魔族軍の陣容
ゾロターンは、グラールスの側近だったが、主を守る事が出来ずに敗走した。
敗戦後は、ヴァラディヌス城に引き上げ、籠城しながら迎撃の準備をしていたが、実際は違う。
怯えていたのだ。心に焼き付いた赤い怪物に、怯え続けていた。
何とか耐えられたのは、戦友であるシエールがいたからだ。一人では耐えられなかっただろう。
そんな中、竜騎兵が現れ、城の放棄と西への移動を命じられた。
移動は最初、騎竜に騎乗していたが、途中でヘルヴィスに追い付かれると、徒歩での移動を指示された。
走れ。走って到着が遅ければ首を刎ねる。そう言われた。
だから走った。何も考えられなくなるまで走り続けた。
思えば、グラールスが討たれた後、何も出来ずに逃げる時も走り続けた。
そうしなければ、赤い怪物に殺されていただろう。
走り続けた。走る事が生きる事。そう思えるようになっていた。
西に到着すると、戟という武器を持たされ、訓練に参加した。
戟の扱いは上手くなれない。シエールは上手く使えるようになっていたが、あんな風にはなれない。
それでも、走る事だけは負けなかった。
そんな自分が、何故か部隊を率いるよう命じられた。
1000だ。自分にまともな指揮が出来るとも思えなかったが、命じられた以上はやるしかなかった。
同じように、グラールス配下だった者が集められた。
そこで部下に命じたのも走ることだった。
走ることが出来れば生きれるのだ。
それを徹底させるために、遅れたものは更に追加で走らせた。
今日も部隊を率いて走った。
部下も不平を言うことが無くなり、何処の部隊よりも走り続ける。
走っていると、竜騎兵が訓練している光景が目に入った。
ヘルヴィスが100騎程を率いて、残りの部隊が迎撃している。
以前は見られなかった訓練内容だった。これまでは、如何に一体となるかの訓練だった。
変更の理由に見当がついた。
赤い怪物との戦いを想定しているのだ。
竜騎兵は全員が精強な兵士だ。技量に関しても、魔族を遥かに上回る人間の騎士に劣らない。
一人一人がグラールスのような屈強な剣士であった。
そんな竜騎兵だ。今までは攻撃をする事だけ考えていれば良かったが、赤い怪物の出現でそうはいかなくなったのだろう。
だが、自分が考える事では無い。
今は走って、その後で戟を振る。力が抜け切った状態で始める方が、良い動きが出来るからだ。
そして、暗くなるまで戟を振った後、呼び出しを受けた。
走ってそこに行くと、ヘルヴィスの元に指揮官が集まっていた。
自分が最後だったらしい。
「遅くなりました」
「いや、遅れてはいない。むしろ予想より早かったくらいだ」
ヘルヴィスの機嫌は悪くないようだ。
安堵しつつも、周囲にある道具が気になった。
「これを知っているか?」
「こちらは、おそらく大砲と言うものだと思います。グラールス様が研究していました。
ですが、こちらは分かりません」
円柱を組み合わせた土台に、長い棒が取り付けられている。
旗を刺すにしては太すぎるし、何のために使うのか見当も付かない。
「説明しろ」
ヘルヴィスが命じると、人間が説明を始める。
鍛冶屋かと思ったら違うようだ。
ヘルヴィスに怯えながらも、自信ありげに説明を始める。
予想通り大砲だった。
銃より大きい弾を撃ち出せる。
数発も当たれば、城壁を壊すことが出来るそうだ。
カラファト城の攻略を考えているあろうと思った。
そして、もう一つの道具の説明もあった。要するに石を飛ばす道具らしい。
土台になる円柱は、分解する事で運びやすくなるようだ。
ただ、一番長い棒は、身長の10倍くらいある。
しなりのある素材で作ったので「ナントカノゲンリ」の計算よりも飛ぶらしいが、それでも大砲ほどでは無いので、あまり役に立たないそうだ。
だが、爆発物を投げれば、城壁を超えて内部を焼くことが出来るかもしれない。
「ゾロターン、その男の脳を喰え」
「はい」
命令の内容に驚いたが、拒否はありえない。ヘルヴィスの命に従い、男に近付くと頭に手をかけた。
助けを請う男の叫び声を無視して頭蓋を割り、中身を啜る。
この男が何者か分かった。勇者だ。人間の城を攻める道具を作っていたのだ。
その甘ったれた思考に吐き気がするが耐える。幸い、間違っても同化する心配は無さそうだ。
「使い方は分かるな?」
「お待ちください」
記憶から大砲の記録を探す。
それと同時に投石器に関しても思い出すように理解した。
「大丈夫です」
「よし、この道具の管理はお前に任せる。お前の部隊で運用してもらうぞ」
ここにあるだけでなく、東にある城で量産しているらしい。
だが、これが必要になるのかと疑問に思う。
ロムニア軍は、前回と同様にカラファト城より北で迎撃するだろう。
攻城戦の準備より、あの赤い怪物を相手に全力を費やすべきだ。
ヘルヴィスの折れた角を見ながら、それを言うべきか悩む。
不敬な考えかもしれない。
だが、あれを相手に油断しているのを放置する理由は無い。
そう口にしようとしたところで、ヘルヴィスの張り手が飛んできた。
その重さに吹き飛ばされる。直ぐに立ち上がるが、ヘルヴィスは首を傾げていた。
「流石に手強いな。まあ、タケルに刻まれた恐怖だ。簡単にはいかぬか」
何処か嬉しそうに呟くと、背中を向けて立ち去る。
その背中に声をかけるべきか迷っていると、ザルティムが肩に手を置いた。
「お前が、ロムニアの勇者に怯えている事は分かっている。
その事で、あれこれと迷ったり躊躇ったりしていることも」
知られていた。
その事に弁明しようとするが、直ぐに無意味だと察した。
同時に、先程までの悩みも無意味な事だと思う。
ヘルヴィスなのだ。油断するなと言っても聞く耳を持たないし、危険を察知する能力は常軌を逸して高いのだ。
そのヘルヴィスが言うのだ。やれと言われたらやれば良い。それだけだ。
「少しはマシになったようだが、あまり考えすぎるなよ」
それだけ言って、ザルティムも去って行く。
それを見送っていると、シエールが近付いてきた。
「俺もやられた」
そう笑いながら言う。
どうやら先に洗礼を受けていたらしい。
共に赤い怪物に心をやられていたのだ。それを打ち破ることが出来るのは黒い魔獣の王であるヘルヴィスしかいない。
「それにしても、どう訓練するんだ?」
「使ってみるしか無いな。それに進軍はこれが一緒だ。走り方も変える必要がある」
シエールの質問に答えながら、自分がやる気になっている事を感じる。
大砲も投石器も、使ってみて、威力や距離の把握を身に付けつつ、滞りなく扱えるようになるしかない。
それと同時に、この重さと大きさだ。それに弾も必要になるから、運び方が重要になる。
「幸いと言ってはなんだが、騎竜は必要ないから馬を使える」
基本的に食糧などの搬送には、人間が飼っていた馬を使っている。
馬は魔族を乗せることは無いが、軍馬と違いある程度の言う事は聞くので、荷車を引かせることは出来る。
欠点として、騎竜が近くに居ると怯えて逃げようとすることだ。何しろ、騎竜は馬をエサの一つにしているし、戦陣では馬が引く荷が無くなるとエサとして与えることも多い。
馬にも知能はある。それに感情も。
魔族は人間の脳を喰って知性を得るが、それを喰わなくても考えたりするのだ。馬も同じだろう。
今までとは違う使い方で扱えば、他の馬より優秀な馬に育つかもしれない。
ゾロターンは騎竜に乗る気は無いので、怯えさせることは無い。
馬の数が足りるのか不安になってくるが、やってみるしか無いだろう。
「俺のことより、お前は良いのか?」
「アビュール殿の訓練に付き合わされているからな。
嫌でも強くなるさ」
シエールは、2000体を預けられているが、ヴァルデン等に比べると練度が高いとは言えない。
そのためか、新設されたアビュールの騎兵の訓練に付き合わされることが多くなっている。
これまで、分散されて配置されていた騎竜を、一か所に集めて2000騎の騎竜部隊が誕生したのだが、訓練が捗っていないらしい。
これまでのように、実戦訓練に向かったグロースでは、相手が逃げてしまい、訓練にならなかったらしい。
それは、他の部隊も同様で、どうやらグロースは方針を変更したようで、こちらを相手にしないようになった。
何を目的としているかは不明だが、グロース軍は現状では戦力の維持に努めているようだ。
その代わりに、内部での訓練が激しくなっているが、アビュールは、自身の訓練と共に、ロムニアの騎兵に対抗できる歩兵を作ろうと考えた様で、そこでシエールが抜擢されたようだ。
「赤い魔獣は無理でも、グラールス様とぶつかった軍は防げるようになりたいし、アビュール殿もそこを目標にしている」
ロムニア軍の総大将だったアーヴァングが率いていた部隊だ。
それは、ゾロターンの脳裏にも鮮明に焼き付いている。
グラールスの猛攻を受け止めた、槍と太刀を同時に使う部隊の練度は、他よりも高い。
「だが、あんな器用なマネが出来るのか? 戟さえ使いこなせているか疑問だろ?」
「そこは単純に行くそうだ。戟で軍馬から突き落とす。引っ掛けて引きずりおろしもする。
その後は騎竜に踏み潰させる」
騎竜には、蹄では無く爪が付いている。
本来は獲物に飛び掛かって、その爪で相手を引き裂く武器だ。
確かに、騎竜の前で地面に倒れたら、無事では済まないだろう。
「だが、ロムニアには歩兵がいる。数では一番多いぞ」
「問題はそこだな。まあ、そこを考えるのはアビュール殿だ。
それに、陣容は伝えているし、突撃しながら戟の攻撃を弾く訓練はしている。
だが、あの方の目当ては敵の騎兵らしいぞ」
「騎兵を封じて、歩兵同士で勝ちを狙うか」
「そうらしい。上では色々と考えている。
お前の攻城兵器も、意外な使い道を考えているかもしれない」
確かにそうだ。目標をカラファト城と決めつけていたが、もしかすると王都を攻略することもありえる。
他には、先にカザークを潰してから、二方向から進軍する事もあり得る。
それに大砲は野戦にも使えるのだ。攻城戦と決めつけるのも間違っている。
「俺が、どれだけ使えるかによって、作戦の幅が変わる。そう考えるとする」
そう言って、大砲をどれだけ早く動かせるか、この重そうな物体を見ながら、考え始めた。




