戦う意味
「軍馬を探してこい」
「んだよ。今日こそ殺してやろうと思ってたのに」
このクソジジィと訓練を初めて3日。最初は一方的に叩きのめされたが、ようやく互角に戦えるようになってきた。今日こそは倒すと意気込んでいたのに、肩透かしじゃねえか。
「馬鹿モン!」
いきなり殴りやがった! 上等だ。やってやる。
「貴様の目的は何じゃ? 魔族と戦う事じゃろうが。ジジィ倒して満足か? 図体ばかり育って頭ん中は空っぽじゃのぉ。それとも何か? そんなにワシに夢中か?」
「んな訳、ねえだろ!」
そ、そう言えばそうだった。俺の目的は魔族を倒す事だった。
しかし、いちいち言い方が腹立つ。
「暴れたければ嬢ちゃんに相手してもらえ。これからは魔族の知識だけでなく、兵の動かし方に関しても指導する」
「兵の動かし方?」
「ああ、貴様には部隊を指揮してもらう。覚えろ」
マジか? マジで部隊を指揮するの? それって戦国武将みたいなことをするんだよな?
爺ちゃん、夢が叶うよ。
祖父と2人で話し合っていた。俺たちが戦国の世に生まれていたら、どんな部隊を作っていくかって。
2人して鉄砲は気に入らないと、鉄砲への対策を考えたり……
「俺の部隊」
「その前に馬じゃ。早う半身を探してこい」
「半身?」
「貴様専用の軍馬の事じゃ。馬場にアリエラという見習の娘が居る。それに案内をするよう言うてある。エリーザ、後は任せる」
そう言って、クソジジィは去っていった。俺専用の馬? しかもアリエラが案内。
……クソジジィ、もしかして良い奴?
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「まさか3日で追い付かれるとはな……老骨には応えるわい」
バルトークは自分の執務室に戻って溜息を吐く。年老いた肉体は、疲労を回復するより、蓄積していく方が多い。
しかも、病を得ていた。治療しても回復する見込みは無い病だ。医者には安静を命じられているが、このまま朽ちるよりはと、勇者の指導をすることにした。
天才と言うには語弊がある気がする。あえて言うなら、化け物だろう。基礎となる筋力や反射神経も凄まじいが、それ以上に特質するべきは、その痛みに対する耐性だ。
あれ程長く、強化を続ける人間を見たことが無い。故にどれ程の激痛が襲っているのか想像も出来なかった。
そして、それ以上に異常なのが、その精神性である。
上手く隠していたが、予想通り、タケルという男は強い破壊衝動の持ち主であった。
いや、予想を遥かに上回る。魔王と同類に思える気がした。よくもアレだけの衝動を持ちながら隠していたと感心するほどである。
バルトークが若い頃は、まだ魔族との戦争は始まっていなかった。
戦争が始まってから、活躍したのが、戦争前まで素行に問題があると言われていた者たちだ。
生き物を殺す。その行為は意外と精神的に負荷がかかるものだ。
その相手が、虫であれば負荷は少ないし、冷たい魚より、温もりのある鳥や獣であれば強くなる。
そして、魔族と言うのは、角があり、身長だけで人間の5割増しの巨体だが、人間と非常に似ているのだ。彼らを殺す時、バルトークの世代は苦しむ者が居た。殺人を犯しているような気分になったのである。
だが、そんな事を気にしない、むしろ喜んでやる人間が居た。
彼らは魔族が居なければ、理由をつけて人間を殺していたかもしれない危険人物。そんな人間こそが戦争初期では役に立った。
今でこそ魔族を敵視する教育のため、魔族を討つのに抵抗は無と言われているが、それでも躊躇する者は多い。それは本人も周りも気付かない、刹那の躊躇いであろうが、それが命を左右することがある。
刹那の間とは言え、躊躇う者と、喜々として殺せる者とでは、大きな差が出る。
訓練では、その躊躇いを少しでも減らすよう、精神面から教育がされるが、タケルの場合は喜々として殺せる人間側で、本来なら自制をする教育が必要なくらいだった。
そして、タケルには、その教育がされた状態だった。それも、非常に強い、分厚い仮面を被せていた。
「アレに仮面を付けた奴は、それこそ化け物じゃろうて」
思わず呟いてしまう。剥がすことは出来たが、被せることは、とても出来そうにない。
タケルが元の世界で、どのように暮らしてきたか、詳しくは聞いていないが、興味が湧いてきた。
だが、今は別にやるべきことがある。タケルには軍馬を乗りこなし、軍の指揮を覚えさせる。
そして、もう1人……
「ヴィクトル・パドゥレアス入ります」
呼び出していた青年が入ってくる。
優れた容姿を持つ青年は、バルトークが促すと、礼儀正しく椅子に掛ける。
容姿も礼儀も完璧。彼はタケルの召喚に立ち会った1人であり、召喚された勇者が女性であった場合は、そのパーティに入る予定の騎士であった。言わば、エリーザと同様の位置にいた。
エリーザと同じく名門の生まれで、剣技に関しては王国でも屈指の腕前である。
そして、エリーザが己の境遇と勇者に反発していたのに対し、彼は素直に受け入れている。
では、勇者の力を信じているかと言えば、とてもそうは見えなかった。
「貴様は20歳の半ばであったかの?」
「はい。24歳になります」
「うむ。タケルと近いの。貴様には奴と行動を共にしてもらう」
「……エリーザが付くはずでしたが、勇者殿は男色だったので?」
「嫌か?」
「任務とあれば」
「冗談じゃ」
舌打ちしながら吐き捨てる。ヴィクトルに男色趣味が無い事は知っている。
それなのに、命令とあれば簡単に受け入れる姿勢が気に食わなかった。
この男には″我”という物が欠けている。それは生きる力だとバルトークは信じている。それが無い、この男は生きる力が無いも同然だった。
「タケルは当初の予定を変更して軍の指揮をさせる。貴様にも奴の下で戦ってもらう。不服は?」
「ありません。勇者殿の指揮下に入ります」
「奴は戦場に出たことは無い。完全に素人じゃ」
「了解しました」
普通は何か言うだろう。不服、不満、不安、それらを抑えても、どう支えていくかの疑問。
だが、何も言うことなく了承していく。まるで人形だと腹立たしくなる。
この男の仮面を引き剥がして、素顔をさらけ出したい。そうすれば、もっと強くなれると思っている。
このままでは、この男は死ぬだろう。それを惜しいと思う。
「まずは50騎。人選は任せる」
「選ぶ者について、方向性はありますか?」
「任せると言った」
「了解しました」
手で追い払う仕草をすると、頭を下げて黙って去っていく。
何一つ表情を変えないまま。
「タケルより難敵か」
1人残された部屋で呟く。ヴィクトルが、どのような者を集めてくるか興味があった。
腕の良い精鋭を集めるか、逆に役に立たない弱兵を集めるか。
そこまで考えた時、咳が出て来た。嫌な咳だ。口を手で覆い、咳が収まるまで耐える。
「そろそろ老骨には休ませて欲しいものじゃ」
咳が収まり、手のひらを見て呟く。
口を押えていた手のひらは、鮮やかな血に染まっていた。
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エリーザと一緒に馬場へと向かう最中に、軍馬の特性について講釈を受けていた。
「じゃあ、単なる移動用とは、訳が違うってことか」
「はい。魔力が枯渇した場合などは、普通の馬と同じような動かし方も出来ますが、戦闘での使用には問題が出ます」
この世界の軍馬での戦いは、俺が知る騎馬と違い、移動や突撃を主とした使い方ではなく、魔力を通しながら意思を伝える事で、自分の足のように自在に動かすことが目的の様だ。
それなら、自分の足で戦えば? と思うが、問題となるのが魔族の大きさ。ざっと、2メートル前半の身長で、この世界の人間は大きい男性で170㎝くらい。
ただでさえ魔族は皮膚が頑丈らしく、刃が通りにくいそうで、そんな相手に切り上げる攻撃は効果が低い。より有効な振り下ろしの攻撃が出来るようにするには、高い位置から振る必要があり、その足場とも言えるのが軍馬だった。
「ですから、優秀な軍馬とは、指示に従うだけでは不足なのです。本当に一体となる。そんな軍馬を探さなくてはなりません」
「そんな馬をどうやって探す?」
「分かるんです。この馬が半身だと。目が合うと、声が聞こえます……ただ、目が合うのが前提ですから、ちゃんと目を見る前に、他の馬に心を奪われてると見逃してしまう事もあります。
私の場合は、直ぐに気付けたのですが、そうでない可能性もあるので、アリエラだと思います」
「アリエラが、どうかしたのか?」
「あの娘は馬の心が分かるのです。もう、本当に凄いですよ。一部では厩舎の女神と呼ばれています。
半身たる軍馬は、自分で探すのが望ましいのですが、もし間違った馬に執着しても、あの娘が止めてくれるはずです」
アリエラ、凄く優秀だったんだな……しかし、それなら、間違え続ければアリエラとの時間が増えると言う事では? よし、全力で違ってそうな馬を探そう。
そんな決心をしつつ、馬が放されている馬場へ到着したのだが……
「……めっちゃ見られている気がするんだが?」
「す、凄い人気ですね」
興味津々に俺を見つめる馬、馬、馬………有名人に気付いた群衆のように集まっている。馬がスマホ持ってたらフラッシュが眩しそうだ。
それにしても、大量に集まってきているが、間違った馬を探そうにも違いなんか分からん。
「タケル様、エリーザ様」
そう思っていると、アリエラが馬具を抱えて歩いてきた。
「タケル様は、相変わらず人気者ですね」
そう笑いかけてくるアリエラ。考えてみれば3日ぶりの再会であるが、相変わらずの可愛さである。
今日は彼女と一緒に軍馬探しか……実に良い。何としてでも時間をかけよう。
「なあ、アリエラ、アレはどうなんだ? 近くには居ないみたいなんだが?」
「やっぱりエリーザ様もあの子だと思います?」
“アレ”とか“あの子”とか2人で通じ合ってる……く、悔しくなんかないぞ。
さて、適当に見繕うにも違いが分からん。無いとは思うが一発で正解を当てないようにしなくては。
出来るだけダメっぽい奴を……
「……悪かった」
思わず声が漏れた。出来るだけダメな奴を探そうと周囲を見渡していると、ソイツが近づいて来ていた。
何故か分かってしまう。怒っているのだ。“遅い”と不満を露わにしている。
燃えるような深紅の毛並みで、鬣だけ黄金に輝いている。そして他より一回りは大きい巨大な軍馬。
引かれるように近付くと、周囲に居た軍馬が道を開け、その軍馬も近づいてくる。
目の前に立つと、不満を湛えた黒い瞳が俺を見ている。
「だから悪かった。待たせたんだな」
首を抱きしめて、機嫌を直すように宥める。
初めて会うのに遅いと文句を言うとか、女だったらとんでもない我が儘女だ。絶対に付き合いたくないタイプだろう。でも、コイツだと許せてしまう。本気で俺が悪い気がする。
「やはり、この馬だったんだな」
「はい。この子はずっとタケル様を待ってました」
いつの間にか近くに居たエリーザとアリエラが話していた。
アリエラは、俺の相棒……いや、半身に馬具を付けていく。俺の半身は嫌がるでもなく、速くつけろと催促している。
「はい。落ち着いてください。直ぐに付けてしまいますから」
我が儘な子供をあやすようにしながら、アリエラが鞍と鐙を装着し終える。
俺も同じ気分だった。早く駆けたい。
直ぐに跨り、馬上になると、前に乗った馬より、遥かに高いのに、自分の足で立っているような気分になる。
「ハミと手綱を付けていませんが?」
「要らない」
「分かりました」
「いや、流石に手綱は付けた方が…」
そんなもの、コイツには要らない。止まるも進むも俺の意思は伝わる。
だから、駆けよう。今まで待たせた分も、早く駆けよう。
その思いが伝わり、俺たちは駆け始める。
何だ? 手加減しているのか? 俺が落ちないか心配か?
安心しろ。俺たちは一体だぞ。
スピードが増していく。それで良い。俺は振り落とされたりしない。疑うんだったら、撥ねても良いぞ。
まるで踊るように撥ね、回り、駆ける。エリーザの悲鳴が聞こえた気がするが、どうでも良い。
アリエラが何か言ってるが後回しだ。
コイツがどう動きたいか分かるから、バランスを取るのも容易い。
次は俺の番だ。ダンスなんて興味が無いから、変な動きになるかもしれないが、構わないよな?
俺の考えた通りに撥ねる。まるで俺を振り落とそうとしているようだが、俺の考え通りに動いてるんだから、落ちるはずもない。
本当に凄い一体感だ。半身というのも頷ける。
ん? 何か不満か?……あれ? 何か催促してるんだけど、腹が減ったとかじゃないよな?
お、落ち着け! お前の感情とかは分かるんだよ。何か欲しがっているのも分かる。
でも、何を与えれば良いのか分からん。頼むから、誰か分かる奴に……って、アリエラの所に行くんだな。
そう言えば、違う馬を選んでアリエラとイチャイチャする予定だったのに……って、怒るな!
良いか! その予定が狂ったのは、お前がアレだ! アレ過ぎる! いかん、例えようが無い。兎に角、アリエラよりお前を優先した結果だろうが! 文句言うな!
そんな事を考えながらアリエラの元に行くと、アリエラは全てわかってると言いたげにコイツの頭を撫でながら、話しかける。
「ゴメンなさい。でも、タケル様が此処に来るのは、今日、急に決まった事なんですよ。
だから、知らなかったんです。そんなに拗ねないで下さい」
「申し訳ありません。肝心なことを伝えていませんでした」
エリーザまで謝るし、何か重要なことが抜けてたらしい。
「本来は騎士見習いになる時に教わるのですよ。騎士となったものには、その証として、半身となる軍馬が与えられます。そして、騎士は自らの半身に名前を付けるのです」
「コイツの名前は、まだ無いのか?」
そう言えば、コイツとかお前って思ってたな。
「軍馬は、自身の半身を見つけるまで名前はありません。名前を付けて貰うのを待ってるんです。
だから、タケル様が、この子に名前を付けてやってください」
名前、名前か……そう言えば、ペットを飼ったこともないし、何かに名前を付けた事なんてなかったな。
どんな名前が良いか……
俺が悩んでるので、少しは満足したのか、再び駆け始める。
いや、アリエラから参考意見を聞きたいんだが? ダメ? 自分で考えろと。
赤いから赤兎馬? ダメか。うん。俺も無いって思った。
赤……炎……血……違うな。そんな見た目だけじゃ、お前の価値は言い表せないよな。
う~ん、俺たちは、これから魔族と戦うんだ。こう強そうな名前が良いよな?
魔族……デビル? デーモン? 何か違うんだよな。
お前って魔族を見たことあるか? 無い。そうか。
俺も習っただけなんだけどさ、魔族って俺が知ってる“鬼”って奴に似てるんだ。
角が生えてて、大きくて、人を食う。まんま鬼のイメージなんだよ。
だから、鬼を倒すイメージの名前なんて良いんじゃないか?
「……安綱はどうだ?」
強そうじゃない? いや、待てって。俺たちの世界には、酒呑童子って名前の鬼が居たんだよ。
多分、鬼の中では一番有名な奴。そいつを退治したのは源頼光って人なんだ。丁度1000年前くらいの人。そう、前の勇者と同世代の人だな。
で、その人が酒呑童子を倒した時に使った武器が、童子切安綱って刀だ。天下五剣の1つ……いや、ぶっちゃげ天下一の刀だな。見た目よし。切れ味よし。どうだ? 良い名前の気がしてきたか?
俺は、刀より槍を使う予定だし、そもそも俺にとって刀や槍は消耗品だ。壊れたら新しいのに代えるつもり。だから、愛用の武器に名前を付ける気は無い。
でも、お前の代わりは居ない。ずっと、お前と一緒に戦い続ける。だから、お前が俺の童子切になる。
鬼を、魔族を斬る。いや、斬るっていうのは正しくないな。
「戦うんだ」
お前に隠し事は出来ないからな。正直に言うよ。凄く楽しみなんだ。
俺がいた世界は平和って奴だった。暴力は悪いことだって言われている。
今なら分かる。俺はそんな世界が嫌だった。嫌だったんだ。
そんな世界から逃げ出したかった。
思いっきり戦える場所に行きたかった。その願いが叶ったんだ。
こんな俺が勇者なんか笑えるよな。本当にひどい話だ。
とても他人には言えないよな。でも、お前なら受け入れてくれるだろ? お前は俺だから。お前は俺だから。
分かってるんだぞ。お前も同類だって。戦いたいんだよな? 早く暴れたくて仕方がなかったんだろ?
良いぞ。一緒に行こう。
「安綱、走り抜けるぞ。相手は魔族。最高の相手だ」
強い敵。期待に胸が躍らないか? 生きていれば、どうせ死ぬんだ。だったら戦って死のう。
人のためとか世界を救うとか、そんなのは戦う理由付けだ。共に生き、戦い、殺し、死のう。それだけだ。俺たちは、それだけで良い。
これで、序章となる導入部が終わりです。
かなり頭のおかしい主人公です。もう狂ってます。このままでは戦争に勝っても破滅的な未来しか待っていないでしょう。
ですが、この作品は主人公の戦闘力より、人間性が成長して行く物語……の予定です。
次からは、新章となり、部下を率いる立場になります。その交流なんかで主人公に影響を与えていきたいと考えています。
その前に、幕間として西部戦線、魔王とグロース王国の戦いを上中下の3話になりますが、明日にでも投稿します。
これまで、名前だけは出ていた魔王と人類の英雄。二人のキャラクター性で、この作品の雰囲気や戦いのイメージが付きやすいと思っています。
それまでは見捨てずに、お付き合い願います。




