再びの墓地
表の封印のせいか、中はより濃い魔素に満ちていた。
入り口付近には人魂はいないようだ。
断絶された空間では、身体に戻れなかった魂は行き場を失い周囲の魔素を巻き込んで結晶化する。
それが、魔石と呼ばれる魔物の核だ。
人の魂からできる魔物は強力になりやすい傾向にあるので、早めに魔石を回収しなければならない。
今回は人魂の他にも注意しなければならないことがある。
この領域の術者だ。
表の封印を見て確信した。
この領域は魔物が作ったものではなく、人工のものである。
前世ではあり得ない魔術だけに、にわかには信じがたいが、そうとしか思えない。
あの人魂が魔力感知型であることが何よりもおかしい。
魔物が人を襲うのは、人の魂を喰らい魔石を強化するためである。
魔物はその目的に応じた形態に進化していく。
物理無効で魔力感知型の魔物は相手に誰を想定しているのか。
間違いなく魔術師である。
しかし、この世界で魔術が一般的ではない以上あの人魂のような魔物が自然発生するのはおかしい。
この矛盾は前提の変更で解消できる。
つまり、あの人魂が魔物ではなく何者かによる魔術である可能性だ。
そう考えれば、人魂の無機質な動きにも納得がいく。
恐らく、術者は魔力を扱えるものだけが歪みに気付き、侵入する可能性があると考えたのだ。
だから、侵入者の排除のためにあの人魂を設置した。
物体の生成には多大な魔力を消費するので、簡単には水は出せない。
低速ながらも相手を追い続ける火球の魔術は安易な警備兵代わりだ。
恐らく、前世とは魔術の体系が違うのだろう。
しかし、俺は継続発動の魔術を知らない。
習っていなかっただけの線もあるが。
なにはともあれ、表の封印から昨日の一件は術者に気づかれていると見ていいだろう。
気にかかるのは術者の目的だ。
この閉鎖空間を一体何の目的で使用しているのか。
そこまでは分からないが、何が起きても対処できるよう警戒は必要だろう。
警戒を、強めながら少しづつ進むこと十数分。
俺は見事に迷ってしまっていた。
封印の影響か領域が揺らいでおり、まっすぐ進めないのだ。
止まっていても周囲の景色が変わっていく様は見ているだけで不安にさせられる。
幸い今日は魔力に余裕があるので、この揺らいでいる領域ならば帰り道は自分で作ることができる。
さて、運良く魔石が見つかれば良いが……
さらに歩くこと十数分、一度も人魂には遭遇していない。
徐々に空間が安定してきているのを感じる。
これでは、帰り道を作れない。
現在地を把握する必要がある。
周囲を確認すべく立ち止まり、辺りを見回す。
すると、右手から何者かが近づいてきていた。
相手もこちらを確認したのだろう、真っ直ぐに向かってくる。
敵対存在かを確かめずに逃げの一手では調査の意味がない。
人魂が来るのも構わずに魔力を練り上げる。
徐々に相手の姿がはっきりと見えてくる。
赤い顔に長い鼻のお面をつけている。
テレビで見たことがある、天狗だ。
背格好からは性別が分からない。
服装もどちらともとれる服だ。
3メートルほどのところで足を止め、懐から何かを取りだし吸い込んだ。
「この異変はお前がやったのか?」
おかしな声だ、さっき吸い込んだのはヘリウムガスか。
相手の用意周到さに舌を巻きつつも、こちらも警戒を強めて答える。
「異変ってのは何のこと?」
「この異界が不安定になっていることだ」
「何言ってるのか分かんないよ」
魔力、魔法、魔導などは俺が勝手に日本語に当てはめたものだ。
うかつにそれらの言葉は使えないし、今は相手から情報を出したい。
「そうか、では君は何故ここに来た?」
「昨日ここに忘れ物しちゃって」
「それは、これか?」
言いながら天狗は懐から魔石を取り出す。
「それ、俺の石だ。返して」
「返すのは構わないが……君、名前は?」
「知らない人に名前教えちゃだめって言われてるから言わない」
天狗はクスリと笑うと名乗った。
「私は黒木だ、よろしくな」
「慧杜だ。よろしく」
はりつめた空気のまま自己紹介を済ませる。
とりあえず俺は普通の幼稚園児として振る舞う。
「早く返して」
黒木は何か考え込んでいるようで、魔石を手の中で転がしている。
「なあケイト、他のものと交換しないか? 何でもいいぞ?」
普通の石でないことに気づかれたようだ。
このまま断っても無理矢理持っていかれそうだ。
先手をとって奪うことにする。
魔力を足に集中させる。
「何でもいいの?」
笑顔を顔に貼り付け答える。
相手が返事をしようとする瞬間を狙って魔石目掛けて飛び込む。
よし、無事奪うことができた。
「嘘はいけないな。身体強化なんて、どこで知ったんだい?」
黒木が指を鳴らすと周囲から人魂が集まってくる。
「その石を渡してくれたら今日は見なかったことにしてあげるよ、どうする?」
「結構だ」
「難しい言葉を使うんだね、いくつなんだい?」
人魂が均等に俺を取り囲んでいる。
「そろそろ6歳になる」
「へぇ、本当に子供じゃないか、驚いたよ」
言い終わるや否や、人魂が一斉に襲いかかってくる。
昨日のものとは違い、動きが読みづらい。
黒木が直接操作しているな。
だが、今日は昨日とは違う。
人魂が複数迫ってくるのに合わせて、ナップザックから水筒を取りだし中身をぶちまける。
飛び出した水に魔力を込めて制御する。
イメージするのはシャボン玉。
火は閉鎖空間で燃え続けることはできない。
シャボン玉で囲ってしまえばすぐに消すことができる。
それに、少量の水で形成できる。
計画通り幾つかの人魂を消すことができた。
一度成功すればこちらのものである。
次々と人魂を消していく。
「へえ、用意がいいね。昨日の騒ぎは君だったのかい?」
黒木は余裕を崩さず訪ねる。
「そうだ、熱中症で運ばれる羽目になった」
「迷子の子を助けようとしたんだろ、立派なことだね」
最後の人魂を消して答える。
「親友だから。それで、これで終わり?」
「いやいや、まだあるとも」
黒木が踵を打ち鳴らすと地面から土人形が現れる。
「さて、まだ石を渡す気にはならないかい?」
土人形は俺の倍ほどの体躯をしている。
前世ならともかくこの体で武器もなく倒すことはできない。
あまり、黒木に手の内は見せたくなかったが仕方ない。
魔石を使おう。
魔物が人を襲うのは、魔物の核である魔石が魂の残滓を元にしてできており、生まれながらに不完全だからである。
存在として不足を補うために人を襲うのだ。
人を襲い、その魂を喰らうことでさらに強大になる。
しかし、彼らの魂が均衡を取り戻すことはない。当然ながら数多の人を魂の破片をいくらかき集めようが完全な形にはならない。
ビー玉の破片を100個分集めても、それは100個のビー玉にも大きな1つのビー玉にもなりはしない。
満たされない渇きを覚えたままに人を襲う化け物、それが魔物なのだ。
一方で、その不完全さを取り除く。つまり、魔石にその魂と同じ魔力を流して形成すれば文字通り魂を分けた従順な使い魔とすることができる。
イメージするのは犬、大型犬だ。
魔石に魔力を流し、大型犬を作っていく。
もとが魔物の材料だから、周囲の魔素を際限なく吸い込んでいく。
出来上がったのは、俺の胸の位置に背中がある大型犬である
このサイズの魔物ならば土人形は簡単に破壊できる。
黒木は何をするでもなくただこちらを見ている。土人形が動く様子もない。
なら、遠慮なく。
土人形を破壊して黒木を見据える。
「降参だ、話し合いをしようじゃないか」
黒木は両手をひらひらと振り、どかりとその場に座り込んだ。
「分かった、でも五時には帰らないといけないから出口まで案内してくれ」
黒木はクスクスと笑い、立ち上がると手招きした。
「迷子だったのかい? あんなに強気だったのに」
黒木と話ながら歩く。
「ねぇ、何でこんなとこ作ったの?」
「ここは私の秘密基地なんだよ」
「秘密基地?」
「そうそう、化物退治なんかしてるとな、ストレス溜まるからプライベート空間が欲しくなるものなんだよ」
「黒木は猟師だったの?」
そう問えば、また笑いながら答える。
「獣じゃないよ、化け物のことさ。ほら、君が作った犬みたいな奴に似てる」
「魔物のこと?」
「魔物、向こうではそう呼ぶのか」
黒木がポツリと溢した言葉に戦慄する。
前世のことに感づかれてしまったか?
「向こうって?」
「君、名前から察するにハーフなんだろう?」
黒木は俺をケイトちゃんだとでも思っているのだろうか。
「私は国内の術しか知らないが、君のそれは全くの別体系だ。海外のものなんだろう?」
黒木の勘違いにひとまず安心するが、誤解を解くべきかは悩みどころだ。
話を合わせて情報を集めるべきだろうか。
「いや、ハーフじゃないよ。それに、俺は男だ」
下手に嘘は積み上げるべきではないだろう。
海外のことを聞かれてもほとんど答えられないのだから。
「えっ? そうなの、じゃあその術はどこで?」
「独学だよ、だから色々教えてほしい」
「す、すごいな。いいだろう、これからは師匠とよびたまえ」
黒木が驚きながらも胸を張りそう宣言する。
師匠、か。
「わかったよ、黒木」
黒木を師匠と呼ぶことは何故だかすごく躊躇われた。




