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リセエンヌ  作者: 松本龍介
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第二回弁当会議

第二回弁当会議


 翌朝。

 「先生、連絡は」起立、礼、着席の後、碧が贄教諭に向かって言った。

 「特になし!」

 「はい。では、高木さんから。どうぞ」

 「はい」高木は起立し、

「山雅応援の日のお弁当を、女子チームで作ろうと企画してます」と始めたが、この台詞が男子生徒に大きな衝撃を与えたのが藍にも分かった。皆、一言も発さないが、表情がそう言っている。男子にとって食事というのはかなり重大なものであるらしい。

「材料代を参加者全員でワリカンです。男子チームがオッケーだったら進めますが、どうですかー」

 「はい! 質問!」すかさず贄教諭の右手が挙がった。

 「どうぞ」碧が教諭の方を見て言う。

 「男子チームに教師は入ってますか!」

 碧は高木の方へ目を転じた。高木は一瞬考えた後、

 「今は入っていませんが、入れることも可能です」

 「お願いします!」贄教諭の反応は速かった。

 「はい。それを含めて、男子チームどうですか?」

 「男子でこの企画にご賛同頂けない方ー」畳み掛けるように碧が右手を挙げて言う。誰の手も挙がらないが、まあそうだろうな、と藍は思う。かなり手を挙げづらい訊き方だ。無論、碧は意図的にそうしたに違い無いが、この訊き方でなくとも反対は出なかっただろう。他人の胸中を読むことに全く長けていない藍にすら容易にそう分かる、男子生徒の表情。

 数秒の間を置き、

 「では皆さんオッケーということで。女子全員でがんばって作りますので、よろしくお願いします」碧が軽くお辞儀し、

 「お願いします」高木も同じようにしてから着席した。

 「ほかに連絡はありませんか」一応という感じで碧が訊くと、予想に反して手が挙がった。鈴木だ。

 「どうぞ」碧が頷くと鈴木は立ち上がり、

 「試合の話が出たのでついでに。当日の服装ですが、ユニもってない人もなるべく緑に近い色の服で来て下さい。どうしてもない人は、5人までなら貸せます。それと、相手のテーマカラーが青なので、なるべく青は避けて下さい。以上です」一気に喋って座った。

 「はい。ほかにも服が余ってる人がいましたら、持っていない人に貸してあげて下さい。ほかにはありませんか」今度は誰も手を挙げていないことを確認し、

「では号令をお願いします」


 一時間目終了後。着席するや否や碧が話し掛けてきた。

 「青封じられたね。藍ちゃん、何着てく?」

 「え…と、白のブラウスかな…」紺のブラウスで行こうと思っていたので、藍も少し困っていたところである。

 「そっか。あのスカートにも合いそうだね」

 「え…と、分からないけど…」服の組み合わせが合う、合わないなど考えたことすら無い。

 「わたし、いいのないから、鈴木君からユニフォーム借りよっかな」

 「あ、そうなんだ…」

 「藍ちゃんも一緒に借りに行こ? そしたらおそろいになるし」

 「え…うん…」男子のところに行くのは気が進まないが、碧とお揃いはものすごい魅力だ。それに、どの道話をするのは碧だろう。

 「よし! 善は急げ!」碧は立ち上がった。慌てて藍も立つ。

「急がば回れ! や、回ってる場合じゃないな」訳の分からないことを言いながら、碧は鈴木の席へと向かい、

「鈴木君」机につっぷしている鈴木に声を掛けた。

 「おう?」頭を上げた鈴木の額は真っ赤になっている。一時間目を睡眠に充てていたと推測される。

 「ユニフォーム借りたいんだけど、いいかな?」

 碧の言葉に反応し、鈴木はがばっと身を起こした。

 「おう! まだ5着あるぞ」

 「同じのって2着ある?」

 「そりゃねーな。2枚買うなら違うの買うわー」

 「むー、そりゃそうか…」碧は文字通り肩を落とした。

 「ユニじゃなければ背番号違いがあるけどなあ…藍さんと同じのがいいのか」

 「うん!」碧が大きく頷き、鈴木君はなかなかの洞察力の持ち主だ、と藍は思った。

 「うーん」鈴木は腕組みをして数秒考え、

「オヤジから借りるか。多分大丈夫だけど、一応明日返事するわ」

 「ありがとう!」元気よく合掌し、碧は踵を返した。藍は、慌てて鈴木にお辞儀し、碧の後を追った。


 四時間目終了直後、藍が弁当箱を取り出していると、高木が教室中に大声で呼び掛けた。

 「1時から昨日の続きやるので戻って来て下さーい!」

 藍は振り返ってそれを聞き、高木に向かって軽く頷いた。高木が見ていたかどうかは分からないが。

 「今日は誰が誰に弟子入りするか決めるって言ってたよね」

 「うん…」弁当の包みを解きながら答える。

 「わたしは藍ちゃんね!」

 「うん…!」

 「あと器って言ってたっけ?」

 「うん…」弁当箱の蓋を開ける。

 「玉子焼きだけでもすごい量だよね。1人2つとして58個! 重箱でも一段じゃ足りない?」

 「三段…いくかな…?」

 「レアチーズも5リットル? 6リットル? あんまり考えずに言っちゃったけど藍ちゃん大変だ! ごめんね」

 「ううん…碧ちゃんと一緒に作るの楽しみ…」

 「ありがとう! がんばって混ぜるよ!」

 「ありがとう…」

 「でも実際、何に入れるか考えないとね」

 「うん…あ、どうぞ…」碧に弁当を食べてもらう準備が整った。

 「いただきます! 今日もおいしそう!」


 約三十分後。食堂組がぞろぞろと教室に戻り、高木が待つ教卓の周りに集まってきた。藍はその場で立ち、碧は藍の向かいから自分の席へと戻った。

 「お昼休みにご苦労さまです!」労働組合の集会のような挨拶で高木が話し始める。

「今日の議題はまずペア決定からなんだけど、緑子先行入場で席取りに行ってくれるので、もしかしたらこっち参加できないかも。なので、とりあえず緑子以外のメンバーで6ペア作ってください。自己申告でヨロシクー」

 「はい!」誰よりも先に碧が手を挙げた。

 「はい、相生さん」

 「藍ちゃんとわたし!」

 「はいー」

 「私片倉さんとやりたい!」次に手を挙げたのは真田。

 「はいー」

 という具合に、次々と決まっていった。誰がいいとか嫌だとかで揉めるのではないかと藍は心配していたが、全くそんなことは無く、組み合わせはあっさりと決まった。実に奇跡的だと藍は思う。中学生の間、藍には友人が居らず、学級内の人間関係を横目でちらりと見るだけだったのだが、十人も集まれば大なり小なりいざこざが起きて円滑に進まないというのが常だったのである。

 全組み合わせが決まったところで、

 「わたし、藍さんとこでもいい? 前日の夜だったら確実に行けるから」中川が提案した。昨日藍の言ったことを聞き逃さず、覚えていたらしい。

 「そうだねー。藍さん、どう?」急に指名されて藍は慌てた。碧の意向が気になるが、断る理由や口実は無い。

 「あ、うん…お願いします…」藍はお辞儀した。

 「よろしく!」中川が右手を顔の高さに上げて応える。

 「はいじゃあ次ー。器ー。30人分だから重箱みたいな大きいのに入れて持ってこうと思うんだけど、家にあるか聞いといて下さいー」

 「それウチにあるね」と下島。

 「どれだけあるー?」

 「全員分。五段の重箱が十何組あるよ」

 「マジか! すごいね」高木だけでなく、その場にいる誰もが驚いている。

 「ひいじいちゃんが小料理屋と仕出し屋やってたらしくてね」

 「なるほど。ひいじいちゃん、ありがとう!」と言って高木が中空にキスを投げた。

「じゃ、重箱配る算段は次回にするとして、食器はプラスチックの使い捨てでいいよね」

 「うん」「その方が気使わなくていいよね」全員が首肯し、

 「決定ー。私と美奈子で買っとくねー。次、ごはんー」

 「あ、それもうち大釜と大櫃あるからまとめて炊くよ」再び下島。

 「マジで!? 頼んでいいの?」

 「一応、まだ使えるか確認してからだけど」

 「ヨロシク! 次ー、集合時間(じかーん)。入場何時からだっけ?」

 「12時」中川が即答した。

 「先行入場は?」

 「11時半」

 「じゃ、11時から食べれるように10時45分集合にしようと思いまーす。家遠いとかで都合悪い人は教えて下さーい。質問とかありますかー」高木が二、三秒待ち、

「じゃまた明日の昼休みにヨロシクー」と言うと、一同は解散し、藍と碧も椅子に座った。

 「会場までどれくらいかかるかな…?」藍には距離が分かっておらず、故に交通手段も分かっていない。

 「カーナビによるとうちから6キロだったから、自転車で30分か40分てところかなー」

 「けっこう遠いね…」自分が自転車を漕いだら碧の倍はかかってしまうだろうし、かと行って二人乗りでは碧が大変だ。

 「距離は楽勝なんだけど、お弁当どうやって持って行こうかなあ」

 「あ、そうだね…」それを考えていなかった。重箱三段に数ℓ分の密封容器、さらに保冷剤である。全部で十㎏ほどの重さになるのではないだろうか。レアチーズは自分が頑張って背負うとしても、重箱をどうするか。碧の自転車の前籠は大きい方だが、重箱がすっぽり入るかどうかは怪しい。

 「むーん…バスも出てるんだろうけど、藍ちゃんと自転車で行きたいんだよねー」

 「ありがとう…」碧がそう言ってくれるのがとても嬉しい。

 「高木さんにも相談しよっか。ほかにも自転車で行きたい人いるだろうし、逆に車で送ってもらう人もいるかも知れないし」

 「うん…そうだね…」

 「明日の打ち合わせの時に話すね。今日うちに帰ったら親にも相談してみるー」

 「うん…私も…」


 「藍さーん」放課後、碧と共に階下へ向かおうと椅子から立ち上がった藍に、左後ろから声が掛かった。振り向くと、学生鞄を持った中川がこちらにやって来るところだった。隣で、碧もそちらを向いた気配がする。

 「レアチーズって藍さんの家で作るんだよね?」

 「え…うん…」

 「何時ぐらいに作るの?」

 「え…と、まだ考えてなかったけど…晩ごはんの後だから、八時くらいからかな…」

 「そっか、じゃあ8時でいい?」

 「あ、え…と、碧ちゃん、いい…?」

 「うん!」即答。

 「それと、藍さん家どの辺?」

 「渚駅の近く…」

 「じゃあ行きやすいな! 私大庭と下新の間ー」大庭は渚の二駅西、下新はそのさらに一つ先である。

「藍さんも電車通学?」も、ということは中川も上高地線を使っているということだろうが、車内や駅で見かけたことは無い。行きも帰りも通学時間が違うのであろう。

 「うん…」

 「そうなんだ。じゃあ2日の8時に行くけど、正確な位置分かんないから、電話番号教えてー」

 「うん…私、電話持ってないから、家の番号だけど…」

 「そうなの? 珍しいね」

 「うん…」藍は鞄の中から手帳とボールペンを取り出して電話番号を書き、手帳を切って中川に渡した。

 「ありがと。一応、私の番号、これね」

 「あ、うん…」中川の差し出す携帯電話に表示された番号を書き写す。

「ありがとう…」

 「じゃあよろしくね!」

 「うん…よろしくお願いします…」

 「がんばって混ぜよ!」碧の言葉に、

 「りょーかい!」作業内容を分かっているのかいないのか、とにかく元気に中川は応え、藍達に右手を振ってから扉へと向かった。

 「中川さん気合十分だね!」その後ろ姿が廊下に消えるのを見送ってから碧が言った。

 「うん…」

 「スカート短かったね!」

 「え…うん…」短かったように思うが、中川に対する受け答えだけで藍には手一杯で、観察する余裕は全く無かった。

 「おっと。部活」碧が鞄を取り、藍も慌てて手帳を鞄に仕舞う。

「今日も図書室行くの?」

 「うん…」

 「紫先輩によろしく言っといてね!」

 「うん…!」

 二人はいつも通り、少しだけ前後にずれて並び、廊下と階段を歩いた。


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