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根之堅洲戦記  作者: 征止長
生きる意味
104/112

ゲオルゲの影


「鮮花、良いか?」


ドアの外からタケルの声がした。

時間は深夜に近いが、タケルが来るのは予定されていた事でもある。

入室許可の返事をして、タケルの入室を促す。

入室したタケルは、髪の毛が濡れていた。訓練後に入浴したのだろう。


「どうでした?」


閲兵式から三日が経過していた。

騒動も落ち着き、業務も通常作業に移行し始めた事もあり、タケルは久しぶりに騎士見習いの訓練を見に行ったはずだ。

そこで、ロディアに確認すべきことがあった。


「ロディアでさえ、同様だったよ。

 名前を呼ばれた時、何故か兄だと思ったらしい。その事に落ち込んでもいた」


ヘルヴィスが、ゲオルゲを喰っただけでなく、そのゲオルゲに似ている。

そのことで、ゲオルゲの知り合いだった者に動揺が広がっていた。

魔族が脳を喰う事で、その知識を得ることは知っていた。

基本的に記憶を頭の中に入れ込むようなもので、多少は影響を受けるということも知っている。


しかし、だからといって人間から見て、故人と重ねることがあるとは思わなかった。

しかも、ゲオルゲ・ライヒシュタインを見たことは無いが、享年は12歳で、あのエリーザの弟で、ロディアの兄である。

どう想像しても美少年だろう。事実、聞いた限りではそうだった。とても魔族であるヘルヴィスとは重ならない。


「違いすぎると思うんですが」


「見た目では無く、雰囲気がな。それに、ゲオルゲの影響力の強さが裏目に出たのかも」


「どういうことです?」


「改めて思い返すと、誰もゲオルゲを語る時は、外見を口にする奴はいなかった。

 不愛想ってのを入れれば別だが、愛想ってのは、どちらかと言えば性格だろ?」


エリーザもロディアも、その外見が先ずは話題になる。

いや、あの兄弟は全員がそうだったらしい。それほどの美貌だ。

城にいる召使いなんかは、ゲオルゲと言えば、美貌の若き天才騎士だ。


「近くにいる連中にとっては、外見なんか関係が無い。そう思えるほどの強烈な個性だったらしい」


「武尊さんでさえ、先ずは大きさですよね」


武尊の特徴と言えば、その巨体だ。

元の世界でも、農家と言っても信じないであろう巨体は、格闘技関係の仕事をしているとしか見えない。

平均が小さいこの世界では、尚更に目立つ。


「だろ? 第一印象って、普通は外見だよな」


「ですが、外見と中身の剥離が激しければ、やはり外見は低く見られます。外見が霞むほどの個性があれば、外見が気にならなくなったのも仕方ないかと」


外見が気になるのは、ある意味で人なりが分かるからだ。

例えば、清潔感や身なりを気にしている人間の方が、就職で有利に働くのは、その逆よりも、企業で最も求められるコミュニケーション能力が高いケースが多いからだ。


タケルにしても、ただの巨体では無く、鍛え抜かれた巨体であることが大きい。

その、凄まじい鍛錬を積み重ねていると、一目で分かる肉体からは、怠惰や平和主義者とは真逆の人間性を感じさせる。


聞く限りゲオルゲは、外見はエリーザの弟だが、中身はタケルみたいなものである。

他人とは、生き物としての生態からして違う。

そして、その中身はヘルヴィスとこの上なく相性が良かった。


「ヘルヴィスは、どう思っているのでしょうか?

 少なくともエリーザを殺しませんでした。それにロディアとファルモスも」


エリーザが動揺した理由は、本人が落ち着いた後に聞いた。

魔王に攻撃しながら、生きている事に納得が出来なかった。

同時に、嫌でも過去を思い出させる状況だったそうだ。


エリーザがゲオルゲに敗れたのは、エリーザが騎士に任命された年。

つまり、エリーザは13歳で、ゲオルゲは8歳だった。

男女の差はあれど、小学校の最低学年と最高学年。普通なら勝負にさえならない。

当時も、騎士に任命されたばかりのエリーザが、頑張っている弟の腕を見てやろうという気持ちで手合わせをしたらしい。それが、手も足も出ずに完敗したそうだ。


エリーザとしては、その現実は認めがたく、何度も再戦を申し込み、そして、何度も敗れた。

途中から、またやるのかと、ムキになる姉に対して困ったような表情で相手をしていたそうだ。

その時のゲオルゲと、あの時のヘルヴィスが嫌でも重なってしまう。


「同じように、ヘルヴィスも姉とのかつての思い出に…」


「多少は鈍っても意味は無い。イオネラも同様だ」


ヘルヴィスの弱体化。そんな微かな期待は、タケルの一言で一蹴された。


「想像してみろ。俺がエリーザやイオネラを討たなくてはならない、そんな状況になったとしてだ。

 俺がエリーザたちを殺したくないと言って、手を抜いたとしても、結果は変わらない」


「多少、ヘルヴィスの剣が鈍ろうとも、その差は埋められるものでは無いと」


イオネラも同じだろう。

皮肉な事に、ゲオルゲにとって重要な人物は、今のタケルとほぼ一致している。

エリーザ、アリエラ、イオネラ。それに次いで訓練所で過ごした仲間。

ヴィクトルのような、一部の例外を除けば、タケルにとって優先度が高い人物は、ゲオルゲのそれと同じだ。


「俺は殺せると思う」


口には出さないが、俺が出来るからアイツも出来る。そう思っているのだろう、何処か自嘲する笑み。

認めざるをえないのだろう。自分が、ヘルヴィスと似すぎている事を。

鮮花も、情報から多少そんな気はしていたが、ここまでとは思わなかった。


「アイツと戦っている時、妙な感じだったよ。

 本気で殺そうとしていた。微塵の躊躇も無かった。

 同時に会話も楽しんでいた。あのまま酒宴を始めても受け入れたな。

 思い返すと異常だと思う。それでも、殺し合いも、バカ騒ぎも、アイツとなら同じようなノリで始められる」


まるで、北欧神話に出てくる戦士だ。

昼間は殺し合い、夜は甦って酒宴を楽しむ。

そんな修羅道が、北欧神話では天国(ヴァルハラ)と呼ばれている。

この世界は、今代の勇者と魔王にとっての天国なのかもしれない。


「それでは、こちらが討ちにくくなっただけと考えて良いのですね?」


気持ちを切り替えるように、戦略上の話に持って行く。

それに、現状で重要なのはそこだ。

ヘルヴィスを討つために集められた若者が、ヘルヴィスを討つのに躊躇する。

タケルが赤備えに必要な性格の持ち主。それを生み出した、ゲオルゲという存在。

しかし、そのゲオルゲがヘルヴィスと重なるという何とも皮肉な状況だった。


「戦闘中には、わずかな躊躇が生死を分けると聞きます。

 ヘルヴィスが率いる部隊を前にして、そのデメリットは小さくないと思いますが」


「そうだな。だが、考えようによっては良い壁になる」


「壁?」


「大切な相手をあえて討つ。その思いっきりが今まで以上の力を発揮する切っ掛けになる。

 現状では相手の方が一枚上手だからな。良い目標だ」


確かにそうかもしれないが、そう思えるのは、やはり異常だろう。

同時に、もしヘルヴィスがタケルの脳を食べたら。

それを想像すると寒気が抑えられなかった。




◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




「へ、ヘルヴィス様」


出迎えたバーゼルが絶句していた。

角が折れた姿は、やはり気になるようだ。


「身軽になっただろ?」


軽く冗談を言っても、その硬直は溶けない。

チラリと隣にいるザルティムを見ると、溜息を吐きつつ自分が話すと言って前へ出た。


「ロムニアの勇者、想像以上ですよ。

 下手に全軍で衝突していたら、どれ程の被害が出ていた事か。グラールス殿の被害は多かったとは言えません。むしろ、アレと戦っただけでも流石だと言えます」


「では、ヘルヴィス様の角は?」


「はい、奴との戦闘で。

 私は別動隊を率いていたので、直接は見ていませんが、ヘルヴィス様に同行していた100騎は、全員が口を揃えて、近付きたくはないとの感想です」


「竜騎兵の者がか」


会話をしている内に落ち着いてきたようだ。

竜騎兵に所属している者は、全員が高い武勇を誇り、グロース軍が相手でも怯むことは無い。

だが、タケルを相手に戦いたいと思う者はいなかった。


そして、思い返せばグラールスは、タケルを見ておきながら戦おうとしていたのだ。

アーヴァングに対する執着があったにしても、怯まずに立ち向かおうとした精神は、改めてヘルヴィスの好みの武人だったと思う。


「まあ、グラールスが逝ったのは返す返すも惜しいが、アイツの旗下だった者に、そこそこ、やれそうなのが生き残っている。

 その連中は、ここまで走らせているから、到着したら受け入れて、編成後に東へ送れ。

 ちなみに、今から一月(ひとつき)より遅れた者の首は刎ねろ」


「承知しました」


「ザルティム、竜騎兵は明日の朝から移動する。今日は休ませろ。

 バーゼルは、替えの騎竜をまとめておけ」


「替えの騎竜を連れて行かないのですか?」


「ああ、奴らのやりかたを真似してみる」


グラールスの旗下から、タケルたちの戦い方を聞いていた。

定期的に軍馬を降りて、自分の足で走っていると。

軍馬と騎竜の体力は、わずかに軍馬が優っているが、ほぼ互角だ。

それなら、向こうと同じやり方で、戦闘中に体力の回復が可能になるはずだった。


「ですが、向こうは替えを用意出来ません。こちらの利点を生かすためにも、これまでの方法で良いのでは?」


説明を聞いたバーゼルは、そう考えたようだ。

半身と言われる軍馬は、替えの効かない存在だ。現に体力は互角でも、自在に動けるのは軍馬の方だった。

だからこそ、替えの効く騎竜は乗り換える事で体力の維持を図った方が良いと言える。確かに正しい考えだが、間違ってもいる。


「やらないと、出来ないとでは、全く別だ。

 敵が出来ることを、俺達が出来ないのは気分が悪い」


「し、しかし」


そう言って、ザルティムに視線を送る。

バーゼルが自分の考えに固執している理由は分からない。

単に、魔王であるヘルヴィスが自らの足で走るのが嫌なのかもしれない。

だが、この件に関してはザルティムがバーゼルに味方することは無い。


「敵が出来ることを我々が出来ない。

 それで気分が悪くなるのは、何もヘルヴィス様だけではありません」


ヘルヴィスの手足と言える竜騎兵が、最もヘルヴィス本人と近い部分が、自身の力に対する自負だ。

戦う相手に劣る自分を許せない。不要な行為だという言い訳を許さない。必ず上回って見せるという自負が、その強さを支えるのだ。

普段はいい加減そうなザルティムも、その部分は譲れないところだ。

だが、ヘルヴィスは配下が思っている以上に厳しくするするつもりだった。


「騎竜の扱いが悪くて遅くなった奴は、罰として馬糞掃除をさせるぞ」


「は? 馬糞?」


「間違った。騎竜の糞だ。その掃除をさせる」


「何のために?」


かなり嫌そうだ。その気持ちは分からなくもない。それに、騎竜は軍馬ほど綺麗好きな生き物では無い。

だが、騎竜の世話をしていると、騎竜の気持ちが伝わってくる。

むしろ軍馬ほど、深く気持ちが繋がっていないからこそ、世話くらいはすべきだった。

糞の掃除まではしないが、周囲が反対しても、騎乗した騎竜の最低限の世話は続けていた。


「やってみれば分かる」


かつて、馬と軍馬の世話をすることで身に付けた能力だ。

そして、それを教えてくれた少女の笑顔を思い出し、その笑顔が、自分を狙って放たれた矢の感触と共に、射貫くような視線で見つめる騎士の表情が重なる。


「ヘルヴィス様?」


指先を見ながら硬直していた自分を心配したのか、ザルティムが声をかけてくる。


「何でもない。少し、騎竜の世話でもしてくる」


そう返事して、騎竜の元へと向かう。

また、ゲオルゲの心が強くなっていたようだ。

タケル(最高の敵)が従えるのは、大切な思い出(最悪の敵)だった。

憂鬱な気分になりながらも、だからこそ面白い。そう思えてしまう。

この狂った考えが、ヘルヴィス本来のものか、ゲオルゲのものか、あるいは別の誰かか。

それは分からないし、分かる必要も無い。ただ、戦うのだ。それだけで良い。それが全てだ。

奴も同じだろう。何故か、そう思えた。






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