余話 血統 、 余話 寝室にて
文字数制限(下限)により、余話二つを一つの部分として投稿いたします。
余話 血統
エクレール
父 ヘクトール
母 ジュエリー
母父 ヴァーツラフ
母母 ティファニー
余話 寝室にて
「驚いたな」
「怒濤の急展開ね」
娘のことである。
帰宅したその姿にまず驚かされた。紺のブラウスはともかく、今まで一度も穿いたことの無いジーパン姿。我が娘ながら似合っていないというか、着熟せていない。訊けば梨乃さんが貸してくれたのだと言う。
次に驚かされたのが饒舌さだった。藍は、少なくとも自分達に対しては無口という訳ではないのだが、今夜ほどよく喋ったことは無い。学校の近くの定食屋で山賊焼を食べたこと、梨乃さんが飼っているジャーマンシェパードと柴がとても可愛いこと、梨乃さんが馬に乗って障害を飛ぶのを見学した後碧ちゃんと自分も乗せてもらったこと、温泉に行ってカレー屋に行ってアルプス公園に行ったこと。夕食の席に着いてから一時間以上に亘って娘は話した。
藍は学校に於ける出来事の詳細やそれに対する感想、意見などを自分達に話すことが無いので、今回も積極的に話すことは無かろうと予想していた。そして、初めての外泊を娘が如何様に過ごしたのか聞き出すため一日かけて二人で策を練りに練ってあったのだが、それらは全くの無駄となった。
藍の口調はいつも通り淡々としていたが、内容は微に入り細を穿つもので、娘がこの一日を楽しんだことがよく分かった。ほんの僅か不安の種となっていた、何か悪い遊びを覚えてくるのではないかという心配も全くの杞憂であったようだ。
しかし最も自分達を驚かせたのはその後であった。明日の朝から碧ちゃんが来て一緒にレアチーズを作るので台所を空けてくれというのである。今回お世話になった梨乃さんの誕生日がごく最近だったということが分かったのでお祝いにケーキをプレゼントしたい、材料は今買ってきたと。
ここ数年友達を家に連れてきたことはおろか同級生の名を口にすることすら無かった娘が、高校に入った途端外泊し翌日には友人を連れてくるというのだから、両親にしてみれば怒濤の急展開にも思えるというものだ。何と素晴らしい怒濤であることか。
「高辻さんと相生さんに感謝だな」
「そうね。こういうこと、親なんて無力だものね。ま、そういうことなんだから、明日はビシッとしてよ」
「普段ダラっとしてるように聞こえるぞ」
「やあね、言葉の綾よ。どっちかって言うと、顔出しすぎないで、っていう方かしら」
「ああ、気をつけるよ。でも挨拶ぐらいしても不自然じゃないだろ?」
「そうね。そのくらいなら」優しく言って、妻は隣に寝転ぶ夫の手を握った。




