余話 ホテルにて、余話 居間にて
ホテルにて
携帯電話が鳴った。短い音なので、電話ではなくメッセージだ。母親か碧だろう。
ズボンのポケットから取り出してみると、やはり碧だった。『四柱神社の向かいの藤がチョー見頃です! 明日早く帰国したら、松本駅に迎えに行くので、一緒に見に行きましょう! 荷物持ちはお任せを!』
約束は出来ないと事前に言っておいたのにわざわざこんなことを言ってくるということは、よほどその藤が良かったのであろう。飛行機が時刻通りに発着すれば夕方松本に着くから、日の長いこの時期なら花見するのに十分な時間がある。
とりあえず返信を認めよう。『早く着くかどうかは運次第だけど、何にせよ成田に着いたら連絡します』
飛行機の出発時刻は夜だから、まだまだ空港に行くまでには何時間も余裕が有る。これからショッピングモールに行って屋内スキー場で一滑り、その後別のショッピングモールに移動して食事と買い物、いや多分冷やかしだけになると思われるが、そんな楽しい予定が入っている。にも関わらず少し気が漫になっている自分に軽く驚く。旅行に行って、早く帰りたいと思うことなど嘗て無かったのだが。
居間にて
「来い来いサブロー」
「よっしゃよっしゃ。今日は楽しいおでかけだ」
「そうかそうか。獣医も楽しみに待ってるぞ」
「よしよし。じゃ行くか」




