弱兵の集結
「随分と無茶を考えるの」
俺の訓練計画にクソジジィが呆れたように呟く。
だが、譲る気は無いし、ちゃんとした理由もある。
「俺が考えている部隊の姿は、前も話した通りだ。だから、隊員には一体感を持たせる。
で、その方法が全員で過酷な経験をしましょう。って訳だ」
新入社員の研修や自衛隊の訓練で、よくある方法を使わせてもらう。
つまり、外界との関係を絶たせて行動を一緒にする仲間としか、関係を持たせない。そこで狭い世界での一体感を得る。
まあ、あれだ。クリアした暁には対立していた仲間が抱き合って喜ぶような、素敵で過酷なイベントを与えると言う、ありふれた手法である。
「まあ、仮にも戦争中の軍隊なんだ。訓練中に死んでも不思議はないだろう。
それともアレか、まさか、訓練中の事故なんて1度も発生してないとか言わないよな?」
昔の日本軍では訓練中の死は珍しくなかった。
そして、この世界は、それ以上に古い世界だ。当然のように訓練での死者は出る。
「まあ、良かろう。既に説明したように、隊員は戦争経験も少ない若造ばかりじゃからな。
何人か死なせてみせた方が、気合も入るじゃろう」
「俺に至っては、初陣前の童貞だがな」
「……そう言えば、そうじゃったな。忘れておったわ。既に10人以上殺してると言っても疑わんぞ。
まあ良い。だが、こういうのは死ぬ奴は死ぬだろう。そして、死ぬ奴は訓練で死んだ方が良い。実戦では味方を巻き込んで死ぬ恐れがある。最初の内は酷かった」
ジジィが思い出話を始める。要するに訓練で死ぬような行動は、大抵が頭に血を昇らせ、勝手な行動を取るとか、逆に恐怖に体を竦ませるタイプ。
何方にしろ実戦では致命的な行動だ。だが……
「何だ? 俺に気を使ってるのか?」
俺が、これから持つ部下を死なせる事に気を病まないよう、気を使っているように聞こえる。
だとしたら余計なお世話だ。
「俺は、最善だと思ったから、これをやる。その結果、誰が死のうが気にはしない。
だがな、人を死なせるのが悪いことだって自覚くらいある。結果死んでしまった奴がいて、そいつの親しい人間に恨まれるのは当然だろ」
人殺しは悪だ。絶対に許されない事である。そこに、御大層な名目を掲げて自己正当化をするのは、悪党以下のクズだ。
俺は悪党で良い。恨まれるのも悪党の義務。恨みやすくするのも悪党の作法って奴だ。
「そこから逃げ出すようなクズにまで落ちぶれる気はない」
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新たな配属先を言い渡された時、耳を疑った。
勇者の直属の部隊だという。勇者が部隊を率いるというのも意外だったが、それに自分が選ばれるとは思えなかった。
ナディア・キケロは名門の出と言うわけでもなければ、特別に才があるわけでもない。むしろ平凡だった。
だからこそ、今年15歳になったが、見習いから昇格できずにいた。それが年内に騎士になれたのは、先の戦争で戦死者が多かったため、急遽15歳以上は見習いを卒業させたためである。
才のある者だったら、12、13歳で見習を卒業する。現にそれくらいの年齢で、自分と対等に戦える子を何人か知っていた。
先の戦いで戦死したライヒシュタインの神童は別格としても彼の従妹であるイオネラは、12歳だが自分より強い。他にも彼女ほどではなくても強い子はいる。
そんな自分が、勇者の部隊に配属された。見習いで訓練している妹は喜んでくれたが、本当に誇っていいのか分からなかった。
妹のラリサは、勇者を見たことがあるらしい。ナディアは、7日前に勇者が召喚された事は聞いていたが、召喚の儀式は勿論、王の謁見にも呼ばれる立場では無いので、人から聞いたことしか知らない。
その情報は殆どが、これまで召喚された他国の勇者の話で、自国の勇者を直接見たはずの、謁見の場に居た上官たちは口が重かったので、やはり期待外れが来たのだろうと思っていた。
だが、直に見たという妹は、絶対に強いに決まっている。と、興奮気味に話していた。
それにしても、鉾の突きで縛り付けられている鎧を吹き飛ばしたとか、弓を引き千切ったとか、有り得ないウソを吐くのは止めてほしい。
そんな葛藤を抱えながら、その日、北門で勇者の部隊として集結した顔ぶれを見渡して、妙に納得した。
まだ若い、未熟な騎士が多かった。その多くが同期。つまり、急ごしらえで騎士になった者だった。
要するに、勇者も、自分たちも使えないと判断されたのだ。
気付いたのは自分だけでは無いようだ。ガッカリする者や、露骨に不満を口にする者も居た。
そんな息苦しい思いで待機していると、輜重隊を引き連れた騎士が現れた。
その中に、熟練の騎士で、口煩さと厳しさで恐れられているバルトーク・ヴァイアが居た。
5年前に戦死したヴァルター元帥の娘であるエリーザ・ライヒシュタインが居た。
同じく、ヴァルターの片腕と称されたステファン将軍の息子のヴィクトル・パドゥレアスが居た。
彼らが居るのなら、単なるお飾り部隊では無いと分かる。
だが、それに気づいたのは後になってから。飾りじゃないと気づいたのが、ではない。
その存在に気付かなかったのだ。
彼らを従えるように立つ大男の存在。1か月前に初陣を果たしたが、その時に初めて見た魔族の衝撃を上回る。
自分の様な未熟な騎士でも、戦う者の端くれ。相手の強さを計る技術は多少なりとも持っているので、その強さが分かってしまう。
1体の魔族を討つには3人の騎士が必要だ。だからこそ、基本隊形として5騎1組が形成される。
しかし、あの大男は、1人で十分に魔族を討てる。そう確信できた。
その姿に圧倒されていると、大男は自己紹介と、笑いながら、とんでもない事を言った。
「ああ、この部隊を指揮する菊池武尊だ。一応は勇者って奴だな。よろしく。
それで、これから訓練を始めるが、食い物は兵糧が送られてくるから安心しろ。それと、これから野営は寒いだろうからと、毛皮の毛布を用意してくれた。優しい元帥に感謝しながら、毛布を受け取れ。
取りあえず、年内には戻る予定だが、それまで野営で暮らす。第一の目標は死なない様にだ。以上」
耳を疑った。これから冬が本格的になる。雪だって降るだろう。それを天幕なしで3か月近く過ごせと言っている。
だが、決して冗談では無かった。毛皮の毛布を確かに受け取り、王都を出発した。地獄の始まりだった。
訓練の内容は非常に単純だった。ひたすらに騎馬で駆けるだけだ。
ただ、その間隔は異常だった。隣と密着しそうなほど近付き、時には隣を走る軍馬の鐙が当たる。前を走る軍馬の足が当たりそうなほど近付く。逆に近づきすぎて前の軍馬が跳ねる泥が、顔の高さに来る心配がない程だ。
軍馬も騎士も、その重圧に耐えながら駆けることを繰り返した。
その間合いで出来るだけ早く駆ける訓練と、少し間を開け速度を上げる訓練。
合図によって、前後の間隔を変える。近づくたびに周囲の苛立ちが伝わる。軍馬も嫌がり、手綱を使って宥めながら駆ける。
やがて、それに慣れると手綱を放し、武器代わりの模擬刀を持つようになった。
周囲が近すぎて、とても振り回せるものではない。小さく振る訓練をした。
それに慣れたころ、隊長…その頃には勇者を隊長と呼ぶようになっていた…が、駆けているこちらに突っ込んでくるようになった。
隊長の軍馬は、有名な深紅の巨馬だった。誰も乗せようとしない孤高の軍馬が認めたのだ。隊長が只者でない事は分かる。
そして、そんな名馬が密集した自分たちを、抉じ開けるように駆ける。模擬刀で攻撃しようにも容易に払われ、掠りもしない。逆に無理に攻撃しようとしたものは、隊長が持った棒で打ち倒された。
隣の者が打たれ、落馬しかけたが、密着しているので支えることが出来た。その辺は密着している利点だと思った。
朝から晩まで、ひたすらに駆ける。そして、寒さに震えながら眠る。10月も終わる頃は、交代で焚火の番をするようにして、火の周囲で眠るようになった。
風呂に入る事もなく、3日に1度、近くの冷たい川の水で身体を拭き、着替え、鎧の内側を綺麗にする。
食事は基本的に兵糧の雑穀を焼いた保存の効く硬い麦餅と乾蘇のみ。ただ、隊長が周囲の山に罠を仕掛けているらしく、獲物がかかれば、肉が食べられることがあった。
隊長は何であんなに元気なんだと疑問に思う。みんなが疲れ切って寝る頃に罠を仕掛けに行って、朝はみんなが起きる前に起き上がり、罠の点検に向かっている。焚火の番をしている者が交代で観察していたら、罠の仕掛けが終われば、普通にみんなと同じように寝ているらしい。本当に人間かと疑わしくなってきた。
それに比べ、食事は十分にとっているはずだが、精神的な疲労か、睡眠の質か、やつれてきたことが分かる。自分だけでは無い。ほとんどの者がやつれている。
不満を口にする者もいる。特に腕に自信がある者ほど不満が強いようだ。オイゲン・グリゴレスという18歳だが、現状では剣の腕は隊の中でも一番だと思われる……もっとも、あくまで50騎の騎士の中の話で、エリーザには遠く及ばず、ヴィクトルとは比較にならない……王太子を失った先の敗戦を生き残った騎士である。
「訓練に意義を見出せないな。時間の無駄だ」
一方で、理不尽に耐えるのも軍人の仕事だという者も居る。アルマ・アウスレンダーという女性の騎士で、20歳と隊の中では最年長だった。当然、先の敗戦も経験している。
「末端の兵は戦況が分からずとも、命令を出され、ただ耐えるような状況が出ることがある。その訓練と思えば良い。意味など後で分かれば良いのだ」
ナディアはアルマの意見に賛成した。己の強さを自慢したがるオイゲンの横柄さが好きになれず、面倒見のいいアルマが好きだからというのも理由かもしれない。
だが、何となく隊内の意見が2分化している。そんな気がしていた。
その日、何時ものように並んで軍馬を駆けさせる。何度か隊長が突っ込んできて、隊列を絶ち割られながらも、立て直す。
その内、バルトークが隊列から離れ、隊長と話し込んでいた。
何かあったのか、それとも何かあるのか、多少の不安を感じながら待ち続けた。
「今から二組に分かれて模擬戦をやってもらう。それぞれの隊長はヴィクトルとエリーザ。
どちらに配属するか、名前を呼びあげる」
ナディアはエリーザの隊だった。アルマも一緒だ。
だが、分けられた部隊の顔ぶれを見て愕然とした。こちらは22名で数が少ないうえに、オイゲンの様な強い騎士は全員があちら側だった。
「いいか、訓練だからと気を抜くな。殺す気でやれ。
それと、命令だ。絶対に死ぬな。死なない事が最優先だ。後は実戦のつもりでやれ。以上、散れ」
その言葉を受け、両軍が分かれる。そんな中、エリーザだけが隊長に呼ばれ少し話をしていた。
やがて話が終わったのか、エリーザが合流するとアルマが質問する。
「エリーザ殿、隊長は何と言われたのです?」
「それが……その前にアルマ、貴女から敬語を使われると、何かむず痒い。前のように呼んでくれ」
アルマとエリーザは訓練所で相部屋だったこともあるらしい。エリーザは優秀だが、何処か子供っぽくアルマに甘えているようにも見える。
「そうだな。だが、それでは芸がないから、貴女の従妹を見習ってエリーザちゃんと」
「そ、それは……」
「冗談だ。今まで通りエリーザと呼ばせてもらう。だが、今から指揮をするんだ。私に遠慮するなよ」
「わ、分かった。そうさせてもらう。よろしく頼むアルマ」
2人のやり取りで、先程までの重苦しかった空気が和らぐ。
おそらく、それを察しての会話だったのだろう。この辺りが実戦経験の違いかと思う。
「それで、先の質問だが?」
「ああ、私を先頭に、訓練通り超密集隊形で突っ込めと。全員が防御を優先して、攻撃は余裕がある者のみが行えと。
それと攻撃順は弱そうなところから順に突っ込み、数を減らしていけと」
「それ、こっちが勝つってこと?」
聞いた限りでは、その結論になる。
数を減らせと言うことは、勝つ側の発想だ。普通なら弱い此方が、負けないように工夫を凝らすはずだが、まるで、こちらが勝つと決めている口ぶりだった。
「まあ、言うとおりにする。皆も良いな」
返事をするのと同時に、開始の合図が出た。エリーザを先頭に密集する。
敵は基本的な5騎で1組の横陣で、迎撃の構えだった。
やがて、近付きエリーザの模擬刀が相手の模擬刀を払うのが見えた。次も同様、その次も。
そして、自分の前に達する前に、相手が打たれるのが見えた。何もすることなく、通り過ぎる。
こちらが23騎で、相手の2騎の間に突っ込んだ。先頭のエリーザ以外は、ほぼ2列だったため、実質10人以上での波状攻撃になっていた。
当然、そんな攻撃に耐えられるわけが無く、2騎は戦死判定である。決まりに従い、討たれたと自覚した騎士は、潔く武器を手放す。
ヴィクトルが号令をかけ、慌てて密集するが、集まり切る前に、こちらも方向を変え終えている。
「続け!」
エリーザの号令の下、駆ける。ヴィクトルを中心に集まろうとしているが、そこは避けてヴィクトルに向かう5騎の小隊の横腹を突いた。
今度は敵の攻撃を払っただけで駆けた後は、3騎が武器を手放し悔しそうに項垂れている。2騎しか残っていなかった。
こちらは1騎も減っていない。
窺うように相手の周囲を回り、やがて突撃して外側を削り取るように突っ込む。今度は前の騎士に武器を払われ、無防備になっている相手だったので攻撃した。
それを繰り返し、少しずつ相手が減る。一方のこちらは無傷。
再度の突撃。オイゲンが居た。本来は敵うはずのない強敵だが、自分に届く前に討たれた。
「くそっ!」
だが、明らかに討たれたオイゲンは武器を手放さず、無理な体勢から攻撃を仕掛けてきた。
驚きながらも、何とか払いのける。
決まりを破る。潔さに欠ける。それは騎士として許されない愚行だった。
怒りがこみ上げたが、今はオイゲンに関わる暇は無い。突き抜けて、再度の突撃に備える。
「待て! 訓練中止だ! 落馬した!」
ヴィクトルが止める。落馬したのはオイゲンだった。
不格好な体勢で、ピクリとも動かない。
生の気配が消えていた。




