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リセエンヌ  作者: 松本龍介
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出迎え

出迎え


 翌五日一六:三九、『松本驛』看板前。藍は碧と共にワンコローズを引き連れ、今や遅しとあずさを待っている。新宿と松本を結ぶ特急だ。

 経緯はこうだ。十一時半頃自宅の電話が鳴り、出てみると、碧が慌てた声でこう言った。

 「今梨乃さんから連絡あってね、もう飛行機着いたんだって!」

 「え…!」

 「それでね、これから入国とか税関とかやって、終わったらまた連絡してくれるって」

 「じゃあ、藤見に行けるかな…?」

 「うん、可能性大! また連絡するね!」

 「うん…!」

 約一時間後、再び青井邸の電話が鳴った。

 「もしもし、青井です…」

 「藍ちゃん? こちらも碧です! 梨乃さんから連絡あってね、今電車に乗って、16:40松本着の予定だって!」

 「え…!」

 「しかもね、荷物は宅急便で送っちゃったから、そのままナワテ行けるって!」

 「え…!」踏んだり蹴ったりである。

 「だからね、ワンコローズ連れて松本駅に迎えに行こ!」

 「うん…!」

 「それでね、今からレアチーズ作るの間に合うかな? ゼラチン入れないやつ」

 「え…うん…大丈夫だと思う…」    

 「やった! じゃあ今から行くから、一緒に作ろ!」

 「うん…」

 「あ、材料も買っていくね! ヨーグルトとクリームチーズとグラニュー糖とレモン汁だっけ?」

 「あ、クリームチーズだけで…。あとはあるから…」

 「了解! 分からなかったら電話するね!」

 「うん…」

 その約二十分後に碧が来て、二人でまたレアチーズを作り、冷やしている間に昼食を作って二人で食べ、梨乃とワンコローズについて話をし、高辻邸へワンコローズを迎えに行き、松本駅前まで歩いてきた、という次第である。

 梨乃を乗せた特急あずさが入線する予定時刻までもう一分を切っている。恐らくは自分達がそわそわしているせいで、ワンコローズも少し落ち着きが無い。往来の多い場所のすぐ脇であるので、二人とも曳き綱は短く持っている。

 「あ、今入ってきたかな?」

 「うん…多分…」列車の車輪の音が微かに聞こえる。藍は、視力は非常に悪いが、聴力は良い方だ。

 続いて、「まーつもとー、まーつもとー、松本です」という放送が聞こえた。何かしらの列車が到着したのは間違い無い。

 「着いたっぽいね!」

 「うん…!」日本の鉄道は優秀で災害や重度の悪天候が無ければ定刻に到着すると聞いている。今の放送はあずさの乗客に向けられたものだろう。数分後には梨乃が姿を現すはずだ。

 「アっちゃん飛び出そうとするかも知れないから、気をつけてね」

 「うん…」沢村公園での実績が記憶に新しい。藍は、しゃがみこんでアスランを頭から背中まで撫でることにした。こうすればアスランが飛び出さないような気がする。

 その結果、アスランの太い尻尾が大きく左右に振られ、それがラブの顔に正面から当たって、ラブが迷惑そうな表情で少し下がった。

「あ、ごめんね…」藍が呼び掛けると、

 「うむ」碧が声色を変えて応えた。ラブ役ということだろう。本家である梨乃の声色とは少し違うが、如何にもラブが言いそうな言葉遣いだ。

 実際にラブが言った訳でもないのに何となく気が楽になり、藍はアスランを撫でる方に再び意識を傾けた。アスランも少し落ち着いたのか藍の方を向いて座る。尻尾は左右に振れ続けたままだ。

 そうして撫でるのに没入しかけた頃、アスランが急に立ち上がり、藍を我に返した。

 アスランは階段の方へ一歩移動し、周囲を見回した。きっと梨乃の匂いを捉えたのだろう。

 ラブも、階段が見える位置まで移動してきた。二匹して物陰から階段の上を窺う構図である。さらにその隣に碧が加わり、傍目には怪しいやら可笑しいやらという感じになっている。

 そして二、三秒後、

 「あ! 梨乃さん!」碧の声が藍をその列に加えた。

 藍が階段の方を見上げると、梨乃はエスカレーターを歩いて下ってきていた。梨乃が再会を急いでくれているのだと思い、藍は嬉しくなる。

 一行に気づいた梨乃は歩きながら右手を振ってくれた。碧も藍も振り返す。

 数秒後に梨乃はエスカレーターから地面に降り、我慢出来なかったアスランが駆け寄る。曳き綱を持っている藍は右手を強く引かれてよろめいたが、素早く動いた碧の腕に支えられた。恐らくは、この事態を予測していたのであろう。

 「ありがとう…」

 「ううん。お帰りなさい!」藍に短く答えた後、碧は梨乃に呼び掛けた。

 「お帰りなさい…!」遅れて藍も挨拶する。

 「ただいま。迎えに来てくれてありがとう」アスランの頭を左手で軽く撫でながら梨乃が応える。藍がよろめいている間に梨乃は『松本驛』看板の前まで移動してきている。

 「いえ! 梨乃さんこそ早く帰ってきてくれてありがとうございます!」碧の言葉に、藍も二度強く頷く。

 「この子達散歩に連れてってくれてありがとう。助かったし、この子達も喜んでたって」

 「わたし達も楽しかったです!」藍はまた二度頷く。

 「それはよかったわ」

 「荷物かなり送っちゃったんですね」梨乃は今、小さめの背嚢を一つ背負っているだけだ。海外旅行から帰宅する途中にはとても見えない。

 「スーツケースごと送るから中身減らしても料金変わらないし、腐るもの無かったしね」ラブの頭を右手で撫でる。

 「なるほどー」

 「便利な世の中よねー。おかげでゆっくり藤を見に行けるわ。素敵な旦那様と」

 「え…?」

 「あれ? あれあれあれあれ? かわいい妻は?」

 「……」

 「妻は?」

 「…妻も」

 「うわ、とってつけた!」

 「もう、注文多いわねえ。かわいい妻が台無しよ」

 「ぐむむ…」

 「わざわざ主張しなくてもかわいい妻なんだから」

 「梨乃さん…♡ なんてツンデレ…!」

 「え、今ツンデレ要素あった? まあいいわ。行きましょうか」

 「はい!」「はい…!」

 碧が梨乃の右に、藍が梨乃の左につき、ワンコローズがその前方に陣取って、一番近い横断歩道の方へ歩き出す。駅前広場は空間が開けているので、三人横並びでも往来の邪魔にはならない。

 「梨乃さん、ドバイで何したんですか? 砂漠ツアーとか?」

 「買い物かな、ほぼ冷やかしだけど。あとスキー」

 「スキー!?」碧が叫ぶ。藍も、声には出さないが驚いている。熱砂の国と思っていたが、ドバイとはそんなに冷涼な気候なのか、或いは高地なのだろうか。

 「うん、ショッピングセンターの中に人工スキー場が作ってあってね」

 「人工スキー場! 雪とけないんですか!?」

 「うん、屋内だから」

 「屋内!?」

 「うん、スキー場全体が大きな冷凍庫になってて、それがショッピングセンターに収容されてるの」

 「えーと?」

 「分かりにくかったか。んー、そうね、スーパーにアイスクリーム売り場あるじゃない?」

 「はい」「あ…!」

 「藍ちゃん分かっちゃった!?」

 「では旦那様、御説明を」

 「え…!?」突然の丸投げに狼狽しつつ、「え…と、そのアイスクリームの冷凍庫の中でスキーしてるってことですか…?」藍は自分の推測を述べた。

 「さすが旦那様♡ 『屋上屋を架ける』ならぬ『室内室を設ける』ね」

 「え? 何ですか、その『屋上時をかける少女』って」

 「いや碧ちゃんこそ『時を賭ける少女』って何? ギャンブラーの話?」

 「え!? 映画ですよ! タイムトラベラーの」

 「映画ね。けっこう古いやつ?」

 「1983年だったかな…? でも2006年にアニメでリメイクされてますよ!」その通りである。

 「へえ、知らなかったわ」

 「アニメの方は見てませんけど」

 一行(いつこう)は赤信号に止められた。播隆上人像の立つ広場から繁華街の方へ渡る横断歩道である。藍達が毎日渡る横断歩道の二、三十m南側だ。たまたま自動車が通っていないのだが、ラブもアスランも横断歩道の一m余り手前で止まった。梨乃と碧が曳き綱を引いたようには見えなかったから、二匹(ふたり)とも信号というものを理解しているのか、と藍は驚いた。

 「普通逆じゃないの?」

 「あそっか、梨乃さんには言ってませんでしたっけ。うち、お父さんが映画バカで、毎日家で何か映画見るんですよ」

 「なるほど、だからブルースブラザーズとか言ってたのね」

 「そうなんですよ! 梨乃さん見ました? ブルースブラザーズ」

 「ううん、調べただけ。何でブラザーズなのかな、って思って」

 「残念」

 「面白いの?」

 信号が青に変わり、一行は歩き出した。

 「うーん、わたしは正直ビミョーですけど…お父さんが大好きで、年1か2で見ますね」

 「なるほど、もう何回も観てるのね」

 「はい! で、『屋上時をかける少女』って何ですか?」

 「旦那様♡」

 「え…!?」再びの丸投げに狼狽しつつ、「え…と、屋根の上に屋根を架けるように、無駄とか無意味っていう諺…」

 一行は飲食店が両側に軒を連ねる道に入った。チャレンジ坂と同じくらいの道幅で元々自動車がほとんど通らない上に、今は店が開店前なせいで人影も全く無いので、三人は安心して横並びのまま歩く。

 「おお、なるほど! …もしかして常識?」

 「さあ? 学校では習わなかったと思うけど」梨乃の答えに藍も頷く。藍も、どこで覚えたのかはもう分からなくなっている。

 「おお、それは安心。で、えーと、つまり建物の中に大きな部屋があって、その中がスキー場…!」

 「そう」

 「スキー場だから外にあるとばっかり…」

 「まあそうよね」

 「どれだけ大きいショッピングセンターなんだ…」碧は驚きと言うより呆れた表情で言い、藍も頷く。藍は、そもそも人工スキー場というものを知らなかったし想像すらしたことが無かったのだが、少なくとも百mくらいの斜面は必要になるだろう。それだけの長さを内部に確保するのだから、かなり大規模な建物だ。

 「もちろんコースは直線で短いけどね。でも一フロア全部スキー場とかじゃなくて、隣は普通に売り場だったよ」

 「ますます大きい!」

 「しかもスキーのコースは全体の八割か九割くらいで、その下は滑り台になってるの」

 「まっすぐなやつですか?」

 「まっすぐなのと、アルプス公園みたいなのと二種類」

 「楽しそう! あ! あのマンホールガンズくん!?」碧が十mほど先のマンホールに駆け寄った。迷惑そうな顔でラブが引っ張られる。藍からは、緑っぽい色のマンホールとしか分からない。

 傍まで行って漸く、碧の言った通りだと判った。昨日アルウィンで一緒に写真を撮ったあの着ぐるみがマンホールに描かれている。

 「こんなマンホールあるんですね!」

 「御当地マンホールってやつかな? 手鞠(がら)のマンホールは見たことあるけど」

 「へー! じゃあ松本城マンホールとかもありそうですね!」

 「そうね。あってもおかしくないね」

 「地面見ながら歩かないと!」碧が歩き出し、梨乃と藍、ワンコローズも続く。

 「危ないから前見ましょう」

 「ですねー。梨乃さん、ええと、滑り台どんなのだったんですか!?」

 「そうねえ。真っ直ぐな方は、短いけどけっこう急で面白かったよ。もう片方は一回螺旋を巻いてて、小さい子が大歓声で滑ってた。でも一番楽しかったのは滑り台の隣」

 「何があるんですか!?」

 「透明なボールの中に入って斜面を転がるの」

 「え?」碧の声に『意味不明』と書いてある。藍にとっても意味不明だ。

 「直径3mくらいの透明なボールに入って」

 「はい! まずそこが分かりません!」碧が挙手して梨乃の説明を遮り、藍が頷く。

 「どこが?」

 「えーと、どうやって入るんですか?」

 「這って」

 「這って! ますます分かりません!」碧同様、藍にもまだ飲み込めていないが、梨乃がわざと分かり辛く話しているのだということは察せられた。

 「ボールの構造が二重になっててね、内側に直径1.5mくらいのボールが入ってるの」梨乃の説明を脳内で具現化するが、まだよく分からない。

 「あの…内側のボールはどうやって支えられてるんですか…?」話の本筋から逸れると分かってはいるが、気になる。

 「外側のボールと内側のボールの間に何本も細い柱が入ってるの」

 「柱…ですか…?」

 「形状的には柱と言うより棒、いや針かな」

 「あ、なるほど…」構造は理解した。が。

 「何でそんな構造なんですか?」藍の疑問を碧が代弁してくれた。

 「んー、多分衝撃を吸収するため」梨乃の回答は迅速であった。恐らく、梨乃もそのボールに興味を持って観察したのであろう。

 「大きいボールの中に直接人が入ったら、止まった時の衝撃がほぼ直接中の人にいっちゃうから」

 「あ、そっか!」

 「柱もある程度柔らかくて弾性のある材質なんだろうね。柱がしなってたかどうか見てなかったけど」

 「なるほどー。でどうやって内側のボールに這って入るんですか?」

 「外側のボールと内側のボールの間に一ヶ所トンネルが通っててね。直径50(センチ)くらいの」

 「あ、なるほどー。トンネルが狭いから這って行くんですね?」

 「うん。トンネルが広かったら、転がってる間にトンネルに嵌まっちゃいそうだよね」

 「小さい子だったら高確率でハマりますね!」

 「多分ね」

 「え、中入って転がるだけですか?」

 「そうと言えばそうだけど」

 「そんなに楽しいんですか?」

 「楽しかったよ。ボールが転がるのに合わせて中で走るんだけど」

 飲食店の並びを抜け、太い道に当たったところで一行は左に曲がった。数十m先の信号で道を渡るのである。この道には歩道が敷設されているが、幅が広いのでまだ三人横並びで歩ける。

 「ハムスターだ!」

 「似てるけど決定的に違うわね」

 「それは?」

 「回転を自分で制御出来ない。そこが楽しいのよねー」

 「どう楽しいんですか!?」

 「ボールがどんどん加速するから、合わせて足の回転数も上げないといけないの。合わなくなると中で転んでその回は終了。短い坂だから、下まで数秒なのよね」

 「転んじゃったんですか?」

 「転ばなかったけど、ギリギリ耐えたってところ」

 「梨乃さんでギリギリとは、なかなか強敵ですね…!」

 「碧ちゃんなら楽勝だと思うわ。獣並みの運動神経じゃない」その評価に藍も心中で頷く。表現はどうかと思うが。

 「一回やってみたいです!」

 「私も、二、三回やっとけばよかったって、スキー場出てからちょっと後悔したわ」

 「ワンコローズにもやらせてあげたいです!」

 「私もそう思った。アスランが入ったら必死で走りそう」

 「ですよねー! ラブ子は?」

 「ラブは動くの好きじゃないからねー。中で寝そべってボールと一緒に回ると思うわー」

 「わ、確かに!」碧が大声で同意し、藍も大きく頷く。

「でもそれも楽しそう!」

 一行はまた赤信号に捕まった。今回は先客が居て、二mほど間隔を空けて後ろで待つ。アスランに威圧を感じる人がいるかも知れないからなのだろうな、と藍は考える。藍も、一月(ひとつき)前にアスランを往来で見かけていたらそう感じただろう。

 「そうね。子供はみんな中で座ってたし」

 「ボールと一緒に回っちゃいますか!?」

 「ううん。四分の一周したぐらいで滑り落ちてきてたかな。最初は回転遅いから。その後またちょっと上の方に運ばれて、その辺で安定して、で終了」

 「なるほどー。やっぱり中で走る方が楽しそうですね!」

 信号が青に変わり、前に立っている人が歩き出すのを待って、一行はまた動き始めた。この先に花時計広場と開運堂があったな、と藍はorange巡礼を思い出す。

 「私もそう思った」

 「どれぐらいの長さなんですか?」

 「25mくらいかな」

 渡った先の歩道が狭いので、碧とラブ、その後ろに藍、その後ろに梨乃とアスラン、という隊形で進む。

 「斜度は?」振り返り気味の姿勢になって碧が話を続ける。

 「15度くらい?」

 「じゃあすぐ終わっちゃいますね! 100mぐらいあったらいいのに!」

 「スキーのコースだったらそれより長いけどね」

 「そっか! スキー場で転がれば!」

 「途中壁とかリフトにとか建物にぶつかりまくりね」

 「ですよねー。え? 建物?」

 「うん。コースの途中に一休み用の建物があったよ」

 「建物の中にスキー場があってさらにその中に建物…!」

 「マトリョーシカみたいよね」

 「確かに!」

 「あの…マトリョーシカって何ですか…?」藍の初めて聞く単語だ。

 「人形の中に人形が、その中にまた人形が…」

 「あ…!」写真で見たことはあった。

 「転がるのってスキー場じゃなくてもいいじゃないですか?」碧が話題を戻した。

 「そうね」

 「アルプス公園に設置したら超ウルトラ大人気になるのに!」

 「そうね」聞きながら、藍は感心する。藍には全く思いもよらないことだったからだ。確かに、アルプス公園ならかなり長い坂道がとれるから、より楽しめるだろう。夏場は熱中症の危険が大きそうだが。

「緩くて長い坂だと楽しさ倍増ね」梨乃の意見も同じようだ。

 「でよねー! めっちゃやってみたい!」

 「碧ちゃんがドバイに行くのが早いか、松本に上陸してくるのが早いか…」

 「上陸ですね! 高辻梨乃商店が買いつけてアルプス公園で本邦初公開ですから!」

 「じゃあまずは碧ちゃんに株式会社高辻梨乃商店の株買ってもらわないと」

 「おお!? 買います買います! 藍ちゃんとわたしで半分ずつ買っちゃいますよ!」

 「え……!?」自分が巻き込まれたことに驚いたが、今回も妄想なので異を唱える必要は無い。

 「オオカブヌシノミコト!」

 「色々注文つけてきそうな神様ね」

 「あれ? 元は何て神様でしたっけ?」

 「大国主」

 「大株主より全然エラい!」

 「そうね。出雲大社の神様」

 「おお! てことは、夏休みに行きますね?」

 「行きたいわね。松江から一時間くらいだし」

 「松江で一日、出雲大社で一日ですか?」

 「松江は一日ほしいね。松江城も八雲記念館もじっくり見たいから。出雲大社は半日くらいかな? でも近くに古い神社がいっぱいあるらしいよ」

 「へー! あ、あと、境港?に行きたいです!」

 「水木しげるロード?」

 「多分それです! 妖怪がいるーって話だったんで。ね!」

 「うん…あの、うちの親が境港に行きたいって話してただけで…」

 「妖怪いるならわたしも行きたい!」

 「私も行ってみたいわね。行けそうなら行きましょう」

 「やった!」喜ぶ碧の隣で藍もほっとする。二人が積極的に行きたいと言ってくれるなら、特に軋轢は生ずるまい。

 「あの…みずきしげるって誰ですか…?」何か妖怪に関係する人か、それとも境港に関して功績のある人か。

 「ゲゲゲの鬼太郎描いてた人。境港出身なの」

 「あ、なるほど…」詳しくは知らないが、絵を見たことは何度かある。

 「だから境港にあるんだ!」

 「うん。歩道に妖怪の銅像が並んでるらしいよ」

 花時計公園を通り過ぎた所で碧が急に交差点を斜めに横切り始めたので、藍もついていく。

 「へー! 検索したいけど、実際に見るまで楽しみにとっとこ!」

 「そうね」

 碧は開運堂の前をかすめて左に曲がった。歩道の無い道路だが、自動車が通る気配が無いので、一行はまた三人横並びに戻ることが出来た。

 「藍ちゃんは行きたいとこある!?」

 「え…と、小泉八雲の関連の所…」

 「ほかには?」

 「え…と、よく知らなくて…」

 「神話関係のところが多いかな、やっぱり」梨乃が説明してくれる。「引佐浜とか黄泉比良坂とか斐伊川とか」

 が、

 「黄泉比良坂って実際にあるんですか?」碧の方が食いついた。藍も古事記の最初の方は読んでいるので黄泉比良坂を知ってはいるが、正直興味は無い。

 「伝承地はあるらしいよ」

 「へー! 行ってみたい!」

 「出雲大社の近くだったら寄りましょう」

 「鳥取砂丘も行ってみたいです!」

 「近くないけど、通り道だったら寄ってもいいね。広島県も」

 「おお、忘れてた! 竹原!! 竹原行きたいです! 境港の次の優先順位で!」

 「はいはい。御両親にもプレゼンしないとね」

 「おお! まあ、たまゆら見れば行きたくなりますよ」

 「それは今度確かめさせてもらうわ」

 「あれ? 梨乃さん見たんじゃないんですか?」

 また太い道路に出て、碧は右に曲がる。かなり幅広の歩道だ。人の往来もそこそこあるが、三人並びの隊列は崩さなくてもよさそうだ。数十m先の信号を渡ると大きな建物に突き当たっているのが見える。

 「第一話だけね。学食で昼ごはん食べてる時に隣の子が見始めて、同じテーブルの子全員で」

 「ナルホド…それはリセエンヌ探偵でもちょっと推理できませんね」

 「一話だけでも、なかなか素敵だったけどね」

 「でしょー!?」

 「何日行くかによるけど、どこ回るか考えないとね」

 「ですね! 場所だけ調べよっと!」

 「そうね。私も見ておくわ」

 「ところで話は戻りますが」

 「どこまで?」

 「ドバイのスキー場って、もしかしてレストランとかも中にあるんですか?」

 「あるけど、コースから直接は出入り出来ないっぽかった。でも壁が全面ガラスになってて、滑ってるの見ながら食事できるようになってたよ。スキー場見てるだけで涼しくなりそうじゃない?」

 「間違いない!」元気のいい相槌と同時に、藍も無言で頷いた。

「全面ガラス張りってスゴいですね…! てことは、レストランの中も丸見え…」

 「うん。ちょっと暗めの照明で、良さそうな雰囲気だったよ」

 「へー! 意外!」

 「そうね。スキー場のレストランってそういうしっとりした感じじゃないもんね」

 「ですねー。見てみたいですね、その光景」

 碧が信号の手前数mの位置に来た時、信号が赤から青に変わり、碧はそのまま横断歩道を渡り始める。

 「写真は撮ってあるよ」

 「おお! じゃあ鑑賞会の時に!」

 「うん」

 「梨乃さんそのレストラン行ったんですか!?」

 信号を渡ると、碧は左に曲がった。この道は人通りが多いので、また縦列隊形をとる。

 「ううん、コースから見ただけ」

 「残念」

 「お高そうだったからね。でも代わりにすっごく美味しいケーキ屋行ったよ」

 「ショッピングモールですか?」

 「別のね。ブルジュ・ハリファの二階。レモンタルトが推定世界一美味しかった」

 「えー!? それは気になる…!」藍も碧と同じである。世界一とまで言われては、食べてみたくもなるというものだ。

 「酸っぱさと甘さの比が絶妙だった」

 「藍ちゃんのレアチーズと同じですね!」

 「うん。ちょっと酸っぱめなのがたまらなかったわ」

 「くう~! 持って帰ってきてほしかった…!」

 「食べ物は入国の時に没収されることがあるからね」

 「えー!? 没収されちゃったんですか!?」

 「ううん。没収されたらもったいないから買って帰らなかった」

 「あー……わたしでもそうします…」藍もそうするだろう。

 「写真は撮ってあるから」

 「う…それはうれしいようなうれしくないような…」

 「見た目は普通だけどね」

 「やー、むしろその方がいいかも…すんごいおいしそうなのに食べられないとか苦行です」

 「そうね」

 「ほかには? ウィンドウショッピングしたんですよね!?」

 「したけど、日本のショッピングモールとそんなに変わらなかったかな。入ってるブランドが違うだけで」

 「そうなんですか。残念」

 「旧市街にはアラビアンな市場があるんだけどね。行こうかとも思ったんだけど、どっちも半端になりそうだからやめたの」

 「ナルホド…」

 「ドバイは飛行機の乗り継ぎ時間が長いから寄っただけだしね」

 「朝着いて夜出る感じですか?」

 「もっと。深夜に着いて翌日の夜出発」

 「じゃあ泊まったんですね?」

 「うん、空港の近くにね。それでホテルで荷物預かってもらって、ショッピングモールに行ったの」

 「それは楽ちんですね!」

 一つ目の角を碧は右に曲がった。煉瓦敷きの道路が続くのを見て、これは蔵しっく館の前の通りだ、と藍には分かった。そして、道路の中央と両端で煉瓦の色が違う。色で歩道と車道を区別しているのであろう。

 「ここは車通りが多いから、縦に並びましょう」梨乃が言い、一行はまた縦隊になった。

 「ホテルで預かってくれなかったら空港で航空会社に掛け合うか一時預かりに頼むかだったけど、そうするとけっこう時間使ってたはずだから、そのホテルが空いててよかったわ。けっこう安かったし」

 「どれぐらいしたんですか?」

 「50ドルくらい」

 「え!? それで安いんですか!?」

 「うん。ドバイの相場知らないけど、80ドルくらいは覚悟してたから」

 「ホテルって高いんですね…一泊でゲーム買えちゃう…」

 「そうね。もちろん国とか立地によるけどね。空港の近くは大体どこも高いよ」

 「海外旅行くじけてきました…」

 「だから頑張ってバイトするの。お金払う価値はあると思うよ」

 「あ、アルバイトと言えば!」

 「何?」

 「巫女さんやってみたいです! 年末年始!」

 「いいんじゃない? 合ってると思うわ」

 「え!? わたしそんなにおしとやかに見えますか?」

 「んー、残念だけど淑やかには見えないわね。よく気がつくし機転が利くから接客に向いてるんじゃないかな、って話」梨乃の下した評価に、藍も全面的に賛成だ。

 「おお!? 梨乃さんに言われると自信出ます!」

 「お淑やか担当は藍ちゃんね」

 「え…!?」「ですよねー!」藍の声に碧の声が被さる。が、梨乃は蚊の鳴くような声も聞き取っていた。

 「二人で一緒に、なんでしょ?」

 「半分当たりです!」

 「半分?」

 「梨乃さんもですよ!」

 「うーん、お誘いは嬉しいんだけど、制服Gメン案件ね」

 「うわ、制服Gメン久しぶりに出た! え? 巫女さんダメなんですか?」碧の質問に藍も頷く。

 「二十歳(はたち)超えたらねえ」

 「えー! 制服Gメン厳しすぎ! 梨乃さん高校生で通用しますよう!」

 「そう言ってくれるのは嬉しいけど、実年齢の問題なの」

 「えー…残念…」

 「実際には大学生の巫女さんもいるんだろうけどね。地域の若い()が巫女さんになってくれるとは限らないから」

 「大学生は若くないんですか!?」

 「二十歳過ぎたら年増だもの」

 「えー!?」

 「昔はそう言ってたのよ。二十歳で年増、二十五で大年増」

 「えー…。あ、そこです!」碧は左斜め前を指差した。藤棚から藤の花が吊り下がっている。

 「なるほど、きれいね」

 「でしょー!?」

 一行は自動車が来ないのを見て、斜めに道路を渡った。

「でもその『二十歳で年増』って、昔の話なんですよね?」

 「まあね。でも神社なんて伝統を大事にする所でしょ」

 「むう…確かに…」

 「という訳で私は対象外。決まったら教えて。見に行くから」

 「年末年始旅行行かないんですか?」

 「二人が巫女さんになるならね」

 「ここ座りましょう!」藤棚下には間隔を空けて四脚の長椅子が設置されている。その全てが無人で、碧は奥即ち川の方から二番目の長椅子を選び、背嚢を外して、右端に座った。

 藍は左端に腰掛ける。当然梨乃がその間に入る。

 「碧ちゃん、ちょとそっちに脚寄せるね」

 「はい!」

 碧と梨乃が右に脚を寄せ、藍は左に寄せる。そうして捻出した隙間にアスランが収まり、長椅子の方を向いてお座りをする。が、大きな尻尾が歩道にはみ出ている。誰かが歩いてきたら踏んでしまうかも知れない。梨乃も同じ事を考えたのか、

 「ごめんね、アスランの向き変えるわ」と言って立ち上がった。すぐアスランが反応して立ち上がる。一歩前に出てアスランの向きを百八十度変えさせた梨乃は、素早く長椅子に戻った。

 アスランもお座りに戻る。その頭をそっと撫でながら、ラブはどうしているのかと見てみると、碧の足と梨乃の足の間から鼻を覗かせている。どうやら、長椅子の下で寝そべっているらしい。ラブらしい要領のよさだなと藍は可笑しくなった。

 「穴場じゃないですか!? ここ」

 「うん、きれいだし、いい匂い。誘ってくれてよかったわ」

 「やったね!」

 「うん…!」

 「ほかに誰も座ってないのが不思議ね」

 「ですよねー」碧が相槌を打ち、藍も大きく頷く。汗ばむほどだった気温も下がり始め、過ぎゆく風は快適の一言だ。その風が藤の房を僅かに揺らし、香りを運んでくれる。仮に藍一人で長椅子に座っているのだとしても、この時間を幸福に感じただろう。藍の脳裡を「春宵一刻値千金」という一節がよぎった。

 「おかげで遠慮なく居座れるけど」

 「ですねー!」

 「桜もよかったけど、藤もいいものね」

 「でしょー!? わたし昨日まで藤がこんなにきれいだって知りませんでした!」藍もである。

 「藤棚作ってくれた人に感謝」

 「ですね!」碧と同時に藍も頷く。

「あ、藍ちゃん、これ出していーい?」膝に置いた背嚢を右手でぽんと叩く。

 「うん…」無論である。

 碧はまず樹脂製のコップを取り出し、

 「はい」と梨乃に手渡した。

 「あら。お茶淹れてきてくれたの?」

 「ブブー、ハズレです」碧は楽しそうに保温水筒を取り出す。今日は一昨日に比べて少量であるし待機時間も短いので、藍の判断でこれを採用した。

 碧は水筒の外蓋と中蓋を手際よく外し、長い柄の匙を背嚢から取り出すと、

 「梨乃さん」水筒の口をコップに近づけた。梨乃がコップを少し前に差し出す。

 水筒を傾けると、中身がゆっくりと零れだした。

 「レアチーズ?」

 「正解! 世界一おいしいやつです!」毎度過分な評価に藍は恐縮する。

 「もしかして、わざわざ作ってくれたの?」

 「ですです! 梨乃さんが着くまでに出来るから」答えながら、碧は水筒を元の姿勢に戻し、両腿の間に立てた。

 「それは嬉しいわ。ありがとう」

 「やったね!」碧が上体を前に倒して藍の顔を見る。とても嬉しそうだ。

 「うん…!」もちろん藍も嬉しい。

 「次いきましょう!」

 「じゃあ、回すわ」梨乃がコップを藍の胸元に差し出してきた。

 「あ、はい…」藍はコップを両手で受け取ってから右手を離し、アスランの頭を撫でた。

 十秒ほどで次のコップもレアチーズで満たされ、

「あ、持ちます…」藍はアスランの頭から右手を離した。

 「うん、ありがとう」空いた右手にコップが渡される。

 また十秒ほど後、

 「大体三等分ですね?」

 「うん」

 「じゃ、梨乃さんにはサービスです!」長い匙を水筒に入れ、五度か六度中を掻いた後、碧はまた水筒を傾けた。多少、と言うには多めの量がコップに注がれ、最後に二度匙で掻き出すと、コップの九割五分ほどをレアチーズが満たした。

「あとはスプーン渡して」背嚢から透明な樹脂製の匙二本取り出し、袋を裂いてから、

「はい」梨乃に渡した。

 「うん」

 碧が水筒を背嚢に仕舞うのを待って、

 「碧ちゃん…」藍は身を乗り出して右手のコップを碧に差し出す。

 「ありがとう!」

 藍が元の姿勢に戻るとすかさず、

 「旦那様♡」梨乃から匙が渡された。

 「あ、はい…」

 「では梨乃さん、藍ちゃんレアチーズを御賞味下さい」碧は先ほどの長い匙をそのまま使うようだ。

 「二人ともありがとう。いただきます」

 「いただきます!」「いただきます…」

 梨乃と碧は同時に匙を口に運んだ。

 「今日もおいしいわね」

 「ですね!」

 「旦那様からの愛を感じますわ♡」

 「…………」そう言われると藍は照れる。実際、愛情は籠もっている。

 「あれあれ? 妻からの愛情は?」

 「ああ、もちろん感じているとも」梨乃は急に声を低くした。男の声と聞き間違える、と言うほどではないが、男っぽい感じは十分だ。

 「おお~! いつもはキビシいダーリンが!」

 「何を言っているんだい、ハニー。僕が(・・)厳しかったことなど一度もないだろう?」

 「え? ……ああ! 確かに! なかなか出てきてくれないけど!」

 「そういうことなのじゃ」突然ラブ用の声音になったので碧の足元を見てみると、ラブが立ち上がって前足を碧の膝に載せている。

「儂にも一口分けるのじゃ」

 「あげてもいいんですか?」

 「ちょっとだけね」梨乃の答えは前回の時と同じであった。

 「よしラブ子、おすわりだ!」

 ラブはすぐに前足を碧の膝から降ろし、おすわりの姿勢をとった。

 碧は右手の人差し指でコップの内側を撫で、指に付いたレアチーズをラブの鼻先へ持って行った。

「待てー。待てー。よし!」よしと同時にラブは碧の指を舐め、一瞬でレアチーズは消えた。

 「もっと寄越すのじゃ」

 「いいんですか?」

 「スプーン一杯くらいなら」

 「よーし! じゃあ残ってるやつ全部だラブ子!」もうそれだけしか残っていないのか、と藍は驚いた。自分はまだ()口しか食べていない。

 自分のコップに目を遣った時、視界の端でアスランが微妙にこちらを向いているのが分かった。アスランも食べたいのだろうか。

 「あの…アスランにもあげていいですか…?」

 「うん、アスランもスプーン一杯ね」

 「はい…!」スプーン一杯分などアスランにとって一舐めと大差無い。碧に倣って、微量ずつ複数回あげる方が、よりアスランに喜んでもらえるだろう。

 藍は、レアチーズの表面を左人差し指の腹で軽く撫で、少し前屈みになって、アスランの口元に持っていった。

 しかしアスランは動かない。アスランにとっては美味しそうではないのだろうか、とがっかりした時、

 「よし」と梨乃が発し、間髪入れずにアスランの舌が藍の指を舐めた。

 それから一秒ほど経って漸く、アスランは自分の「よし」を待っていたのだ、と藍は理解した。しかし自分が黙っているので、梨乃が代わりに声を掛けてくれたのだ。

 待てと言われなくても待っているところがいじらしい。藍は改めてアスランのことを可愛らしく思いながら、人差し指をレアチーズの表面に滑らせた。

 先ほどと同じように鼻先に持っていき、一秒ほど待って、

 「よし…」と言ってみた。すかさずアスランの舌が人差し指を舐める。自分の号令でも動いてくれたアスランのことを愛しく思い、また人差し指をレアチーズの表面に走らせる。

 それをあと三回繰り返して、

 「じゃあこれでおしまい」と梨乃に言われ、アスランはまた前を向き、藍はレアチーズに刺さっている匙を取った。ラブだけでなくアスランも気に入ってくれたようで、嬉しい。

 「えーと、何の話してましたっけ?」碧が訊く。それを聞いて藍も、何の話だったかと記憶を遡ろうとした。しかし間髪入れずに梨乃が、

 「巫女さんのバイトしたいって」と答えた。

 「そうでした! 藍ちゃん、梨乃さんが来てくれるんだから、これはやるしかないね!」

 「え…うん…」凄ーく抵抗が有るのだが、もう、やらないとは言えなくなってしまった。

 「でもどうやったらなれるのか全然分からないんですよねー」

 「確かに、『巫女募集』って見たことないわね」

 「やっぱり?」

 「氏子から出てるとかかな」

 「うじこうじお?」

 「氏子は、元々はその神社に祀られてる神様の子孫を自称する人たちのことなんだけど、実際には、その神社の近くに住んでその神様を信奉する人のことかな」

 「信者ってことですか?」

 「そうだけど、ニュアンスは違うね。多分、日本人でも神社の神様を崇拝してる人ってほとんどいないでしょ」

 「あー」

 「でも年始にはお詣りするし秋はお祭りに行くじゃない?」

 「ですねー」

 「信者って単語はしっくりこないよね」

 「確かに!」

 「それに、心から信奉してても、よそから来てる人は氏子とは呼ばれないんだよね」

 「ナルホド、分かってきました…そのうじこで間に合っちゃうからよそから募集する必要がないってことですね…」

 「臆測だけど、遠からずだと思うよ」

 「むー、だとすると、巫女さんになるのほぼ不可能ですね…」

 「年末年始は人数要りそうだから、大きい神社なら臨時募集がありそうな気もするけど…」

 「おお!? 四柱神社とかですか!?」

 「うん。あと、深志神社とか護国神社とか」

 「護国神社ってどこですか?」

 「大学のちょっと上」

 「へー! 今度偵察に行こ!」

 「うん…」

 「でもどうやって募集してるか分からないとダメだけど!」

 「意外とネットで調べたら出てるかもよ」

 「おお!? それは盲点…! 調べてみます!」

 「うん。ところで何で急に巫女さんになりたくなったの?」

 「昨日、沙田神社って神社に行ったんですよ」

 「御柱やるところだっけ?」

 「さすが梨乃さん! 柱立ってました!」

 「巫女さんがいたの?」

 「やー、巫女さんどころか人っ子一人猫の子一匹いませんでした。ね?」

 「うん…」神社の境内のみならずその周辺に居た時も、誰とも会わなかった。

 「あ、カッコウは鳴いてました」

 「リアル閑古鳥ね」

 「はい! なんですけど、リセエンヌ探偵の(はなし)してたら神社に潜入捜査ってなって」

 「巫女さんのバイトをしたくなってきたと」

 「ですです!」

 「神社に潜入捜査って、また不敬ね」

 「探偵ですよう! 婦警さんじゃなくて」

 「『敬意が足りない』の『不敬』だから」

 「うをっ!? 決してそんなことは…ただ、神社庁って国家組織が初耳だったので…」

 「妄想が暴走したと」

 「ですです!」

 「でも神社庁って国家組織はないよ」

 「ええ!?」

 「神社庁って名前は私も初耳だけど、政府にはないよ」

 「じゃあ一体……思いっきり『長野県神社庁』とか『神社本庁』って書いてありましたよ…ね?」

 「うん…」確かに看板にその名称が記されていた。

 「それもまずはネットで。今時ウェブサイトくらいあるでしょ」在る。

 「ですねー」

 「昨日、神社にこの子達連れて行ってくれたの?」

 「や、沙田神社は二人で行って、お弁当食べてる時にワンコローズヒマなんじゃないかなって話になって」

 「なるほどね」

 「でもワンコローズと一緒に図書館の近くの稲荷神社に行きましたよ!」

 「稲荷…ああ、お堂の隣の」

 「やっぱり知ってますか!」

 「何度か前通ったから、存在はね」

 「そのちょっと先の首貸せ地蔵にも行ってきました!」

 「それは知らなかったわ。気になる名前ね」

 「でしょでしょ! 今度一緒に行きましょう!」

 「いいわね」いいか?と藍は思ったが、梨乃がそういう嗜好の持ち主であることをすぐに思い出し、納得した。

 「じゃあ、たまゆら一気見の翌日で!」

 「うん」

 「で、夕方はばらの湯ですよ! 紫先輩も呼んで」

 「うん、そういう計画だったね」

 「紫先輩にもワンコローズ見てもらいたい!」

 「うん…!」黙って聞いていた藍だが、つい言葉が出てしまった。

 「じゃあ、家に来てもらうか迎えに行くかしましょう」

 「おお!」

 「私からも連絡するけど、学校で話しておいて」

 「はい!」「はい…!」

 「あと、学校も行ってきました!」

 「この子たち連れて?」

 「はい! 校庭だけですけど!」

 「うん、校舎に入るのはさすがにまずいね」

 「ですです」

 「校庭でも非常識だけどね」

 「ええ!?」

 「校則で禁止されてはないけど」梨乃が碧の先回りをする。

 「ですです!」我が意を得たりと碧は喜ぶが、

 「そんな生徒がいるって想定してないからね」

 「ええ!? 昔学校で犬飼ってたのに?」

 「その子は特別枠だったんでしょ。多分その頃でも自分()の犬連れてくる生徒はいなかったと思うよ」

 「むー」

 「大学には時々いるけどね」

 「家から犬連れてくる人いるんですね!?」

 「学生じゃないよ。近所の人が散歩で通ってくってこと」

 「あー。散歩してても違和感なさそうですもんね」藍もそう思う。構内と言っても普通の舗装路であったから、校庭で散歩した時のような後ろめたさは感じにくいだろう。

 「そうね。私も、連れていけるならこの子たち連れていきたいわ」

 「おお!? じゃあ放課後わたし達が!」

 「碧ちゃん部活じゃないの?」

 「お、おお…そうでした…スキー部と水泳部と料理部(仮)(かっこかり)…」

 「まだ掛け持ちするの?」珍しく梨乃が驚いた様子を見せる。

 「藍ちゃん達が作ったらわたしも入ります!」

 「え…!」「藍ちゃん料理部立ち上げるの?」藍は短く狼狽の声を発したが、梨乃の質問に隠れてしまった。梨乃の声は引き続き驚きの色を含んでいる。

 「え…と…」自分はその主体ではないし、そもそも部や同好会を結成する要件すら判っていない。それをどこから説明しようかと迷ってしまい、藍の言葉は途切れた。それを見兼ねたのか、

 「一昨日(おととい)女子チームでお弁当作っていったんですけど、スゴいおいしかったんですよ。だから料理部作ってくれたら毎日おいしいものが食べられるなと」碧が代わりに説明してくれた。

 「なるほど。またしても碧ちゃんの妄想が暴走しただけと」

 「や、ワタクシは本気で設立を望むものであります! お弁当委員長の子も考えるって言ってました!」

 「当事者以上に情熱を燃やしてるわね」

 「そりゃもう! だって藍ちゃんのごはんを毎日食べられるんですよ!?」

 「今でも毎日お弁当作ってもらってるんじゃないの?」

 「う!…そそそれはそうなんですが、人間の欲望には限りがないわけでありまして…」

 「あっさり語るに落ちたわね。藍ちゃんがいいならいいんだけど」梨乃の言葉が自分に向けられていると藍には解った。

 「あ、はい…料理するのは全然…」寧ろ、碧に提供する機会が増えるのは望ましい。問題は、部を立ち上げるという行為だ。言葉として出なかったその部分を、梨乃は察してくれたようだった。

 「新しい部作るって大変そうだね」

 「はい…」

 「部活って何人要るんだっけ?」

 「まだよく分かってなくて…」

 「これから調べるのね」

 「はい…」

 「同好会ってのもあるよね?」

 「はい…」

 「部よりは条件が緩いのかな?」

 「はい…多分…」

 「どこで部活やるかも問題だよね。火と水揃ってないと」

 「あ…そうですね…」

 「家庭科室と理科室くらいかな?」

 「はい…」

 「食堂の厨房は!?」碧の疑問は尤もだろう。が、

 「無理なんじゃない? 業務で使う所だから法律で規制されてるとかあると思うよ」梨乃の言う通りである。

 「えー。残念」

 「カセットコンロの火力で足りるなら選択肢は増えるけど」

 「え…と、使ったことなくて…」火力がどれぐらいなのか分からない。

 「家では使わないよね」

 「はい…」

 「人集める前に、そういうことも考えておかないとね」

 「はい…そうですね…」その通りだ。人は集まったのに部室が…、では入部してくれる人に申し訳無い。

 「図書館の辺りまで行ったってことは、城まで行ったの?」梨乃が話を元に戻した。

 「や、図書館までです。沢村公園のすべり台で時間使い過ぎちゃって」

 「あー。ラブがねだったのね」

 「ですです」

 「アスランがすべり台怖がるから、私一人だと大体一回で終わっちゃうのよね」

 「ナルホド、それでラブ子的には『こりゃチャーンス』と」(はた)で見ていた藍の目にもそのように映った。

 「多分ね」

 「でも学校と図書館の間は探検しましたよ!」

 「探検するような所あったっけ?」

 「通学路の1本?2本?東の道です!」

 「あー、狭い道ね」

 「ですです! くねくねしててどこに出るか分からなかったから、楽しかったです!」

 「そうね。途中で大きく曲がるしね」

 「梨乃さんも探検したんですか?」

 「図書館に行く早道ないかなーと思ってね。なかったけど」

 「ですねー。途中から登りになっちゃいますもんね」

 「結局饅頭塚の前の道が一番早いね」

 「あっ、饅頭塚! あんな所に古墳があるって昨日まで知りませんでした!」藍も頷く。

 「そうなの? まあ、看板読まないと古墳だって分からないけど」

 「いやー、あそこにあんな空き地があることすら気づいてませんでした」これには藍は頷けない。毎日帰り道で目の前を通り過ぎていくので、空き地も看板も存在は認識していた。

 「漕ぐ方に集中しちゃってるのね。二人乗りだし」

 「ですです」

 「見晴らしよくて、お墓作りたくなる場所だったんだろうね」

 「ですねー。古墳ってお墓なんですよね? だったら、近くにいっぱい集まってないんですかね?」

 「王家の谷みたいに?」

 「はい。今でもお墓ってまとまってるじゃないですか」

 「うん、古代にもそういうのあるね。古墳群って言葉もあるし。ただ、それだけの労働力と、それを動員できる強力な権力者が必要だけどね」

 「あー。権力者が何人もいないとたくさんはできないってことですか」

 「うん。同時に何人も、っていうのは可能性が低いから、何代にも亘って、ってことになるかな。そしてそのためには、食糧事情が安定してる必要があるね」

 「なるほどー」

 「その時代に農耕が始まってたのはほぼ確実だから、その頃は気温が高かったんだろうね」

 「えーと?」

 「この辺標高高いから、緯度の割に涼しいじゃない? だから冷害に遭いやすいと思うの」

 「あー。江戸時代にも冷害で飢饉とかあったんですもんね」確か、藍も小学校の社会の時間にそんなことを聞いた。

 「うん。だから、当時はこの辺でも冷害が出ないくらい暖かかったんじゃないかな。素人考えだけど」一応、筋は通っている。

「木の実も魚もたくさんあるから農耕に頼り切ってなかったのかも知れないけど、農耕による余剰食料が身分制度を発生させたっていうのが定説だし」

 「そんな気候が長く続いてたら古墳群ができてたかも、ってことですね?」

 「うん。続いてたのかどうか知らないけど」

 「もしかしたら、うちの学校に古墳があったかも!?」

 「可能性はあるね。江戸時代には藩主が住んでたけど」

 「そうなんですか?」

 「うん、二の丸御殿が火事でなくなってから、藩主の邸宅があったんだって。松本城で読んだんだったかな。博物館だったかな」

 「え? じゃあ、殿様毎日出勤してたんですか!?」

 「じゃないかな。藩主の仕事ってよく分からないけど」

 「言われてみれば! 何やってたんですかね!?」これは藍も想像したことが無かった。

 「一言で言えば領国経営だけど、具体的に何やってたのかはねえ」

 「経営ってことは社長…」

 「まあそうね」

 「うおー! 社長が何やってるか分かりません!」

 「まあねえ。本には、社長の仕事は『決断することである』とか書いてあったけど」

 「何をですか?」

 「さあ? 色々あるんじゃない? 何を誰にどうやって売るのか、そのために何を買うのか、社員を何人雇うのか、とかいくらでもありそうだけど」

 「なるほどー。高辻梨乃商店はまず中入って転がるボールを買いましょう!」

 「あのボールの面白さが伝わったみたいで嬉しいわ」

 「あ! もう一つありました!」

 「何?」

 「宇宙船買って下さい!」

 「は?」流石の梨乃も話の飛躍について行けなかったようだ。昨日話した藍には分かるが。

 「梨乃さんが宇宙旅行会社を設立して、わたし達が雇ってもらうって(はなし)してたんです!」

 「なるほど、昨日は妄想暴走デイだったのね」

 「ですです」

 「で、宇宙旅行ってどこ行くの?」

 「最初は月で、次が火星です!」

 「そこは意外と現実指向だったわね。アンドロメダとかマゼランとか言うのかと思った」

 「わたし達が生きてる間に月旅行出来るようになるかな?って話だったんで」

 「なるほどね。じゃあ火星まで行ける宇宙船買わないとね」

 「おお! さすが梨乃さん、太っ腹!」

 「乙女に太っ腹とは失礼な。では超ウルトラスーパー大増資するので大株主命様に株を買って頂かないと」

 「お、おお…ミコト大変!…いくら買えばいいんですか……!」

 「ざっと百兆円ほど」

 「100兆円!! 想定の100倍だ! 藍ちゃんのレアチーズを1兆個売らないと…!」

 「なるほど。最初はそれを元手に宇宙船を買うつもりだったけど、あまりに果てしないから高辻梨乃商店に丸投げしたと」

 「ですです。ってなんでそこまで! 藍ちゃん、やっぱりわたし達監視されてたよ!」

 「え…」いや、と藍は思う。梨乃ならば今碧が漏らした情報でそれぐらいは推察するだろう。

 「今度は人聞きの悪いことを。そして、私がどうやって一兆円も稼ぐの」

 「あ、それは梨乃さんが天才外科医兼ハリウッド女優になるんで大丈夫です」

 「うーん、そう言われて悪い気はしないけど、ハリウッド女優でも一兆円稼ぐのは何十年も売れ続けないとダメなんじゃない?」

 「そうなんですか!?」

 「年収百億円でも百年だよ?」

 「梨乃さんなら20年ぐらいでなんとか」

 「んー、妄想だからまあよしとしておきましょうか。でも何で外科医兼役者なの?」

 「元々大学教授って話だったんです。『リセエンヌ探偵』の中で梨乃さんの役が」

 「大学生じゃなくて?」

 「実年齢とは別なんで。紫先輩は刑事ですし。で、梨乃さんの役を何にするかすっごい悩んだんですよ。警視総監とか総理大臣とか、いっそのこと犯人の黒幕とか」碧が勢い込んで話す。藍はここで漸くレアチーズを食べ終わり、話を聞きながら後片付けに入った。

 「偉そうな役を選ぼうとしてくれたのね」

 「梨乃さんですから! でもどれもしっくりこないなーって言ってたら、藍ちゃんに神が降りてきて」

 「え…」そんな大層なことではない。

 「大学教授って案を出してくれたと」梨乃が自分に向かって言ったのが分かったので、

 「はい…」と藍は応えた。

「あ、コップとスプーンもらいます…」無論、レアチーズの入っていたコップのことである。

 「ありがとうございます、旦那様♡」

 「ありがとう!」

 藍は二人から受け取った。三つのコップを重ねてから中に匙を入れ、纏めてポリプロピレン袋に入れ、袋の口を縛り、袋ごと背嚢に仕舞うのである。持ち帰ってから捨てるつもりだ。

 「医学部の教授なの?」

 「え…と、それは碧ちゃんが…」藍は碧に助けを求めた。

 「普段は医学部教授で、手術もします!」

 「たまに役者をするの?」

 「夏休みとか春休みにまとめて撮影が入るんです!」

 「忙しいわね」

 「梨乃さんですから! でも腕ききなので、撮影期間中に手術が割り込んでくることもあります!」

 「どんな役者よ」梨乃の呆れ声を意にも介さず、碧は続ける。

 「それと、仕事じゃないんですけど、刑事犬の育ての親としてインターポールからマークされてます!」

 「刑事犬?」

 「はい! 昨日、リセエンヌ探偵に初登場しました!」

 「捜査するの?」

 「はい、捜査チームの一員です! 警察犬と刑事の能力をあわせ持つ、それが刑事犬!」昨日もそう言ってた、と藍は思い出した。

 「育ての親、ってことは、この子たちがその刑事犬なの?」

 「残念! 刑事犬はアっちゃんだけです! ラブ子は探偵犬」名前を呼ばれたアスランが碧の方を向く。ラブがどうなのかは藍からは見えない。

 「なるほど。ラブは組織に向かないと」

 「さすが梨乃さん! アっちゃんに勝るとも劣らない能力を持ってるけど、自由犬なので警察の水になじめず、梨乃教授の紹介でリセエンヌ探偵のもとにやって来るんです!」

 「いかにも登場回な話ね。この子たちはどうやって捜査するの?」どうやら梨乃も興味を持ったらしい。

 「アっちゃんは捜査チームにいるので、朝ミーティングで情報共有されて、主に物証を探しに行きます。たまに、犬相手に聞き込みもします」

 「言葉が分かるのね」

 「はい! しかもひらがなは読めるので、五十音表を置いて会話もできます!」

 「考えたわね」

 「梨乃さんが育てたんですよう!」

 「いや、設定の話」

 「おお、ほめられた! ちなみに、アっちゃんのチームのリーダーはムラさんです!」

 「誰?」

 「あ、そっか。紫センパイです! 中学の時あだ名が『ムラ』だったって聞いて」

 「『ムラさん』って昔の刑事ものに出てくるベテラン刑事っぽい響きだもんね」

 「さっすが梨乃さん! ムラさんが警部で、アっちゃんは警部補待遇なんです!」

 「アスランずいぶんエラいのね」

 「有能ですから! 人間には分からないかすかな(にお)いをたどれる上に、自分で考えて動けるので、警察犬とハンドラーのコンビより三倍ぐらい早く見つけ出せるんです!」

 「なるほど、そこが『警察犬と刑事の能力を併せ持つ』なのね」

 「ですです! 探偵犬ラブ子も同じ能力を持っているんですけど性格が」

 「わん!」足元からラブが割って入った。やはり悪口はよく分かるらしい。

 「まあまあ。警察犬不適格だけど探偵犬として大活躍するんだから」碧に宥められ、

 「…………」ラブは黙った。本当にラブは碧に懐いているな、と藍は思う。碧が掌の上で転がしているというのではなく、互いに気の置けない友人という感じが実に微笑ましい。

 「探偵活動の拠点はどこなの? ラブは通いなんでしょ?」

 「や、藍ちゃんの部屋が探偵事務所で、梨乃さんとワンコローズも一緒に住んでるんです」

 「人の家勝手に事務所にして。藍ちゃんに迷惑でしょ」

 「いえ…一緒に住めたら楽しそうです…狭いですけど…」

 「もう! 何ていい旦那様なのかしら、藍ちゃんは!」

 「あれあれ? 妻は?」

 「奥さんの実家に転がり込んだ上に自分の夫と夫の飼い犬まで連れ込んでるよね?」

 「わー! めっちゃダメ人間みたいに聞こえるじゃないですか!」

 「当の本人がそう思うんじゃ、世間がどう見るかは言うに及ばずね」

 「ぐはーっ! 藍ちゃーん!! 梨乃さんがイジメるよう!」碧が、前に身を乗り出して藍に訴えてくる。が、

 「え……と……」どう言えば気が利いているのか藍には分からない。

 「ちょっと。私の旦那様を困らせないでくれる?」

 「わたしは旦那様に困らされてますぅ! …あれ? この場合、わたし『も』? わたし『は』?」

 「また予想外のところで引っかかったわね」

 「いやだって、わたしが藍ちゃんの夫だから、藍ちゃんがわたしに困らされてるなら、わたし『も』になるじゃないですか」

 「いや正直どっちでもいいんじゃない?」

 「えー!? …どっちでもいいですね」

 「うん。論点はそこじゃなくて、碧ちゃんが私の旦那様を困らせてる自覚があるってこと」

 「ぐはーっ! 何て巧妙に仕掛けられたワナ!」

 「いや、語るに落ちただけでしょ」

 「えー! じゃあ梨乃さんは藍ちゃんと一緒に住むのうれしくないんですか!?」碧が逆襲に出た。

 「嬉しいに決まってるでしょ」何当たり前のことを訊いているんだ、と言わんばかりの口調である。

 「ほらー」碧は得意げだ。思い通りの回答だったのだろう。が、

 「愛しい旦那様と思いもかけず一緒に住めることになって喜んでるのよ」

 「わー! なんか梨乃さんは控えめでかわいい良妻に聞こえるんですけど?」やはり梨乃が断然(うわ)()であった。

 「事実を述べただけよ」

 「ぐむむむ…それはともかく、一緒に住んでるのでラブ子は出勤とかないんです」

 「あ、諦めた。アスランは? 警察署?」

 「はい! わたし達と一緒に事務所出て、警察署まで一緒に行きます! 夕方も学校帰りに迎えに寄ります!」

 「なるほどね。私の家の方が高校と大学に近いと思ったけど、それなら藍ちゃん()の方がいいのかな」

 「おお! まさか梨乃さんから事務所移転のオファーがくるとは!」

 「いや全然オファーしてないけど」

 「藍ちゃん! 藍ちゃんにはヒジョーに申し訳ないけど、ここは梨乃さん家に移転しよ!」

 「え…うん…」妄想内のことであるので、何も問題無い。

 「いやまあいいけど」梨乃も同様に考えているだろう。「アスランの出勤は?」

 「元々アっちゃんは、毎日パトカーで送り迎えって話だったんです!」

 「うーん、アレが毎朝か…」

 「え? 実際にパトカーが迎えに来るんですか!?」

 「うん、時々。だいたい夜中だけどね」

 「えー!? 梨乃さん、一体何してるんですか!?」

 「私じゃなくて、うちの父親」

 「お義父(とう)様警察の人なんですか?」

 「ううん。ボランティアで検屍やってるだけ」

 「ボランティアで検屍!」碧同様、藍も驚いている。ボランティアという単語と検屍という単語が結びついたのを初めて聞いた。

 「うん。私が生まれる前からやってるらしいよ」

 「お義父様スゴい!」

 「身内ながらよくやってるわー、って思うね。深夜でも早朝でもお構いなしだから。まあ、都会に比べれば頻度は低いんだろうけど」

 「どれぐらいの頻度なんですか?」

 「月一あるかないかかな」

 「月一でも夜中起こされるのヤだなあ。お義父様ホントスゴい…」

 「うん…」とても藍には真似出来ない。しかも、ボランティアと言うからには当然無償なのであろう。何かしら信念が無ければ続かないだろうと思う。

 「でも梨乃さんはそれ以上に激務なので、夜はちゃんと寝ますよ! せっかく組み立てたベッドだけど、まずはバラして梨乃さんの部屋に移動!」

 「そういうところはリアルなのね」

 「昨日、探偵事務所にキングサイズのベッドを設置って話をしたら、そんな大きいベッド廊下通れるかな、って藍ちゃんが」

 「まあ! 旦那様の妄想だったのですね♡ そういうことなら私が車で運びますわ」梨乃の言う通り妄想だったのだが、言葉にされると恥ずかしい。藍は頬を赤くした。

 「梨乃さんの部屋でベッドを組み立てて」

 「私の部屋では、寝相が悪い子は床で寝るのよ」

 「にゃんですとー! くっ、仕方がない…」と言って碧は目を瞑った。

 そのまま数秒。

「よし!」と言って目を開くと、「インドで修行して寝相を直してきました!」

 「どんな修行よ。しかも数秒」

 「いや、私の中では数年たちました!」

 「じゃあ藍ちゃんはもう大学生ね」

 「ぐはっ! わたし20歳(はたち)過ぎて高1!」

 「いや、退学になってるでしょ」

 「ぎやー! 2人ともリセエンヌじゃなくなってる! 数日! 数日に短縮です! 短期集中修行合宿!」

 「集中しないでやる修行って聞いたことないわ」

 「はい…」修行が具体的にどのようなものか分からないが、週一でやるというような印象ではない。

 「低負荷長期間の一般向け修行と高負荷短期間の急いでる人向け修行と、超高負荷超短期の切羽詰まってる人向け修行の3コースあるんです」

 「でも効果は個人の感想なんでしょ?」

 「そうです! これで寝相はバッチリ!」

 「その感想が全然信用ならないけど、まあよしとしましょうか」

 「おお! 許可おりた!」

 「現実は置いといて、リセエンヌ探偵の碧ちゃんは常人並みの寝相ってことでいいわ」

 「よしゃ!」碧が右拳を胸元に引き上げた。

「じゃあベッドが出来上がったので、次はソファですね! 革張りの偉そうなやつ!」

 「そんな高いの要らないでしょ」

 「いやだって依頼人が来た時に」

 「なるほど、言いたいことは分かったけど却下」

 「速っ! 説明する前に!」

 「まずベッドがある部屋に依頼人を通さない」

 「お、おお…言われてみればごもっとも…」

 「その前に(うち)には依頼人を通さない」

 「え? そうなんですか?」

 「客間が無いからね。一階病院、二階居間と台所と風呂トイレと倉庫、三階各人の部屋」

 「二階に倉庫があるんですか?」

 「空き部屋を倉庫に使ってるの。仕事で使う道具とか、薬品とか」

 「おお、ナルホド…じゃあ依頼人とはどこで会いましょう?」

 「警察がこっそり連絡取ってくるんじゃなかったの?」

 「そういう事件のほかに、家出猫の捜索とかも受けるんです!」

 「じゃあ校門で待ち合わせれば?」恐らく梨乃は多少投げ遣りにそう言ったのだが、

 「おお! リセエンヌ探偵っぽい! さすが梨乃さん!」あっさりと採用された。

「校門まで迎えに行って食堂で依頼を聞きます!」

 「え…(そと)の人入れて大丈夫かな…」

 「それに、いくら何でもプライバシー無さ過ぎじゃない?」

 「むう、確かに……うーん、じゃあ応接室借りましょう! 学校の」

 「藍ちゃんの心配が完全に無視されてるわね」

 「いやいや、ちゃんと校長の許可取って借りるんですよ!」

 「大胆ね」

 「何となく、校長だったら貸してくれそうな気が」

 「まあよしとしましょうか」

 「よし! これで革張りソファ確保!」学校の応接室に入ったことは無いはずだから、ここも妄想であろう。

 「プライバシーよりそっちの方が重要なのね」

 「探偵事務所に革張りソファは譲れません!」

 「で、ラブが家出猫を探しに出るの?」梨乃が話を先に進めた。

 「はい! でも何をどうやって捜査してるかはリセエンヌ探偵も知らないんです。朝ご飯食べてゴロゴロして、昼ご飯食べて昼寝して、起きたら捜査に出て夕飯前に帰って来るんです」

 「ほとんど捜査してないわね」梨乃の指摘に藍も同意する。長くて三、四時間だろう。

 「三度の飯と昼寝の次に捜査が好きなんで」

 「優先順位通りに行動すると」

 「ですです! でも有能なんで、短時間で成果を出してきます」

 「成果って?」

 「主に情報ですけど、自分で探し出しちゃって連れ帰ることもあります!」

 「リセエンヌ探偵の出番なしね」

 「ホントだ! 『ラブ子探偵事務所』に名前変えないと!」

 「元はなんて名前なの? 探偵事務所」

 「おお! 名前ついてませんでした! むーん、(なん)にしよう」

 「『リセエンヌ探偵事務所』ではないのね」

 「ではないです。『リセエンヌ探偵』は世間にそう呼ばれてるだけで」

 「二人としては、名前あった方がいいの?」

 「え? うーん、そう言われると… 藍ちゃんは?」

 「え…? え…と…」完全に他人(ひと)(ごと)として聞いていた話に急に引き込まれ、藍は狼狽する。リセエンヌ探偵の話は碧が考えるもので、藍はそれを楽しく聞くだけという認識なのだ。

 「てことは、名前なくてもいいんじゃない?」察した梨乃が話を進めてくれた。

 「うーーん……そうですね! 冴羽?的な方式ですね」藍の知らない名前が出てきたが、何か探偵ものの登場人物なのだろう。

 「住居兼事務所で事務所の名前はない、ってところはそうね」

 「あれ!? リセエンヌ探偵はどうやって依頼されればいいんですか!? 松本駅に伝言板あるかどうか知らないです!」推察するに、そのさえばりょうなる人物は駅の伝言板というのを使って依頼を受けるようだ。しかし、藍は伝言板を目にしたことが無い。

 「いや、今時ネット経由でいくらでも受けれるでしょ」

 「おお、そうでした。テクノロジーの発達万歳! そっか、リセエンヌ探偵名義でアカウント一つ持っとけば、それを代々伝えていけばいいんだ!」

 「代々って」

 「昨日決まったんです! 寅さんを超えるシリーズにするには、三年では無理と判明して」

 「判明って」梨乃の言いたいことは分かる。考えるまでも無く、そんなことは不可能だ。

 「計算してみたら、週一ぐらいで公開しないといけないんですよ! 受験とかあるんで。で、これはもう後輩に託すしかないと」

 「一年一作で半世紀ね」

 「そうなんです! とりあえず99代目リセエンヌ探偵がわたし達の子孫だってことは決まりました」

 「九十九代目って、何年後なの」梨乃の声が呆れを含むようになった。

 「わたし達が3年間で、その後1年ずつなんで、ちょうど100年後ですね!」

 「子供とか孫はリセエンヌ探偵じゃないの?」

 「正直そこはまだ考えてません!」

 「本当に正直ね」

 「決まってるのは、リセエンヌ探偵が代々青井と相生の苗字を襲名するのと、99代目の本名が青井(しろ)と相生九十九(つくも)ってことですね」

 「ああ、(きゅう)(じゅう)(きゅう)だから? 白ってちょっと可愛い名前ね」

 「でしょでしょ! アスランとラブも襲名されますよ!」

 「刑事犬と探偵犬が?」

 「そうです! 警視庁で最も優秀な刑事犬にアスラン襲名が許されるんです。ラブの称号は、梨乃さんに鍛えられた探偵犬に与えられます!」

 「私何年ブリーダーやるの」完全に呆れた声になった。

 「シリーズ中ずっとです! 梨乃さんは現代の医学と古代の魔法を組み合わせることで、歳をとらない身体を実現しちゃうんです!」

 「なるほど、いいわね」梨乃が訊いたら不快に思うのでは無いか、という藍の心配は杞憂に終わった。

 「でしょー!?」

 「二人も使えばいいのに。その術」

 「いやいや、これは1兆人に1人しか適性のない禁断の(わざ)…適性がない者は術が完了するまで生きていられないんです!」

 「アメコミにありそうな設定ね」

 「編み込み?」

 「American comic」

 「ああ! そう言われれば!」

 「ところで、だいぶ戻るけど」

 「どこまでですか? わたし達の出会いをなかったことにはさせませんよ!?」

 「いやどこまで戻る気なの。何で私がインターポールに目をつけられるの? 警察に協力してるんでしょ?」

 「それはアっちゃんのせいです!」

 「ああ、なるほど」

 「ええ!? もう分かっちゃったんですか?」

 「刑事犬アスランが活躍し過ぎて、世界の警察が刑事犬の育成方法を知りたがるんじゃないの?」

 「その通りです! さすが梨乃さん名探偵! 各国警察による梨乃さん争奪戦が始まっちゃって、インターポールが調停に入るんです。それで、梨乃さんに育て方の講義をオファーという寸法です!」

 「オファーされてもどこでどう講義するの」

 「そこなんですよ! 講義だけならウェブ会議でいいんですけど、実技編が」

 「インターポールの人が松本まで来るの?」

 「どうしてもと言えば来てくれるんですが、各国から来てもらうとお金とか宿泊場所とか色々大変なんで、梨乃さんとアっちゃんがリヨンに呼ばれます!」

 「悪くないわね」

 「でもそこで梨乃さんがゴネるんです」

 「何で」

 「わたし達も一緒に連れていけと。『リセエンヌ探偵フランスへ行く』の回です!」

 「え、それ映画の副題なの?」

 「はい!」

 「落第点ね」藍には口にすることが出来なかったが、梨乃は違った。

 「ええ!? 映画の副題っぽいのに!」

 「何十年前の」

 「むー。……じゃあ、『リセエンヌ探偵刑事犬のお供をする』」

 「余計ダメになったわね」梨乃の評価に藍も全面賛成だ。口には出さないが。

 「うーん、じゃあ……『落日のリヨン』」

 「副題としてはアリだけど、内容伴うの?」

 「んー、んーー、えーと、リヨンに着いた翌朝、梨乃さんとアっちゃんに誘拐の知らせが入るんです。さらわれたのは何と市長。日没までに身代金を1兆ユーロ用意しないと市長は猛獣の餌にされてしまう! 果たして刑事犬とリセエンヌ探偵と探偵犬は市長を見つけ出し、身柄を確保することが出来るのか?」

 「なるほど。いいんじゃない?」

 「おお! 合格!」

 「うん、掴みとしては及第点」

 「ちなみに今のはリセエンヌ探偵5です!」

 「3と4は?」

 「神社庁が3で、4は旅行先で魔術結社の儀式を発見するんです!」

 「探偵なの? それ」

 「うーん、そう言われると。でも、捜査と推理はしますよ! その魔術結社について知るために」

 「まあ、何でもアリでいいとは思うけど」

 「そうです! 毎回殺人事件に巻き込まれる方が変です!」

 「まあね」

 「松本がゴッサム並みの犯罪都市になっちゃう」

 「そうね」碧の言葉が面白かったらしく、梨乃の表情が少しだけ笑い崩れた。藍には「ごっさむ」が何なのか分からないので面白くはないが、話の流れについてはその通りだと頷いた。

 「二人とも、時間大丈夫なの?」唐突に梨乃が訊いてきた。恐らく、気を遣ってくれたのだろう。

 「はい!」「はい…」二人は声を揃える。青井家の夕食は母親に任せてきたし、多少遅くなるとも言ってあるのでまだまだ大丈夫だ。

 「そう。ならいいんだけど」

 「あ、でももう1ヶ所行きたいんで移動しましょう!」

 「本当に時間大丈夫?」

 「はい! すぐそこですから!」碧は立ち上がりながら、斜め右前方を指差した。その先にあるのは角の洋食屋だ。が、藍には、洋食屋を突き抜けて川も渡った向こうに在る長屋門のことを指しているのだと分かった。

 「さっそく行きましょう!」

 「はいはい」梨乃も立ち上がる。

 アスランが素早く反応して梨乃に従い、それを見た藍も一拍遅れて長椅子から腰を上げた。ラブはと見てみると、いつの間にか碧の足元に立っている。

 「では参りましょー!」碧が歩き出し、先ほどと同じ隊列で藍達も続く。女鳥羽川沿いの車道手前で碧は一瞬立ち止まったが、

「お、車来てない! 急いで渡りましょー!」ラブと一緒に小走りに車道を横断した。藍も慌てて走ろうとしたが、梨乃が少し歩を早めただけだったので、置いて行かれずに渡ることが出来た。

 それから一行は橋を渡り、四柱神社の前を左に曲がって『長屋門』に着いた。藤棚の下の長椅子から百mほど歩いただろうか。

 「ここ?」立ち止まった碧に梨乃が訊く。

 「はい! 座りましょー!」幸い、長椅子は空いている。

 「はいはい」梨乃は前に進み出て、長椅子の中央に腰を下ろした。アスランはその前に侍る。

 「わたし達も」

 「うん…」

 二人は梨乃を挟んで座った。先ほどとほぼ同じ配置である。違うのは、ワンコローズの位置だ。アスランが梨乃と藍の、ラブが碧の足元に、それぞれ寝そべっている。

 「どうです? ここ。気持ちよくないですか!?」

 「うん、なかなか快適ね」藍も二人の意見に賛成である。見える景色には何ら特筆すべき所が無いが、何だか落ち着く。

 「この個室感もいいんですよねー」

 「そうね。この子達も気楽だと思うわ」特にアスランは体が大きいから歩道に座るのは気を遣ったであろう、と藍は考える。

 「藤があったら言うことなしですけどねー」

 「それは贅沢よ」

 「そうなんですけど」

 「綺麗だしいい匂いだったけど」

 「ですよねー」

 「向こうで藤を堪能してこっちで寛いでるから、いい順番だったんじゃない?」

 「おお! ほめられた!」

 「連れてきてくれて嬉しいわ」

 「おお! やったね!」藍の方を覗き込んで言う。

 「うん…!」梨乃が喜んでくれたなら、自分達の方が嬉しい。

 「じゃあ今度紫先輩も一緒に…って言いたいところですけど、ちょっと狭いですかねー」座ることは可能だが、両端の人は尻がはみ出そうである。

 「そうね。座れば座れるけど」

 「いいこと思いつきました!」

 「うん、却下」

 「まだ話してないのに!」

 「三人座った上に寝転ぶとか言うんじゃないの?」

 「梨乃さん名探偵!」

 「やっぱりね。却下」

 「何で?」

 「重いし。寝転んだだけじゃ終わらないし」そうだろうなと藍も思う。

 「んなぜそれを」

 「過去の実績から?」

 「実績?」

 「うちに泊まった時と、乗馬クラブ行った時と、ばらの湯行った時」羅列すると、常習犯のようである。うち一回は藍も片棒を担がされた。

 「ぐ、ぐむむむむむ…」

 「以上により却下」

 「こ、控訴! 控訴します!」碧は何とか繋ぎたいらしい。しかし梨乃は短く、

 「棄却」

 「ぐはーっ! 不当判決!」縦長の紙を両手で持っている仕草をする。

 「歴史の里で売ってたわね、それ」

 「え? 何をですか?」

 「『不当判決』って書いてある手拭い」

 「うわ、いらないけどほしい!」

 「でしょ。『勝訴』もあったけど」

 「『不当判決』の方が面白いです!」

 「よね」

 「歴史の里?ってどこですか?」

 「インターの少し向こう」長野道松本インターチェンジのことである。渚一丁目の交差点から西へ一㎞半ほど行ったところだ。松本市歴史の里は、インターチェンジの入口から西北西に六百mほどの地点に在る。

 「原始時代から説明してるみたいな感じですか?」歴史の里、という名称から推測すればそんな感じだろう。が、

 「ううん、明治以降だけ。旧裁判所と古民家を移築した施設で、当時の裁判の様子とか女工の生活について展示してあったよ」ちなみに、旧裁判所は重要文化財に指定されている。

 「だから『不当判決』を売ってるんですね?」

 「多分ね」

 「ちょっと興味出てきました!」こういう所が碧の凄い所だ。藍は、今の説明を聞いても一向に興味を覚えない。

 「よければ見に行って」

 「はい!」

 「ここダラっとするにはいい所ね」

 「でしょー?」

 「そこで鯛焼き買ってきたりして」

 「おお! それはナイスアイディア!」

 「でも今日はそろそろ行きましょうか」梨乃が腰を上げると、アスランが素早く反応した。

 「はーい」続いて碧が立ち、

 「はい…」藍も慌てて立ち上がる。ラブはいつものように、藍が気づいた時にはもう碧の足元で待機していた。

 梨乃を先頭に長屋門から出ると、ナワテ通りに人はほとんど居なかった。一行は左に曲がり、遠慮無く横に並んで歩き出した。

 「なんか、あんまり人いませんね」

 「そうね。城の方にはまだいるんだろうけど」

 「行ってみましょー!」

 「はいはい」松本城は長屋門から高辻邸へ向かう経路上に位置するので、どのみち通過するのである。

 程無く一行はナワテ通りの西端へとやって来た。右手に交番、左手に半人半蛙像を配した小広場である。

 「あ、梨乃さん。これって(なん)かのキャラですか?」半人半蛙像の前で碧が立ち止まる。

 「児雷也かな?」

 「ジライヤって何ですか?」

 「江戸時代の小説の主人公。蝦蟇(がまがえる)を操るの」言いながら、梨乃は歩き出した。皆も従う。

 「伝奇物ですか?」

 「詳しくは知らないけど、ヒーローものって言った方が近いかな?」恐らくそうであろう。

「敵が蛇を操る奴なのよね」

 「え! 敵の方が圧倒的に強そう!」碧の言うことは尤もだ。蛙と蛇では勝負にならないと藍も思う。

 「うん、だけど主人公の嫁が蛞蝓を操る奴で」

 「え? それも蛇の敵じゃないような」藍も頷く。蛙以上に勝負にならないだろう。

 「三竦みって知らない? 蛇と蛙と蛞蝓がじゃんけんみたいな関係なの」

 「ナメクジって蛇食べちゃうんですか?」

 「実際どうかは知らないけど。元々は蛞蝓じゃなくて百足だったらしいし」

 「ムカデ…でも蛇の方が強そう…」

 「大きさ次第じゃない? 百足も肉食だから、小さい蛇なら食べちゃうのかもね」

 「あ、そっか。小さい蛇もいるんですよね? アナコンダみたいなの想像してたから」

 「それは勝てないわね」

 「アナコンダ食べちゃうムカデとかいたらもう怪獣ですよ!」

 「そうね」

 「でも主人公が蛙で嫁がナメクジ…近所から白い目で見られそうですよね」

 「近所って……まあ確かに、蛙はまだしも蛞蝓は嫌われそうね」

 「生まれつきそういう能力なんですか?」

 「や、修行してその術が使えるようになるんじゃなかったかな」

 「えー! 何でナメクジ選んだんですかねー」

 「そうね」梨乃が相槌を打つのと同時に藍も頷く。全くだ、自分なら絶対に選ばない。

 「わたしだったら虎とかライオンにしますねー」

 「日本ではほぼ役に立たないけどね」

 「え、(なん)…うをっ! 動物園にしかいない?」

 「うん。妖怪みたいに呼び出せるなら話は別だけどね」妖怪を呼び出すとは?と藍は疑問に思ったが、何か出典が有るのだろう。

 「となると、猫が強力…」

 「そうね。たくさんいるしね」

 「あと、鳥ですか」

 「そうね。烏とか強そうね」

 「梨乃さんだったら何操りたいですか?」

 「そうねえ。蚊?」

 「カ? mosquito?」

 「うん」

 「何でまた」

 「蚊を操れるってことは、もう蚊に刺されなくて済むじゃない?」

 「さすが梨乃さん…発想が違う」

 「しかも戦闘になれば地味に威力を発揮しそうじゃない?」

 「確かに! 蚊柱が襲ってきたら怖いです?」藍も、想像したくない。

 「蚊柱の蚊は血吸わないけどね」

 「ええ? そうなんですか?」

 「似てるけど蚊じゃないらしいよ」

 「えー…知らなかった…」無論、藍も碧と同じである。

 「だからって、蚊柱の中に入りたくはないけど」

 「間違いない!」

 「でも操れるってことは、血を吸う蚊で蚊柱を作ることも可能と」

 「怖っ?」

 「冬場の戦闘には何の役にも立たないけどね。でも、何より蚊に刺されないメリットが魅力だわ」

 「む、むう、確かに…」

 「で、碧ちゃんは何操りたいの?」

 「む、むむむ…難しくなりました…」そうだろうな、と藍は心中で頷く。想定外且つ説得力の有る論を展開されて、自分も発想を転換しようとしているのだが、それが上手く出来ていないのであろう。

「…く、熊にします」

 「なるほど、猫じゃないのね」

 「戦闘だったら猫なんですが…」

 「操っちゃうと猫の魅力が消えちゃうもんね」

 「そうなんですよ! さすが梨乃さん!」

 「で、山に入った時に熊を操れると何かあっても安心みたいな?」

 「そ、そうなんですよ…さすが梨乃さん…」

 「旦那様は?」

 「え……?」何を訊かれたのか分からない。

 「旦那様は、何を操りたいですか?」

 「え…! え…と……」その問いが自分に向けられようとは、全く考えていなかった。慌てて思考を巡らす藍。

「え……と、植物でもいいですか…?」

 「おお! 新しい!」

 「もちろんですわ?」

 「あの…薔薇がいいです…」

 「そのココロは?」と碧。

 「え…と、好きな時に花が見れるかなって…」

 「さすが藍ちゃん!」

 「美しい心映えですわ?」

 「…………」恥ずかしいやら恐縮するやらで、藍は俯く。

 「しかも戦闘時には敵に巻き付いてトゲで攻撃!」

 「え………」藍は、戦闘時、ということなど全く考えていない。

 「優しい旦那様がそんな野蛮なこと考えるわけないでしょ」藍が何と言おうか困っている間に、梨乃が咎めるような口調で応えた。

 「あ、ハイ…そうですね…」

 「たまゆら一気見の時なんだけどね」唐突に梨乃が話題を変えた。

 「はい」

 「うちでごはん作って食べるのはどう?」

 「おお! 大賛成! でもわたしは戦力外…」

 「そうなの? じゃ旦那様と二人きりで作るのね?」

 「なぬ?」

 「あ、ちなみにうち、『働かざる者食うべからず』だから」

 「お、お米! お米研ぎます!」

 「それだけだと水ぐらいかなー」

 「た、卵割ります!」

 「水がお茶になったかな」

 「あ、洗い物します!」

 「漬物付いたかな」

 「は、ハンバーグこねます!」

 「またピンポイントね。でもハンバーグはいいかもね」

 「はい…」ハンバーグならば藍も自信を持って作ることが出来る。

 「旦那様がそう仰るなら決定ですわ?」

 「よっしゃ!」碧が拳を握る。

「あ、じゃあ合流前にわたし達が買い物しときますよ! ね!」最後の「ね」は藍に向けられたものだ。

 「うん…!」梨乃の帰宅が前回と同じ時刻という前提だ。自分達は遅くとも十六時には学校を出るから、一時間程度の余裕がある。

 「じゃあ、お願いしようかな。早く終わったら私も行くけどね」

 「らじゃ!」碧は敬礼し、右手を下ろしてから周りを見回して、

「こっちにはまあまあ人いますね」と言った。一行が今歩いているのは松本城の敷地内、内堀の外側だ。堀沿いに敷地を突っ切るのである。大した時間短縮にはならないが、自動車が通らないし、何より景色が良い。

 「まだ城も開いてるしね」松本城の閉門時刻は十七時で、今はその数分前だ。

 「ですねー」碧は天守の方を見ている。手前側に張り出した櫓の二階だか三階だかの戸が全て取り外され、中の人物が見えている。観光客であろう。

 「確か向こうに藤棚あったよね」進行方向より少し右側を指す。藍も昨日、自転車の荷台からその藤を見た。

 「あ、そうですね! のぞきに行きましょう!」

 「はいはい。さっきの藤棚、蜂が全然いなくてよかったわね」

 「藤ってハチが寄って来るんですか?」

 「そういう印象だけど。ブンブンいってて、ゆっくり見られなかったこと多いね」

 「そうなんですか? それは気になりますね……街中だから蜂がいないんですかねー」

 「かな?」

 「こっちの藤はその点ビミョー…」

 「街中は街中だけど、城の中は草木が多いもんね」

 「ですよねー。まあ、行けは分かりますよ!」

 「うん。碧ちゃん先頭ね」

 「ハチ対策!」

 「うん」

 「ミツバチなら襲ってきませんよ!」

 「そうね。でも碧ちゃんが先頭」

 「お、おお…らじゃ…。この辺からの角度がかっこいいですよね!」天守の方を見て言う。丁度堀の曲がり角に当たる部分に一行は差し掛かっている。

 「そうね。水面に映ってるのもね」

 「はい!」碧の返事より少し遅れて、藍も頷く。鏡のようにとは言えないまでも、かなり明瞭に水面に映っている。

「あの橋が赤いのもかっこいいですよねー」碧が言うのは、天守の北西で堀を東西に横断する大きな橋のことだ。(うずみ)(ばし)と名付けられている。昭和三十年観光用に架けられた橋だが、色合いと形状が美しく、観光客は必ずと言っていいほどこの橋と天守を背景に写真を撮る。

 「そうね。orange四巻の表紙ね」

 「はい!」碧の相槌と同時に藍も頷いた。

「あの橋渡れないのが残念です!」平成二十三年七月以降、安全のため通行禁止になっている。

 「そうね」

 「orangeの映画では渡ってたんですよねー。わたしも渡ってみたいです!」

 「確かに、どんな眺めか見てみたいわね」

 「でしょー?」

 「早く補強されるといいね」

 「はい! あ、ここにも藤棚あったんだ」碧が立ち止まり、一歩遅れて一行全員が立ち止まった。埋橋の袂の少し手前だ。堀を右手に見ながら歩いていた一行の左手に藤棚が作られ、その下に木製の長椅子が据えつけられている。先ほど藍達が座っていたのと同じ仕様の椅子だ。三m×十mほどの小さな藤棚だが、多くの藤が垂れていて、とてもいい風情だ。だが藍は、どうやら藤棚に長椅子は付き物らしい、とどうでもいいことを考えた。

 碧はラブを引き連れて藤棚の下に入り、

「大丈夫! ハチいませんよ!」と呼びかけてきた。

 「うん」梨乃が応え、全員が藤棚の下に入った。

 「このベンチスゴいいい場所じゃないですか! 座ったら松本城、見上げたら藤ですよ!?」

 「そうね。昼間は争奪戦だったんじゃない?」

 「ですよねー!」しかし今は藤花が風に揺れるのみ。もったいない気もするが、花も城もそんなことは気にしないだろう。

 「碧ちゃんが言ってたのは向こうの藤棚?」梨乃が指差しているのは、昨日藍が敷地の外から眺めた藤棚だ。手前の木に隠されて見づらいが、今居る藤棚よりかなり長いように見える。

 「そうです! 昨日自転車で横通った時に見えたんです」碧の説明に藍も頷く。

 「なるほどね。行ってみましょうか」

 「はい!」

 一行はまた歩き出し、舗装された遊歩道を進んだ。埋橋までの堀沿いは砂利道だった。

 すぐ左手に堀の名残のような池が現れ、その向こうに藤棚が見える。

 「蓮ですか?」その池を見て碧が梨乃に訊く。水面に、丸い葉がいくつも浮かんでいる。藍も蓮だろうと思うが、自信は無い。

 「うん」梨乃の答えは簡潔だった。

 「夏咲くんでしたっけ?」

 「うん。今はこんなだけど、夏にはびっしりになるよ」浮かんでいる葉は多数と言えば多数なのだが、水面を覆い尽くすと言うところまではいかない。

 「へー。蓮の花って開く時に音がするんですよね?」

 「そう言うね。本当か嘘か知らないけど」

 「梨乃さんでも? じゃあ、咲くの見に来ましょー!」

 「夜明け頃に咲くらしいよ」

 「そうなんですか? じゃ、土曜か日曜の朝ですね!」

 「夜明けでも来るのね」少し呆れたように言うが、驚いた様子は無い。

 「はい! 楽しみです!」

 「藍ちゃんも来るの?」

 「え…? はい…」またも傍観者のつもりでいた藍は少し狼狽したが、答えを迷いはしなかった。碧と梨乃が来るなら当然自分も来る。

 「時々様子見にこよ!」

 「うん…」

 「よろしくね」

 「はい!」「はい…!」梨乃の通学経路からは離れているので、ここは任せてもらおう。

 「じゃあ行きましょうか」梨乃の号令で皆歩き出した。

 と言っても、次の藤棚まで十mほどである。十秒後には藤棚の下に入っていた。十人ぐらい並んで座れそうな長椅子と、一・二m×一・七mくらいの大きさの腰掛け台が配置されている。いずれにも背凭れは無い。

 「寝転んで見れますね!」

 「うん、まあそうね」腰掛け台が大きいので、足を地面につくならば、四人は並んで寝転ぶことが出来そうだ。

 「試してみましょー!」

 「言うと思った」梨乃同様、藍もそう思っていた。

 「誰もいないから全然大丈夫ですよ!」

 「まあね」周囲には、本当に一人も居ない。

 「じゃあ座って座って」

 「旦那様がセンターですわ♡」

 「あ、はい…」

 藍が台に腰掛けると、すぐ梨乃が左に座った。一呼吸置いて碧が右に座る。

 「はい、じゃあ倒れますよー」

 「はいはい」

 碧と梨乃が上体を後ろに倒したので、藍もそうする。寝転んで見上げると、藤棚が天井であるかのように見える。

 「ぉふっ!」碧が妙な声を上げる。

「ラブ子が飛び乗ってきました」

 「あー」藍も心の中でああ、という声を上げた。

 「隣空いてるのにナゼわたしの上に」

 「乗りたかったんじゃない?」

 「む、むう…そうですね…」ラブは乗りたいと思ったら乗る、それ以上の理由は無い、という趣旨に納得したのであろう。

 アスランはどうしているのだろうと気になって、藍は少し首を持ち上げ足下の方を見てみた。が、アスランは居ない。それではと少し左を向くと、梨乃の左手が頭を撫でているのが見えた。仲間はずれになってはいないと分かって安心した藍は、そっと頭を下ろした。

「むーん、揺れてるの見てると、何か催眠術にかかりそうです」と碧がまた藍の想像もしなかったことを言うが、その感覚は少し分かる。藤花の房の先端を見ていると、幻惑されたような感じになってくるのである。

 「そうね」

 「梨乃さんもですか!? よーし! 梨乃さんはわたしに胸をもまれたくなーるモマレタクナール」

 「旦那様、ちょっと碧ちゃんを突き落としちゃって下さいまし」

 「え……」「ヒドい!」例によって藍の声は碧の叫びに掻き消された。

 「落としたらそのまま蓮の上まで転がしちゃって下さいまし」

 「え……」「ホントにヒドい!」実際には、台から落として転がしても蓮の方には行かないし、蓮と藤棚の間には金網が立ちはだかっている。

 「旦那様はいつでもお揉み下さいまし♡」

 「え……」「えーっ! 何でですか!?」

 「古来より胸を揉むことは夫にしか許されていないからよ」

 「はあ。それはまあ、それでいいんじゃないでしょうか」梨乃が何を言いたいのか量りかねる、という声音だ。藍には想像がついているが。

 「妻が夫の胸を揉むことは許されていないのよ」やはり。しかも、何の根拠も出典も無い。

 「ぐはーっ! 何という理論武装!」

 「納得したところでそろそろ行きましょうか。本当に遅くなっちゃうよ」梨乃は身を起こした。

 「はーい」「はい…」碧と藍も起きる。いつも通り、藍は碧の二拍ほど後だ。

 藍が立ちあがった時には、ラブがもう歩き始めていた。

 「ラブ子道分かってるんですか?」

 「うーん、どうかな。城まで来たの二回しかないから。道は分かってないけど大体の方角は分かってるだろうから、勘で歩いてるんじゃないかな」

 「ナルホド。わたしもよくやります!」それはいかにも碧らしいな、と藍は心中で頷いた。

 「川の近くでそれやると行き止まりになったりしそうだけど」

 「ですです!」行き止まりになるということは無駄足を踏むということなのに、碧はずいぶん楽しそうに言う。しかも、この口ぶりでは、一度や二度ではなさそうだ。

 ラブは城の北側の道を東へ進む。

 「信号渡りますよね?」少し先の丁字路のことだろう。北へ向かうと百mほどで開智小学校の校門に突き当たる。orange巡礼の折に碧の自転車で通った。

 「うん。ちょっとそこでこの子たちに水飲ませるわね」

 「はい!」「はい…」そこ、とは丁字路の北東側にある湧き水のことだろう。小さな瓦屋根が見えている。

 「藤っていいですねー」藍もそう思った。昨日まで藤をじっくり見たことは無かったのだが、見た目も匂いも良い。

 「そうね。特にそよ風が吹くといいね」梨乃も藍と同じように感じたのだろう。

 「揺れてるのがいいですね!」碧は梨乃の方を見る。視線の先は明らかに胸だ。

 「うん」

 「梨乃さんも揺らしましょう!」

 「旦那様、ちょっと堀までこのエロ嫁を転がしてきて下さいまし♡」

 「え……」「エロ嫁! デヘヘヘ、それほどでも~」

 「なんで嬉しそうなの」

 「えー、だって嫁ってエロい方が喜ばれるんでしょ!?」

 「どこの世界の話よ。普通は貞淑な方が喜ばれるんじゃないの?」

 「貞淑なのとエロいのは(あい)反しませんよ?」

 「それは否定しないけど、碧ちゃんは両立できてないよね」

 「ええ?」

 「エロいだけになってるよね。しかもエロオヤジ的なエロさ」

 「そそそそんなバカな…!」

 「旦那様もそうお思いでしょう?」

 「え……え…と…」全く梨乃の言う通りだと藍も思うが、なかなか言いにくい。

 「本人のためにはっきり仰ってあげて下さいまし♡」

 「え…と…、はい……」確かに、その方が本人のためになるような気がする。

 「ほらね」

 「ぐはーっ! 碧ショック?」

 「正義の裁きが下ったところで信号も青になったわね」梨乃とアスランが悠々と信号を渡り始め、ラブに牽かれた碧が続く。藍はその隣に並んだ。

 そっと横顔を窺ってみると、碧はケロっとした表情である。またしてもバカ劇場だったのだと漸く理解し、藍はほっと安堵の溜息をついた。

 信号を渡ると井戸を模した水汲み場が在る。大きな四角い御影石製の鉢の底から水が湧き出し、前面の切り欠きから水が溢れて零れるようにしてある。鉢の奥には二十㎝四方ほどの太い柱が一本立てられ、その柱が片持ちで屋根を支えている。天井から滑車を模した金具が掛けられ、金具には綱、綱の先には桶が取り付けられていて、桶でも水を汲むことが出来る。実用性はほとんど無いが、遊び心というものであろう。その「井戸」の斜向かいにも御影石製の、しかしもっと小さな鉢が足元に設置され、竹筒を模した配管から水が注がれている。こちらの鉢は奥側の縁を切り欠いてそこから排水している。

 梨乃はそちらの鉢の方にワンコローズを誘導した。アスランはすぐ水面に鼻を近づけて水を飲み始める。が、ラブにとっては鉢が少し高過ぎ、前足を鉢に掛けた姿勢で飲み始めた。藍はアスラン派だが、この姿勢に関してはラブの方が可愛らしいと思った。

 七、八秒ワンコローズは湧き水を堪能し、顔を上げた。アスランは梨乃の指示を待つ態勢だが、ラブはそのまま開智学校に向かって歩き始める。

 碧が一瞬梨乃の方を見て、すぐ歩き始めた。藍には分からなかったが、二人の間で遣り取りがあったものと思われる。

 少し間を空けて梨乃とアスランも歩き出し、藍はアスランの隣に並んだ。歩道は広くないが、視界に人影が無いからだ。

 「梨乃さん、今疑問が降って湧いたんですが」碧が振り返る。

 「うん」

 「野生の藤ってどんな風に生えてるんですか? 藤棚みたいなところ自然になさそう」藍はそんなことを全く考えなかったが、言われてみればその通りだ。碧の好奇心にはいつも感心する。

 「大きな木に絡みついてるよ」

 「あ、そうなんですか」

 「蔓植物ってほとんどそうなんじゃない?」

 「じゃあ、木の幹に房がたくさん張り付いてる感じですか?」

 「ううん、枝に絡んで、枝から房が垂れるの」

 「あー、じゃあ遠目でも藤だって分かるんですね」

 「うん。遠目だと、緑の背景に藤がくっきり浮かんで綺麗だよ。でも近づくと高いところにあるから見づらいんだよね」

 「だから藤棚作って近くで見てやろうって思ったんですね?」

 「多分ね。近くで見ても綺麗だし、匂いもいいしね」

 「ですねー。藤棚考えた人エラい!」

 「そうね。ここからうちに行く途中の家にも藤棚あるよ」

 「家の庭に藤棚!?」

 「うん。珍しいよね」

 「よっぽど好きなんですね…」

 「だろうね」

 「藤の見頃ってどれぐらいあるんですかねー」

 「さあ? 一週間とか?」

 「花の命は短いですねー」

 「そうね。そこがいいんでしょ」

 「いやまあそうなんでしょうけど、もうちょっと見たいなあって。桜もでしたけど」

 「でももうすぐ薔薇が咲くんでしょ?」この質問は自分に向けられている、と藍には分かった。

 「はい…!」今朝、自宅の薔薇に蕾を確認している。まだごくごく小さなものであるが。

 「おお、楽しみ!」

 「そうね。この子達連れて見に行きたいわ」

 「行きましょう行きましょう!」

 「はい…!」それはまさに藍の望むところだ。

 「梅雨になれば紫陽花が咲くし」

 「あじさいいいですよねー! でも蓮もですよ!」

 「そうね。夏は松本大学が向日葵の迷路作るし」

 「え! あ、あのポストスゴい歩道の真ん中にありますね!」と前方を指差す。二、三十m先に円筒形のポストが立っている。歩道の真ん中は言い過ぎだが、ポストを支える円錐台形の土台を加えれば、歩道の半分を塞いでいると言っても過言ではない。

 「そうね」

 「しかもこっち向いてますよ!」これも碧の言う通り、投函口をこちらに向けて設置されている。藍の知る限り、ポストは建物脇に設置されていれば車道の方を、車道側に設置されていれば建物の方を向いているものであるから、確かに違和感が大きい。

 「うん」

 「何があったんですかね?」

 「あのポストから向こうは道がなかったとか?」

 「おお! ナルホド! それ採用!」

 「採用って…まあいいけど」

 「かなり年季入ってるっぽいですよ」近づいてみると、錆びた後塗り直したのが素人目にも分かった。

 「うん」

 「妖怪っぽいです!」碧はポストの周りを回って検分し始めた。ラブが迷惑側でついて行く。

 「このポスト? 百年も経ってるかな?」梨乃も知らないことだが、このポストは「『郵便差出箱1号(丸形)』で、昭和二十四年以降全国に設置されたものである。昭和四十五年以降に新設されたポストは角形になっているから、少なくともそれ以前に設置されたものだ。

 「分かりませんけど、夜中に動きそうじゃないですか?」

 「動いてどうするの?」

 「郵便局に行って、中身をザラザラーっと」碧がポストから離れて開智学校に向かって歩き始めたので、梨乃と藍も続く。

 「そんな機能あったら郵便局員が喜ぶわね」

 「ですよねー。早く百年経つといいですね!」

 「でも途中で濠に落ちたら大変だよ」

 「間違いない! 川ならまだ見つかりそうだけど、堀は無理ですね…!」あの泥では全く見えなくなるだろうな、と藍も思う。しかも、濠周りに何も無いから、簡単に落ちることが出来る。

 「落ちない機能が必要ね」

 「ですねー。むう、気になるものがまた増えました。あ、こっちでいいんですか?」開智学校前の道に当たったところで、ラブが右に曲がったのである。

 「渡ってからね」

 「らじゃ! ラブ子、先に渡るぞ」と言って横断歩道を渡り始めると、ラブは碧の方に戻ってきた。

「話戻るんですけど」

 「うん」

 「ひまわりの迷路って、そんなのがあるんですか!?」

 「うん。横通ったことあるけど、けっこう大規模だったよ」

 「みんなで行きましょう!」

 「うん。夜行ったら肝試しにいいかもよ」

 「ムリムリ! わたし怖いの全然ダメなんですよ。ね」

 「うん…」夕方の校舎が怖いと言うのだから、夜の向日葵畑など論外であろう。

 「そう言ってたね、意外だけど。私もなんだけどね」

 「え!?」「え…!?」剰りに意外過ぎて、藍も思わず声に出してしまった。

 「お化け屋敷とか、子供だましのやつでも全然ダメ」

 「えー! 意外過ぎる……」藍も大きく頷く。

 「ホラー映画は大丈夫なんだけど」

 「あ、わたしもです! 画面の中だったら全然大丈夫なんですよねー。大画面でも」

 「そうそう」

 「何が違うんですかねー」

 「自分の中で線引きされてるんだろうね。『映画の画面からは出てこない』って。お化け屋敷も襲ってこないって分かってるんだけどね」

 「そうなんですよねー。藍ちゃんは?」

 「え…?」

 「お化け屋敷とかホラー映画。平気?」

 「え…と、どっちも行ったことないから…」

 「そうなんだ」

 「うん…でも、驚かされるのはだめかな…」

 「あー、じゃあホラー映画はダメだね。突然大きい音とかグロテスクな映像出るから」

 「うん、だめそう…」どちらも藍の苦手なものだ。

 「こっちでいいんですか?」今度はラブが、開智小学校の敷地沿いに左へ曲がろうとしている。

 「うん、合ってるよ」と梨乃。曲がった先は緩やかな上り坂になっている。

「ホラー映画って言うよりもビックリ映画って言った方がいいようなのたくさんあるもんね」

 「言われてみれば! 日本のホラー映画はそういうの多いですね」

 「話自体が怖い映画もあるにはあるけどね。そういうのは観ると夜怖いんだよねー。トイレ行く時とか」

 「分かります! わたしそういう時はクロ連れて行きます!」

 「私もアスラン連れて行くわー」

 「アっちゃん連れて入ったら狭そう!」

 「そうなんだけど、そういう時は狭い方が怖くなくていいのよね」

 「あ、ナルホド。アっちゃんは100%ついてきてくれそうでいいですね!」

 「猫だといない時もある?」

 「そうなんですよ。いなくてトイレ行くのガマンしたり、ガマンできなくて勇気出して行ったり。最悪だったのは、勇気出してトイレ行こうって廊下出たら、何か後ろからついてくる気配がするんですよ」

 「うん」この時点で梨乃にはオチが分かったに違い無い。藍にも想像はつくが、怖いと思っている時にはそんな簡単なことも考えつかないということだろう。

 「でも振り返るの怖くてトイレまでダッシュして、終わって部屋に戻ろうとしたら、またついてくるんですよ」

 「うん」

 「怖くてまたダッシュしたんですけど、部屋のドアノブ握ったところで足首つかまれて、もう完全にパニックですよ。頭真っ白と言うか目の前真っ暗と言うか、とにかく全く動けなくなっちゃって、声も出なくて」

 「うん」

 「足首つかんでた手が上に上ってきて、でもやっぱり動けなくて固まってたら、膝裏のあたりから『にャ?』って聞こえて、やっと正体がクロだって分かって、『そんなことしたことないのに何で今ダッコちゃんした!?』って叫んだら、お兄ちゃんが起きてきて」

 「うん」

 「かくかくしかじかぷにぷにぺもぺもって話したら、めっちゃ笑われました」ぷにぷにぺもぺものところで藍はまた小さく吹き出してしまった。

 「うん、まあねえ」笑い話の類いであることは否定出来ない。

 「こっちは三年ぐらい命縮んだって言うのに!」

 「まあ、クロでよかったじゃない。本物の霊に足首掴まれてたら大変だったんじゃないの」

 「ぎゃー! それ絶対今日の夜思い出します!」

 「あー」梨乃の声に「しまった」という色がついているのを、藍は初めて聞いた。

 「梨乃さんにはアっちゃんがいるからいいけど!」

 「そうね。アスラン霊感ないし」

 「ラブはあるんですか?」

 「ぽいよ。お墓参りの時とか、絶対墓地内に入ってこようとしないから」

 「アっちゃんは平気なんですね」

 「うん。むしろついてこないように命令しないといけないかな」

 「アっちゃんらしい!」藍もそう思う。

「ちなみにラブ子は、トイレ行く時どうしてるんですか?」

 「寝てる」

 「やっぱり」藍もやはり、と思った。

 「でもたまーについてくることあって、その時は『あー今、うちの部屋霊が来てるんだ』って思うねー」

 「さらっと怖いこと言いましたね!?」

 「私霊感ないから、そこは他人事なのよねー」

 「窓から霊がのぞいてたら、とか思うと怖くないですか?」

 「それにはリアリティを感じないのよね」

 「えー!?」

 「生きた人間が覗いてたら超怖いけど」

 「それホントに怖い!」

 「でしょ。霊とどっちが怖いって訊かれたら?」

 「人間!!」藍でも全く迷わない質問だ。

 「でしょ。結局怖いのは人間なのよ」

 「霊も元は人間ですしねー」

 「でも怖い映画思い出すとやっぱり怖いけどね」

 「梨乃さんが一番怖かった映画って何ですか?」

 「『The 4th Kind』」題名からすると、洋画なのだろうか。

 「うわ、分かる!! あれは怖かったです!」そして藍の方を向いて、

「怖い夢を見て不眠症になった人が精神科医に診てもらって、催眠療法で何があったのかを探っていく、それをビデオに録画してるっていう、記録映画みたいな感じなんだけど、深く探っていくうちに、それが宇宙人による誘拐だったって分かるの。で、精神科医にも危害が及んで…って筋なんだけど、宇宙人の姿は結局出てこなくて、それがかえって怖いの」

 「実話の再構成かと思うようなリアリティなのよね」

 「わたし完全にそう思ってました! 後でネットで調べたら、完全に創作だって書いてあったから残念なようなほっとしたような。あと、博士役の女優が怖かったです!」

 「あー、メイクも演技も怖かったね。その精神科医の役の人なんだけどね」藍にも分かるように解説をつけてくれた。

 「夜会ったら幽霊かと思いますよ!」

 「そうね」梨乃のあっさりとした返事を聞いて、そんなに人間離れしたメイクなのか、と藍は驚いた。

 「よし! 今度みんなで観ましょう!」

 「うん、まあいいけど。碧ちゃんは? 一番怖かった映画」

 「わたしは『The Mothman Prophecies』ですね」

 「あ、それ知らないわ。今度観てみるから言わないで」

 「う、一つだけ言いたい…!」

 「ネタバレじゃなければ」

 「主役がリチャード・ギア」

 「豪華ね」無論藍は役者の名前など全く知らないのだが、有名な人なのだろう。

 「でしょー? じゃあ、そっち先に見ましょう!」

 「いいわね」

 「梨乃さん、週末予定空くところあったら教えて下さい!」

 「うん」

 「あ、思い出した!」

 「何?」

 「家紋作ろうとしてたんでした!」ああ、と藍も思い出した。orange巡礼の際にそんな話になったのだった。

 「家紋をデザインするってこと?」

 「はい! 梨乃さんと藍ちゃんとわたしの! 前会った時はすっかり忘れてました!」

 「いいんじゃない?」

 「どんなのがいいですかねー。植物、幾何学図形、動物、っていうところまでは絞ったんですけど」

 「うん、それ全く絞れてないね」実在する全家紋の九割以上がそのどれかに入るだろう。

 「おお!? えーと、好きな花の組み合わせか、好きな図形の組み合わせか、好きな動物の組み合わせか」

 「なるほど。碧ちゃん好きな花は?」

 「あじさいです!」

 「紫陽花と薔薇と桜…まとめるの難しそうね」

 「じゃあ図形! 藍ちゃんが菱形でわたしが放物線です!」

 「菱形と放物線と円…まあ、出来なくはないわね」

 「おお!? どんなのですか!?」

 「菱形に内接円と、対称に外接する放物線二本、ていうのは?」

 「おお! いいですね!」藍にも簡単に思い描ける。

 「菱形の長短の比がどれぐらいか、って具体的に決めないといけないけどね」

 「そこは藍ちゃんにかかってます!」

 「え…! え…と、正三角形を二つつけた形の…」

 「縦長? 横長?」

 「横長です…」

 「うん、じゃあ後は放物線を上下方向にするか左右方向にするか」

 「う、うーん……た、てで!」

 「うん、これで決定ね。実際にはこんなのないと思うけど、まあ家紋でも通用するんじゃない?」

 「おお! じゃあ最後、動物は、エクレールの耳、アっちゃんの耳、ラブ子の耳、クロの耳で!」

 「耳の輪郭ってこと?」

 「はい!」

 「いいんじゃない? 碧ちゃんが言った順に上から並べれば。頭の大きさの比はデフォルメして」

 「おお!」

 「片側の耳だけにするっていうのもありかなと思うけど」

 「抽象的になりますね?」

 「うん。と思ったんだけど、旦那様の反応が芳しくないので却下」

 「え…!? え…と、はい…」両耳の方が可愛らしくていいと藍は思うのだ。

 「じゃあ決定ですね!? 正面から写真撮って、輪郭抜き出しましょう!」

 「うん。エクレールの写真もあったと思うから探しておくわ」

 「お願いします! わたし達の家紋はその二つってことで!」

 「うん。いいんじゃない?」

 「二つでもいいんですか…?」家紋は一家に一つだと思っていた。

 「うん、私たちが勝手に作ってるだけだから、いくつでも」

 「あ…そうですね…」

 「それに、昔は複数家紋を持ってる家もあったしね」

 「そうなんですか…?」

 「うん、詳しくは知らないけど、使い分けてたんじゃない?」

 「じゃわたし達も使い分けますか!?」

 「いいんじゃない? どう使い分けるかはまた考えるとして」

 「はい! やっぱり梨乃さんに相談したらあっと言う間に決まったね!」

 「うん…!」期待通りであった。

 「私の好きな花と図形が分からなかったから決められなかっただけじゃないの?」

 「それはまあ。でも耳の方はあんまりうまくいかなくて相談したんです」

 「そう。でも何でまた家紋作ろうってなったの?」

 「お城の前の道にあんどんみたいなの並べてあるじゃないですか? あれ見てたら自分たちの家紋ほしいなって」歴代松本城主の家紋が入っている行灯型の照明である。

 「なるほどね」

 「で、植物と図形と動物だね、って話になって、動物は最初エクレールとアっちゃんとクロだけだったんですけど」

 「わん!」

 「うんうん、だからラブ子も入れたんだよ」とラブに向かって説明した。

 「何でエクレールが入ってたの?」

 「好きな動物何かなっていう話になって、藍ちゃんが犬でわたしが猫だから、梨乃さんは馬にするかということになって」

 「まあ確かに馬も好きだけど」

 「はずしちゃいますか?」残念そうに碧が訊く。藍も、外すとなると何だかエクレールに申し訳ないような気がする。

 「ううん」梨乃の返事は簡潔だった。碧と自分に気を遣ってくれたのだろう、と藍は感じた。

「さっき饅頭塚の(はなし)してたじゃない?」話が変わったらしい。

 「はい」

 「そこの広場も遺跡だったらしいよ」梨乃の指す左側前方に、公園のような施設が見えている。

 「え? 気になる!」

 「遺跡としては残ってないけど、看板出てるから見てみれば?」

 「はい! 行くぞラブ子!」碧は走り出した。曳かれてラブも走るが、今日はしぶしぶという感じには見えない。ラブもこの散歩を楽しんでくれているのだろう。

 「歩いても十秒ぐらいしか変わらないのにね」

 「はい…」だが、その距離でも走ってしまうのが碧なのだ。

 梨乃の言葉通り、碧が立ち止まった十秒後に二人と一匹も看板の前に着いた。花壇が作ってあるだけの広場の前だ。「城北地区防災緑地」と銘打たれ、左半分いや六割くらいに広場の説明が、右側に「沢村遺跡」の説明が書かれている。

 その記述によると、この防災緑地から発掘された遺跡は縄文時代から平安時代にまで及ぶとのことだ。また、付近からも幾つもの遺跡が発掘されているらしい。説明に添えられた地図には、饅頭塚の名もある。

 「縄文から平安って長いですねー」看板を見たまま碧が言う。

 「軽く千年は超えてるもんね」

 「この辺畑だったんですかねー」

 「多分ね。日当たりいいし、川も近くにあるし、でも水はけは良さそうだし。説明にもあるけど、下の方に水田作って、この辺に畑作ってたんじゃないかな」

 「川で魚釣ってきたら、普通に朝ごはんできそうですね!」

 「焼き魚定食?」

 「はい! シャケがいいですねー」

 「奈良井川なら確実にいただろうね。もしかしたら女鳥羽川にも。でも、ここまで上ってきてたかは怪しいね」先ほどその小川を渡ってきたのだが、幅数mの細い川だった。

 「じゃあシャケ釣り部隊は一日仕事ですねー」

 「そうね。今みたいに道路通ってなかっただろうし。秋になったらみんなで行ったんじゃない?」

 「あ、そっか、秋しか来ないんですよね」

 「うん」藍も、鮭が産卵のため秋になると自分の生まれた場所へ遡上してくるのだ、ということは知っている。

 「じゃあ夏は?」

 「鮎が美味しいね」

 「おお! 鮎いいですね! 春は?」

 「春の魚と書いて鰆、と言いたいところだけど」

 「海なし(こく)ですからねー」古代だから県ではなく国と言ったのだな、と藍は推測して、少し可笑しく思った。

 「鱒、岩魚、山女あたりかしらね」

 「イワナ茶漬けおいしいですねー。冬は?」

 「鰻」

 「鰻って冬の魚なんですか!? 土用の丑の日とかって言うから夏物かと思ってました!」藍も碧と同じであるので、冬の魚だと言われて驚いている。

 「それは鰻屋の策略なんだって」

 「と言うと!?」

 「一年で一番美味しくない時期にも鰻を買ってもらうために、『夏バテ防止に鰻』って言って売ってたんだって。で、尤もらしく『土用の丑の日』って宣伝したら当たったと」

 「えー!! めっちゃだまされてました! 藍ちゃん知ってた?」

 「ううん…鰻は夏の魚だと思ってたよ…」

 「鰻は真冬が一番美味しいんだって。鰻屋でそう聞いたよ」

 「鰻屋! わたし行ったことないです! 梨乃さんはいつ行ったんですか?」

 「去年の二月。受験前の景気づけにって、お父さんが連れてってくれたの」

 「よし! その作戦イタダキです!」

 「まだ二年半以上あるでしょ」梨乃は呆れ顔だ。

 「そう、なのでその間にじっくり作戦を練ります! や、お兄ちゃん今年受験だ!」

 「まあがんばって。あ、ただ、こんな上流に鰻が棲んでたのかどうか知らないけど」

 「鰻って川魚なんですか?」

 「川にも海にもいるよ。でもイマイチ生態は分かってないんだって」

 「へー。あ、饅頭塚も載ってますね! ここが村で、村はずれに饅頭塚があったのかな?」

 「かもね」

 「この辺は食べ物がたくさんあって、人がたくさん住んでたんですね!」

 「きっとそうね」

 「縄文時代からずっと住んでるって何かスゴいですね!」

 「そうね。途切れはあっただろうけど」

 「そうなんですか?」

 「より新しい時代の遺物が出てないなら、その可能性が高いね」

 「あー」

 「多分、平安時代以降は南の(ひら)()に移動してたんじゃないかな。井川城が国衙だったらしいから」

 「こくがって何ですか?」

 「律令制の時代に国の役所が集まってる所。うちの校歌にもあるでしょ」

 「あれそういう意味なんですか! だから『こくがの町を見晴るかす』なんですね!」

 「松本城下のことを言ってるのかも知れないけど、江戸時代には国衙は無くなってるから」

 「なるほどー。平地の方が楽で便利ですもんね。で、こっちはほったらかされたと」

 「畑とか果樹園として使ってたとは思うけど、何にしても人はあんまり住んでなくて、土が積もったから、現代まで遺物が残ったんだと思うよ」

 「なるほどー。この、『旧射的場遺跡』って、弓の練習してた遺跡なんですかね?」地図の右端、方角で言うと北の端にそのような名が書かれている。

 「ううん、旧射的場って、沢村公園のテニスコートのこと。テニスコートになる前、自衛隊の射撃練習場だったんだって」

 「えー!? 梨乃さん()のすぐ横じゃないですか!」碧が看板から離れ、一校はまた坂を上り始めた。

 「ねー。戦後すぐは家が無かったのかな。まあ、うちの大学も戦前戦中は陸軍の土地だったし」歩兵第五十連隊の駐屯地であった。

 「そうなんですか?」

 「うん、だから幽霊話もけっこうあるらしいよ。出征先で戦死した兵士の霊が戻ってくるとか」如何にもありそうな話である。

 「夜怖いじゃないですか!」

 「うーん、そんなことないかな。いかにも作り話だし」

 「えー! わたし作り話って分かっててもダメです!」

 「学校だとバタバタしてて『コワイスイッチ』が入りにくいし」

 「授業忙しいですか」

 「うん、去年と段違い。忙しくない時は日暮れまで学校にいないしね」

 「ナルホド…」

 「だから怖くなるとしたら家の中」

 「分かります! どうして勝手知ったる家の中なのに怖くなるんでしょうねー」

 「勝手知ったる家だからじゃない?」

 「どういうことですか?」

 「家の中だから、安心して怖い妄想に浸れる」

 「ナルホド! 逆転の発想!」

 「逆転かな? もし山の中だったら、幽霊より熊とか猪の方が怖いじゃない?」

 「間違いない!」藍もそうだろうと思う。山に入ったことが無いので、獣が怖いというのも、実感としては分からないが。

 「幽霊とか妖怪とかって、心に余裕が無い時は現れてこれないと思って」

 「言われてみればそうですね! さすが梨乃さん!」藍もなるほどと頷いた。

 「まあそんな訳で学校は怖くないかな」

 「高校は? コワくなかったですか? 階段暗いじゃないですか」

 「暗いね。もうちょっと照明明るくすればいいのにとは思ったけど、怖くはなかったかな」

 「えー! わたし夕方通った時怖くて藍ちゃんにずっと手握ってもらいましたよ!?」

 「その時独りだったら?」

 「怖くて下りられませんでした!」

 「本当にそうかな」

 「え?」

 「藍ちゃんがいたから安心して怖がれたんじゃない?」梨乃の説を聞いて、そうだとしたらとても嬉しいと藍は思った。

 「お、おお…なるほど…」

 「独りだったら怖くてもダッシュで駆け下りておしまいだったんじゃない?」

 「そ、そうかも…」

 「藍ちゃんは階段怖くないの?」

 「え…? あ、はい…廊下が明るい時に入ると見えにくくてちょっと怖いです…」踏み外しそうで怖いのである。

 「おお!? 明るい時間ならわたし大丈夫だから!」

 「私の旦那様が怪我しないように頼んだわよ」

 「おまかせを!!」

 「藍ちゃんは、怪談系の小説はあんまり読まないの? 古典にもあるでしょ」

 「はい…小泉八雲だけです…」

 「そう。面白いのもあるから、読んでみて」

 「はい……あの、梨乃さんの好きな本は…」

 「そうね。雨月物語とか」

 「あ、題名は見たことあります…」

 「うん、学校の図書室にもあったね」

 「はい…借りてみます…!」

 「じゃあ藍ちゃんの次わたし借りよっと!」

 「うん…!」梨乃だけでなく碧とも分かち合えるなら、とても嬉しい。

 「布教成功」

 「あ! 紫センパイにも教えてあげないと!」

 「あ…! うん…!」紫はとても喜ぶだろう。

 「紫ちゃんも怪談好きなの?」

 「分かりませんけど…色々読んでるみたいです…」藍が借りる本のほとんどを既に読んでいるようだ。

 「そう。本好きそうだもんね」

 「はい…」

 「梨乃さんは図書館で本借りて読む派ですか?」

 「そうね。読んでよかったら買うこともあるけど」

 「藍ちゃんと一緒だ!」

 「お金と場所の都合でどうしてもそうなるよね」

 「はい…」

 「なるほどー。電子書籍は?」

 「場所問題はいいけど、お金問題は解決しないね。ただ、洋書を読みやすいのはいいかな」

 「おお!? うちのお兄ちゃんと同じことを!」

 「あと、著作権切れてる本が異常に安い」

 「またまた同じことを!」

 「本と違って物が要らないから安くなるよね」

 「ですねー。あ! ここですね!?」碧が立ち止まり、左側を見上げる。土塀の向こう側に、小さいがびっしりと藤の垂れた藤棚が在る。さっき梨乃が言っていた邸宅だろう。ちょうど前方からそよ風が吹き下ろし、微かに藤を揺らした。

 「うん」

 「ホント立派ですね! スゴいきれい!」

 「でしょ。他人(ひと)の家だからあんまりジロジロ見れないのが残念」

 「ですねー」一行はまた歩き出した。

 「私も、図書館行けないぐらい忙しかったら電子書籍で買うと思うわ」

 「ハリウッド梨乃さんは電子書籍ですね!」

 「それお笑い芸人の芸名みたいなんだけど。しかも売れない」

 「おお!? 言われてみれば! むむ、じゃなんて呼べば…!」

 「別に呼び名作らなくてもいいでしょ」

 「そこはどうしても…! す、スーパー! スーパー梨乃さんは!?」

 「いやそれも売れない芸人かどっかの宇宙人でしょ」確かに、スーパーマンというのは藍も聞いたことが有るが、それは宇宙人なのだろうか。

 「うう、確かに…! 藍ちゃん、何かいい案を~」

 「え……」自分に投げられると全く思っていなかった藍は狼狽しながらも頭を捻る。

「え…と……教授、とか…」昨日と同じ苦し紛れだが、

 「それだ!」

 「まあそれなら」あっさりと採用された。

 「『梨乃教授』カッコいい! あ、これ源太とメーヤウの前の道ですね?」一行は、今歩いてきた道よりも幅の広い、中央線の有る道路に出た。

 「学校よりそっちの方が出てくるのね」梨乃が呆れ顔で言う間に、碧は左右を見回し、

 「OKです!」と言って道を横切り始めた。半歩ほど遅れて梨乃、さらに半歩遅れて藍も続く。無論ワンコローズはその間に居る。

「でへへへ、どっちもおいしかったんで」藍もそう思う。

 「気に入ってくれて嬉しいわ」

 「また行きましょう! …professorとprophecyって似てますね…」梨乃教授からの連想であろう。

 「前半部分は同じだね」

 「あの…プロフェシーて何ですか…?」先ほど碧が映画の題名をザ・モスマン・プロフェシーズと言っていたが、藍はどちらの単語も意味を知らない。いや、綴りすら知らない。

 「よ言。予め言う方も預かる方も」

 「預かる方?」藍より先に碧が訊いた。

 「うん。ユダヤ教とキリスト教とイスラム教で、神から言葉を預かること」

 「えーと」

 「私もよく知らないけど、神が直接民衆に話すことは無くて、預言者が啓示を受けてそれを伝えるシステムらしいよ。まあ、そうじゃないと成り立たないし」

 「ですねー。それを預言って言うんですね」

 「うん。語源的にはギリシャ語で『前に、言う』だから、予めの方の予言てことになるけど」

 「なるほどー。あ、じゃあノストラダムスの大予言はprophecyなんですか?」

 「前に電子書籍の題名見た時はProphecy of Nostradamusって書いてあったけど、フランス語の題名は知らないわ」

 「ノストラダムスってフランス人なんですか?」

 「うん。詳しくは知らないけど、中世のフランス人なのは確か」

 「へー。じゃあ何百年も前の予言なんですね。スゴい!」

 「そうね。その頃出版された本が現代まで伝わってるわけだから、人気が途切れなかったってことだよね」

 「その頃もう出版されてたんですか!?」

 「らしいよ。今の占い本と似たような感覚だったのかな」

 「ええー…もっと神秘的なイメージでした…」

 「結婚して再婚して子供もいるし、仕事は医者だし、けっこう普通の人っぽいよ。ノストラダムスもペンネームだし」

 「えーー!!」

 「本名のNostredame(ノートルダム)をラテン語風にもじったんだって」

 「中二感!!」

 「ねー。神秘的に思わせるための作戦かも知れないけど」

 「だとしたら俗物感!」

 「まあそうなんだけど、売れるには理由があるってことだね。王宮に呼ばれたりしたらしいよ」

 「ますます俗物感ですけど、スゴいはスゴいですね」

 「ね。碧ちゃんノストラダムスの予言読んだの?」

 「いえ! MMRです!」

 「なるほどね」一九九〇年代に流行した漫画である。

 「ところで、ノートルダムって、大聖堂のノートルダムですか?」碧は知っているようだが、藍はその名を知らない。有名な建物なのだろうか。

 「多分そうなんだと思うけど、ノストラダムスの方はsが入ってるんだよね。昔は綴りが違ったのかな」

 「え? じゃあ、大聖堂の関係者だったんですか?」

 「記録には残ってないみたいだけど、もしかしたらそうだったのかもね。本名はMichel(ミシェル) de() Nostredameって言って、deが入ってるから貴族の子孫だった可能性が高いし」

 「ドが入ると貴族なんですか?」

 「そういう規則とか不文律があったのかは知らないけど、ジャンヌ・ダルクの話とかやたらにdeがつく人出てくるからね。Gilles(ジル) de() Rais()とか」

 「その人聞いたことあります! ドレさんだと思ってました!」

 「私もそう思ってた。日本語にはdeに当たる名前ないし、レみたいに短い名前めったにないもんね」

 「ドレでも短いです!」

 「ね。ちなみにレは所領の地名なんだって」

 「へー」

 「本名は覚えてないわー。ドイツ語のvon、イタリア語とスペイン語のdeはフランス語のdeに当たる単語だけど、どれも名前につくと貴族になるよね」

 「フォン・ブラウンて聞いたことあります!」

 「ロケット作った人ね」

 「イギリスの貴族にはそういう名前なかったんですか?」

 「うーん、Geoffrey(ジェフリー) of(オヴ) Monmouth(モンマス)くらいしか聞いたことないなあ。しかも多分貴族じゃないし」

 「Mothmanみたいな名前ですね!?」

 「そうね」

 「何した人ですか?」

 「アーサー王伝説の本書いた人。一一〇〇年代だったかな」

 「へー」

 「あ、日本にもあったわ。蘇我入鹿とか源頼朝」

 「『の』ですか?」碧が言うのを聞いて、まさに英語のofと同じだ、と藍は思った。

 「うん。平安時代までは『の』を入れてたのかな? でも北条時政は『の』が入らないよね」

 「北条政子だったら知ってます!」藍も同じだ。

 「政子の父親」

 「じゃ、頼朝よりちょい古い人ですね。『の』入らないんですか?」

 「だったと思うよ」

 「北条さんは貴族じゃなかったんですか?」

 「うん。自称平氏の子孫で、地元の豪族でもあるけど、京都なんて行ったこともないくらいじゃない?」実際には京に常駐していた人が一族にいたようだが、殿上人でなかったのは確実である。

 「蘇我入鹿は? 貴族なんですか?」

 「貴族って言っていいか分からないけど、位置づけ的には後の藤原氏と似たような感じじゃない?」天皇の外戚になった豪族という点で同じと言える。

 「あー」

 「まあそんな感じで、結論的にはノストラダムスは普通の人っぽいけど、医者になれる教育受けてるってことは上流階級だったんだと思うよ」梨乃は強引に話を戻した。

 「あ、そっか。中世ですもんね!」碧同様、藍も昔は識字率が低かったことを知っているが、あくまでも知識であり、実感は無い。知り合いに字の読めない人は居ないのだ。

 「うん。で、宣伝を工夫して、中身もそれなりだったから売れたと」

 「あの…予言ってどんな内容なんですか…?」普段は予言という言葉に興味を惹かれることなど無い藍だが、この二人が話題にしているならば話は別である。

 「そうね、古代ローマのことから西暦三千何年までの範囲で予言が書いてあるんだって。でも言葉明瞭意味不明瞭って感じだったかな」

 「古代ローマだったら予言じゃないですね!?」

 「ね。一番有名な『一九九九の年七ヶ月、天から恐怖の大王が来るだろう、アンゴルモアの大王を甦らせる。マルスの前後を幸運に統治する』っていうのも、全然意味通らないよね」

 「はい…」適当に言葉を並べただけのように聞こえる、

 「あれ? 7月じゃなくて7ヶ月なんですか?」

 「うん、seven monthsって複数形で書いてあったよ。英訳が合ってるかどうか分からないし、そもそもフランス語の時点で誤植が起きてて元々何て書いてあったのか正確には分からないみたいだけど」

 「あー」

 「色んな解釈をする余地があるから売れ続けてるのかもね」

 「確かに! はっきりしてたら、ハズレ確定の時点で興味なくなりますね」

 「私だったら、全部当たってても興味なくなるわ」

 「はい…」藍もそう思う。未来の年表があっても、読みたくはない。

 「あー、先のこと分かったら楽しみ減ですもんね」

 「うん」

 一行は沢村医院の前に着いた。

「二人とも、ありがとう」玄関の二mほど前で立ち止まり、今来た方に向き直って、梨乃はそう言った。

 「一緒に藤見れてよかったです!」碧の言葉に藍も大きく頷く。

 「綺麗だったね。誘ってくれてよかった」

 「やったね!」

 「うん…!」

 「次は藍ちゃん家でバラ見ですよ! ね!」

 「うん…!」

 「楽しみね」

 「その次は紫陽花です!」

 「いいところあるの?」

 「探します!」

 「あ、そう」

 「その次は蓮ですよ!」

 「時期の調査は任せたわ」

 「任されました! じゃあ、帰ります!」碧はラブの曳き綱を梨乃に渡した。

 「気をつけてね。逢魔ヶ時だから」

 「はい! ラブ子、アっちゃん、バイバイ」碧は、背負っていた背嚢を自転車の前籠に入れた。

 「またね…」藍もワンコローズに向けて軽く右手を振る。

 碧が自転車に跨がり、藍は荷台に腰掛ける。

 「じゃあまた!」

 「うん」

 藍は、碧の腰に腕を回したまま、顔だけを梨乃に向けて軽く会釈した。梨乃が手を振って応えてくれる。

 自転車はゆっくりと走り出し、すぐ右に曲がった。藍は右耳を碧の背に当てる。

 「梨乃さんに会えてよかったね!」

 「うん…!」

 「ワンコローズも生き返った感じ」

 「うん…!」昨日の散歩にも積極的について来てくれたと思うが、やはり梨乃が居ると二頭(ふたり)とも全然違う。

 「たまゆらとばらの湯楽しみ!」

 「うん…!」

 「学校行ったら紫センパイにも話さないとね!」

 「うん…!」

 自転車は、先ほど一行が登ってきた長い坂に入り、快調に下り始めた。

 藍は、幸せな気分に浸りながら、薔薇の様子を見ておかなければ、と思った。




附 作中における虚実の説明


 現実世界についての説明は、いずれも令和元(西暦二〇一九)年頃のものです。

 作中に登場する、実在する本、漫画、映画等、著作物についての説明は省略いたします。


 松本駅到着の放送

   実在しました。現在は違う文言になっています。

 ドバイの屋内人工スキー場

   実在します。現在は、作中の描写より規模を拡大しています。

 ガンズくんマンホール

   実在します。

 中に入れる透明なボール

   実在します。

 ブルジュ・ハリファ二階のケーキ屋

   実在します。

 四柱神社向かいの藤棚

   実在します。

 松本市歴史の里

   実在します。「不当判決」手拭い、「勝訴」手拭いも実在します。

 松本城の藤棚

   実在します。

 松本城の蓮池

   実在します。

 松本城北側の湧き水

   実在します。井戸風の設備も実在します。

 歩道の真ん中のポスト

   実在します。

 城北地区防災緑地

   実在します。案内看板も実在します。

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