叫びと咆哮
手綱を引いて歩いた。ヘルヴィスへの追撃を止めて王都に戻っているのだが、軍馬が限界だった。
全員の軍馬が限界に近かった。いや、実際に脱落した者もいる。
先に限界が来た連中はアルマがまとめ、俺達を待っている。
ただ、安綱は元気が残っているので、背中にはロディアとファルモスが座ったままだ。
まあ、元の体力が高い上に、俺が竜騎兵の上で戦っている間は、身軽だったので当然である。
俺以外の人間を乗せるのを最初は嫌がっていたが、アリエラが頼むと諦めてくれた。
「自分で歩きます」
「却下。大いに目立つと良い。で、元帥である俺を歩かせて馬に乗る気分はどうだ?」
「本当に許してください」
「ダメだ。辱めの罰だ」
アリエラとしても、ロディアとファルモスの暴走は許せないらしい。
ファルモスに効果的な罰だと悟ると協力してくれた。
まあ、今は元気が無いんだが。いや、アリエラだけではない。
ゲオルゲを知っている連中にとってはショックが大きかった。
あいつがヘルヴィスに食われた事もだが、どうも、ヘルヴィスと重なってしまうようだ。
昔からなのか、喰ったからなのかは分からないが、仕草やちょっとした行動が、ゲオルゲを思い出させるみたいだ。
そんな重苦しい空気の隊員を引き連れ、アルマとも合流すると、やがて、バカ二人がヘルヴィスに飛び掛かった事件現場まで辿り着いた。
なるほど、この丘の上からだと模擬戦をしていた現場が一望できる。距離が遠いので個人の確認は出来ないが、全体の動きは城壁の上より見やすいくらいだ。
そこで歓声に包まれる。いや、ヴィクトルがこうなると予想していたが想像以上のテンションだな。
思わず、ヴィクトルに視線を送ると、肩をすくめるだけだった。
外から見た光景と、現実のギャップが酷い。
他の連中から見れば、何も考えずに魔王に飛び掛かったバカ二人は、勇敢にも魔王を倒そうと飛び掛かった若き英雄に見え、ヘルヴィスに翻弄され続けた俺達は、魔王を後一歩まで追い詰め、若き英雄を取り返してきたように見えるようだ。
「さてさて、元帥殿、呆れる訳には行かないが」
「そうだな、お、アイツだアイツ」
リアクションに困っていると、ヴィクトルに急かされる。なるほど、元帥として行動しろってか。OKだ。
手綱をヴィクトルに預け、民衆を避難誘導していた騎士見習いの方に向かう。
その途中にヴィクトルがバカ二人に話している内容が耳に入った。
「お前等の師匠が背負っているものを、少しは理解しておくと良い。
望んだ事では無いだろうが、お前たちは隊長のいる領域に片足を突っ込んでしまった。
重すぎる周囲の期待、その逃げられない重みを、背負って生きろ」
厳しい事を言う。
だが、間違っていない。あの二人は、今後は重い期待を背負って生きていくことになる。
やってしまったことは戻らない。望もうと望むまいと、行動には責任が伴うという事を、嫌でも感じることになるだろう。
「お前が、セルジュで良いよな」
ファルモスから事前に聞いていた名前で呼びかける。
能力が優秀と言う訳では無いが、気が回り、まとめ役になる事が多いらしい。アルマみたいなタイプだ。
俺に名前を呼ばれて、かなり動揺しているが構わずに続ける。
「よくやった。民衆の避難誘導をしてくれて助かった。
悪いが、引き続き怪我人の治療や民衆の誘導を頼む。あのバカ二人も扱き使って構わない」
「ロ、ロディアとファルモスをですか?」
「ああ、好きなだけ扱き使え。反論しようものなら殴れ」
あの二人を扱き使うのは難しいだろうが、立場だけはハッキリとさせておく。
称賛されるべきは、民衆を助けようとしたセルジュ達であり、勝てるはずもないヘルヴィスに突っ込んだバカではない。
周囲に見える形で、今回の行動の評価を下して、ロディアとファルモスを使うように言って預ける。
あとはヨランダ教官に説教させればいい。
「さて、部外者がいなくなった事だし確認だ」
少し進んで、周囲を遠巻きに見られてはいるが、会話が聞かれない場所まで進むとエリーザとイオネラを呼び寄せる。
全体的に重い雰囲気の中で特に落ち込んでいるのが、この二人だ。
「俺が指揮が出来ない状況になった後、イオネラが指揮をしているように見えたんだが?」
状況を確認すると、何人もがエリーザに指揮をするように言ったが、エリーザは指揮を出来るような精神状態で無かったようで、何の指示も出せなかった。
そこで、イオネラがいきなり指示を始めたそうだ。
「イオネラの指示はどうだった? これまでは10騎を率いる訓練はさせたが、それ以上はしていないが」
「的確だったと思います。何より疑問に思うことなく自然に従ってしまいました」
「状況判断も優れていました。地形を見て逆落としが出来る場所まで誘導したくらいですから」
竜騎兵とは、剣技では互角か若干劣るくらいだが、密度の多さで手数を増し、弓騎兵の援護があったので、互角以上に戦えてはいた。
だが、イオネラが指揮を執り始めると、竜騎兵の進路を丘と丘の間を駆けるように誘導し、自身は一旦離れて丘の上から突撃を敢行したようだ。
なるほど、凄いものだな。素直に褒めてやりたい。
だが、それは出来ない。
受け答えしたのもゼムフェルクとレジェーネで、当のイオネラは依然として考え込んでいるし、他の者も似たような感じだ。
「よし、イオネラ以外は騎乗。並足で戻るぞ。イオネラは自分の足で走れ」
軍馬の並足には、人間では全力疾走で付いて行くのがやっとだ。
城門まで数㎞はあるから、かなり大変だろう。
レジェーネが驚いたように質問する。
「イオネラに罰ですか?」
「ああ、イオネラに指揮権は与えていない。
あの場で、俺が指揮が出来なくなれば、エリーザが次の指揮官だ。要は越権行為だ。罰を与える」
「で、ですが、エリーザ副長は」
「エリーザが指揮を出来る状況にありながら、何もしなかった。それで全滅しても、バカな指揮官の下について運が悪かったと諦めろ。
不服は?」
「罰を受けるなら私が」
「ありません!」
エリーザが罰を受けようとするが、イオネラが遮るように返事する。
「遅れるなよ」
そう言って、俺は馬を走らす。
隊員は動揺しているが、無視して進んでいるとヴィクトルが近付いてきた。
「お前の優しさは分かりにくい」
「何処に優しさがある」
俺は罰を与えただけだ。
そっけなく話を流そうとしたが、ヴィクトルは構わずに続ける。
「悪いな。お前が配下の事を忘れてヘルヴィスとの戦いに興じようとも、バルトーク殿のように文句を言ってやることも出来ない。
分かりやすい罰を受ければ楽になれると分かっているが、俺には無理だ。一人で苦しんでくれ」
「大丈夫だ。最初から期待していない」
やらかしたミスを、ジジィのようにしかってくれれば楽にはなる。
だが、俺がそれを他の者に求めることが出来ない事も理解している。
俺にとってジジィは本当に特別だったんだ。そのジジィは、もういない。
「エリーザには良い薬だ。無くした弟より、今を見た方が良い。
今の状況はきついだろうが、何が大切かは痛いほど分かるはずだ。自分が配下を殺しそうになったことも含めてな。必ず立ち直ってくれる。
しかし、イオネラは諦めろ。イオネラ自身は罰で少しは楽になるかも知れんが、お前の狙い通りにはいかん」
「……手遅れか?」
「ああ、元から素質があった。ありすぎる程にな。
血筋に実力、おまけに性格、どれを取っても申し分が無い。自然と人の上に立ってしまう。
あの年齢だ。その重荷を考えると可哀想だとは思うが、周囲にまだ下っ端だと知らせたつもりでも、そうは誰も取らない。背負わされる。お前と同じに」
ロディアとファルモスは、まだ時間がある。
これから、悩みながらも、心構えを組んで行けば良い。
だが、イオネラは違うだろうに。
「めぐり合わせってやつだろう。お前の辛さも分かっているつもりだ。
それでも、俺はお前に元帥の地位を推したこと、後悔はしていない。
そのことで、俺を恨んでくれても構わん。」
「そこまでガキになれるか」
そして、自分の行動の積み重ねが、今の地位、この状況になったんだ。
それを他の奴に八つ当たりしてどうする。
「だったらイオネラも子供じゃ無いと認めてやれ」
「まだまだガキだ」
「頑固だな。自分のことは我慢できるくせに。
そこが優しいと思うぞ」
「やめろ。優しいなんてバカっぽい言葉は嫌いだ。
まあいい。それより、閲兵式が終わったら軍議をする。お前も参加しろ」
「俺もか? 隊は?」
「エリーザに任せる」
これが挽回の機会だ。
ここで信用を取り戻せなければ終わりになるが、走るイオネラを見ながら、これ以上無様は晒さんだろう。
まったく、ヘルヴィスめ、好き勝手暴れた挙句、散々に振り回してくれる。
エリーザ、イオネラ、ロディアにファルモス。
コイツ等には、特に余計なものを背負い込ませてくれた。
本当に面倒な奴だ。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
息を吸って吐く。
息を吸う時に、必要なものを吸い込む。
息を吐く時に、余分な物を吐き出す。
タケルが、ロディアとファルモスに初めて稽古をした日に、体力を付けるために教えた言葉。
それを聞いていたイオネラも、意識して体力を付けてきた。
そのお蔭で持久力には自信が有る。
走り続ける。
胸が痛いし、頭がくらくらする。
それでも走る。エリーザが悲しそうな顔をしているが、悲しむ必要は無い。
勝手に指揮を執ったのは自分だ。罰を受ける理由はある。
何時の間にか止まっていた。
城門前に到着したのだ。王が話しているのだろうが、聞こえない。
聞こえるのは自分の鼓動の音だ。激しく鳴っている。
呼吸が足りないからだ。大きく吸って、大きく吐き出す。
足が震えている。頭も痛い。
呼吸が足りないからだ。大きく吸って、大きく吐き出す。
必要なものを吸って、余分な物を吐き出す。
「イオネラ、ごめん」
エリーザが泣きそうな声で謝ってきた。
周囲を見渡すと、全員が見ている。閲兵式は終わっていた。
まだ、呼吸は乱れている。
それでも、言いたいことがあった。
「あれは、ゲオルゲくん、じゃ無い。
ヘルヴィス、魔王で、敵、だから」
「分かってる。分かってるの!」
「敵、あれは、敵、似てるけど、絶対に違う」
エリーザに言ってるつもりだったが違うと気付いていた。
自分に言っているのだ。
ヘルヴィスにゲオルゲが重なって見えた。
「だったら、なんで私は生きてるの?
魔王に斬りかかった。それも何度も何度も。あのヘルヴィスに斬りかかった!
ヘルヴィスに斬りかかった者がどうなったか。知らない筈が無いよね?」
エリーザが取り繕う事も止めて、騎士ではない、ただのエリーザとして話している。
そして、彼女の質問に答えるのは簡単だ。
魔王に挑んだものは須らく斬り伏せられる。
「死んでなくちゃおかしいのよ!
タケル殿が討てなかった相手と戦って、私が生きていて良いはずが無い!」
エリーザが指揮を執れなかった理由が良く分かった。
指揮を執るというのは生きている証だ。
エリーザが生きている事を認めるという事は、あれが魔王ヘルヴィスでは無いと、認めるようなものだったのだ。
そして、ヘルヴィスでは無いとしたら誰なのか。いや、絶対に認めない。
「エリーザちゃん、あれはヘルヴィス。魔王だよ」
ゲオルゲが生きていたら、そしてタケルと出会ったら。
そんな想像を何度もした。
ゲオルゲは、訓練所で共に過ごしてきた者にとって希望だった。
だが、イオネラにとっては従兄であり、物心ついた時から一緒にいる幼馴染で友達だった。
乱暴で身勝手で不器用で、訓練では何度も泣かされた。
それでも、楽しい事がたくさんあった。
父親を失った自分を気遣ってくれた。
ゲオルゲも、同時に父親を亡くしているのに、兄も姉もいるから平気だと慰めてくれた。
イオネラにとっては大切な思い出だった。
その思い出が、敵の形をして現れた。
比喩では無く、魔王の姿をしたゲオルゲが襲ってきた。
エリーザが硬直したのも理解できる。いや、自分より正しい反応だと思う。
イオネラは違った。許せなかった。殺したかった。
気付いた時には勝手に指揮を執って、ヘルヴィスを殺そうとしていた。
嫌な幻を切り裂く様にヘルヴィスに斬りかかっていた。
そこに計算も何もない。無謀な突撃。ロディアとファルモスの二人と何の変りもない。
いや、もっと悪い。斬るために効率よく動いていた。訓練で培ったものを発揮していた。そこに、自分の命だけではない。仲間を巻き込んでいた。
反撃を喰らうことなど考えていなかった。犠牲が出なかったのは単に運が良かっただけだ。
そして、その事に何の後悔も無い。同じ状況になれば同じように行動するだろう。
自分の中に黒いモノがあった。それに気付かされてしまった。
アリエラとは正反対の資質。凶悪な獣が心の中にいた。
「違う」
何が違うのか。
ヘルヴィスの中のゲオルゲか。心の闇か。
分からない。
息が苦しい。
必要なものを吸っても、不要なものを吐いても、まだ苦しい。
きっと不要なものが残っているのだ。
「あれは、ゲオルゲくんじゃ、ない!」
不要なものは、この葛藤だ。天を呪いたくなるような現実だ。
これの所為で苦しいのだ。
吐き出さなくてはいけない。息を吐くだけでは足りない。
「絶対に違う! 違う! 違う!」
空に向かって叫んだ。
獣のように叫んだ。叫び続けた。
叫びが増えていく。エリーザがアリエラが、訓練所で過ごしてきた仲間が。
心に抱えた屈託を叫びとして吐き出していく。
一丸となって、赤い魔獣となって、叫び声は咆哮へと変わっていった。
やっと一区切り。
次の投稿は一週間以上先になると思います。




