余話 想定外
余話 想定外
ヤバい。これは間違いない。何もないのにドキがムネムネするし、教室の中でアイツだけ何か輝いてるし。前からそんな気がしてたけど、これはもう確定だ。
気づいちまった以上、行動あるのみ。
…なんだけど、どうすりゃいいんだ。
どうするおれ!?
失敗できねーからな、まずはよく考えねーと。…いやでも、「先に考える」はあんな目にあって、「後で考える」は美人の嫁もらってんだよな……。
よし、ここはエピメテウスにあやかろう。いろいろ考えたところで気持ちの問題だからな、オッケーな時はオッケーだし、ダメな時はダメだ。
…つっても、二人きりになる算段はいるな。
「ごめん、待たせた」時間前だけど、高橋の方が先に来てた。ちょいアセる。
「や、待ってねーけど」すげーいつも通りだな、高橋。緊張のカケラも見えん。
「何よ、用って。もしかしてうちの同好会入りたい? けど女子ばっかで恥ずかしい~、みたいな?」え。なにこの反応。シチュエーションで分かりそうなもんだけど。もしかして分かってて避けようとしてる? てカンジでもねーな。
「あ、いや…あ、昼間集まってたのはその同好会なのか」昨日も昼休み集まってたな。
「そうよ。まだできてねーけどな!」
「え、これから創るのか?」
「申請済みで許可待ちだ」
「そうなのか。すげーな…」ホントにすげーな。
「山雅の試合行った時の昼ごはんうまかっただろ。あれを毎日食うためにな」
「え、それで部活立ち上げるのか。すげーな…」やっぱコイツは特別なヤツだ。…いやいや感心してる場合じゃねーよ。半分以上脱線してんじゃねーか。
「じゃなくて」
「入会希望じゃねーのか。じゃあ何」この様子だと、ホントに分かってねーな? 相当鈍チンだな。けどその鈍さも特別だ。
「あ、ああ、いや…」何て言えばいいのか分かんねーけど、あんまり間をあけるのはよくねえよな。
「あのな、高橋」でもこれは緊張する。
「おう」高橋は全く緊張してねーな。
「好きなんだ、お前のこと。付き合ってくれ」気の利いたセリフはやっぱり出てこねー。まあでも、これで伝わらねーってことはねーだろ。
「は?……はあ!?」と思ったけど想定外の反応だ。アセる。え、もしかすっと。
「もしかしてもう彼氏いる…?」
「い、いやいねーけど…………ホントにわたしか? 人違いじゃねーか?」は? 人違い?
「そんな人違いするヤツいる?」
「あ、いや…そうだよな…スマン…ちょっと…あまりに想定外すぎてな……」てことは、やっぱり分かってなかったのか。想定できそうなもんだけどなあ。
「え、そうなのか…?」
「おう…ああ、あれか…巨乳好きなのか」そっちこそ想定外の反応だ。アセる。
「は? え、いや、どっちかって言うと小さい方が好みだけど…」て何正直に答えてんだ、おれ!?
「じゃ何で」何で!? 超ムズいよその質問。
「えぇ? 何でって…そんなの分からねーよ。好きなもんは好きなんだよ」これは正直に言う以外に方法が見当たらん。
「おお…そりゃそーか…」あれ? 意外と効いた? ちょっとしおらしくなったぞ。
「そうだよ。……ダメか?」ダメならはっきりそう言われた方がいい。
「い、いやダメじゃねーけど…」マジか! そりゃオッケーってことだな!?
「ホントか!? ありがとう高橋!!」
「お、おう…」ヒャッホー!! 誰か分かんねーけどありがとう!!
「じゃあ一緒に帰ろう」
「おう…」
「高橋って自転車だよな? 家近いの?」昨日、自転車置き場にいるの見たぞ。
「いや、明科」
「おお…けっこう遠いな」
「時間的にはそうでもないぞ。電車15分で松本だからな」
「意外と速いな」
「だろ? うちから駅まで5分ぐらいだし。ま、長野から通っても井上にはかなわねーけどな!」確かに。
「白馬だもんな。あれ? 松本? 北松じゃねーの?」そっちのが近いんじゃ?
「これだから都会者は困るな。篠ノ井線は北松止まんねーんだよ」うち住宅街と山の境ぐらいのとこにあるから全然都会じゃねーんだけどな。て言うかそもそも松本って都会なのか? よそ知らねーから全然分からん。
「あ、そうなのか」
「そうよ。北松は大糸線なんだよ。篠ノ井線も横通ってんのに止まらねえだ」
「ふうん」
「松本の方が周りに色々あるし、北松だと駐輪場少なそうだから、どのみち松本になってたけどな」
「じゃ松本駅の駐輪場借りてんの?」
「おう。最初はバス乗ってたんだけど、自転車のが便利だからな。今月から駐輪場借りて、連休中に自転車運んだだよ」
「へー。じゃ、土日どっか行こう、自転車で」
「お、おう…」
「あ、そうだ。付き合い始めたこと、言ってもいい?」
「え…いや、それはちょっと…ハズい…」
「隠してもたぶんバレるし、隠さない方がいろいろ面倒が少ねーと思うんだ」
「や…そう…かも知んねーけど…」
「それに、好きなコと付き合うのにこそこそしたくねーって言うか」
「う、うー………」
「ダメか?」
「いや…分かったよ…」
「ありがとう! あとさ」
「まだあんのかよ!?」
「え? まだ序の口だよ。名前で呼んでもいい?」
「なんだ、そんなんか。ホントに序の口だな。全然オッケー」あれ。それは抵抗ねーのか。
「おれのことも」
「え? それはハズいな…」え。呼ばれる方はいいのにか。
「頼む。彼女には名前呼びされたいだろ」
「そうなのか………分かったよ…」
「ありがとう! じゃ、早速」
「お、おう……………おう? 悪り、名前覚えてねーわ」
「ズコーッ!」
「…ケン一氏でいいか」ハットリくん見てんのか。惚れ直すぜ。じゃなくて!
「よくねー!! と、う、や! 冬の夜でとうや!」
「冬夜か…なかなかカッコいいじゃねーか」あっさり呼んでるし。全然恥ずかしそうじゃねーし。
「え、そう?」ちょい照れるぜ。
「妹ちゃんが夏美だったり」
「え。何で分かった!?」
「え…マジか…」テキトー言っただけか。それで当てるとかさらに惚れ直すぜ。
「おう。た、美奈子は? 兄弟」いかん、つい高橋って言いそうになった。慣れるまで意識して呼ばねーと。
「わたしは一人っ子政策だ。で? 冬生まれなのか」
「おれ? おう。12月20日。た美奈子は?」
「8月11日」
「夏休みど真ん中だな。じゃあその日はどっか行こう」
「お、おう…」
「た美奈子自転車どこ」もう自転車置き場に着いちまったぜ。
「これよ」女物っぽくねー自転車だな。た美奈子らしいけど。
「新品じゃねーか」
「おうよ。バス代より安いっつって買ってくれた。冬夜は」おお! 名前で呼ばれたぜ!
「これだ。ちょい古いけどなかなか速いぜ」競技にも出てるモデルらしい。父ちゃんのマシンだけどな!
「自転車やってんの?」
「いや、父ちゃんの趣味。た美奈子駅まで行くんだろ。一緒に行こう」
「お、おう…」




