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根之堅洲戦記  作者: 征止長
戦闘狂が率いる部隊
23/112

理不尽に立ち向かえ

トウルグ・レッシュは、模擬刀を手放した後、情けなさに耐えながら模擬戦の続きを見つめ続けた。

普段の模擬戦であれば、討たれた者は邪魔になるからと、避難するのだが、エリーザの部隊の動きが激しくて、下手に動けば妨害になりかねない。


「避けた方が良いでんしょうが、何処へ行けばいいか分かんないッスね」


自分と同じように初撃で討たれたヤニス・クレトが所在なさげに話しかけてきた。

田舎から出て来た15歳と若い少年騎士は、言葉に訛りが強く、貴族らしくないが、才能は自分よりあるだろう。

いや、自分より才能がない者など、そうは居ないと思っているが、ヤニスは油断しやすい性格を矯正すれば、隊でも上位に位置する筈だ。


「落ち着かないだろうが、エリーザ副長の動きが落ち着くまで耐えよう。だが、こちらに来る気配を感じたら、全力で逃げるぞ。軍馬にも油断はさせないように」


「了解ッス」


5人の小隊の隊長だった自分の指示に素直に従う。それが嬉しくもあり苦痛だった。

油断はしていなかった。そもそも油断が許される実力が自分にないことは良くわかっている。

騎士になったのは15歳。3年前だ。見習いの中に自分より年上は当然ながら居ない。


名門の出ではないので、期待からくる周囲の風当たりは強くは無かったが、全く期待されていないというのは、それはそれで辛いものだ。

それでも、自分に出来ることをやろう。そう思って生きてきた。そんな自分だからこそ、半年前の絶望的な敗北の目にあっても崩れることなく、淡々と任務に励んできたと思っている。


だから、勇者の部隊に選ばれたと聞いても、大きく期待することも無かったし、集められた顔ぶれを見て落胆することも無かった。

どのような境遇であろうと、目の前の任務に全力を尽くす。そうれだけを考えてきたつもりだった。


本来、レッシュ家が仕える家系は、5年前の戦争で頭首を失い、後継は幼い少女であった。

周囲は暗い空気に陥ったが、後継となる明るく人好きがする少女は、初めて会った時も親しく笑いかけてきて、この方を支えると思うと悪い気はしなかった。

同じ隊に、ルウルと言う少女がいた。自分と同じ主に仕える家名で、しかも未来の主と訓練所で一緒だったそうだ。

彼女も未来の主を気に入っており、力が及ばなくても一緒に支えようという話もした。


だが、現実はどうだ。情けないにも程がある。目の前の任務に全力を尽くすと考えながら、この様である。

この模擬戦の編成。実力がある者と、無い方で分けられたと考えてしまった。

そして、自分は実力がある方に選ばれたと思ってしまった。

だが、違う。選定基準は騎士としての実力ではない。勇者が課した訓練に真剣に取り組んできた者と、そうでない方に分けられたのだ。そして、自分は真剣に取り組んでいないと判断された。

その判断は間違っていない。何事にも真剣に取り組む。そう思っていながら、勇者の訓練内容に意義を見出せず、真剣さが欠けていた。


まだ、未熟な騎士で編成される小隊を、どうまとめるか。そんな事を考えていた。

愚かだ。何様のつもりだと罵りたくなる。

未熟な騎士とは自分自身のことだろう。足元さえ見ていなかったのだ。


「でも、こうして見てると、あの訓練の意味が分かるッスね。早く討たれて正解だったかも」


「そうだな。おそらく事前に説明されても半信半疑だっただろうが、目の前で見せられるとな」


ヤニスの前向きな発言に同意する。個人の剣技では上位に当たる者が、下の者たちに為す術もなく討たれていく。

時々、腕の立つ騎士を相手に、一斉にかかる訓練があるが、地に足を付けた状態で行っても、攻撃を終えた後の者が邪魔になるので、実際は人が変わるだけの連続攻撃にしかならない。

また、騎馬でその攻撃を行っても、次の攻撃の間があれば、やはり同じだ。

だからこその、あの密集状態での移動訓練。結果として連撃にしかならないならば、その密度を上げる。

言われてみれば単純だが、その効果は非常に高い。


「でも、縦に縮めるのは理解できたけど、訓練じゃあ、横の距離も密着させてましたよね。あれは意味が無いんじゃあ?」


「現状では訓練不足だからだろう。まあ、そこまでは不要と言うのもあるだろうがな。

 武器の間合いを考えてみろ。それと、前の馬の尻と後ろの馬の頭を付くくらい縮めても、乗ってる騎士と騎士の間は隙間がある」


「……ああ、端は間合いが短い太刀で、内側に薙刀を持つ騎士が半馬身ずれて密着すれば、さらに密度が上がるッス」


「ざっと倍の攻撃が来るな」


「冗談じゃ無いっスね」


「だが、問題は……」


「あの人は、全く……」


この戦法の重大な欠陥を言おうとした時、訓練中の騎士、オイゲンが討たれたにも関わらず、負けを認めず、攻撃をしようとした。

これには、ヤニスも軽蔑の色を隠しきれない声を上げる。

だが、自分を討った相手に攻撃しようと、後ろを振り向くような姿勢を取ったため、後続の騎士による攻撃を無防備な背中に受けてしまい、落馬していく姿が良く見えた。


「あの落ち方は拙く無いっスか?」


「ああ、駄目だろうな。色んな意味で騎士としてあるまじき行為だ。良く見ておくといい」


激しい訓練で、未熟な騎士が落馬することは珍しい事ではない。

だが、そのような場合でも受け身は取れる訓練をしているので、死亡するような事は(まれ)だった。

逆に言えば、無防備な背中に攻撃を受けて、更に落馬して受け身も取れないような未熟者が、騎士に選ばれることは本来は有り得ないのだ。

そういった意味でも、オイゲンは剣の腕は立つが、騎士として失格だったと思える。


「冷たい言い方だと思うか?」


「いいえ。あれはやっちゃあダメだって事くらい、俺だって分かるッス……あっ、終わりっスね」


ヴィクトルが訓練中止の声を上げて、エリーザの隊の動きが停止した。

既にオイゲンの落馬に気付いているようで、全員が集まる。


「私たちも行こうか」


「了解ッス」


手放した模擬刀を拾い、集まっている部隊の元へ向かう。

空気は重く、やはりオイゲンは死んだのだと、分かってしまう。

好きな男では無かった。同じ年齢で、見習では共に過ごした時期もある。

だが、先に騎士になったオイゲンは、5年前の戦争も経験しており、15歳で見習を卒業したトウルグを見下す態度を隠さなかった。

それでも、死んだことを喜ぶ気にはなれない。少なくとも、ロムニアという国にとっては自分より有用な人間だっただろう。


「ダニエラみたいッス」


小声でヤニスが告げてくる。オイゲンを落馬させた騎士は、ヤニスと同様で15歳だが、今年の最初から騎士として任務に就いたヤニスと異なり、半年前の大敗の影響で急遽騎士になった少女だ。

恐らく、魔族を討ったことなど無いだろう。それが先に人を殺した。その動揺からか顔が酷く青ざめている。

同じ訓練をしてきたのだ。顔は覚えている。あまり才能があるとは思えない少女だった。


「アイツ、優しすぎるって言うか……」


ヤニスも、死んだオイゲンを良く思っていなかったのかもしれない。去年まで見習いとして共に過ごしていたのだろうダニエラを気遣う口調だった。


「落ち着いたら話しかけてやれ。他愛のない話が良い」


「そうします」


今は声をかけない方が良い。幸か不幸か、オイゲンと特別に親しい者はいないし、名門の出身でもないので家に圧力がかかることは無いだろうが、下手に庇うと彼女の立場が余計に悪くなるかもしれない。

それに、今はそんな状況ではない。こちらにタケルが近づいているのが見えていた。

ダニエラも気付いたのか、声が届く距離になると、泣きそうな声で状況を伝える。


「も、申し訳ありません! 私の攻撃でオイゲン殿が落馬しました。それで……」


死んだ。その言葉は出ないようだ。

タケルは、どう見ているのだろう。オイゲンを有望な騎士と見なしていたら、才能の無いダニエラは強い叱責を受けるかもしれない。

近付いてくる姿は、明らかに不機嫌な表情をしている。


「そんなことは、どうでも良い。死にたい奴が勝手に死んだだけだろ。下らんことは忘れろ」


予想外すぎる言葉を放ち、本当にどうでも良いと言う態度で、ダニエラとオイゲンの死体を見た後、エリーザの前に立った。

そして、更に予想外の事を言い始める。


「何故、攻撃を止めたエリーザ。お前は、戦っている最中に、魔族が不利になったから中止と言えば、攻撃を止めるのか?」


「い、いいえ! 止めません!」


「俺が出した命令は覚えているな。死なない事が最優先で、実戦のつもりでやれだ。忘れたか?」


「わ、忘れていません」


「じゃあ、敵の言うことなど無視して攻撃を続けるべきじゃないのか? まだ立っている敵がゴロゴロいるぞ」


「は、はい」


「それなのに、お前が攻撃を止めたのが何故か分かるか?」


「そ、それは……」


「自分で自分の考えが分からない。そんな事はよくある事だ。だから今回は教えてやる。

 いいか。お前には無駄があった。これは訓練だと言う無駄な考えだ。実戦のつもりが足りなかったんだ。

 お前は、いや、お前だけではないが、敵に対する憎しみが足りない。訓練相手ではない、魔族と思って憎しみながらやれ。そうすれば、相手が何を言おうが無視するはずだ。

 そして、怒りや憎しみに囚われるな。相手を殺したいと思いながらも、それ以上に死なない事を優先しろ。

 それを無視して、死なないこと以上に、怒りによる攻撃を優先させた阿呆があれだ」


死んだオイゲンを指差す。無茶苦茶な事を言っている。そう思ったが、同時に正しいとも思ってしまった。

魔族と対峙した時に最初に感じたのは恐怖だった。それを克服するため怒りの感情で恐怖を塗りつぶして戦う。つまりは感情に振り回されるのだ。

実戦では感情を制御しなくてはならない。だから、訓練でも感情を抑えるように振舞っているが本当は逆では無いのか。憎しみから、攻撃したいと心から思い、その上で死なないようにする。

言葉にすれば、感情の制御として、一番正しい行動のような気がする。


「お待ちください。訓練の中断を申し入れたのは私です。罰なら私が受けます」


ヴィクトルがエリーザを庇う様に、前に立つ。

確かに訓練の中断を言ったヴィクトルの方が罪が重いだろう。それに同じ副長と言っても、ヴィクトルの方がエリーザより格上になるので、ヴィクトルの言をエリーザとしては無視しにくい。


「出しゃばるな。お前には説教をする価値もない」


言った瞬間、ヴィクトルが崩れ落ちていた。何をしたか見えないが、攻撃をしたような気がする。

そして、ヴィクトルを無視して、エリーザに説教を再開。その言葉は、エリーザだけでなく、聞いている自分達にも心当たりがある行動への非難だった。


訓練の意義を悩む前に、その訓練に意義を見つけろ。理不尽に耐えろ。目の前には魔族の侵略と言う、特大の理不尽が迫っているのだ。それに耐えるのが軍人の仕事だという。

思い通りにならなくて当たり前。だが、それに耐える強さを身に付けろ。恐らく軍人だけではない。誰もが持たなくてはいけない強さ。

一言で言い表せば、お前たちは甘すぎる。


「さて、説教はこの辺にして、お前たちに真剣みが足りなかった訓練の理由だが、分かったか?

 おっと、最初から説明していれば、真剣にやってたなんて甘えた発言は禁止だ」


そう言って、周囲を見渡す。やがて、その視線が自分に固定されるのを感じた。


「トウルグ、お前は最初にやられたが、その後は真剣に訓練を見ていたな。隣にいるヤニスと話していたみたいだが、まさか、関係ない話をしてたとか言わんよな?」


「何故、私たちの名前を?」


「ここに居る者は覚えたぞ。トゥルグ・レッシュとヤニス・クレト。当然だろ? それより質問の答えは?」


名前を憶えられている事に驚いたが、これ以上、恥を晒す気は無い。落ち着いて質問に答える。


「私は3人目に討たれました。連続攻撃の3人目ですが、実際は3人が同時にかかってきたように感じました。

 今なら、あの訓練の意味が分かります。軍馬を密集させることで、連続攻撃の時間を縮めるためだと」


「正解だ。トゥルグ・レッシュ。ついでに、もう1つ質問だ。魔族なら耐えられるか?」


それはオイゲンが落馬する前に考えた事にも繋がる。この戦法の欠陥。


「はい。魔族と言えども、この攻撃に耐えるのは厳しいと思います。ただ、魔族が我々のように分散するとも思えません。

 奴らとの戦闘では基本的に、陣形を組んで固まっている魔族を分散させ、単体を包囲しての攻撃です。

 ですから、如何に分散させるかが、肝要です。

 言い訳に聞こえるかもしれませんが、我々はその分散させる工程のため、自身も分散するのが基本です」


そう。攻撃事態は良い。だが、密集している魔族の軍勢に立ち向かうには難しいものがあるだろう。


「予想以上に見ているな。大したものだ。だが、安心しろ分散は俺がさせる。

 この隊の先頭は俺だ。俺が先頭で奴らの隊列に突っ込み、後方のお前らが仕留めていく。最悪、仕留めなくても良い。隊列を崩せば、本体が攻撃をしやすくなる。それが、この隊の役目だ」


その発言に正気を疑った。魔族の軍勢に突撃する。そんな事をしたら潰されるだけだ。


「……と、口で言っても信じにくいだろうな。これから、俺が突撃する。お前等は全力で止めてみろ。

 迎撃の陣形で良いぞ。おい、お前が指揮をしろ」


先程倒されたヴィクトルに、そう命令する。

動揺も冷めぬまま、迎撃の陣形を組み終えると、ゆっくりと隊長が離れていく。


「じゃあ、俺が攻撃するから、お前らは好きにしろ。命令は先程と変らん。

 殺す気でやれ。そして、絶対に死ぬな」


そう言うと、模擬刀を二本構えて、一気に突っ込んでくる。

これまでも、移動訓練中に突っ込んでくる事はあったが、あれは、こちらが移動で差が広がらないようにするのに意識が行っていたからだ。

動かないで迎撃の陣形を組んだ今なら……


「ウソだろ」


その呟きが誰のものなのか、確認を取ることは出来ない。

そんな余裕を奪う暴風の化身のような存在が突っ込んできた。

こちらの攻撃は全て弾かれ、一方的に攻撃をされながら突き抜けられた。


「続けるぞ。俺の気が済むまでやる。死ぬなよ」


それを何度も繰り返す。50騎を超える騎士が、たった一人に蹂躙されていく。既に心は折れていた。

アレに勝てる訳がない。アレを止められる訳がない。そうだ。この感じは前に味わった。

あの怪物を見た時と同じだ。身体が震えだし、この場から逃げ出したくなる。


「ヴィクトル副長!」


誰かの大声。慌てて止めるような響き。

目に映ったのは、ヴィクトルが、無理に攻撃をしようとする姿。

それは、まるで炎に誘われ、飛び込む虫のように見えた。



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