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夢を見た。


前世の夢だ。


俺が見知らぬ男に使命を果たせと言われる夢だ。


白髪の入り交じった手入れのされていない黒髪に、淀んだ黒目。無精髭を生やした男が捻ったような波目のある指輪をした手でこちらを指さすのだ。


前世でも、今世でも見た覚えはない。


しかし、俺は自然と前世の夢であると確信している。


その男について前世のことを思い出しているとあることに気づいた。


俺の最後の記憶の続きである。


授業の準備をして寝たその次の日の記憶である。


用意していた鞄を持ち、教室へ向かい授業を受けていた。


何てことのない一日だが、最後の記憶が更新された。


これの意味することは大きい。


俺は、前世の記憶をすべて継承している訳ではないということだ。


つまり、俺の前世での本当の最期では、俺を転生させた何かがあるのかもしれないのだ。


産まれて五年と少し経って、急に思い出したのは恐らく先日大量に魔力を消費した為だろう。


俺の記憶喪失と、魔力とには何らかの関係があるのだろう。


使命だの記憶喪失だのと平穏な世界に来たと思っていたのに突如としてきな臭い感じがしてきている。


できることなら、何も知らずにのほほんと暮らしていたいのだが。


しかし、無視することはできない。


が、記憶を取り戻すためにすべきことも分からない。


今回新たに思い出した記憶はわずか数時間程度のもの。


俺の最期がいつなのかは分からないが、このペースでは全てを思い出すなんてことは到底不可能である。


手詰まりだ。


とりあえずは昨日決めたように今まで以上に魔力の修練を積み、方法を探っていくしかない。


俺が決意を新たにしていると、下から母の声が響く。


「慧杜ー、今日は幼稚園行く? 体調悪いなら休んでもいいわよー」


「もう大丈夫だから行くよ」


そう答えて、着替え始める。


今日、紫暮は来るだろうか。


そんなことを考えながら。




朝食を食べ終え、しばらくすると母と共に送迎バスの止まるところに向かう。


「じゃあ、いってらっしゃい」


「いってきます」


笑顔で見送る母に手を振りながら象を模している送迎バスに乗り込む。


紫暮が乗るのは俺の二つ次である。


俺はいつものように先に乗っている紅音の隣に座る。


「おはよう」


「おはよう、もう大丈夫なの? 熱中症で倒れちゃったって聞いたよ」


「うん、大丈夫だよ。いつもより少し気だるいくらい」


「でも、紫暮ちゃん探しに走り回るなんてすごいね、テレビのヒーローみたいだよ!」


紅音が目を輝かせながらこちらを見る。


紅音は、この年頃の女の子にしては珍しく、特撮のヒーローなどを好んで見ている。


どうやら父親が熱狂的なファンらしく、よくロマンについて語っている。


そんな紅音の中でどうやら俺は、紫暮の窮地に駆けつけ倒れ伏しながらも紫暮を助け出したヒーローになっているようだ。


事実としては間違っていないのだが、なんだか微妙な心境である。


「ヒーローが熱中症で倒れましたはないだろう」


「そうかな? 最近は脱力系なオチもおおいよ」


「脱力系って、なんかあったっけ?」


「ほら、あの漫画のやつ」


「いや、分かんないから」


あの漫画のやつで分かるわけがない。


「ほら、シリアスからのギャグオチの探偵もの」


「ああ、あれか。でもギャグ漫画主人公に例えられても嬉しくないな」


「あははー、でも似てるし」


そんな他愛ない話をしてると紫暮がバスに乗ってきた。


昨日あんなことがありながら、休まないのは真面目な紫暮らしい。


「おはよう」


挨拶しながらいつものように紅音の後ろの席に座り、身をのり出す。


「慧杜、大丈夫なの?」


「さっき紅音にも聞かれたけど大丈夫だよ、大したことない。それより、紫暮の方こそもう平気なのか?」


「私は迷ってただけだから大丈夫」


「でも、紫暮ちゃんが迷子なんて珍しいね」


「だって、お化けがでたんだもん。しょうがないじゃない。誰も信じてくれなかったけど」


「何かの見間違いじゃないの?」


「あー! 紅音までそーゆーこと言うんだ。慧杜も何か言ってやってよ」


「まあまあ、落ち着いて。俺も倒れちゃったしよく覚えてないんだよ」


そういうことにしておこう。


魔力について、この世界に存在するのに普及していないのは何か理由があるのだろう。


最初は魔素の薄さゆえかと思っていたが、昨日の様な領域が存在するなら誰も知らないということはあるまい。


ここで下手に目立つ真似は避けるべきだろう。


「そんな~、絶対見たのに~」


そう言うと紫暮は顎を紅音の背もたれに乗せ、うなだれる。


そうこうしているうちに幼稚園に到着した。


背もたれに顎をおきながら口を尖らせむくれている紫暮の頬をつついて降りる様促す。


「ほら、行こう」


「見間違いじゃないのに」


「まだ言ってるのか? もういいだろう?」


「よくないよ! こうなったら、絶対に幽霊がいるんだってことを証明するんだから」


喉元すぎれば熱さを忘れるということわざがあるらしいが、まさにそれだ。


呆れながらも紫暮を止める。


「やめておけよ、昨日散々な目にあったろう?」


「わかってるわよ、お墓で遊ぶ訳じゃないわ。」


「何するの、紫暮ちゃん?」


「ふふん、幽霊が信じてもらえないのは科学的に証明できていないからよ。だから、私たちで証明するの」


「どうやって?」


「この町のおかしなことについて調査するのよ!」


おかしな流れになっているが、俺にとっても悪い話ではない。


この世界での魔力の扱いについて調べる必要は感じていた。


()()()()()()とやらに魔力が関連していれば、魔力を使う人間と接触できるかもしれない。


まあ、そもそも紫暮がこうと決めた以上俺たちが付き合うことになるのは避けられないのだが。


「何かあてはあるの?」


紅音はノリノリだ。


確かに、紅音好みのシチュエーションではある。


「今はないわね、紅音は何かある?」


「うーん……あ、あれは? 幼稚園の怪談」


「階段? 何か変なところでもあったか?」


「階段じゃなくて怪談。七不思議とかの方よ」


階段と怪談か、この言語は同音異義語が多くて困る。


「それで、どんなのがあるの?」


紫暮が目を輝かせて、紅音に迫る。


「もう教室着いちゃうからあとでね」


「絶対よ!」


それぞれの教室に入り、席に着く。


怪談か、この幼稚園にそんなものがあるとはついぞ聞いたことがない。


そもそも、この幼稚園は外と同じく魔素はとても薄い。


魔力が関係した怪奇とは巡り会えないだろう。


そんなことを考えていると、教室に先生が入ってくる。


今日はどうやら折り紙をするらしい。


色のついた紙を折って遊ぶとはなんとも贅沢なものだなと最初は思ったものだが、今ではもう慣れてしまった。


というか、飽きてしまった。


最初は楽しめたが、精神年齢は周囲の数倍もある俺は同じもので何度も遊べる素直な子供ではなかった。


読書かゲームが良かったな。


心の中でそう思いながらも惰性で折り紙を折っていく。


折り紙は、飽きるのは早いが正方形の紙には無限の可能性が眠っていることを教えてくれる。


正方形の紙、いってみればそれだけなのだが子供の玩具としてはとても洗練されている。


一様な形状なので、折りかたを知っていれば子供でも再現できるし、辺の折り目を使って角度を作っていく過程もとても興味深い。


こんな娯楽があるのも平和の証なのだろう。


折り紙が終わり昼食の時間になったので、皆と机を突き合わせて弁当をつつく。


昨日の騒動から半日以上経った訳だが、先程から魂が回復していく気配がない。


朝までは徐々に回復しているようだったが先程からぴたりと止まってしまった。


領域で使った分の魂がこちらに戻れていないのだろう。


前世でもあったことだが、早めに回収しないと魂の残滓が魔物化することがある。


今日にでも回収に向かいたいところだが、紅音が言っていた怪談も気にかかる。


午後の間もずっと遊具の上でそんなことを考えていると、家に帰る時間になっていた。


帰りのバスに乗るや否や紫暮が待ちきれないとばかりに目を輝かせて紅音に迫る。


「それで、その怪談ってどんなのなの?」


「えーっとね、階段の段数とか絵の目が夜な夜な動くのが定番かな」


「定番って、この幼稚園の怪談じゃないの?」


「うん、この幼稚園じゃ聞いたことないけど、色んな学校とかで言われてるからこの幼稚園にもあるかもしれないじゃない」


そんな、安直な。


そもそも、そういった怪談話はフィクションだろうに。


仮に、実在していたら昨日の顛末があんな風に処理されないはずだ。


「それもそうね……明日から一つづつ調べるわよ!」


「目撃証言も無しに調べるのか?」


「どうせ、幼稚園の中だからいいじゃない。無駄になっても大した手間じゃないわ。手始めとしては丁度いいわよ」


まぁ、危険は無さそうだからいいとするか。


「それで、今日は何して遊ぶ?」


「俺は今日は休むよ」


昨日の墓地の調査に行くから、とは言えない。


「そう? じゃあ紅音、帰ったらいつものとこでね」


いつもの集合場所、公園のことだ。


「うん、わかった。じゃあ慧ちゃんお大事に~」


バスを降りて、家にはいると母が出掛ける用意をしていた。


「あー、おかえりー。母さんこれから買い物いくから遊びに行くなら鍵は閉めていくのよ~」


「わかった、いってらっしゃい」


好都合である。


キッチンに行き、運動会用の水筒に水をいれる。


ナップザックに水筒を入れて背負う。


準備はできた。




墓地に向かうと、昨日より魔素濃度が下がっているように感じた。


不思議に思い、歪みのあったところに行くと簡易的な封印が施されていた。


魔力が扱えれば簡単に解けてしまうような簡単なものだが、魔力を知らなければ気づくこともないだろう。


昨日の一件の後、何者かが封印したのだろう。


間違いない、この世界にも魔力を扱うものが居る。


歪みも小さくなっている。


魂がこちらに戻らない原因はこれか。


封印を一目見て、おかしな機能が付加されていないことを確認すると手早く封印を解く。


歪みに沿って魔力を這わせただけの封印とも呼べない封印なので、魔力を散らすだけで解くことができる。


深呼吸を一つ、魔力はまだ練らない。


ゆっくりと歪みに足を踏み入れる。




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