プロローグ 怪物が召喚された日
主人公視点は次回から。
取りあえず、この世界の人々の認識です。
「今夜は満月。最後の勇者が召喚される。確か、ロムニア王国だっけ?」
ディアヴィナ王国の王都ヴィステルヴェークの中庭で、結城鮮花は空を見上げながら呟いた。
その呟きを聞いた女騎士のジュリアは、友人となった勇者である結城鮮花に対して、困った表情を向ける。
「他国に勇者の真実を伝えなかった事。陛下の判断を間違っていると思うか?」
「分からないわ。その結果、どんな混乱が起きるか考えると予想が付かない。
少なくとも私達の常識で言えば、これまで召喚された勇者は、無事では済まないでしょうね」
「どれだけ、殺伐とした世界なんだか」
「この世界が甘いのよ。優しすぎるわ。私なんかにも、この好待遇なんだし」
ディアヴィナ王国が召喚した勇者であるアザカは、戦いは出来ないと拒絶した。
実際に、元の世界で何の戦闘訓練もしたことがないまま、20歳になった女性に、今から訓練をしたところで、大きな成長は望めない。
「お前の知識は役に立っているぞ。それは認めている」
戦えないという、彼女の望みに沿って、現在は魔術の研究所に入所した。
それに、彼女の話を信じるなら、他の勇者より遥かに役に立つ。そして、ジュリアはアザカの言葉を信じていた。
「レベルアップに特殊なスキル。ゲームの設定が通じると思っているか……」
これまで召喚された勇者が、自信満々に行動している理由。
それが、現実には有り得ない現象を前提にしての行動だと知った時は、呆れてものが言えなくなった。
「ロムニア王国って、最前線よね? 期待値が大きいんじゃないかしら?」
ネノカタス大陸の北部にあるディアヴィナ王国と違い、ロムニア王国は大陸の南西にある。大陸南部を支配し終えた魔族は、ロムニアの領土に侵攻し、一部は奪取している。
ディアヴィナ王国より、危機感は強いだろう。だが、勇者に期待しているかと言えば、どうだろうと言うのが感想だ。
何しろ、これまで召喚された勇者には、何の成果もない。魔物を狩りに山へ入ったと言うが、魔物を含めた自然の動物が、簡単に狩れるわけが無いし、狩ったからと言って、どうなるものでもない。
いい加減に勇者が駄目だと言う事に気付いていると思う。
「流石に、これまでの実績から言って、そんなに期待はしてないと思うがな……」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
「勇者には期待できません! 考え直しを!」
エリーザは勇者召喚の儀式を目前にして、最後の機会と思い、己の意思を上官であるアーヴァング・テオフィル元帥に訴えていた。
エリーザにとって、勇者とは戦力にならないが維持費はかかる、防御力は低くて飾りだけが立派な城みたいなものだと認識していた。
「勇者が不満なら代案をだせ。勇者召喚の儀式に必要な魔力は既に集まっている。その効率的な運用があれば聞こう。言うまでもないが集めた魔力が何時までも持つと思うなよ」
勇者召喚に合わせて魔導士と神官たちが貯めた魔力は、膨大だが長期の保存が可能なものでは無かった。
長期の保存さえ出来れば、戦闘や戦闘終了後の治療に使えるのだろうが、そうでないため、勇者召喚を止めれば集めた魔力は無駄に消えるだけになる。
「ですが、元帥も今まで召喚された他国の勇者の所業は聞いていると思います」
現在、ここロムニア王国を残し、全ての国で勇者が召喚された。
そして、最後になった分、情報は多く入っていた。
「そうだな。これまでと同様なら役立たずだが、有能な者が召喚される可能性も無ではない」
「無ではない。その物言いこそが、元帥も優秀な勇者がいないと考えている証拠だと思いますが?」
「だが、一縷の望みはある。そして、その一縷の望みに賭けねばならないのが我々の現状だ」
そう、今の現状は深刻と言うにも生温い地獄だった。
魔族を統一した新たな魔王が、人間の国家に侵攻してきたのが30年前。その間に複数の国が滅び、多くの人命が失われてきた。
今年で17歳になったエリーザは、生まれた時から戦争が日常だった。幾人もの元帥を輩出した武勇の名門であるライヒシュタイン家に産まれ、自身も軍人となるべく育てられてきた。
しかし、そのライヒシュタイン家も父ヴァルターを始め、自分と7歳になる弟を残して、兄と2人の弟、3人いた叔父も、全員が戦死した。下の弟は、まだ12歳だったのだ。
そして、そんな境遇の彼女を特別不幸だと思う者はいない。良くある、ありふれた境遇に過ぎない。
そんな世界で人々が奇跡を望んだとしても間違ってはいないだろう。
その奇跡とは、およそ1000年前、異世界より現れ、世界を救った伝説の勇者の再来。
「ですが、勇者の実態は伝説とは掛け離れ過ぎています」
かつて見た勇者を思い出し、エリーザは顔を曇らせる。
伝説の再現を夢見て、多くの魔導士と神官が協力して編み出した大規模召喚儀式。多くの魔力と月齢や幾つかの条件を揃えることで、異世界から勇者を呼び出す。その神官の主導で行われる儀式は各国に開示され、それぞれの国で勇者召喚に当たった。
そして、最初に召喚されたカザーク王国の勇者が召喚された際、彼女も儀式を見ることが許されたのだ。
人類の国家間で協力体制にあったことや、彼女の祖母がカザークの貴族出身だったことも大きい。
召喚の間で、勇者の登場を待ちわびた。期待した。これが人類の反撃の狼煙だと胸を躍らせた。
だが、現れた勇者は、およそ戦闘とは無縁の男だった。
奇妙な服装をした20歳くらいの男は、背は高いが、細く、バランスが悪い。呼び出された瞬間、辺りを見渡して半ばパニックになっているのが一目で分かった。
それだけなら、ガッカリしても、何か力があるのかと思い直し失望はしなかった。問題はその後だ。
自分が勇者と呼ばれると、喜び、傲慢な態度をとりだした。国王への謁見で、腕を組んであれこれ要求しだした時は他国の人間である自分でさえ、その首を斬り落としたいと願った。王国の騎士は尚のことだろう。
更に訳の分からない事に、魔王を倒すには“パーティ”を組む必要があると言い、何故か実力でなく若い女性だけを集めた少数のチームを編成したのだ。腹立たしい事に自分にも、その“パーティ”に入るよう言ってきた。
他国の人間だからと、最大の自制心を発揮し丁寧に断ったが、彼の下心に満ちた自分を見る目は忘れられない。
「何なんですか、パーティって! 何で大して害にもならない近隣の魔物を倒していたら魔王に勝てるんですか! だったら猟師に魔王を倒してもらいましょうよ!」
あの目を思い出したため、つい上官に対し声を荒げてしまうが、返答は冷静だった。
「だが、その後に召喚された勇者も同様の行動を取ったぞ」
そう。それも謎だった。別の国で2番目に召喚された勇者も、同様の行動を取ったのだ。
最初の勇者と同様に、戦闘の経験は無いが魔王の倒し方を知っているような口ぶり。
その言動から、異世界は今でこそ平和で、そこに住む人々は戦いから遠ざかっているが、魔王を倒す手法があるらしいと考えられた。
そう、この世界の人々が憧れる、魔王を倒し、全ての魔族を倒しつくしたのだろう戦い方さえ忘れるような平和な世界から勇者は来たのだと。
不審に思う者も当然ながらいたが、否定するより信用するべきと考える勢力の方が強かった。
いや、正確には大規模魔術まで編み出して召喚したのだ。引くに引けないのが本音だろう。
そして、後に召喚された勇者も、自らパーティを組むと言い出さなくても、パーティの準備がなされると、普通に受け入れていた。
そして、この国でも勇者がパーティを組むために若い男女が3名ずつ選ばれた。その1人がエリーザである。
「もう生贄じゃないですか! カザークの勇者なんて絶対に下心ですよ!」
「まあ、ここでもそうだとして、お前なら嫌な時は上手くあしらえるだろう?」
「ふ、不本意ながら」
エリーザに言い寄る男性は多い。蜂蜜色に近い鮮やかな金髪に、白い肌。顔のパーツは黄金比とも言うべきサイズとバランスで彩られ、意思の強そうな視線の中で何処か愛嬌がある。それに加え、女性の中では高い身長に、均整の取れたプロポーション。普通の男なら、その外見だけで彼女に惹かれるだろう。
もっとも、そのせいでパーティに選ばれたのだが。
「ですが、異性に慣れている訳ではありません!」
長引く戦争の影響で人口は激減した。特に男性が少ない。
そのため、近年では結婚せずとも、家名を残すため性交で子供を宿し認知を気にせず出産する女性が多い。
幸か不幸か、そのような事情もあって、彼女が口説きを断っても、断られた男は別の女性を物色しやすいので、無理な言い寄り方はされたことがない。
「それに私だけの問題ではありません! イレーネとリディアだって納得してる訳では無いんです!」
「嫌ならば、自分の身は自分で守れ。2人とも上役が話ているはずだ」
イレーネは神官、リディアは魔導士として、それぞれパーティに選ばれた女性だった。
現在は勇者召喚前に親交を深める名目で寝食を共にしている。
イレーネは幼馴染であり、共にカザーク王国の勇者を見ているので、勇者に不信感を持っている。
リディアの方は性癖の問題で成人の男性が嫌だという考えだ。
「そ、それに勇者が無茶な要求をしてきたら、どうするのですか? 彼らは自分は無理やり連れてこられた被害者だと言いたい放題ですよ」
「可能な限り叶える方向だ。こちらが無理やり連れてきたのは事実だ」
「だからって、あんな横暴な」
これまで、召喚された勇者の多くが、傲慢な態度で臨んでいた。明らかに年上の人物に対しては無論のこと、王に対してまで敬語を使うことは無い。
敬語がない文化かと思えば、全員ではなく、一部だが敬語を使用する勇者もいることから、決してそうではないらしい。要するにほとんどの勇者が傲慢なだけだ。
そこで、一部の勇者の中で特殊な事例を思い出す。
「ならば、泣き喚いた際は?」
ディアヴィナ王国に召喚された勇者は女性だった。
彼女は元の世界に返せと泣き叫んだらしく、現在に至っても何の行動も起こしたとは聞いていない。
「戦ってくれるように頼む」
「無理ですよ」
「無理を叶えてくれるのが勇者だろう。諦めろ、もう時間だ」
そう言って立ち上がる上官を見て、諦めて勇者召喚の儀式が始まるのに備える。
イレーネとリディアも、それぞれの上官に儀式の反対を訴えているはずだと考え、一縷の望みを託しながら、儀式の間に向かう。その途中で召喚の儀式に参加するメンバーと合流する。
だが、合流したメンバーの中にいる、イレーネとリディアのを見ると、2人とも失敗したのだということが、その表情をみただけで分かった。
何処か不貞腐れた表情のリディアに対し、イレーネは泣きそうな表情をしている。上官に何を言われたかは知らないが、エリーザに比べ背が低く童顔のイレーネの泣きそうな表情は胸が痛んだ。
召喚の間に辿り着くと、やがて始まる儀式を見守る。
召喚されるであろう勇者に近い場所に立たされた3人の中、エリーザはイレーネを守るように少しだけ前へ立った。
――彼女は知らなかった。これまでの勇者がゲームや本の知識で行動していると
儀式の詠唱が始まる。奇跡を希う祈り。
――召喚された勇者は知らなかった。この世界に便利な設定は無いと
魔法陣に光が灯り、やがて光は天井にまで伸びていく。
――勇者は知らなかった。この世界の魔王とゲームの魔王は別物だと
――勇者が強くなるのを城で待っている怠け者なラスボスなど存在しない
――魔王は魔族を武力で統一した覇者。戦場を駆ける英雄と呼ばれる者
――英雄とは人も魔も等しく常軌を逸した存在。つまり狂人である
誰かが成功だと叫んだ。強い光はやがて小さく終息すると、1人の人影があった。
――彼女は知らなかった。これから現れる者も、また狂人であると
その男は大きかった。
身長だけなら帝国の勇者と大きくは変わらないが、肩幅が広い。白い服から除く胸が厚い。肘までしかない袖から出てきている腕が太い。靴を履いてないので足の厚みと幅が尋常でないと一目で分かる。
男は警戒した様子で周囲を素早く観察する。
その間、誰も声を発することがなかった。いや、出来なかった。
男の視線がエリーザを貫く。この時に至って、ようやくエリーザは察した。誰も声を発することが出来なかった理由を。
彼は既に臨戦態勢にあり、自分が獲物として認識されていると。
「っ!」
声も出せずに慌てて抜刀する。
相手は素手。落ち着いて対処すれば……本当に素手と呼んでいいのか? あの手は何だ? 大きい。ただ、大きいだけでない。太く、歪な形をしていないか? あえて言うなら手の形をした凶器。
男の口が笑みを浮かべる。自分が抜刀したことを喜んでいる。
背後でイレーネの悲鳴を押し殺したような声が聞こえた。彼女も怯えている。
その目が歓びに輝いている。想像していた下心に歪んだ笑みではない。もっと、恐ろしい笑み。
通常の状態だと殺される。恐怖が彼女を縛り付けるのをねじ伏せ、魔力で体を強化し戦闘状態に移行する。
かつての勇者が編み出し、人間が魔族に勝つ奇跡の勝利へ導いた、人間から武神への変化。
呼び出された勇者は武神では無い。少なくとも、これまで召喚された勇者は武神への変質を知らなかった。それどころか、彼らの世界は平和らしく、戦い方さえ知らない者ばかり。
だから、彼も他の勇者と同じはず。それなのに……
――彼女はやがて知る。無に近いと思っていた可能性が実現したのだと。
――これは、神に祝福された勇者の物語では無い。
――常軌を逸した愚者と英雄の戦いの物語。
誤字脱字、突っ込みがあれば、お願いします。