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はじめてのたたかい

さて、どうしようか。


囲まれていることに気がついたのは今から数分前。まだ、視認できないものの感知の端にひっかかったのだ。それも複数。


そこからはじりじりと距離を詰められている。


疲れきった紫暮に合わせている今のペースでは追い付かれるのは必定、最悪は紫暮がパニックに陥ることだ。


「ねぇ、慧杜、どうしたの急に黙り込んで」


そう訊ねる紫暮の目には不安の色がくっきりと浮かんでいる。黙るのは得策ではない。


「紫暮、落ち着いて聞いてくれ。このままでは追い付かれる。だから……」


だから、どうしよう? とは聞けない。今の紫暮の精神的支柱は俺だ、弱気は見せられない。紫暮を一人で行かせる? 本末転倒だ、そもそも紫暮一人ではここから出られない。腹を括れ、ここで迎え撃つしかないんだ。


「だから、ここで迎撃する。あまり、離れないで」


「大丈夫なの? 汗、すごいよ」


乾いた笑いをして、深呼吸。汗を拭って、顔に笑みを張り付ける。


「大丈夫だよ、さすがに墓地とはいえ夏は暑いね」


紫暮は笑い返してくれたが、どこかぎこちない笑みだった。仕方ない、俺も恐らく同じ顔だったのだ。せめて、パニックにならないことを祈りながら、体に残っている魔力に集中する。


身体強化は切る、魔導で体の中を循環させるにとどめて消費行動はとらない。袖に入れていたナイフにもいつでも使えるよう魔力を通しておく。


深呼吸をひとつ、目標が視界に入った。火の玉のようなものが揺らめいて近づいてくる。



レイスじゃない。

幽霊みたいなの、と聞いて勝手に勘違いしていたが、追ってきていたのは火の玉、いや、人魂といった方が通りがいいだろう。

俺の知らない魔物だ。前世で見聞きした覚えはなく弱点も分からない。

それが十数体。こんなの相手に逃げ切るとは、紫暮にも恐れ入る。


まずは、攻撃が通るかを調べなくてはならない。魔力を通したナイフを投擲する。


投げナイフ用どころか、刃すらついていない食器用ナイフなので、真っ直ぐ飛ばずに回転してしまったが命中せずにすり抜けたので関係ない。


物理が通らない。見た目に従い、純粋に考えれば水をかけるという安易な解決策が思い浮かぶが、物質の生成には魔力が足りない。魔力を使わずに如何にこの場をやりのけるか、それが重要なのだが、生憎相手がレイスでなくなっただけでお手上げである。


人魂をすり抜けたナイフが墓石にあたり、虚しい音をあげる。本当に打つ手がない。


人魂は速度を変えずに一直線に俺の方へ向かってくる。


殲滅は困難、撤退すべきだが紫暮がいるので逃げるのも困難である。


時間を稼いで、紫暮の回復を待つか? いや、その時は俺が動けるか怪しい。


しかし、他に考えも浮ばない


ゆらりと迫ってくる人魂を次々とかわしていく、ひやりとする感覚とは裏腹に人魂が近づくと周囲はどんどん暑くなってきている。


長くは持たない、紫暮は恐怖を顔に張り付け、こちらを見ている。


かわした人魂は紫暮の方には向かわず弧を描いて俺に迫ってくる。


何か、何か方法はないか、前世の知識を総動員する。


とめどなくあふれでてくる汗をそのままに、ひたすら思索を巡らせる。


非戦闘員1名、敵は複数。見捨てることはできない。魔力はもう僅か。撤退のためには……




敵の感覚器官を奪う。




それしかない。以前学院の授業で習った魔術がある。発光により視力を奪う魔術と爆音により聴力をうばう魔術だ。


残りの魔力ではどちらか一方しか発動できない。


人魂は何で俺たちを感知しているんだ? 人魂には目も耳もないが、それは判断材料たりえない。魔物の中には目がなくとも光を感知するものや、耳がなくとも音を感知するものもいる。


光か、音か、どっちだ?


何か相手の感覚器を探る手はないか。


前から来る人魂を避け、先程かわした人魂が後ろから来るのでそれも避ける。


考えに集中できない。気を抜いたらすぐに丸焼けになってしまう、どうしたらいい。


幸い紫暮ではなく俺をひたすら狙っているので、紫暮に気を配る必要はない。




待てよ、何故人魂は紫暮を狙わないんだ? これだけの数が居て一体も紫暮に向かわないのはおかしい。人魂が示し会わせたように俺を狙うのは、紫暮が認識できていないからじゃないのか?


光ではない、音を感知しているから動かずにいる紫暮を感知できていないんじゃないか?


この仮説が正しければ、それで良いが別に確証がほしい。魔術を発動できるのは一回きりだ。いざ発動して、違いましたでは話にならない。


紫暮に何か喋ってもらうか? いいや、危険すぎる。ならば……


「   !!」


顔の横を通る人魂に向かって全力で張り叫ぶ。紫暮が驚いて肩を上げるが重要なのはそちらではない。人魂の反応だ。


反応は、一切なかった。それまでと同じように弧を描いてこちらに向かってくる。


光でも音でもないのか? それとも単に俺の声量に問題があったか? 


頭が痛い、汗を流しすぎたようだ。夜とはいえ、年々暑さが増していく夏。さらには周囲にはいくつもの火球がある中で動き続けたのだ。悩んでいる暇はない、運を天に任せてどちらかを放つしか……




人は追い詰められた時、自分でも信じられない行動をとるという。後から考えればそれは実に合理的な行動であることも稀にある。


俺にとっては今がそうだった。どちらかを発動させるつもりで集中させた魔力を魔術に変えることなくそのまま敵のいない方へ放ってしまった。


何かの確信があったわけでもないが、結果としてそれは功を奏した。


人魂が放った魔力を追いかけていったのだ。


それから先のことはよく覚えていない。熱中症と脱水症状で意識を失いかけていた俺は紫暮に肩を借り、墓地を出たところで意識を失ってしまった。


目を覚ますとそこは、病院のベッドの上だった。


あれから、どれくらいの時間が過ぎたのだろうか、外は朝焼けとも夕焼けともつかない色をしている。


体はまだだるいが問題はない。


あの領域を脱した時点で紫暮の無事も間違いないだろう。


今ならばゆるりと考える時間がある。


最初に気づくべきだったのだ。四十分近く、敵がいる領域を少し足が速いとはいえ子供が無事でいられることがまずありえない。しかも遭遇し、追いかけられたたというのに。


つまり、あの人魂は魔力を感知していたのだ。だから、紫暮ではなく俺を狙い、泣きわめきながら走り回る紫暮は逃げ切ることができた。


恐らく、紫暮が先回りと勘違いしたのは逃げる先々で別の人魂と出くわしたからだろう。


結論から言えば、俺が魔力を発してあの領域に入った時に補足されていたと見るべきで、紫暮は人魂には一切補足されていなかったのだ。


あんな魔物がいるとは、行動の指針を前世基準で考えるのはやめるべきであると分かってはいても、実行するのは難しい。




その後しばらくして看護士が様子を見に来て、数分して母が迎えに来た。

どうやら、紫暮は夜の墓場で迷ってしまい、紫暮を心配して走り回った俺は熱中症になった挙げ句に紫暮と共に保護されたことになっているようだ。


紫暮があの領域について何を話したのかは分からないがまともに受け取られはしなかったようで、ひとまず安心である。


自身の息子と信じている両親に前世の話などしたくはない。それはあまりにも残酷だ。


さて、迎えに来てから険しい顔を崩さずに俺の手を引いている母だが、家についたら手厳しい説教が待っていることは想像に難くない。


これも、仕方ないと受け入れる他ないが、面倒であり理不尽と感じるのも前世の記憶ゆえに避けられない。


なんとも憂鬱な帰路だった。




長い説教だった。


ご飯を食べて待っていなさいと言ったでしょう! から始まり、ナイフを持ち出したこともバレていて、こっぴどく叱られた。


紫暮が心配で仕方がなかったこと、居場所にあてがあったことを告げても怒りは収まらず、如何に心配したかを話し始める。


最後には俺を抱き締め、もう二度とこんな危ないことはしないで、と言われた。


やはり、この母には前世のことは告げられない。




今回、俺はかなりの魔力を使ってしまった。


それはすなわち、今の俺の魂が消耗していることを意味する。


魔力は魔素と魂を結合させたものだからだ。


消費された魔力はその結合が解かれ、魂は時間を経て元の身体に戻っていくのだ。


そして、その過程で魂は幾ばくかの成長を見せる。


このことを魂が大きくなったとか、容量が増えたなどとも呼ばれる。


つまり、今回の魔力不足はひとえに俺の魂の修練不足である。


日頃からもっと魔術を使い込んでいればこんなことにはならなかったのだ。


前世とのギャップに平和ボケしていたのだ。


今回の消耗が回復したら今後は前世同様に鍛えることにしよう。








見知らぬ男が俺を指さして言う。


使()()()()()()

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