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根之堅洲戦記  作者: 征止長
生きる意味
109/112

陥落


押されて後退する余裕すらなく、切り裂かれるように部隊の中央辺りまで突入されると、ヘルヴィスを先頭とする竜騎兵は、竜巻のように回り始める。

身体の中に入られ、抉りまわされているようだ。

ブライノフは、そんな感覚を味わっていた。


「無理にヘルヴィスを追うな! 周囲を削れば良い!」


タケルの率いる赤備えとの訓練で、ある程度の対策は出来ているつもりだった。

だが、ヘルヴィスの放つ異様な雰囲気に呑まれたせいか、思うように動けず、次々と討たれていく。

ヘルヴィスと目が合った。その進路をこちらに向ける。


「ただでは死なん!」


迎撃の構えを取る。

迫りくる黒い怪物。それは死そのものに見える。

だが、迫りくる死の化身は、目前まで迫って、唐突に向きを変えた。

それを追う前に、視界が赤に染まる。

黒い怪物に対する赤い怪物。ヘルヴィスの竜騎兵は、タケルの赤備えの攻撃から、逃げるように去って行った。


「無事か」


タケルが近付いてくる。

その姿に安堵の息を零す。

情けないと思いながらも、やはり、ヘルヴィスと正面から渡り合えるのは、この男しかいないと納得する。


「すまなかった。せめて、体力だけでも減らそうと思ったのだが、それすらさせて貰えなかった」


「気にするな。悪い考えでは無いさ」


「だが、この様だ」


「結果だ。今は休め。俺達もそうする」


そう言って、タケルは離れていく。

実際に、赤備えは休息に入るのだろう。昼間からの戦闘で、かなり消耗しているはずだ。

ブライノフも休みたかったが、今は損害を整えるのが先だった。


「被害は?」


確認すると、1000騎近くが討たれるか、重傷だった。

その惨状に、拳を握りしめる。

クルージュの出した伝令が、ヘルヴィスの先行を報告してきた。

その報告から間もなく、ヘルヴィスが現れ、突然の戦闘に入った。

知らせを受けていたので、混乱することも無く迎撃できたが、実際に戦闘が始まると、ヘルヴィスの竜騎兵と渡り合えるのは、赤備えのみと言う状況だった。


夜間に入り、一旦別れたが、ブライノフは夜襲とまではいかなくても、ヘルヴィスの休息の邪魔をしようと攻撃をしかけた。

そう、休息の邪魔だ。本格的な攻撃では無いため、自軍の被害を抑えることを念頭に置いていたが、竜騎兵の攻撃は予想の遥か上をいっていた。

眠りを邪魔された怪物のように暴れ、ブライノフの部隊を蹂躙したのだ。


休んでいた赤備えが介入してきたので、ブライノフは助かったが、あのまま続けていたら、間違いなく首と胴が離れていただろう。

今のブライノフは、情けなさに震えるしかなかった。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





兵糧として配られた硬い麦餅を割り、口に入れる。

麦餅と言うより、固めた雑穀と言って良い食べ物だが、保存性を高めるために入れられた大量の塩が身体に染みるようだ。


決して美味しい食べ物では無い。

それでも、イオネラに言わせれば、大きな塊を口に入れて少しずつ食べていると、たまに甘く感じる時があって幸せだそうだが、そんな事をしているのは彼女くらいだ。


その真逆がタケルだろう。握りしめて粉々に砕いたものを口に放り込む。

味わうことなど無く、栄養補給と言った姿勢は、アザカに聞いた食事が贅沢な向こうの世界で、どう過ごしてきたのかと不思議になるほどだ。


そのタケルは不機嫌そうに、二個目を砕いて口に入れている。

タケルだけではない。ヴィクトルもエリーザもイオネラまでも、不機嫌そうにしている。

全員の機嫌が悪い理由は明白だ。

ヘルヴィスの戦い方が気に入らない。何を考えているのか分からないのだ。


三日前に唐突に戦闘へと突入した。

その日の夜にブライノフ将軍の部隊が大きな損害を受けたが、それ以降は互いに損害らしい損害は無い。

魔族の騎竜部隊二千と竜騎兵五百が、ロムニア軍三万五千と対峙しているが、魔族は正面からのぶつかり合いを避け、少しずつ後退している。

思い切って包囲しようとすると、竜騎兵が王都へ向かう姿勢を見せるので、少しずつ押していくしかない。

この煮え切らない戦い方に、全員が苛立っていた。


他にも、ザルティムが見当たらない。

おまけに、今回の戦闘では、竜騎兵は替えの騎竜を用意せず、赤備えと同じく、定期的に自分の足で駆けて騎竜を休ませる方法を取っていた。

まるで、タケルに対する当てつけである。そんな対抗心を感じさせる行為をしておきながら、正面から戦う事を避けている。


ヘルヴィスなら、タケルを狙うと思っていたのが、逆に赤備えと距離を置き、他の部隊を盾にするような戦い方をするので、時間ばかりが過ぎている。

この戦いに向けて、随分と無茶な訓練もしてきたが、それを発揮することも出来ない。


「まさか、初日のように、他の部隊が突っ込んでくるのを狙っているのかな?」


「う~ん、それを続けたところで、最終的には、向こうは疲弊した状態で、俺達と戦う事になるんだが」


ルウルの思い付きを、ヤニスが否定していた。

全軍での会議では無いが、それぞれが近くにいる仲間とヘルヴィスの狙いについて相談していた。

今回のヘルヴィスの行動は、目的があまりにも曖昧で、全員が疑問に思っていた。


ここまで、騎兵だけで疾駆してきたにも関わらず、戦闘では赤備えを無視して、他の部隊を削るような戦い方を続けている。

確かに、最初からタケルを狙ったとしても、全軍で邪魔をする。

それを避けるために、他の部隊を削るという考えは理解できないでも無いが、それを続けたらヤニスの言うように、先に疲弊するのはヘルヴィスの方だ。


それよりも、赤備えが他の部隊の救援と言う行為に集中したところを見計らって、反撃に直接タケルを狙うと考えた方が説得力がある。

しかし、そんな手に引っかかるほど、決してタケルは甘くない。

それが分からないようなヘルヴィスでは無いはずだ。


二つ目の麦餅を割った瞬間、強い風が吹いた。

冷たい風だ。赤備えは寒い季節の野営にも慣れているが、他の部隊は辛いのか知れない。

だが、それ以上に魔族は辛い状況だろう。

魔族自体は平気でも、食糧として連れてこられている人間が持たないだろう。


「食糧……カラファト城」


「アリエラちゃん?」


自分の唐突な呟きに、イオネラが反応する。

自分が考え事をする際は、会話相手になってくれる。黙って考えるより、イオネラと話している方が考えがまとまるので、甘えることにする。


「イオネラ、魔族の本体は何処まで進んでいるのでしょうか?」


「ん? ヘルヴィスが来る最中に狼煙台を壊してきたから、連絡は入っていないけど、今までの速度から計算して、残り三日くらいでカラファト城へ着くくらいかな? そのまま進んでいたならって前提だけど」


「そうですよね。連絡が入っていない。クルージュ将軍なら普段から伝令を放っているでしょうし、まして、狼煙台が破壊された事は気付いているはずです。

 それなのに連絡が無い。不自然すぎます」


「エリーザちゃんやヴィクトル副長らも言ってたけど、多分、ザルティムが動いている。ここで見当たらないのは、伝令を潰している」


「何故でしょう? 本体の行動として、予想されるのは、引き返すか進むか。

 どちらにしても、悟られたとして、それほど困るとは思えません」


「それ以外の行動をする?」


「それ以外とは?」


イオネラが沈黙する。

そう。進むか引く以外は、考えられないのだ。

例えば、迂回したり、そんな行動も考えるが、その行動の意味が考えられない。


「重要なのは目的です。

 一番に考えられるのは、タケル様との戦い。これはタケル様の生命と言い換えても良いでしょう。

 次に王都を落とす。王族を討ってロムニアと言う国を制圧する。

 どちらにしても、今の行動に結びつきません」


「じゃあ、それ以外の目的があるってこと?」


「そう考えるのが正しいかと。

 それで、考えられるのがカラファト城を獲る事です。

 あそこを獲れば、魔族はロムニアに駐留したまま冬を越せます」


「カラファト城を? どうやって?」


「それ、なんですよね」


カラファト城の防御は万全だ。

高い城壁は頑丈に作られており、アザカから見ても大砲の攻撃にも耐えられるそうだ。それこそ同じ場所に数十発も当てれば壊れるだろうが、その前にバリスタという兵器で反撃できる。

それに、跳ね橋を降ろさない限り、直接攻撃も不可能で、アリエラだけでなく、ロムニアの騎士で、あの城を落とせると言える人物はいない。


「アザカ様も、あの城を落とすには、大砲や投石機以外の方法が必要だって言ってたし、それを警戒して、進軍している魔族が運んでいる者に関しては、事前に調べていたよね」


「大砲と投石機、それに付随する弾と思われるもの……毒ガスという線は本当に大丈夫でしょうか?」


「大丈夫じゃない? アザカ様が警戒していた毒ガスって兵器は、風向きにさえ気を付けていれば、そこまで凶悪なものは出来ないって言ってたし」


アザカは、大砲以外に投石機と思われる部品を運んでいる事を気にしいた。

大砲がありながら、投石機も用意している。その意図に悩んでいた。

単純に複数の攻城兵器を用意したという線が濃厚だが、投石機が大砲より優れた点は、城内にモノを投げ入れる事だ。


投石機で飛ばすことが可能で、大砲の弾より危険なモノ。

火事を引き起こす燃焼物。流行り病に感染した人の死体。そして毒ガスという吸えば死に至る毒物を空気に混ぜる。

それの対策として、人の死体が放り込まれたら直ぐに焼くように指示して、そのための油を用意している他、風向きが分かるように、小さな旗を複数の場所に設置している。


「本気で難攻不落だと思うよ」


「ですよね。考えられるだけ考えつくしていましたし」


それこそアザカは、内応の可能性まで考慮していた。

クルージュ将軍や他の将軍が、人が魔族に応じる訳が無いと一笑に付していたが、家族を人質に取るなど、やむを得ない状況に追い込まれる可能性を考慮し、単独行動を禁止し、常に複数で行動するようにしている。


「落ちる訳がない。そのはずです」


そう呟いて空を見上げた。

何時もより星明りが綺麗だと感じた。

満月だと、月の明るさに圧されて、星が目立たない。

月を探すと、太刀のように細い月が見えた。

明日は新月で、完全に月は消えているだろう。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




そして、翌日。昼過ぎにヘルヴィスは突然の撤退を始める。

追撃を行うが、ヘルヴィスは途中に替えの騎竜を待機させており、追い付くどころか、その距離は離されていった。

この分だと、ヘルヴィスは日没後にはカラファト城に到着するだろう。それに比べ、自分達がカラファト城に到着するのは深夜。それも明け方に近い時間だ。

あの城は落ちないはずだ。そう思いながらも、焦燥が身を包む。


「アリエラ、駆けるぞ。最速で追い付けるように調整しろ。

 追い付いた後の戦闘は考慮しなくていい!」


「了解です! 前へ出ます!」


それは、前を駆けるタケルも同様らしく、追い付いた後の戦闘を無視するという、考えられないような命令を出す。

アリエラは、その指示に従い、最短の時間で進めるよう、軍馬の限界を見極める。


タケルは、何時になく安綱より遅い他の軍馬の動きに苛立ちを隠せないでいた。

アリエラが軍馬の限界を伝えるたびに舌打ちをする。その冷たい態度に泣きたくなる気持ちもあるが、それ以上に、焦燥が伝わってくるし、アリエラ自身も不安だった。


そして、遂にカラファト城が見える。

誰かのウソだという悲鳴染みた声がした。

城門前と城壁の上に炎が上がっている。それに、軍勢に囲まれてはいないが、闘争の気配がする。

城内で戦いが起きているのだ。


「手遅れか」


タケルの冷たすぎる呟きが全てを物語っていた。

何があったかは分からないが、跳ね橋は上げられており、城は傷ついたように見えないが、魔族の侵入を許しているようだ。

いや、既に制圧戦に移行している。目の良いアリエラには、城壁の上の炎に照らされるソレが見えた。


「城壁の上、ヘルヴィスです。戦闘はしていません」


「アレか」


城壁の上で、ヘルヴィスは腕を組んだまま、こちらに視線を送っていた。




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