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根之堅洲戦記  作者: 征止長
生きる意味
108/112

ヘルヴィスが来る




10月になる前に、狼煙が上がった。

通常の異常なしの色では無い。侵攻を知らせる色だ。

総勢三万を超える軍勢がロムニアの領土に入った。


伝令が活発に動き、数日後には詳細な情報を集めて来る。

歩兵だけで三万。騎竜に騎乗した部隊は二千。大砲や大きい柱を運んでいる部隊が一千。それに補給物資と思われる荷車が続き、そして竜騎兵五百。

騎竜部隊の数は予想より少ないが、やはり攻城兵器と思われる部隊があった。


「結構な速さですが、今のペースだと11月になりますね」


「やはり、ヘルヴィスは、こちらが向かって来ると予想していたのか?」


ロムニアの国境から、王都まで歩兵なら一か月はかかる。

もし、奴が俺との戦闘を望んでいるとしたら、その手前で俺が迎撃に向かって来ると予想しての行動としか思えない進軍だった。

だが、俺達の目的はギリギリまで引き込む事である。


「手前の城は大丈夫か、再度確認を」


こちらが迎撃に出ない場合の魔族の行動予想として、一番可能性が高いのが、カラファト城の手前の城を占拠する事だ。

そこなら運んできている食糧も凍死を免れる。まあ、数が少ないから影響は大してない。

ここで問題になるのが、故郷愛溢れる民間人だ。

死ぬなら、せめて育った場所で。そんな事を言いだして危険な場所に行く奴がいるかもしれない。

気持ちは分からんでも無いし、別に死にたいなら止めないが、ここでは敵の食糧になるので認める訳には行かなかった。

周辺の城や郷に人がいないか確認するために人を派遣する。


「下手に余裕があるため気が抜けかねないな」


これまでは、旧モルゲンス領に魔族が集結していたので、魔族が行動が判明してから急いで迎撃準備をする必要があったが、今回は遥か先で察知され一か月以上も準備期間がある。

慌てるより良いかもしれないが、妙に弛緩した空気があった。


「モルゲンス領に到達した時点で出発してはどうか?」


俺達は慣れているが、冬の野営は楽ではない。

あまり早めに出ても体力を消耗するだけだ。

モルゲンス領からカラファト城までは、王都からの距離と比べて5割増しになる。

そこで出陣すれば、こちらが一足先にカラファト城へ到着する計算になる。


「よし、それで行こう」


そう言いつつも、ヘルヴィスが予定通りに動いてくれるのか、妙に不安がある。

そもそも、何も考えずに真っ直ぐに向かうのか?

咽喉に痞えたような気持ち悪さを抱きながら、ヘルヴィスの動きを見守り続けた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





ヴァルデンは、不安と苛立ちを押さえながら、進軍の指揮を執っていた。

総指揮を任すと言って、ヘルヴィスが離脱してから十日は経過している。

何処まで行ったというのか、供はザルティムのみである。

普段なら気にもしないが、ロムニアは別だ。直接は見たことは無いが、ヘルヴィスの角を追った怪物がいるのだ。


帰還したヘルヴィスは確かに強くなっていた。

これまで喰った騎士の技量に加えて、異世界の武術はヘルヴィスの技量を高くしている。

今のヘルヴィスなら、かつてのように、三千の騎士に囲まれようとも問題は無い。

ただ進み、自分の攻撃範囲に入ったものだけを確実に葬るだろう。戻ろうと思えば、そこへ向かって進むだけで良いのだ。


だが、その異世界の武術の使い手であり、ヘルヴィスを強くした勇者がいたら話は別だ。

ただでさえ確実に勝てる保証はない上に、包囲されたら離脱は困難どころではない。

ヘルヴィスの性格だと、単騎で勇者に会いに行きかねない。

そんな不安が過るほどに、ヘルヴィスは勇者に執心していた。


「ヴァルデン殿、ヘルヴィス様はまだか? 

 まさか、お一人で勇者の元へ向かったのではあるまいな?」


騎竜部隊を指揮するアビュールが、苛立ちを隠さずに近付いてきた。

他人が癇癪を起していると不思議と冷静になれるものだ。


「そんな訳があるまい。あれほど此度の戦を楽しみにしておられたのだ。

 単騎で突っ込んで楽しめると思うか?」


「それはそうだが、奴らは尋常(マトモ)にぶつかる気は無いぞ」


ロムニア軍の目的は見当がついている。

領土の奥深くまで引きずり込んで、糧食を絶った上での殲滅狙いだ。

折角、取り戻した領土を空白にし、食糧が手に入らないようにしている。

その上、後方にも軍が展開していると斥候から知らせが入っている。


「まあ、確かにこの辺りが分岐点だな」


この先に進めば、戻る途中で食糧が無くなってしまうだろう。

今から戻れば、後方に展開している軍を蹴散らせば良いだけだ。後方の軍に、名のある将はいないようだ。

だが、これ以上進めば、本体の軍から追撃を受ける。ロムニア軍の将軍は決して甘く見て良い相手では無い。


「だが、カラファト城を奪えば解決だろう」


「そう上手く行くか? 大砲は強力だが、あそこの城壁は頑丈だと聞いている」


カラファト城は、次の目標としてグラールスが調べつくしている。

その結論は、簡単には落ちないだ。

だからこそ、グラールスは大砲を研究していたのだ。


「ヘルヴィス様が御帰還です」


その言葉に視線を前へ送ると、ヘルヴィスとザルティムが戻ってきた。

真っ直ぐにヴァルデンの所まで来る。


「進軍の速度は変えていないようだな」


「はい。速度を上げるには、大砲の運搬が困難ですので。何か問題が?」


攻城兵器を任されたゾロターンの部隊は、走るのは速いし体力もある。

しかし、それでも大砲の重さは厄介で、その速度を落としてしまう。


「ああ、あの煙がな」


そう言って、ザルティムを見ると、ザルティムが説明を始める。

あれは狼煙と言うそうで、遠くへ情報を伝えるもののようだ。

すでに、こちらがの速度は掴まれているので、何時に到着するか、向こうは予測済みらしい。


「それに、カラファト城を見てきたが橋が無くなっていたぞ」


「いや、ですから跳ね橋と言って、橋が降りてくるんですよ」


「凄いよな。是非、見たいものだ」


笑いながら話すが大問題だ。

これで、ますますカラファト城を獲ることが困難になった。


「撤退しますか?」


「いや、このまま進む。速度も変えるな」





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




遂に魔族の軍勢が、モルゲンス領に到達した。11月に入っている。この寒さだと魔族の食糧は夜を超えるたびに減っていくだろう。

狼煙台での素早い情報は、余裕を持った行動を可能にし、万全の準備を整えて、出陣の挨拶をする余裕さえあった。


「死力を振りつくします」


陛下の前で片膝をつき、出陣を伝えると、軽い儀式めいたやり取りを終えて立ち上がる。

勝利の約束など最初から出来るわけでもないが、周囲を喜ばせる余裕も今の俺には無かった。

予想を一歩も外れることの無い進軍ペースに、逆に不安になって来る。


そして、出陣した翌日に、早速予想とは異なる合図があった。

突如進軍速度を上げた。それも一部だけだ。

急を知らせる知らせは、短い間隔で伝わってくる。

正確な数は分からないが、速度から言って騎兵だけが先行しているようだ。


「まさかヘルヴィスの奴、隊長の顔だけ見て帰るとか言い出さないよな」


突然の動きの変化に、ヴィクトルが取りあえずの、有り得そうな予測を口にする。


「ありそうな気もするけど、そこまで無謀かな?」


「ですね。流石に騎兵だけでは逃げようにも逃げられません」


イオネラもエリーザも、その予想には否定的だ。

先行している騎兵の行動は伝わるが、狼煙台を破壊しながら進んでいるので、後続の本体の動きは不鮮明だ。

だが、歩兵が騎兵並みの速度で進んでくるわけは無いので、このペースだと差は開く一方だ。


「速度を上げたいが、それを狙っている可能性もあるな」


「お互いに騎兵だけでか。だとしたら、それこそのる訳には行かないな」


「あれを」


エリーザが指さす方向を見ると、最寄りの狼煙台から、新たな狼煙が上がっていた。

その内容は、ヘルヴィスの部隊がカラファト城まで到着したようだ。

数と速度から言って、やはり騎兵だけらしい。


「まさか、騎兵だけでカラファト城を攻略する気か?」


「有り得んな」


進軍速度を上げたい。

そんな焦燥を押さえつつ、これまでと変わらない速度で進軍を続けた。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「伝令を出す」


目の前の光景に、クルージュは怒りを抑えつつ、配下に指示を出す。既に狼煙の合図は出しているが、細かい情報を伝えたかった。

ヘルヴィスが、竜騎兵と騎竜部隊を率いて、カラファト城の目前に到着すると、そこで食事を始めたのだ。

ざっと、三体で一人を食べているらしい。


「明らかに多い。何日かは食事を抜く気だな」


鮮花の尋問で発覚した情報の一つが、魔族の食事の量だ。

普段は、人間のように一日に数回は取らない。多くて一度だけ。量も10から20体で一人くらいだ。

戦時中になると、更に少なく、下級兵は100体で一人を喰うらしい。

だが、食べようと思えば、2体で一人を食べることも出来る。その場合は数日は食事をしなくても済む。


人間も数日は水だけで生きることが出来る。

赤備えは、タケルの性格なのか、極限まで追い込む訓練を行うことが多くあり、三日間、水だけで戦う訓練もしているが、魔族は全てがそれを出来るようだ。いや、食い貯めという行動には人間より適している。


今の行動が、カラファト城の兵を挑発している可能性もあるが、それだけでは無い気がする。

ここで挑発に乗って門を開ければ良し。開けなければ腹を満たしたうえで、タケルの方へ向かうのだろう。


「竜騎兵と、騎竜部隊2000騎。食事なしで戦闘する気だ。

 ここから駆ければ、今夜か遅くとも明日の朝から戦闘に入るだろう」


伝令の騎士が、今の言葉を復唱し、去って行く。

ああは言ったが、もう一つの可能性、跳ね橋が降りた瞬間に攻撃してくる可能性もある。あるいは伝令を攻撃するか。

緊張しながら、跳ね橋を降ろす指示を出す。


「動き、ありませんね」


副官の言葉に返事することなく、跳ね橋が降りるのと、魔族の動きを見守る。

やがて、橋が降りると、橋を渡って、伝令の騎士が、換え馬と一緒に飛び出した。

橋を上げる指示を出さずに、魔族の動きを見つめ続ける。


「何を考えている」


全く動かない。

伝令を追うことも無く、跳ね橋が降りているというのに、こちらに寄っても来ない。

別の方向からの奇襲も警戒しているが、それすら無かった。

ただ、食事を続けている。


「橋を上げろ」


跳ね橋を上げる指示を出し、考え続ける。

今の動きを見る限り、カラファト城に興味が無い。

それなら、タケルの首が狙いか。

直接、タケルの首を獲る。それが最も考えられそうな事だし、ヘルヴィスらしくもある。

だが、引っ掛かるのが、ヘルヴィスはここへ来るまで、途中にある狼煙台を破壊している事だ。

その所為で、ヴァルデンが指揮していると思われる、魔族の本体の動きが不鮮明だった。


「斥候の数を増やす。100騎、いや、500騎を編成して城の外へ出す」


城外に出る部隊を編成する。

何を調べろと具体的な指示を出せない。ただ、異変があれば報告しろという曖昧なものでしかない。

それ故に、もう少し数を増やしたい気もするが、あまり多く出し過ぎると、肝心の城の防御が(おろそか)かになる。


言い知れぬ不安を抱きながらも、単にヘルヴィスの影に怯えているだけのような気もする。

城外に出る部隊の編成が終わったと同時に、ヘルヴィス達が食事を終え、王都方面へと向かった。


「よし、斥候部隊は城外に展開。半数はヘルヴィスには追い付けないだろうが、後を追え。

 残り半数は本体の動きを見張れ」


指示を受けた斥候部隊が城を出る。

部隊が出て、跳ね橋が上がるまで、再度の緊張を強いられたが、結局は何もなかった。

ただ、ヘルヴィスが近くに居た。その影響か、ヘルヴィスの向かった方に、視線を送り続けた。





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