表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
根之堅洲戦記  作者: 征止長
幕間 西部戦線
20/112

眠れぬ夜

勝ち筋が見えない。

これまで、ずっと考え続けてきた。

戦場に出る前から、魔族の情報を集め、どうすれば勝てるか考え続けた。

初陣を果たし、魔族を直接この目で見てから、奴らの動きを経験してからも考え続けた。


効率的な陣形、効率的な戦い方、効率的な装備。考えつくした。

勝利することもあった。英雄と称されるようにもなった。

しかし、それも重荷にしか感じない。最終的な勝ち筋が見えてこないのだ。


魔族の数は少ない。地道に減らしていけば勝てる。計算ではそうなる。

しかし、その計算を平気で覆す相手が居る。

魔王ヘルヴィス。奴の存在は全てを狂わせる。


本当に腹立たしい相手だった。奴には戦術も策略もない。何も考えていない。

何度も戦ってきて出した結論だ。そんな相手なら幾らでも罠に嵌めれると思うが、逆だった。

考えて動いていないので、読み通りに動かない。上手く誘導しても勘で危険を回避する。


奴の勘は人間の(それ)とは別物だった。

人間の感は五感の延長だ。普通なら見えないはずの動きが見える。聞こえないはずの音が聞こえる。匂わないはずの匂いを感じる。普通を超越した経験が生み出すものだ。


奴の勘は異常に鋭い。こちらが、どれだけ考えて作戦を練っても理屈でなく見抜いてしまう。

楽しそうに戦場を駆け、危機に陥れば、逆に嬉しそうに自分を見てくる。

まるで、友達を見かけた子供のように。


「アルスフォルト殿下、起きて下さい。敵に動きが」


その声に目を開ける。眠ってはいなかった。眠れなくても目を閉じていれば少しだが体力は回復する。

起き上がりながら、鎧の緩めていた革帯を締めていく。

眠る時も鎧を取ることはしないし、配下にもさせない。革帯を即座に締めれるよう改良し、それを緩めてから眠るようにしていた。


「やはり撤退か?」


起こした女性、ラフィーアに確認する。

10年前、アルスフォルトが13歳で初陣を果たした際の戦闘で、彼女は左腕を肩のあたりから失っていた。元から武勇に優れていた訳ではないので、隻腕となった彼女は戦力としては使えないと言っても良かった。

だが、馬術の腕は良いようだし、夫と両親は既になく、幼い娘を養うためにも軍人を続けたいという希望があったので、伝令役位なら使えると考え、側に置くようになった。


当初は単なる伝令役だったが、常に穏やかな笑みを絶やさず、落ち着いた口調で喋る彼女は、アルスフォルトが相談する相手として適任だった。

アルスフォルトにとって、相談とは他者に意見を求める事では無い。別に意見を言わせない訳では無いが、他者から有益な意見を聞いたことが無いだけだ。彼が求めるのは情報のみ。


だが、激しやすい性格でもあるアルスフォルトは、彼女の穏やかな笑みと落ち着いた声を聴くことで、会話から苛立ちを静めるようになった。

先程のエルザスの王女との会話でも、実は何度も剣を抜いて、あのバカ王女の頸を斬ってやろうと考えていた。

その度に彼女が少しだけ会話に割り込み、気持ちを抑えさせることに貢献していた。


「撤退か否かは不明ですが、明らかに大きな動きがあるようです」


彼女の声に頷く。予想では撤退だった。ヴァルデンは慎重な男だ。

何度か、アルスフォルトが打ち破ったというのも理由だろうが、ヘルヴィスが居ない戦場では、決して無理はしない。

しかし、ヘルヴィスが居る場合は、時には無謀とも取れる果敢さを見せる。

多少は無理をしてもヘルヴィスが居れば何とかなる。そんな信頼が見て取れた。

今回はヘルヴィスが居るが、奴が勘を働かせて暴れる場面はない。そんな作戦にしたのだ。


「全員、騎乗せよ。敵の動きの確認が取れしだい動く」


だから、追撃で敵を削る。逸る気持ちはあるが、ラフィーナの声を聴くことで、決めつける事の危険も自覚する。彼女とて、側でずっと戦ってきたのだ。撤退の可能性が高い事は分かっている。

だが、あえて口にしない。ただ、騎乗し直ぐに動ける体制を全軍にとらせた。


「殿下、伝令です。敵軍、撤退を開始しました」


「よし……」


進軍を号令しようとした時、違和感を感じた。全軍を奇妙な静けさが覆う。

肌にヒリヒリするような感触。匂いが何となく変わっている。音……何も聞こえないが、聞こえているような気がする。

知っている感覚。馴染みのある世界が近づいている。これが“人間の勘”だ。


「全軍、戦闘態勢! ここは、もう戦場だ!」


同じような違和感を感じた者が居たのだろう。アルスフォルトの予想より素早く全周囲の防衛陣が敷かれる。

まだ来ない。だが近づいて来ている。知っている匂いだ。

音が聞こえる。声、馬蹄とは違う大群の足音。騎竜の足音。

肌を刺すような感覚。奴が来ている。


「南西の方角、騎竜兵が約500! 先頭にヘルヴィスを確認!」


「真っ直ぐ突っ込んできます!」


南西に配置してある部隊から大声が聞こえる。端にある者が異変を感じたら、後方に伝える。

それを聞いた次の部隊の者が、更に後方に。こうして、瞬時に中央のアルスフォルトへと伝わる。

まさか、この状況で夜襲をかけてくるとは意外だった。

だが、旗下の軍は夜襲でやられるような鍛え方はしていない。舐めた真似を……


「非常識な方ですね。ヘルヴィスは」


その声が頭に上った血を静めてくれる。

相手はヘルヴィスだ。激情に駆られて戦えば、待つのは死だけ。


「全軍、まともにぶつかるな! いなせ!」


魔族を相手に正面から当たったら、確実に潰される。

まして、相手はヘルヴィスと、その近衛隊と言える戦士だ。

柔らかく、相手の攻撃を逸らし、横に回る。


上から見れば、真っ二つに切り裂かれているように見えるだろうし、実際にぶつかったら、本当にそうなってしまう。

だが、敵の突撃をいなす訓練をずっと続けさせてきた。隊列は切り裂かれても、騎士は1人も斬られていない。また、犠牲を覚悟すれば、進む方向も誘導できる。

だが、罠を用意しているわけではない。このまま抜けてくれるのを待つしかなかった。


やがて、視界にヘルヴィスの姿が映る。向こうも、こちらを見つけた様だった。

真っ直ぐに近づいてくる。前は自分をエサに近寄ったところを囲んで攻撃しようとしたら、直前で方向を変えて逃げ出していった。同じことをしようかと考えたが、近衛騎士が周囲を囲みだした。

命じなくても、部下はそうするだろう。


更に近付く。流石に、これ以上は近付けるわけにはいかない。

少しは当たる必要があると思った瞬間に方向を変えた。

だが、視線はこちらを向いている。笑っている。


「お尻?」


ヘルヴィスが乗る騎竜、鞍の前に裸の下半身が見えた。反対側だと上半身の背中が見えるだろう。

周囲の騎竜も似たような格好で騎士を積んでいた。多くが女性だ。


「あら、ラファフェア王女の近衛騎士の方ですね」


エルザスの騎士はグロースに比べ、遥かに練度で劣るが、ラファフェアの近衛騎士は、騎士とは名ばかりの飾り立てた人形のような集団という印象だった。

印象に違わず、泣いている者も居る。いや、奴らを前に鳴き声とは言え声を出せるだけマシかもしれない。多くは声も出せずに怯えているだろう。


「行ってしまいましたね。何しに来たのでしょう?」


挨拶だ。そう言いかけて止めた。

本当にそんな気がするが、信じないだろうし、信じられたら嫌だった。


「挨拶じゃない? ヘルヴィスって殿下大好きだから」


先程、お尻と呟いた声と同じ、幼さの残る少女の声が後ろから聞こえた。思わず振り返って、その少女の頬を抓る。


「な、何するんですか?」


「言ったらダメな事ってあるのよ。レイチェル。みんな知ってるけど黙ってるの」


ラフィーアが嗜めるが内容は聞かなかったことにする。

10年前、ラフィーアが軍人を続ける理由だった幼い娘は、今や14歳となり、母と共に働いている。

明るい性格は周囲に好かれ、母とは違う方向で、アルスフォルトの精神安定の役に立っている。


だが、それ以上に役に立つのが、彼女の言動は隊の士気の目安になる事だ。

アルスフォルトを前にしては、誰もが緊張してしまうので本当に士気が高いのか、無理をしているのかアルスフォルト自身には判断が付かないことがある。

しかし、アルスフォルトを前にしても物怖じしない少女は、素直に軍の空気を表してくれる。

そして、今のレイチェルの言動から察するに士気が低くなっている。


「戦闘態勢解除。警戒態勢に移れ」


追撃するにしても、士気が高くない限り十分な戦果は上げられない。また無理に士気を上げても、長くは続かない。最初の士気のままなら追撃も出来るが、下がっていたら諦めるしか無かった。

陣形を変更している内に、将軍たちが集まってくる。隊の損害を報告するが、当然ながら無い。

それより、士気のことを聞きたいが、自分が聞いても、言い辛い状況など、悪い場合は言葉を濁すことがあり、正確な状況が伝わらないもどかしさがある。


「それで、士気の方はどうです?」


「ダメだな。戦えないって程では無いが、呆れてる」


意を察してくれたのか、ラフィーアが集まった将軍に問うてくれた。他の者もラフィーアには話しやすいので正直に状況を教えてくれる。

どうやら、共に戦うエルザスに対して不満が募っているらしい。

侵攻を受けているのは、当のエルザス王国なのだ。それなのに王族が天幕を持ち込み、楽をしていると兵には見えているらしい。

そこへきて、先程の近衛隊らしき集団の情けなさ。友軍に対して侮蔑の感情を隠しきれなくなっている。


「ねえ、ところで何でラファフェア王女の近衛騎士がお尻出してたんですか?」


「さあ、恋人が居て……悪い」


余計なことを言おうとした戯けが、蹴られていた。聞きかけたレイチェルは本気で分かって無いらしく、首を傾げている。


「いや、それがな。アレって近衛騎士じゃなく、王女本人だったんだよ」


反対側で指揮を執っていた将軍が呆れた様に呟く。


「え? あれって、王女様のお尻だったんだ。じゃあ、そっちからはおっぱい見えました?」


「いや、残念ながら背中しか見えなかったよ」


「惜しかったですね。王女様のおっぱいなんて普通に見る機会がありませんから……でも、本当に何で裸だったんだろ?」


「湯浴みをしてたんだろ?」


「へ? だって、ここって戦場ですよ? 湯浴みなんて普通はしないでしょ?」


レイチェルは物心ついた時からグロース騎士団の軍紀に親しみ、それが常識になっている。

グロース騎士団にとって戦場では眠る際も鎧は外さない。外せるのは、昼間に十分な安全が確保された場合のみ。

そんな環境が常識のレイチェルは、本気でラファフェアの行動が理解できないのだろう。


「レイチェルも女の子なんだから、少しは身だしなみに気を使ったら?」


「やだよ。戦場で身体磨く暇があったら剣を磨くわよ」


全くの同感だった。少しでも生存の可能性を上げる。全員がそう行動すべきだ。

時には死ねと命じるのが、アルスフォルトの立場だ。だが、決して死んでほしいわけではない。

僅かでも生死の天秤を生へと傾けるため、各々の行動に期待したかった。


「殿下、追撃の準備は出来ていますが、警戒態勢は何時まで続けますか?」


「追撃は無しだ。夜が明けたら撤収に移る」


「で、ですが……」


「殿軍は奴だ。今の士気では突破して本体に襲撃を加えるのは不可能だろう」


「奴が殿軍? まさか……いや、奴なら」


普通なら最高指揮官が全滅の可能性がある殿軍などはあり得ない。グロースで言えばアルスフォルトが殿軍をすることは決してない。仮にあったとしたら、殿軍に見せかけた囮になる等、作戦行動の一環である。

だが、ヘルヴィスは最高指揮官であると同時に突出した最大戦力である。全滅をしない自信があるのだ。


「では、あれは兵糧の確保ですか」


「あれって、尻出し姫のことですか?」


「いや、尻出し姫って、レイチェルお前な……まあ、姫様を含めた騎士だが、撤退だけなら多すぎるしな」


警戒を続けながら、交代で休むよう指示を出す。

将軍たちが離れた後、ようやくエルザスの指揮官が慌てたようにやってきた。


「で、殿下! 姫殿下が、我が国の王女が攫われました!」


「……我が国の王女とは、あの尻出し姫の事か?」


「し、尻?」


「我が軍の前を、尻を(さら)け出しながら通り過ぎて行った。お蔭で士気が下がってしまったぞ。

 天幕や特別な食事、挙句に茶会。さらに全裸で何をしておった?」


言われた指揮官も黙り込む。自国の姫の行動が、どう思われるか、察していない訳ではないのだ。

おそらく、これまでの援軍で、魔族との戦闘を経験している現場の将軍と、国内の廷臣とでは戦場に対する心構えに温度差がある。


「援軍の役目は果たした。我が軍は明朝に撤退を始める。帰国後に親書を送る。

 それには、尻出し姫への哀悼の文も添えよう」


「……承知しました。ただ、お手柔らかにお願いします」


「手を抜いて、貴国は変わるのか?」


指揮官からは、変わらねばならない。その思いは伝わっている。

そのために、あの姫には犠牲になってもらう。決して名誉の戦死とはさせない。汚名を広め、同じような行動をしようとする者が出ないようにする。


尻出し姫の命名者であるレイチェルが、言ったことを後悔して頭を抱えているが無視だ。

頭を下げて去る指揮官を見送ると、ラフィーナが声をかける。


「殿下は、もうお休みください」


「いや、暫く見回りを続ける」


どうせ眠れない。それは口にしなかった。言う資格もなかった。

目を閉じると浮かんでくる。兵糧として連れられてきた者たちの顔が。

殺す直前まで、怯える者。楽になれると安堵する者。既に心を壊していた者。

彼らを斬った感触が、今も手に残っていた。


「それでは、私は話をしたい者が何人か居るので、少し離れます」


「ああ……頼む」


今回の任務で行動を共にした者の所だろう。耐えてはいるが、精神的に参っている者がいた。

命令とは言え、助かっても生きるのは難しい相手とは言え、己の手で人に手をかけて平気なわけが無い。

だが、任務に当たった者が苦しむ必要は無い。

恨まれるのは自分だけで良い。苦しむのも自分だけで良い。

人を斬った感触が何時までも残っているが、それを消したいとは思わなかった。


翌朝、出発を開始する直前に、攫われた騎士の何人かが救出されたと連絡があった。

救出と言っても、ヘルヴィスが捨てただけの様だ。こちらが追撃を諦めたと判断したらしい。

同時にラファフェアの死も聞いたが、どうでも良い事だった。


北風が吹いていた。時期に雪を運んで来るだろう。

寒くなれば、魔族は侵攻してこなくなる。裸で運んでいる食糧(人間)が凍死するからだ。

暫くの休みが訪れる。勝ち筋は見えないまま、新たな年を迎えることになる。

どうすれば勝てるか考え続けた。人を斬った感触が、自分に休むことは許されないと伝えていた。


ここまで読んで頂き、ありがとうございました。

如何だったでしょうか? 正直、なろうで受け入れられるか不安があります。

何しろ、ランキングにある作品とは、方向性が違いすぎる。

戦闘も泥臭く、圧倒的な魔法や華麗な作戦で圧勝なんて無い。

おまけに魔王様、いきなり敗北。

それでも面白いと思えたら、今後もお付き合い願います。



何故、ラスボスの初戦を負け戦にしたかと言うと、大将は負けた時の対応に優れている者が、優秀だと思うからです。

基本、力押しの猛将ですが、単なるイノシシ武者では無い表現に挑戦しました。如何だったでしょうか?

これで弱そうに見えたら作者の力量不足です。


現状のライバルであるアルスフォルトも、周りから見たらクールな天才ですが、実際は悩みに悩んでいる若者です。何と言っても、自国にも他国にも頼れる相手がいない。


彼が頑張っている間に、主人公が力を付けていきます。早く強くなって、悩める王太子が頼れる相手にしてあげたいと思っています。


次からは新章になり、舞台はロムニア王国に戻り、主人公が作り上げる部隊が中心の話になります。


決して、作戦だけで勝てる戦では無い。一人一人の兵の力が大切。そんな戦い方を描きたいと考えています。


できれば、感想を貰えると参考になります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ