余話 校歌 、 余話 校長室にて
文字数制限(二百文字以上)のため、二つの余話を一つの部分として投稿いたします。
余話 長野県立松本高等学校校歌
作詞 深井清
作曲 北村時雨
山紫水明信濃国
国衙の町を見遥かす
丘に集いて我等今
信ずる道へ踏み出さん
筑摩郡に数多出で
人を潤す湧き水の
澄明にして柔らかく
斯くも在りたし我が心
松本平の北辺に
城を築きし先人の
智慧と気概を受け継ぎて
切り拓かむぞ先の世を
余話 校長室にて
ノックもなく扉が開き、初老の男が入って来た。上半分の髪がなく、残りの半分をきれいに剃り上げた頭に、濃い灰色の背広姿が、どこかの組長のような貫禄を醸し出している。
「お疲れさん、校長」坊主頭が気安く声をかけた。
「おう。毎回緊張するわ、スピーチ」机を前に座っていた校長が顔を上げ、やはり気安く応える。
「安心しろよ、外からはそう見えてねえ」
「それは重畳。で、珍しく何用?」
「職員室にいたら眠くなってきたからよ」
「避難かい。教頭先生は大変だねえ」
「教頭室もありゃあいいんだがなあ。茶、淹れるぞ」
「おう。俺にも頼むよ」
「おう。で、どうよ、今年」
「どう、っていつも通りよ。良くも悪くも、今んとこもの凄いのはいないかな」
「7時半に発表見に来たってヤツらは?」
「や、まだしっかり見てないのよ。F組だって聞いちゃいるんだが。おう、サンキュー」言いながら湯呑を受け取った。
「若いうちは常識ねえもんだが、逆方向に常識ねえってのが面白えよな」逆方向とは、朝早過ぎた、ということか。
「そうな」ずずっと音を立てて茶を飲む。
その時、廊下から女生徒の声が聞こえてきた。「もう! 誰!? このスリッパ脱ぎっぱ!!」
「お、なんか楽しそうだな。ちいと見てくる」湯呑を机に置いて立ち上がる。
「おう。面白かったら後で聞かせろや」
「おう」後ろを向かず、扉を開けて廊下へ出た。
教頭が茶を飲みながら待つこと数分。ガチャリと扉が開き、校長が戻って来た。
「どうよ」
教頭の問いにニヤリと笑い、
「当たり」
「聞かせろ」
「さっき言ってた二人がな、玄関でスリッパ揃えてた」
「それだけか?」
「いや、でな、相生が、『スピーチ素敵でした! 先生の第二夫人になりたーい!!』って言ってな」
「つまらねえ脚色は要らねえよ。で?」
「自分で考えろってのと、保護者が来てんのに『人生は親のものではない』っつったのが良かったんだとよ」
「肝心なとこ全部通ってんじゃねえか」
「そうなのよ、羨ましかろ?」
「まあ、ちょっとな」
「まだ続きがあんだ。馬券の件はいらなかった、とよ」
「ますます分かってんじゃねえか、その、相生だっけか?」
「れれれれ、銀ちゃん、もしかしたら前からそう思ってた?」教頭の名前は畷銀次郎という。
「最初からみんなそう思ってるよ。脱線してんぞ」
「おお、いかんいかん。思っててもなかなか言えんだろ、普通」
「おう。そりゃあなかなか期待できるな。もう一人の方は?」
「青井の方は、人見知り過ぎてまだ何とも言えんな」
「そんな人見知りなのにもう仲良くなってんのか。確か、別々の中学なんだろ、その二人」
「そう言やそうだな」
「楽しみ増えたじゃねえか」茶瓶に湯を注ぎながら言う。
「おう。俺も、もう一杯」
「おう」
昼前の日差しが、校長室にも差し込んでいる。




