余話 悲鳴
余話 悲鳴
碧は自室の扉を開けた。闇に慣れた目にとって廊下は真っ暗ではないが、それが却って不気味である。
廊下に愛猫の姿を期待したが叶わず、仕方無く廊下に踏み出す。目指す扉までは僅か五歩の距離だ。
努めて急ぎ足にならぬよう歩を運ぶ。急ぐと恐怖が増すことを経験で知っているからだ。
扉の右隣に在るスイッチを押すと、扉の向こう側から光が漏れてきて、少し安心する。
開けた扉の向こうは当然無人で、中に入り便座の蓋を上げる。先に扉を閉めないのは、怖いからだ。そこに何も居ないと頭では分かっていても、心はそれを信用しない。
便器の中には当然誰も居らず、一安心して扉を閉める。
便座に座り、用を足し、紙で拭いて、便座の蓋を閉じ、水を流す。
扉を開け、向こう側に誰も居ないことを確認して廊下に出る。明かりに目が慣れてしまったため、部屋から出た時より廊下が格段に暗い。
戦きながら扉を閉め、スイッチを押し、廊下に向き直る。
自室までの五歩を急ぐ。自室に戻れば怖さは激減すると、これも経験から知っている。
扉の取っ手に左手を掛けたその時。右脚に柔らかいものが纏わり付き、廊下に響き渡った悲鳴が隣室の康秀を叩き起こした。




