槍への不満と、美少女への満足
どうもしっくり来ない。突きで回転させた際に妙な感覚がある。
一通り型を終えた俺は、鉾の先端を見る。正確には穂先と柄の継ぎ目。
ソケット式でも茎を柄に差し込むでも無く一体化しているように見える。
頑丈なら良いのだが……訓練場の一角に的になっているボロボロの鎧がある。刃の刺さった跡が複数あるので、刺突の訓練に使われているのだろう。問題は刺し跡が真っ直ぐな線しか無いのだが。試して良いかな?
「あれ、良いかな? 刺突を試したい」
エリーザに向かって、灰色な質問。
あまり自信が無いが、上手くいけば、真っ直ぐな差し跡ではなく、大きな抉れた穴が開く。
備品の破壊で何か言われるのも気まずいが、これで問題があっても悪いのはエリーザである。
「エリーザ?」
何だかボーっとしている。
「大丈夫ですよ~」
代わりにイオネラが答えるが、問題視された場合にイオネラが責められるのは不味い。
イオネラが上官に怒られている姿を想像すると胸が痛む。やはり、ここはエリーザである。
「エリーザ、どうした?」
「え? いえ! 問題ありません!」
よし、言質は取った。分かったと返事して、的の鎧の前に立つ。
最初は諸手突き。一般的に普通の槍での突き方と思われている突き方。
突くより、引きが重要。
「シッ!」
鉾の性能が良いのか、鎧の質が悪いのか、大した抵抗もなく小さい穴が開く。
うむ。こっちは大丈夫だ。だが、問題は……左の握りを甘くし、右手の甲を下に向ける。
片手突き――槍の攻撃で最も強いとされる方法で、槍が空手家にとって、相性の良い武器である所以。
要するに左手で作った筒に、槍を滑らすように右手で正拳突きを打つ。手の甲が下から上へと回転するので、突きのスピードに加え、回転エネルギーが加わるので、高い威力を誇る。
戦う前の槍をシゴクという動作は、この左手を滑らせる動きの準部運動みたいなものだ。
ただ、問題は槍の種類。俺が持っているのは平槍と呼ばれる形状。
世に天下三名槍と呼ばれる3本の槍の中では、蜻蛉斬りがこれに当たる。槍の穂先が両刃剣と同様の作りで、武器に詳しくない人は、これが普通の槍の形状と思っている人が多いし、実際に西洋のスピアはこんな感じだ。
しかし、これは切断能力は三名槍で一番高いが、突きは一番弱い形状。
特に蜻蛉斬りのように身幅が広い刃だと、回転させる際に抵抗が強くなりすぎる。
「シッ!」
突きで鎧を穿つと、刺さった瞬間、強い抵抗を感じる。
勢いのまま強引に突き切るが、鎧と鎧を抑えていた丸太の接続が外れ、鎧は無様に転がる。
鎧を確認すると、丸太と繋いでいた紐が千切れており、穴も刺した後に少しだけ捩じった形跡が残っているだけだった。
そして、肝心の槍の方はと言うと……
「曲がったか」
刃に捻じれが入っている。訓練場にある武器だから質も良くは無いのだろうが、無様に転がった鎧を見ても、回転エネルギーが刺突以外に向かっている。穴を穿つエネルギーが逸れて、鎧と丸太を接続していた紐を引き千切る力に変わったってとこか。
要は、人体に打ったら、穴を穿つ力が、身体ごと回転させる無駄な力になっている。
まあ、人体の重さなら簡単に回ってくれないが、刺突の際に無駄な抵抗が加わっている事実は変わらない。
これが、同じく三名槍の一つ御手杵であれば、話は異なる。御手杵は三角槍。つまり、穂先の断面は三角形で、細長い三角錐で出来た刃だ。
斬撃能力は皆無。柄の長いメイスと言って良いだろう。
だが、刺突では最も優れている。まあ、回転して刺さってくる薄い板と細い三角錐の違いを想像すれば、その威力はお察しだ。
ちなみに、三名槍の最後の1つは日本号。底辺の長い二等辺三角形で平三角と呼ばれる。名のある武将が持つ槍は、この形状が多く、両者の中間に当たる。
斬撃にも刺突にも使える万能だが、中途半端でもある。
家に伝わっていたのは三角槍だった。そもそも、槍で切るのは難しく、西洋剣のように叩き切るくらいなら、メイスでぶん殴っても良いだろう。
むしろ刃の方向を気にしないで済む分、使いやすい。
日本の戦国時代では、製鉄能力が砂鉄や古くなった武器を木炭で熱して金槌で叩く方法だったので、三角槍の作成は困難だった。
しかし、柄も金属製らしいし、この世界の技術なら、三角槍を作れるのではないか? そんな事を考えながら、エリーザとイオネラのいる場所に戻る。
「す、凄かったです」
「あれ、何で鎧が外れるんです?」
「繋ぐ紐が千切れただけさ。おまけに鉾もこの様だ。要は失敗だ。無様な姿を見せたな」
武器と鎧を壊した件で責められたら、許可をしたエリーザの所為にしようと思っていたが、問題にされなかったので安心する。逆に褒めてくれるが、俺としては満足できない。
やはり、自分に合う武器が欲しい。何の実績もない俺が、新しい武器を要求するのも気が引けるが、遠慮して力を発揮できないのも変な話だ。
「なあ、エリ……」
武器を作れるか聞いてみようと、問いかける最中に言葉を失う。天使が近づいてくるのだ。
目の錯覚だろうか? イオネラも可愛いが、彼女は天使と言うより小悪魔系だ。
だが、視界に映る黒髪の少女は、如何にも真面目で、健気な印象。
「勇者様、お水をお持ちしました」
喋った。どうやら幻覚ではない。本物だ。
近くで見ると更に可愛く感じる。黒髪というのもあるが、顔立ちが和風に近く、肌の白さから日本人形のような印象もある。だが、目は大きくキリっとしている。
と、取り合えず何と言うか? 味噌汁を作ってくれは回りくどいし、やはり、ストレートに結婚してくださいと言った方が……
「要らなかったでしょうか?」
少女の不安げな表情に慌てて我に返る。
好みのド真ん中の美少女の登場に、いきなりプロポーズの言葉を考えてしまったが、少し落ち着こう。
「ありがたく頂くよ」
少女の匂いが浸み込んだ水……もはや甘露と言っても良いだろう……を一気に飲み干す。
水の入ったカップを受け取る時に一瞬だけ指が触れた。それだけでも嬉しくなるが、俺には異世界の挨拶という素晴らしいテクニックがある。
まずは自己紹介から。
「俺は菊池武尊、勇者様でなくタケルと呼んでくれ」
「あ、はい。タケル様ですね。私はアリエラ・テオ……?」
「あくしゅ、あくしゅ~」
俺が差し出した手に戸惑い首を傾げるが、イオネラのフォローによって、彼女の手を握ることに成功。
小っちゃ~い、すべすべ~、そして全体的に柔らかいが、やはり剣ダコのような感触。
「す、凄く大きい」
頬を染め驚くアリエラ。素晴らしい、完璧だ。今回の流れは幸運の女神の采配かと思われる。
首を傾げるアリエラが可愛かった。歌うように握手の仕方を教えるイオネラが可愛かった。小さなアリエラの手も可愛い。そして、何よりアリエラの台詞。女の子に言ってほしい台詞でアンケートを取れば上位間違いなしだろう。
「タケル様、汗が凄いですよ。お風呂どうですか?」
イオネラが俺の袖を引っ張りながら言ってきた。そう言われて気付くが、確かに汗が酷い。水を飲んでから、更に出た気がする。
もしかして、臭いのだろうか? 俺に手を握られているアリエラも、本当は鼻を摘まみたいのを我慢しているとか?
「タ、タケル殿! よろしければ浴室にご案内します!」
「お、おう」
気合の入ったエリーザに少し引いた。どうしたんだ?
まあ、エリーザの事を気にしても時間の無駄だ。少女に嫌われる前に、風呂に入って着替えて……
「俺、着替え無いぞ」
重大な事に気付いてしまった。一張羅で異世界に来ているんだ。着替えなんて用意しているはずが無い。
借りようにもサイズが合うとは思えんしな。つーか、未だに裸足だし。こんな事なら、服の用意が出来るまでは運動を避けるべきだった。
「あの、タケル殿がお召しになる衣装は、既に用意出来ているはずです。軍服は後回しになっていますが、部屋着と寝間着は優先的に作らせているので」
なんと! 速攻で服を作ってくれていたらしい。
何でも、サイズを計った後は、入浴までに部屋着と寝間着。朝までには軍服と靴を作ってしまう強硬スケジュールが組まれているそうだ。
ちなみに部屋着と寝間着は城内の女中さんが作成しているそうだ。オモテナシ 有難うございます。
「無理をさせて済まないが、正直ありがたい。甘えさせて貰うよ」
「いえ。無理をさせているのは我が方です。お気になさらずに」
理屈で言えば、その通りなんだろうが、だからと言って甘えるのを当然と思うのは違うだろう。
少なくとも、こちらの事を気にかけてくれる相手に礼を尽くすのは当然だ。
「では、服を取りに行きたいが、案内を頼めるか?」
「それでしたら、私が取ってまいります。浴場は、ここからが近いので、タケル様に無駄足をさせることになりますから」
そう言い残すと、アリエラが走って城内へ向かった。
え? もしかして臭かった? 俺の側が嫌だった?
「相変わらずね、アリエラは」
「隊長なんだから、誰かに指示すれば良いんだけどねぇ。働き者だもん」
「隊長?」
聞けば、アリエラは騎士見習いの隊長を務めているそうだ。
隊長と言っても、見習いだから、指揮能力なんかは求められていない。クラス委員長みたいなものである。
凄くまじめそうだし、イメージ通りだな。
だが、見習隊長は総合成績が1番優秀な者が任命されるので、アリエラが優秀であることは間違いない。
「ですが、その所為で、重圧を感じてはいるようですが」
「今期も内定取れなかったからね」
「内定?」
ロムニア王国軍の編成は、大規模な合戦で兵を失った場合を除いて、秋に内定が決まり、冬の内に転属先に移動する。
今は晩秋で、見習を卒業できた者は、転属先へ移動する準備を終わっている頃だ。
しかし、最優秀成績者だったアリエラは見習のまま。
「何か問題が?」
アリエラが優秀と言っても、半分は座学で取った地位。その座学で他者を大きく引き離し、弓術と馬術で見習のレベルを遥かに超える成績を獲得した。剣術と薙刀術で平均以下だが、トップから落ちることは無かった。それ程、高成績の分野、特に馬術が頭抜けていたのだ。
しかし、それが問題だった。
「現在、ロムニア軍に必要とされているのは騎士です。後方勤務を軽視する者はいませんが、今は負傷して前線に立てなくなった者が多くいますから、見習いを出たばかりの者に居場所はありません」
「弓兵は基本的に徴兵された人で構成されるからねぇ、必要なのは弓兵を指揮する人で、弓の腕が良いに越したことは無いけど、普通は経験者でしょ?」
「馬に乗って剣は振れなくても、弓兵の指揮なら可能な武家は居ますからね。このままだと、次はイオネラにまで置いて行かれるでしょう」
「なあ? 今少し話が分からないんだが、この国の軍制って、どんな内容だ? さっきから騎士って言ってるが、騎士って何だ?」
騎士って、武士の西洋版ってイメージなんだが違うのか? そう思って聞いてみると、この世界の軍制は少し変わっていた。
俺たちの世界では、騎士や武士は民衆から徴兵された兵を指揮する指揮官である。華々しい一騎打ちが行われるのは騎士や武士同士の間で行われる戦争で、明確なルールや暗黙のルールがある相手との戦いだ。
しかし、ここみたいに相手との間にルールを求められない場合は総力戦になり、民衆も多く徴兵される。近代の戦争やモンゴル軍に攻められた国がそれに近いが、ここはもっと酷い。
だから、普通に考えれば騎士=少尉以上の士官に対し、徴兵される民衆の兵=曹長以下の下士官は100倍は居ても不思議ではない。
しかし、この世界では魔族を相手にしているため、徴兵された兵では戦力として厳しすぎるのだ。はっきり言えば、魔族を鉾で討てる兵は居ない。民衆が使用して効果があるのは弓矢での攻撃のみ。そのため、弓兵と弓兵を補佐する鉾や盾を持った兵で徴用兵は構成される。
そして、騎士は身分でなく馬に乗って戦う者を指す。貴族に当たる身分を武家、または、そのまま貴族と言い、武家は基本的に馬上で太刀や薙刀を振るう騎士を目指す。
「つまり、騎士って職業か」
「そう思って構いません」
そして、魔族との戦争で消耗が激しいのが、その騎士である。
4か月前の合戦に参加したのは騎士が2万に対し、徴兵されたのは兵が2万人。そう2万の内、弓兵は半数弱。
敗戦だったため、3割近い戦死者が出たが、一番被害が多かったのも騎士だった。
うん。完全に支配者階級が減っていっている。
しかし、疑問なのは何で騎士は弓を使わないんだ? 1000年前の武士と言えば、攻撃は騎射が基本だろ?
「なあ、何で弓騎兵が無いんだ? 接近戦で無いと魔族は討てないって訳じゃ無いんだろ?」
「きゅう騎兵? それって何ですか?」
凄く不思議そうな顔で返された。
え? 知らないの? って、事は西洋の騎士みたいに弓騎兵は無いんだな……あれ? ここの軍編成って妙な違和感があるよなぁ。




