黒木の講義
「師匠と呼べというのに……まぁ良かろう」
呼び捨てにされた黒木は天狗面の上から頬をかく。
「それで、結局私の秘密基地に何かしたのは君か?」
「いや、昨日はなかったのに今日は入り口が封印されてたんだ」
「そうか、昨日の騒ぎだ。同業者に感づかれたのかもな」
「黒木以外にも化物を狩る人は居るの?」
「ああ、もちろん。地域毎に幾人か居る。交流はあまりないがな」
「なんで? 人が少ないなら連携をとるべきだと思うけど」
「忌々しい古くからのしきたりだとよ」
吐き捨てるように黒木は言った。
面の上からでも怒りが伝わってくる。
「大した差でもないのに門外不出だ、あそこはうちと確執があるからだの何だのと、頭の悪い老害め」
「大体、化物狩りはタダ働きだってのに。細かいことをぐちぐち言うな」
大分ストレスが溜まっているようだ。
無理もない、下手をすれば命に関わる魔物退治がボランティアで、しかもやり方にけちをつけられるのだ。
「それでここを?」
「そうなるな、ここなら何を試そうと文句は言われないからな」
溜め息と共に黒木は答える。
「それで、術って何なの?」
「ふふん、師匠最初の仕事だな。私の専門だ。長い話だが、最初から話してやろう。良く聞きたまえよ」
得意そうに、黒木はもったいぶって言う。
「術と言うのはだな、日本での源流は神話にある。君が魔物と呼ぶものがのさばっていた時代だ。有名どころでは八又の大蛇とかだな、知っているか?」
「うん、ゲームで出てきた」
「そうだろう? その頃は人は魔物と戦う術を持たなかったんだ。人々は神様を讃える代わりに魔物から守って貰っていた訳だな。しかし、人間の一番の力は学習能力だ。一部の人間は術を真似し始めた。この後、術は色んな方面に分化していくがその根元はこれだ。だから術に使う力の根元はどの流派でも神に通ずる力、神通力と呼ばれている」
魔力のことか。
「人が戦う術を手に入れてからの流れは地方によって色んな話が口伝で残っているが、結果は同じだ。神々もろとも魔物を封じたんだ」
「どうやってそんなことを」
「そこが話の別れる点だ。人々が封じた説と神々が自身もろともに封じた説が主流の二説だ。細かい方法は聞いたことがないがね」
眉唾だな、前世の知識込みでも想像すらできない。
話し半分に考えておくか。
「それで、その後はどうなったの」
「神々が封じられると神通力は急激に弱体化したんだ。この力が神々からの借り物であると言われる所以だな」
魔素の話だろう。
どうにかして魔素を封印することで魔物の発生を抑制しているのか?
「それでも昔は今よりも神通力は強力だったようだがね。さて、出口に着いたぞ」
話しているうちに歪みのあるところに到着した。
「もうそろそろ暗くなる時間だ。続きはまた今度な」
黒木は手で領域から出るように促す。
現代の細かい情報が知りたかったのだが、そのまえに話が終わってしまった。
「続きが気になるなら、今度は君の話も聞かせてくれよ。都合の悪いことは追求しないであげるから、私に話せることを次までにまとめておいてくれ」
黒木の発言に思わず肝を冷やす。
前世のことに気づいたわけでは無いだろう。
しかし、俺の持つ何かに感づいた上で言及しないことで俺の信用を得たのだ。
打算的な奴だ。
しかし、有りがたい話でもある。黒木の言う通りに情報交換と考えれば俺にとっても都合が良い。
せっかく見つけた事情通だ。いたずらに警戒して無駄にしたくはない。
「分かった、考えとくよ」
「よろしい」
くすくすと笑うと黒木は使い魔に顔を向ける。
「このままだと不便だろう? 師匠らしく餞別をやろう」
懐から紙束を取りだし、そのうちの一枚を抜き取ると使い魔の額に押し付ける。
仄かに光ったかと思うと大型犬ほどの使い魔がみるみる内に縮んでいく。
ついには子犬ほどの大きさのところで変化は収まった。
「元に戻したいときはこれを使うと良い」
黒木が何の装飾もない指輪を投げて寄越す。
「うわっ」
あまりの光景に呆気に取られて落としてしまった。
黒木はイタズラが成功したようにくつくつと笑うと拾うように促した。
恥ずかしさで顔が暑くなるのを感じながらいそいそと拾う。
何の装飾もない指輪に首にかけるための紐が付けられている。
「使い方は言わずとも分かるだろう?」
「魔力を流せば良いんだろう、大丈夫だよ」
「魔力? ああ、そうか。そう、それで使える」
思わず口をついて出たが、問題ない。
独学と言っている以上、呼称は問題にならない。
「さあ、早く帰りな」
「次はどうすれば会える?」
「私の方から連絡を取ろう」
「分かった。最後に1つ聞いてもいい?」
黒木はうなずいて先を促す。
「何で手加減したの?」
俺が最も気にかかっていたことだ。
黒木が本気を出せば使い魔の犬を封ずることができるのは先程の通りだ。
ならば、何故黒木はそうしなかったんだ?
「その方が面白いものが見れそうだったからね、それに子供を傷つけるのは流石に心が痛むよ」
「それに、あの石は君が使ってしまっただろう?」
確かに、あの石だけが目的ならばそうだろう。
しかし、まだ疑問は残る。
「それなら何であんなに警戒してたの?」
黒木の言う通りならば、この秘密基地でこれほどの警戒をするのは不自然だ。
顔も声も隠して俺に対峙した理由が分からない。
「さぁ? 何故でしょう、ほら早く帰りな」
はぐらかされてしまったか。
しかし、時間がないのも事実である。
今回はこの辺にしておこう。
「分かったよ。じゃあ、またね」
「ああ、今度は師匠と呼んでくれよ」
そう茶化す黒木を尻目に領域を出ると外は少し暗くなってきていた。
今から帰れば門限には間に合うだろう。
使い魔を抱えながら帰る道中、俺が悩んでいることは2つ。
飼ってもらえるだろうかということと、こいつの名前だ。
前世込みでも、名前を付けたことなどない。
ポチやタロウなどはいささか適当にすぎるだろう。
悩みどころだな、いっそ前世の名前でも付けるか。
俺の魔石から作った使い魔だ。
いわば俺の分身でもある。
そうするか、こいつは今日からエインだ。
名前は決まった、後は飼ってもらえるように祈るしかない。
深呼吸をしてドアを開ける。
「ただいまー」
「「おかえりー」」
もう父も帰ってきているようだった。
エインを抱えたままリビングに入ると父がテレビから目線を外しこちらを見た。
「どうしたんだい、その仔犬」
「捨てられてたから拾ってきたんだ、飼ってもいいでしょ? 世話はちゃんとするからお願い」
予め考えておいた筋書きを口にすると、父は仕方がないなぁという顔をしながら台所の母のもとへ歩いていった。
許してくれるといいんだが。
しばらくすると父は母をつれて戻ってきた。
「あら、結構可愛らしいじゃない。しっかり面倒見るのよ」
「じゃあ……」
「ああ、飼ってもいいぞ。名前は決まってるのかい?」
「うん、エインっていうんだ」
「そうか、いい名前だな」
その日の夕飯はカレーライスだった。
お風呂から上がり自室に戻ると、後はもう寝るだけである。
昨日も今日も今までになく濃密な一日だった。
そういえば、黒木はどうやって俺と連絡を取るつもりなのだろうか。
手の中でもらった指輪を転がしながらそんなことを考えていると、結びつけられている紐の違和感に気づいた。
もしやと思い魔力を通すと一枚の細い布に姿を変える。
そこには、日曜午前とだけ書かれている。
俺が気づかなかったらどうするつもりだったのだろうか。
ともあれ、次に会うのは日曜だ。
それまでに考えをまとめておこう。
何を話して、何を話さないかを。
みきり発車ゆえに初日でストックはないのである。
早くも毎日投稿が途切れることに焦燥感を感じながら投稿する今日この頃。
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