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根之堅洲戦記  作者: 征止長
平凡じゃない男、異世界に来る。
16/112

解放

この世界の模擬刀は、かなりのクオリティである。錬金術のような金属加工によって、中に空気を含ませているのか。頑丈なプラスチックのような素材で出来ている。

そのため、思いっきり叩かれても大怪我はしない。つまり、治癒魔術で直せるのだ。

それに、竹刀のように棒ではなく、刀の形をしているもんだから、刃筋を立てないと当てても曲がってしまうので、攻撃の訓練にも最適。


「バルトーク殿、もうお止め下さい!」


「ふむ、嬢ちゃんは止めよと言うが……どうじゃ?」


俺は、うつ伏せに倒れたまま、その言葉を聞く。

いやね。痛いもんは痛いんだよ。それに怪我だってするし。

昨日会ったばかりのバルトーク殿に武神の術式を教わり、明日から試合式稽古と言われ、頑張って覚えたけど、初日から実にハードな訓練である。

まあ、武神の力を使用する術式を何とか覚えたものの、強化と回復の切り替えのタイミングが本当に難しい。


「大丈夫です。やれます」


「……ふん」


時間があれば、回復は出来る。

だが、戦闘中に回復するから待ってくれ。なんて言う訳にはいかない。

瞬時に回復できる範囲で、強化しないと……


「どうやら、この程度ではダメらしいな」


そう言うと、このジジィ…じゃなくバルトーク殿は、思いっきり模擬刀で俺を攻撃してくる。しかも、鎧を付けてない部分を!

いや、これは訓練だし、むしろ身になると前向きに…


「何時まで隠し続ける気じゃ!」


いや、何言ってんだ? 訳が分かんねえんだよ。このくそジジィが……

ったく、剣は苦手なんだよ。槍持たせろや……

槍だったら、このジジィを殺し……いかん。だから、落ち着け俺…


「しぶとい!」


再び、叩きのめされ倒れてしまう……アカン骨が折れたな。すげぇ痛いが回復すれば…


「横になったら休めると思うたか?」


倒れた俺に攻撃してくる……おい、洒落になってねぇぞ。

エリーザが止めようと入ってくるが、逆に叩きのめされる。まあ、素手じゃ勝てんか。模擬刀を持ってるのは俺とクソジジィだけだし……最初から、そのつもりで模擬刀を2本しか用意しなかったか。


「残念じゃが、黙って女に守ってもらえるなぞ思うな。嫌なら自分の口で言え。訓練が辛いから優しいエリーザ嬢ちゃんと代わってくれとな」


「まだ、大丈夫です」


「あ? 何か言ったかのぉ?」


横になってたら攻撃される。回復するのも立ち上がってからだと、立とうとしたら頭を何かに押さえつけられる。いや、何かじゃない……このクソジジィ、俺の頭を踏んでやがる。


「殺してやるから覚悟しろよ、クソジジィ」


もう、取り繕うのは止めだ。絶対に殺す。


「それで良ぇ。ようやく本性を見せたな」


嬉しそうに模擬刀を構えるクソジジィ……舐めやがって、絶対に殺してやる。

そう思いながら攻撃を再開する。武神の力も少しずつ馴染んできた気がする。

だが、実力が追いつかない。実戦だったら何回死んだんだろう? 俺は思っていた以上に弱かったらしい。

日が沈むのと同時に、俺の意識は沈んでいった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





次の日、リベンジを誓って、模擬刀を構えて向き合う。昨日はアレだ。武神の力に慣れていなかったし、久しぶりの対人戦だと言うことで、失態を晒したが、今日は違う。

戦いの基本は全て素手だ。武器は手の延長。不慣れな剣だが、俺の動きに剣を使っての攻撃を上手く混ぜる。


ムカつくがクソジジィに隙が無い。だが、隙が無いなら作るまで、体中に強化の魔力を加えると、急激に体温が上昇していく気がする。その気分の悪さをねじ伏せ、一思いに切り掛かるが、難なく躱され反撃を受ける。


その反撃を流し、横薙ぎを出すも途中で攻撃を受けてしまう。

反応が早い。速いでは無く、早いのだ。

一瞬の速さは、そうでも無いのだ。だが、動きに無駄がなく、繋ぎが上手い。だから全体として早くなる。


「なるほどのぉ……技の一つ一つのキレは悪くないが、経験の無さが致命的よの」


回復の魔術を使用している俺に向かって、嘲笑うかのような表情を浮かべるクソジジィ。

通常の攻撃と防御の切り替えに加えて、強化と回復への切り替えに魔術を必要とする武神の力。通常の動きは自然に行えるが、武神の力はそうはいかない。

だが、そんな事は最初から俺だって分かっている。よって動揺する必要はない。


「要するに今後が楽しみって事だろ? 安心しろ、直ぐに超えてみせる」


模擬刀を正眼に構える。剣の持ち方は左手を柄頭の端に合わせる。柄を握る左右の手の幅を広くする事で、振り回すスピードを上げる。広く持つと柄が割れる危険があるので、茎の範囲を持つ方が良いとする流派もあるらしいが、元々、俺は剣の専門では無いので良くわからん。

今は戦いやすさ重視で、防御も斬るも突くも、どうとでも動ける基本の構え。

戦いにおいて、自分が何をするか予想されるのは致命的である。どれ程、速かろうが、威力があろうが、事前に察知されれば、それはボクシングで言うテレフォンパンチになる。


「行くぞ」


身体を強化して、上段から叩き切る、中段への薙ぎ払い。

何度かの攻撃で後ろに下がった。そのタイミングで、左足を前に出しながら、左片手の平突き。

足を組み替えることで間合いを近づけ、柄頭付近を持つため、一気に間合いを詰める技。

身体を捻って避けられたが、そこから斬撃への攻撃へと移行する。


「面白い技ではある。だが、気持ちが追いついておらんな」


俺の一連の連撃を避け、再び間合いを開けた後、何処か呆れた様に呟く。


「気持ち? 何言ってんだ?」


「……正直、上手く説明できん。妙な違和感じゃな。ここで仕留める。そう言った気概が足りんのか。いや、違うなぁ。少なくとも全ての攻撃に最後の一押しが足りんような……

 戦に挑むに、甘さが抜けきっておらんような……殺気はあるが妙に薄い」


戦に挑む心構え。悔しい事に、心当たりがあった。

雑兵物語って本が気になって、(ガラ)にもなく読書をした。それを読んだときに感じた、当時の雑兵たちの倫理観の欠如。価値観の違い。


昔、祖父と見ていたテレビで、槍は叩くもので突くことは出来なかったと言ってる奴が居た。

槍で突くようになったのは太平の世で発展した武術だからだと。いや、打撃戦用の武器が、平和になったから刺突用の武器になるなんて意味が分からん。原因と結果が一致していない。

まあ、その中で、雑兵物語って本が紹介されていた。その中にも槍は叩くものだと記されていると。


もし、その話が本当なら、戦国時代の英雄たちは正真正銘の阿呆の集まりだと、祖父と一緒に笑ったことがある。

織田信長も武田信玄も阿呆だ。俺たちが戦国の世に居れば、簡単に天下を取れる。

何しろ、突けない槍なら、それに合わせて対策を取ればいいのに、英雄たちは何もしていないのだから。

俺たちなら、突きは警戒せずに、上からだけの攻撃に備えた防備をいくつも考えつくし、攻撃においても、長すぎてしなるなら、短く持つという、猿でも考え付きそうな工夫くらいする。


だが、当然ながら、戦国時代の英雄たちが阿呆とは思えない。そんな対策が取られていないと言うことは、槍が叩くだけの単純な武器では無い証明と思える。

それを確認するため、似合わない読書に励むことになった。

結果的に雑兵物語には、槍で突くと言う記述は複数出てくるし、槍が突きに使われていたのは確かとなった。


しかし、そんな事より俺を驚かせたのが、当時の兵の倫理観の無さ、価値観だ。

味方の輸送隊が荷駄を倒して荷物をぶちまければ懐に入れ、同じ隊でも刀に金を使った装飾がされていれば寝ている間に盗む。

戦場へと向かう一般兵。そこにはドラマチックな、背中を預けあう戦友への情や、敵への憎しみもない。


彼らにとって戦場とは職場である。金儲けの場だ。

より、効率的に金を稼ぐ。敵を殺すのも単なる手柄(金儲け)のため。

いや、敵だけではない。


昔は戦場では首を落として手柄にしていた。雑兵も真面目に働いてた証拠として、敵を討てば首を落としていたが、人の頭部はボーリングのボールと変らない位の重さがあり、持ち運びは大変だ。

そこで、重い頭部では無く、鼻を切り落として証拠とするのだが、切り落とすのは、鼻髭が確認できるよう上唇から上を切り落とす。

何故なら、鼻だけなら女の可能性があると見なされ、手柄と認められないからだ。

これは、逆に言えば、女の鼻を切り落として敵を討ったとウソの申告をする奴がいたってことだろう。


何しろ、戦では行軍中には村があり、城攻めともなれば敵方の城下町まで狼藉が行われる。

大阪の陣を描いた絵にも、裸で逃げる女が描かれており、その悲惨な運命が予想される。

居たのだろう。女を犯し、殺して、その鼻を削いで敵を討ったと報酬を要求するような奴が。


だが、それが戦場の現実なんだろう。彼らには愛国心なんかない。敵への憎しみもない。ただ、生活のために戦争に参加するのだ。

土地を持った農民なら、自分の畑を守るため、より広い畑を得るために戦えるが、金で雇われた傭兵は違う。ただ、褒美をえるために、効率的な戦い(楽な金儲け)を選ぶ。

だから、当時の傭兵は農民兵より弱いのだ。


今の俺はどうだ? この世界の人との違いは?


愛国心? ある訳が無い。

魔族への怒り? 微塵もない。あるのは興味だけ。

魔族への恐怖? それも無い。


ああ、薄いはずだ。この世界の人々、戦おうとする者が当たり前に持っているであろう感情が無いのだ。

喜怒哀楽、基本となる感情。

喜びの元となる守るべきものもなく、怒りの元となる敵への憎悪もなく、哀しみの元となる魔族への恐怖もない。

この世界の人々に比べれば、俺のクソジジィに対する怒りなど木っ端のようなものだ。

……だが、1つだけは残っている。


「エリーザ、お前の模擬刀を貸してくれ」


「え? で、ですがコレは」


黙って見守っていたエリーザ。昨日のことがあり、いざとなったら止めようと思っていたのだろうが、余計なお世話だ。

俺の楽しみ(・・・)を邪魔するな。


「さて、始めるぞクソジジィ」


2刀流。別に心得がある訳じゃあない。単にその方が面白そうだからやる。

そう、俺は何のために戦うのか? 武神の力に興味を持った。それ以前に戦乱の世に憧れがあった。

そうだ。悪いが俺は世界を救う勇者(善人)なんてガラじゃあない。戦いを楽しむバカ(狂人)だ。

この世界は、お前らが守りたいと願う世界は、俺にとっては憧れた戦場。


強化の魔術を行使する。身体が熱くなるが、この熱も悪くない。思う様に駆け寄り切り掛かる。

避けられるが、それで良い。その方が長く楽しめる。両手の剣を縦横に振り回す。ジジィの攻撃を片手の剣で弾いたら、もう片方の剣で切り掛かる。避けられる。良いぞ。もっとだ。


全身が痛む。限界が来る。もう少しで負荷で骨が折れそうな気がする。だが、それは本当に限界か? 確かめよう。筋肉の繊維が切れる。肉離れのような痛み。だが動ける。続けよう。激痛が走る。骨にヒビが入った。動かせなくなった。仕方がない。回復する。治ったが痛みは残る。妙な感覚だ。だが続けられる。動かせるのだ。骨折の痛みに耐えるだけで、ずっと戦える(楽しめる)。素晴らしい。続けよう。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




どうやって、この取り繕った男の仮面を外すか、それを考え続けた。

身の内にある凶暴さを発露させなくては、この男は全力が出せないだろう。

言葉遣いは、ようやくらしく(・・・)なってきた。だが、足りない。そう考えていたが。


動きが変わった。これまでは、ぎこちなくはあったが、何処か洗練された動きだった。考えられた技術の裏付けが感じられた。自分が知るのとは違うが、確かな剣術の基本の匂いがあった。

それに比べ、今の動きは出鱈目もいいところだ。だが、一方で違う技術が土台にある。そして、そんな動きの中でも刃筋は通っている。斬ると言う意識は歪んでいない。


しかし、それ以上に驚嘆すべきは痛みに対する耐性だろう。今のタケルには、耐えられない程の激痛が襲っている筈だ。それなのに苦しんでいる様子がない。むしろ楽しそうに剣を振り回している。

狂っている。バルトークの長い人生の中で、おかしいと思えるような人間は何人か居たが、これは飛び切りの異常者だ。

これ程の異常者は、長い人生でも出会ったことが無い。


いや、本当にそうか? 何処かで見たことがある気がする。似たような気配を纏った者を知ってる気がする。

教官をしていた時期もあり、この国の騎士は、ほとんど知っている。

だが、思い出せない。それがおかしい。これ程の異常者なら会っていれば忘れるはずがない。

それでも思い過ごしとは思えない。確かに知ってる気がするのだ。


誰だ? これまで出会った数多くの騎士。戦争前か? 後か? 親しくしていたなら直ぐに思い出せる筈だ。ならば言葉も交わさなかった程の相手か? 幾人もの騎士の顔が浮かんでは消える。

やはり、思い出せない。そもそも、こんな狂った人間が居るとは予想すら出来なかったのだ。

ならば、気のせいだと思う方が……


「……人間? いや」


思い出した。思い出してしまった。あの男に似ているのだ。

鍛え上げよう。そんな気持ちは霧散していた。

この男の仮面を外したことを後悔した。


全力で迎撃する。打ち倒す。だが、立ち上がる。笑いながらだ。

この怪物を倒す。これは訓練ではない。怪物退治だ。今なら勝てる。魔術の行使が未熟すぎる。

そう、未熟すぎるのだ。それは、伸びしろが大きい事を意味している。

なら、今しかない。今の内に倒すのだ。


「タケル殿!」


エリーザの悲鳴。タケルは動かなくなっていた。

気絶し、エリーザに介抱されるタケルを見ながら、この男に似ていると感じた男の名を呟く。


「ヘルヴィス」


会話を交わしたことはない。目の前に立ったことすらない。そんな事が許される存在では無かった。

2回だけ、遠くから目にしただけだ。それは正に恐怖の象徴。人類の敵。魔王。

何故、こんな男が勇者なのだ? いや、こんな男だからこそか?


「この男に命運を賭けるか……随分と分が悪い」



ちなみに、雑兵物語は、多くの雑兵たちの口述で語られています。

槍で叩く話は、槍担ぎの源内左衛門という人物の口述と言う形で語られますが、「槍は突くものとだけ(・・)思いなさるな」「槍の穂先をそろえ、拍子をあわせて、敵の槍を上から叩きなされい。必ず突こうと思いなさるな」正直、突く前提の武器だが、突かないで叩くように言い包めているように見えます。

更に源内左衛門は、「相手が一人か二人と出会った時は突いても構わないぞ」「槍を持っている人数が多い時は叩くしかないぞ」と、語っています。

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