた。王太子に妻を取らせようという動きだったのだ。
だが、アナスタシアの年齢では、選ばれるわけが無いから、無理に挨拶しなくても良いという。
「それに、私の事はヴィクトル様が貰ってくれるのですよね?」
その日は、返事をする事が出来なかった。鼓動が激しくなり、顔を真っ赤にして黙り込んだ。
だが、それがヴィクトルにとっての始まりだった。
彼女の夫として相応しい男になれるよう、これまで以上に鍛錬に励み、3年後には騎士になった。
周囲からも、流石はステファン・パドゥデアスの息子と期待された。
そして、15歳で近衛騎士に任命された。その頃には、ステファンとアドリアンの長所を兼ね備えた若き騎士と呼ばれるようになっていた。
近衛騎士として仕えたアレクサンドル王太子は、君主として申し分が無い人物だった。
公正にして勇敢。潔癖ともいえる生真面目な性格。
だが、その生真面目さが悲劇を呼んだ。それは周囲には知られない悲劇。単にヴィクトルにとっての悲劇。
王太子アレクサンドルは、その生真面目さから、魔族を討ち果たすまでは妻を娶らないと決意していた。
そんな決意をせず、あの日、后となる者を選んでいたら。
あの日でなくても、ヴィクトルが騎士になった頃、又は近衛騎士に任命された頃であれば。
ヴィクトルにとっての悲劇は訪れなかっただろう。
ヴィクトルもまた、主であるアレクサンドルに義理立てして、彼女に結婚を申し込むことが出来なかった。
はっきりとでは無いが、彼女に思いは伝えていた。彼女も冗談交じりに、何時になったら貰ってくれるのだと揶揄ってくる。
そして、ヴィクトルが19歳の時、大きく運命が動いた。
遂に、魔族に直接侵攻を受けたのだ。
これまでも、王太子自らが援軍として魔族と戦っていた。ヴィクトルも当然ながら従軍している。撃退に貢献したのも1度や2度では無い。
だが、本当に苦戦する戦いでは、これまでは撤退が出来たが、自国の領土ともなれば、そう簡単に引く訳にはいかない。
特に、アレクサンドル自身、その思いが強かった。
撤退の判断を誤った。領民を守りたいがため、無理に耐えた結果、多くの戦死者を出し、壊滅的打撃を受けた。
その中には、ヴァルター・ライヒシュタイン元帥と父の名があった。
父を失ったが、王太子を恨む気持ちは無かった。
騎士とは領民を守る存在だ。撤退を拒絶し続けたアレクサンドルの気持ちは理解できる。
また、気持ちの変化があったことも理解できる。
これまでも廷臣に妻を娶るよう勧められてきたが、魔族を討ち果たすまではと、拒絶してきた。
それでも、あんな経験をしたのだ。魔族を討ち果たす困難さは、嫌でも分かる。血を絶やさぬため妻を娶ると決めたのは間違っていない。
それでも……
「アナスタシアが殿下の妃となることが決定した……すまない」
新しい元帥に任命されたアドリアン・ザフィールから伝えられた。
あの日、幼すぎて妃に選ばれるわけがないと言っていた少女は、19歳になっていた。
新しい元帥となったアドリアンの娘が王太子の妃となる。新生ロムニア軍の出発に相応しいという廷臣の考えも理解できる。
それでも……
アナスタシアは聡明だった。自分に与えられた役割を理解し、それに全力を尽くす。
日頃から騎士になれない自分の身を嘆いていた。自分に出来ることを探していた。例え、自らがどうなろうと構わない、貴族として産まれた以上は、国のために生きるべきだと考えていた。
聡明な王太子妃の誕生。控えめながらも有益な意見を出し、周囲に軋轢を起こさないよう調整する。
廷臣も武人も彼女を頼りにするようになった。
そんな女性だからこそ惹かれたのだ。今の彼女は正にヴィクトルが愛した彼女の姿だ。そう頭では理解できるが、心が拒絶した。
翌年には子供が産まれた。女児だが、王家の地を引く娘の誕生に国が沸いた。
国中が喜ぶ中、ヴィクトルだけは悶えた。
王女の誕生は、愛しい彼女が、別の男に抱かれた証だった。
騎士として、王女の誕生を喜ぶべきだと頭では分かるが、心が拒絶するのだ。
彼女を忘れようと、別の女を抱いた。初めての経験だったが、精を放つときはアナスタシアの顔を思い浮かべた。その後も寄って来る女を抱いた。だが、最後に思い浮かぶのは何時も彼女だった。
今の世界を心が拒絶しているのだ。それなら、どうするか?
考えてみれば簡単な事だ。今の世界を壊すことは出来ないなら、心を殺すしかない。
どうやって殺す?
諦める事だ。全ての事が、どうでも良いと思えば、心は死ぬ。
そもそも、何故、彼女が王太子妃になったか?
アレクサンドルが魔族を討ち果たすことを諦めたからだ。
アレクサンドルだけではない。廷臣やアドリアンも諦めたから、次代を残そうという考えを強くしたのだ。
それなら自分が諦めてもいいではないか。
そもそも、あの“化け物”を見れば、勝てるなんて夢を抱く方が間違っていると分かる。騎竜で駆け、人間を麦を刈るように切り伏せていく姿を見れば、人類が勝てると思う方が間違いなのだ。
諦めよう。何もかも
軍の編成に伴い、近衛騎士から大隊長に任命された。近衛だと妃になったアナスタシアと会う機会が多いので、移動は幸いだった。
アドリアンの気遣いだったのかも知れない。
それから、少しずつだが王国は浸食されている。
領土は大きく失ってはいないが、戦死者が多い。
家名を残したいと抱かれたがる女が増えた。無駄なことだと思いながらも抱いた。相変わらず最後に浮かぶのは彼女の顔だ。
アナスタシアが第2王女を生んだ時は、それほど心は痛まなかった。
だが、完全ではない。もっと心を殺したかった。
そして、これまでは何とか耐えていたが、5年前と同じく、あの化け物が再び現れたのだ。
あの化け物は、ずっと、西の戦線に張り付いていたが、5年ぶりに東の戦線に出て来た。
何故かと全員が動揺したが、生存者で化け物の言葉を聞いた者がいた。
「アイツに匹敵する戦上手と聞いていたが、この程度か……つまらん。奴の足元にも届かんな」
アイツとはグロースの王太子、アルスフォルトの事だろう。
あの化け物……ヘルヴィスがアルスフォルトに苦渋を飲まされたとは聞いていた。
ヘルヴィスが、誰をアルスフォルトに匹敵すると聞いたのかは分からない。
アレクサンドル王太子か、それとも、実際に指揮を執っているアドリアン元帥か。
どちらにしても、ヘルヴィスにとっては不満に思う程、ロムニア軍は弱かったのだ。
そんなヘルヴィスの前に、弱軍たるロムニアは大敗した。
アドリアンも戦死。そして、アレクサンドルも。
アレクサンドルは死んだ。彼女は夫を失ったのだ。許されない感情だが、希望が見えたと思った。
だが、例え寡婦となっても、彼女と結ばれる未来は訪れなかった。
仮にも王太子の妃が、再婚などありえない。
彼女は気高いままに、亡き夫の遺志を継ぎ、王国を支え始めた。
そんな彼女だから愛しいと思うのだ。逆に、彼女が夫を失った寂しさを理由に、自分を誘ってくれたら、この想いが冷めることも出来たかもしれない。
毅然と生きる彼女を見ながら、もう終わったのだと改めて事実を突きつけられた。
同時に、あの時死ななかった事を後悔した。死んでいれば楽になれたのに。
そして、大敗した後の軍を再建する中、新たな任務を授けられた。
召喚される勇者が女性だった場合は、それに従えというものだった。
各国で勇者が召喚される中、その意味不明な行動に追従しようというものらしい。
どうでも良かった。
例え勇者でも、あの化け物に勝てるわけがない。
好きにさせれば良いのだ。自分は出来る範囲でお守りをするだけだ。
そして、現れた勇者は男だった。これで、お守りの任務からは外される。
ただ、その勇者を見た時、妙な懐かしさを感じた。
何処が懐かしいか最初は分からなかったが、暫くして思い出した。かつて、父やヴァルターが、廷臣と同じような、似合っていない宮服を着ている時に感じたものだった。
何故、そんな気がしたか少し考えたが止めた。どうでも良い事だ。
礼儀正しかろうが、異常なまでに鍛えられている事も、どうでも良い事だった。
もう勇者と関わることは無いだろう。
そう思っていた。勇者はエリーザ等を連れて、魔物狩りでも始める。自分には関係ない事だ。
しかし、バルトールから呼び出しを受け意外な任務を言い渡された。
勇者が率いる部隊の副長に任命された。
その任務にも重要性を見いだせなかった。
バルトーク曰く、面白みのない選び方で、隊員となる騎士を集め、言われるままに意味の分からない訓練に従った。
過酷な訓練ではあった。ひたすらに単調な行動の繰り返し、終わりの見えない訓練は、体力以上に心を磨り減らした。
その訓練の意味が分かったのは、突然の模擬戦を言い渡されたからだ。無様な完敗で悟った。今までの訓練の意味を。同時に自分がエリーザ以下と見なされた事も。
そして、何故か全員で勇者と戦う事になった。
信じられない事が起きていた。50名以上の騎士が一斉にかかりながらも、勇者に勝てない。
いや、かかると言うのは語弊があるだろう。突撃を止めようとしているだけなのだ。
その姿に、あの怪物の姿が重なった。死の化身。挑めば死ぬ。いや、死ねる。
オイゲンの死が目に浮かぶ。
彼の死を悼む以上に、羨ましいと思ってしまった。彼はこれ以上、苦しまなくていいのだ。
気付いたら、無理な攻撃をしかけていた。
あの時の後悔。あの怪物に挑んで死ねたら、その後の無様な期待や苦悩は無かったのだ。
だから、今それをやる。出来るのだ。怪物に挑んで死のう。




