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 ここから最初の歌に言及してもいいが、私は先に「たはぶれ歌」について述べたい。はっきりしていないが、西行の晩年に歌われたもののようだ。

 

 たけうまをつゑにもけふはたのむかなわらはあそびをおもひいでつつ

 

 これは「たはぶれ歌」の中の歌の一つで、年取った西行が、子供の頃には遊びの道具であった竹馬が今では杖になってしまった、そうした老境を幾分か滑稽なものとして歌っている。

 

 西行はここで、幼年時の幻影を目の先に見ている。己自身を忍耐強く歩んだ老詩人には、もはや自分の生涯そのものが一つの形象として、夢としてはっきり見えた。そうした姿が浮かんでくる。

 

 ここで西行が浸っているのは懐古趣味ではない。また、昔は良かったという感慨でもない。そうではなく、彼は自分自身の生涯を幻視している。人生は夢のようなものだった、舞台の上でのほんの些細な演技に過ぎなかった。彼は今、時間というものを夢という空間性に載せて歌っているのである。そこに感慨はない。弱さはない。はっきりとした、透徹とした認識だけがある。人生は夢である、と感じる認識は夢ではない。それは現実よりも遥かに鮮やかなものだろう。

 

 当然と言えば当然だろうが、私はシェイクスピアの台詞を思い出す。即ち「マクベス」の

 

 「人の生涯は動きまわる影にすぎぬ。あわれな役者だ、ほんの自分の出場のときだけ、舞台の上で、みえを切ったり、喚いたり、そしてとどのつまりは消えてなくなる。白痴のおしゃべり同然、がやがやわやわや、すさまじいばかり、何の取りとめもありはせぬ。」 (福田恆存訳)

 

 人間は役者として出番が出ている時だけ喚き散らし、それが終われば引っ込まなければならない…舞台の上を絶対化する事はできない。舞台の上、仮初めの我を絶対的なものとして、舞台の外側にも通用する「永遠」として建立する事はできない。世界は変化していく。流転していく。そうして流転していく全てを見ている己も流転していく。とどのつまり、なんてことはない、全てのものは過ぎ去っていく。

 

 西行とシェイクスピアの間にはもちろん直接的には何の関係もない。ただ詩人の目線が、流露していく現実を透徹とした目で見るという一事だけが一致している。


 西行に見えた彼自身の生涯は、彼が歩んだ道の全てであり、老いた彼には幼童の自分が幻視として現れた。「たはぶれ歌」には子供の頃の歌が多い。また、こんな歌もある。

 

 たかおでらあはれなりけるつとめかなやすらい花とつづみうつなり

 

 これは高雄寺の僧を歌ったものだが、吉本隆明の本を読んでいる時、吉本が「好きな歌」にあげていて、印象に残っていた。また、吉本はそこで「西行にしては珍しく明るい」と言っていたと思う。

 

 確かに、この歌には西行独特の諦念や、自意識の把握はない。どこか突き抜けたような明るさがある。ただ、それはあくまでも晩年に近い西行なのだろう。私は芭蕉の言った「軽み」をなんとなく思い出す。また、良寛の詩、「青陽二月の初め…」の、あの暗さが、爽やかな初春の、幼童と遊ぶ景色に溶けていく不思議な情景も思い出す。

 

 そこにある明るさは何か透明な光の朝のようだ。それは、まるでこの世の風景ではないようにも感じる。そう言えば、有名な歌

 

 願はくは花の下にて春死なんそのきさらぎの望月のころ

 

 も、私には西行の願望を語ったものというよりは、彼が生前に既に自分自身を埋葬していた事を示す歌に聞こえる。そこに現れる景色はこの世のものではないものとして、美しいピンク色の桜に象徴される、何か現実とは違うものとしてあった。だが、忘れてはならないのは、

 

 見るも憂しいかにかすべき我心かかる報の罪やありける

 

 という歌に示されるように、西行には自己に対する暗い想念と外界の陰惨さが身にしみていたという事だろう。この歌は「地獄絵を見て」という連作の中のものだが、地獄絵は、西行が見た現実の陰惨さを象徴するものだったと私は思う。世界の陰惨さを覗いた心が、いかにして平明で明るい歌を歌うようになったか。私はこの文章で、趣味的に物を見る事の愚かしさについて語ったが、見方を変えれば、世界の重たさをくぐり抜けた身には再び世界は軽く、見る目のない目にはただ羽毛のように軽い、明るい、爽やかなものへと転じていくのかもしれない。しかし、それが深淵をくぐり抜けた末の結論なのか、深淵を回避した故の趣味性なのか、一体、誰に判断できるだろうか。

 

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