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根之堅洲戦記  作者: 征止長
生きる意味
100/112

約束


竜騎兵を追った。

直属の150騎の軍馬の体力は、安綱を除いて限界に近い。

だが、増援の連中は、もう少しだけなら持つ。


万全では無い。先程まで模擬戦で駆け通しだった上に、ここまで疾駆してきたのだ。

あまり長くは戦えないが、ヘルヴィスの騎竜も万全とは程遠い。

騎竜と軍馬の違いがどれ程かは分からないが、そう遠くない内に限界に来ると思いたい。


そのヘルヴィスの竜騎兵は、丘へ駆け上っていた。

疾駆中に倒れる騎竜が現れている。体力の限界が来たのだ。

だが、途中には、閲兵式を見学していた民衆が大勢いて大いに混乱していた。


「民衆を障害物にする気か」


「おそらくな。奴は踏み潰せるが、俺達はそうもいかん」


隣を駆けるヴィクトルと話していた。

指揮はリヴルスとイグニスに任せると言って、側に控えている。

今日は指揮を続けてきた部隊なので、その方が良いと、リヴルス達に指示していた。

もっとも、その判断をする直前にエリーザを見てから言ったので、今のエリーザの使えなさに気付いたのだろう。

エリーザは明らかに混乱していた。弟が食われたことがショックだっただけでは無いだろうが、理由を考える暇は無い。今はエリーザの事を頭から追い払う。


竜騎兵が駆ける側では逃げ惑う民衆や、恐怖に座り込んで泣き出す者もいる。

離れている内に逃げてくれれば良いが、側まで近づかれれば、奴の気に当てられ心が壊れる

その座り込んだ連中が邪魔だった。竜騎兵の後続に踏み潰されたり吹き飛ばされている。

俺達は、それを避けながら追い続ける。


逃げ惑う民衆の中に、騎士見習いが増えてきた。

城壁から見学できない連中だろうが、必死に民衆を誘導しようとしている者もいる。

そして、竜騎兵が丘の頂上付近に至った時、ヘルヴィスに飛び掛かる小さな影が二つ。

エリーザの泣きそうな悲鳴と、アリエラの息を飲む気配が伝わってきた。

ヘルヴィスの気に当てられても、騎士見習いながら飛び掛かる大バカ。それに二名ほど覚えがあった。

そのバカ二人はヘルヴィスの腕の中にいる。生きているのか。


速度を上げて、丘の頂上まで辿り着く。

その先に広がる光景に舌打ちをした。

ヘルヴィスが率いる100騎を迎えるように、無傷の400騎が待っていた。残りの竜騎兵だ。


「あの、先頭の奴」


思わず、ヴィクトルがうなりを上げる。

だが、厄介なのは竜騎兵の存在だけでは無い。

先頭にいる男。明らかに別格だ。ヘルヴィスを相手にしていくらか強さの基準がマヒしているが、それでも強いという事が嫌でも分かる。あれがザルティムだろう。

そして、その400騎の元には、騎手がいない騎竜が多数いる。

換え馬ならぬ換え騎竜ってことか。


増援の数は、こちらが上でもヘルヴィスを始めとした100騎には元気な換え馬が用意されている。

形成は逆転された。





◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇




あのイオネラに殺されかけた。殺意を漲らせながら睨んでいた。

その事に傷ついている自分に戸惑いを覚える。

彼女にとって、自分は魔王だ。殺意を抱くのは当然だというのに、それでも、あんな目で見られると嫌な気分になった。


頭がふらつく。ヘルヴィスは頭を抑えた。そこは普段と感触が違う。

角を片方失った違和感が酷い。いや、その違和感に集中してイオネラの視線を忘れようとした。

あるべきものが無いというのが、こんなにも妙に感じるのは新鮮だった。


この後、どうするか考える。

タケルは追ってきている。今は逃走と言う形がだ、あの丘を越えればザルティムが待機しているはずだ。

替えの騎竜が用意されているし、太刀も使い慣れた大きさのものが、予備の騎竜に括りつけられている。


戦い続けることは可能だ。

追ってきている部隊とは兵数で倍近いが、疲労の色が見られる。これなら優位に戦えるだろう。

だが、壊滅させる前に、それ以外の部隊も追い着いてくるはずだ。

流石に数万の軍勢を相手にするとなれば、逃げの選択しかない。


「まあ、今回は十分か」


満たされた時間だった。

心の底から生まれてきて良かったと思えた。

ここで終わらせるより、次の機会に再戦した方が楽しめるだろう。

そう考えて丘を登る。民衆を蹴散らしながら進み続ける。


やがて、丘の頂上付近で、二人の子供が飛び掛かってきた。

咄嗟に剣で斬り払おうとするが、使っていた太刀は失ったままだと気付く。

どうも、本調子ではない。ぼんやりとしたまま、子供を見ると知っている顔だった。


「お前、ロディか?」


思わず抱き留めていた。

後ろを追って来る、小さな弟の記憶がよみがえる。

それに、もう一人も知っている。ロディと仲のいい子供で、アリエラの弟だ。


「……ゲオ兄」


逃れようと暴れていたロディアが、動きを止めて呆然と呟く。

思わず、そうだと言いそうになって苦笑する。


「そんな訳ないだろうが。お前等の敵だ敵。ヘルヴィスって言えば分かるだろ?」


驚愕して、再び暴れ始める。


「暴れるな。おい、剣を取り上げろ」


部下に命じて、ロディアとファルモスの剣を取り上げさせる。

素手になったが、なおも諦めずに暴れようとするので、どうしたものか悩んでいた。

このまま、地面に叩きつけても良いが、どうにも気が引ける。


後方にはタケルが追ってきている。

その旗下にはエリーザとアリエラがいるし、その目の前で叩きつけるのは抵抗があった。

確かに、魔力は高いし美味そうな人間ではあるが、もう少し育った方が美味いだろう。

むしろ、育った後で向かってきて欲しい。

そんな事を考えていたら、ザルティムの呆れた表情まで見える距離に近付いていた。

視線で進めと合図を送ると、400騎は遅い速度で引き返し始める。

ザルティムだけが、ヘルヴィスの替えの騎竜を引いて、ヘルヴィスの隣に並んで駆け始める。


「何です、それ? 美味しそうですけど、まさか、角と引き換えに貰って来たんですか?」


「いや、途中で飛びついてきたから捕まえた。角はアレだ。まあ、授業料だな」


「随分と高い授業料だったようで」


「いやいや、格安だぞ。凄い充実した内容だったからな」


「なるほど、アレが講師ですか。何ですアレ? 本当に人間ですか? それに追って来てますけど?」


ザルティムがタケルを見ながら呆れた声を出す。

こちらが逃げを選択している事は承知しているだろう。ヘルヴィスが率いていた配下は、次々にザルティムが連れてきた騎竜に駆けながら乗り換えて、ヘルヴィスより前へ進んでいる。

向こうの勝ち筋は、こちらを足止めして、後続の本体が合流する事だが、それが不可能な事は分かっているはずだ。


「これが目当てかな?」


「それ、本気でどうするんです? 食う気ないでしょ? 追い付かれそうですよ」


ザルティムは察しが良い。

ヘルヴィスが、ロディアとファルモスをエサと見なしていない事を見抜いていた。

それなのに、何時までも抱えている所為で、重量が増して乗っている騎竜の速度も落ちている。

そして、ロディアとファルモスは、なおも暴れ続けている。だんだんとイラついてきた。


「アホかお前等! 今みたいな暴れ方してどうする! そんなんで俺が討てるか! もっと、考えろ!」


大声に驚いたのか、腕の中で大人しくなり、周囲に沈黙が走る。

説教してどうするんだと思ったが、ついでだと開き直る。

それに、誤解を解いておきたい。嬲り殺しにしたというのも、されたというのも、どちらも不本意だった。


「おい、お前の兄の最期を教えてやる。

 その前に質問だが、お前はゲオルゲがどういう風に死んだと聞いている?」


「……殿下を守ろうとして身を投げ出したと。

 その後は、お前に……殺す前に両腕を斬り落としてから嬲りものに」


「ああ、やはりな。残念だが違うぞ」


ロディアを見ながら、ゲオルゲと戦った時のことを伝える。

王子を守ろうとしたのではなく、隙を狙っていた、当時の元帥を斬った瞬間に、出来た隙を狙って攻撃してきたこと。

その時、右腕を失いながらも、今度は半身を盾にして攻撃し、そこでも失敗しながら左腕を盾にヘルヴィスの攻撃を避け切ったこと。

最期は両腕を失いながらも、剣を口に咥えて、死ぬ瞬間まで隙を探り続けたこと。


「奴は首を刎ねられる瞬間まで、俺の隙を探り続けていた。勝とうと思っていた。

 正解だ。その場では無理でも、戦場では何が起こるか分らんから、待ち続けるしかない。

 それに比べて、なんだ、お前等のやったことは、ヤケクソだろうが。俺を討てると思ったか?

 あんな無様な攻撃をするくらいなら、尻尾撒いて逃げる方がマシだ、このアホども!」


うなだれるロディアとファルモスを見ると、何とも言えない気分になる。

これ以上言うのに抵抗があるので、代わりの、いや、原因であろう奴に文句を言う。


「で、このアホどもは、俺に怯えもしないで突っかかってきたが、お前が何かしたんだろう?

 何か言う事はあるか?」


直ぐ隣を駆けているタケルに不満をぶつける。

話している最中に追い付かれた事には気付いていた。


「うるせえ、早く返せ。俺の弟子だ」


「やっぱり、お前の所為か」


「違う。元凶は、ロディのバカ兄貴だ。俺は会った事が無いが、だいたい奴が悪い」


「責任逃れって知ってるか?」


「鏡見てから言え。それより」


早く返せと手を伸ばしてくるので、ファルモスを渡し、次いでロディアも渡す。

二人ともタケルの軍馬に跨りながらも、悔しそうに見つめている。

この期に及んで目を逸らさない胆力は見上げたものだが、ここで褒めると調子に乗りそうだから無視する事にした。

それより、この微妙な状況が気になってしまう。


「で、どうにも気が抜けたんだが?」


「だな。まあ、俺としては、後は逃げるだけのつもりだったし」


タケルの言葉に同意しながら、替えの騎竜に飛び移る。

向こうも、追い付けない事は承知しているだろう。すでに戦おうという気力は無いようだ。

だからこそ、二人の子供を自分の軍馬に乗せたままにしているのだろう。

しかし、向こうも引き返す切っ掛けが無い。速度を上げれば良いが、名残惜しさはあるので挨拶だけはしておく。


「じゃあ、帰るから。また来る」


「おう、じゃなく、もう来るな」


「次は全軍、連れて来る。

 だが、最近はグロース軍が元気でな。簡単に滅ぼせそうにないし、夏までは動けない」


「いや、夏までって」


「ああ、お前らが手を組みにくいように、長城って防御施設を作っている。それが出来上がるのが夏の終わりくらいだ。

 完成すれば、簡単には抜けないからな。各個に撃破させてもらう」


「……それ、言うの?」


「知られても問題ない。巨大すぎて建造中を隠せるものでもないし、知られる可能性は大いにある。

 だったら、知られる前提で動いた方が良い。グロースは兎も角、お前等は工事の邪魔をする余裕なんて無いだろ?」


そこまで言った後、タケルの様子がおかしいことに気付く。

それに、ヤニスがげんなりしているのが見えた。


「何だ? まさか、密偵まがいの事をやって調べたとか? 出し抜いたと思った? バカだなぁ」


「うるせえ! お前にバカと言われると腹が立つ!」


「まあ、そんな訳で、完成したら、直ぐに来るから。またな」


「次はぶっ殺す」


「俺の台詞だ」


それだけ言うと速度を上げる。

予想通り、タケルたちは追ってこない。

後ろを振り返り、もう一度だけ戦っていた連中を見る。


「追加も知った顔が多いな」


そう呟いた。

後から合流してきた部隊も、知った顔が多い。それも、騎士になってからでは無く、騎士になる前に知り合った者ばかりだ。

これが郷愁と言うものだろうか。感慨にふけっているせいか、ザルティムが心配してくる。


「ヘルヴィス様?」


「何でもない。それより、連絡は出したか?」


「はい。すでに城を放棄して西へ向かっています」


グラールスの配下は、散った状態で占領していたロムニアの北東部の城を守っていたが、今はその必要は無い。

重要な防御施設を破壊させ、西に向かうよう指令を出した。

戦力の増強にもなるし、元はグラールスの配下だ。もしかすると指揮官になれるものがいるかもしれない。


「それで、ロムニアを先に落とす。そう思って良いのですね?」


「そうだ。アルスフォルトより、タケルの方が討ちやすい」


タケルとアルスフォルト。どちらも共通しているものがある。それぞれの軍にとって精神的な支柱になっている。

その個人を討てば、それぞれの軍は瓦解する。何も全軍を壊滅させる必要は無い。

だが、アルスフォルトを討つのは困難だ。その命を守るように騎士が動く。

アルスフォルトの命には、グロース軍を半数以上、5万は討たなくては届かないだろう。

しかし、タケルは違う。何時でも命が届くところにいる。


「ですが、逆も然りかと」


「それでもだ」


危険は承知している。

グロース軍を滅ぼすのは困難すぎるが、決して自分が討たれることは無い。

魔王を討とうとしながら、自分の安全を優先している。それは正しいが、今となっては物足りない。

あれほど楽しんでいたアルスフォルトとの戦いが今は色褪せている。

あれはアルスフォルトだけでは無く、ヘルヴィスにとっても、安全な戦いだったのだ。

だが、タケルとの戦いは違う。奴は魔王を討つことが出来る。


「俺が奴を討つか、奴が俺を討つか、それだけだ」


先程まで感じていた、腕の中の感触も、郷愁の想いも振り切る。

これは、自分のものでは無い。死んだ男のものだ。

胸の痛みを無視して、騎竜の速度を上げた。


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