余話 研鑽
余話 研鑽
食卓の準備が調った時、それを見計らったように夫が台所に入って来た。が、実際に見計らっていたのは妻の方だ。
夫を待たせず、且つ出来たての朝食を供するため、彼の出発時刻から逆算して準備を始める。出社時刻が決まっている以上、待たせないことが最優先であり、そのため始めはずいぶん早起きして作った。必然的に出来たて度は低かったのだが、繰り返すうちにその精度は上がっていき、また、夫の方も台所に現れる時刻を安定させるようになり、結婚して二十年を迎えようとする現在、料理の調子が悪い日でも、出来上がりから夫が箸をつけ始めるまで一分も開かぬまでになっている。
結婚以来、出産前後の僅かな期間を除いてずっと続けてきたその役目を、彼女は今日、娘に譲った。友人の弁当のついで、ということを知っていても、娘が朝食を作ってくれることを、夫も喜んでいるに違い無い。
無論、最初から時間を合わせられるとは思っていないから、いざとなれば手を出すつもりでいたのだが、娘は思っていたよりもずっと巧くやり、結果的にではあるが父親を待たせることなく焼きたての卵と鮭を食べさせた。
どうやら娘は自分が思っていた以上に研鑽を積んでいたらしい。人並み外れて不器用な彼女があれほどの手並みで捌いていったのだからそう考えるしかない。味付けにしてもそうだ。自分が教えたものに、彼女なりの工夫を加えている。以前夫の言っていた通り、娘は職人向きなのかも知れない。
小さい頃から頭でっかちな方だった娘がこのような上達を見せたことを母親として嬉しく思うが、料理の先輩としては負けていられない。自分もまだまだ研鑽を積んで、せめて娘が嫁に行くまでは、リードを保ち続けよう。




