第50話 とある死刑囚(3)
12月11日。
福田と悪魔の孤独な戦いが始まって一か月が経過した。
現状わかったことが3つある。
―― 一度悪魔に殺された人格と瓜二つの人格を作り直すことはできない。
これは人格を作るときに関係しているのだと福田は考える。人格を作る根幹にある願いは「こんな性格の自分になりたい」だ。一度人格を作ればその願いは叶ったことになる。もう一度、同じ願いを、同じ熱量で抱くことは難しかった。
実際、『陽気』を殺された後、『陽気』な自分になりたいと願い、できた人格は一人目に比べると若干暗い気がした。
――悪魔は福田以外から身体の主導権を奪うことはできない。
上の理由から、福田は一度ネガティブな人格を作ってしまった。自分よりはマシという苦し紛れの思いからその人格に身体を渡したのだが、悪魔から身体を奪われることはなかった。その夜悪魔は大変悔しそうな顔をしていた。
とはいえ、暴力的な人格を作ってしまえば悪魔に自ら身体を渡すという最悪のパターンも考えられるため、ある程度のモラルは必要になる。
――人格を作ることは精神的に負担がかかかる。
これが最大の問題だった。
徐々に福田は悪魔に追い詰められていた。
福田の精神は限界に達していたのである。そう、新たに人格を作ることが困難になっていたのだ。このままでは、人格を作ることが間に合わず悪魔に負け、身体を乗っ取られてしまう。もしくは、この疲弊が悪魔にとっての隙となり、身体を乗っ取られる。
福田は決意した。
夜、福田はいつもの夢をみた。
福田、そのほかに人格は4つ。同じ顔をした少年が5人立っている。
――はーめんどくせぇ! もう悪魔に負けを認めたらどうだ?
――だめだよ……。それじゃ……。
―—頑張るしかない!
――逃げるんだよ、今日も!
新たに作った人格4人は少し癖が強い。一人目が「悪魔に負けを認めたらどうだ?」などと言っているが、日中実際に身体を渡すことはなかった。
この4人は、作られた時点での福田の記憶は共有されているため両親の大切さは理解している。彼らが自分から悪魔に身体を渡すことはないだろう。
――主人格の薫サマもなんか言ったらどうだ?
福田を人格の一人が肘で小突いた。
「……4人で頑張って生きてほしいんだ」
――え?
死ぬのは怖い。
でも両親を傷付けること、悲しませること。それだけは絶対したくはない。
全ては福田の性格が原因だった。弱く、泣き虫な自分が。
――来た来た……
悪魔が現れた。血走ったで眼でこちらを見つめ、下卑た笑みを浮かべている。
――今日もぶっ殺すか!
悪魔は走り始める。4人の人格は必死に逃げ、散らばっていった。
「……あとは頼んだよ」
福田は動かなかった。
――あ?
「……終わりにしよう」
福田と悪魔の周りの地面に亀裂が入る。
深く、真っ暗な大穴が生まれた。
――何考えてる……
福田は悪魔に飛びついた。
――!!
悪魔は福田を振りほどこうともの凄い力で抵抗した。福田は力を振り絞り、大穴へ近づいていく。
「もッ、もうお前から逃げない!」
――オイ! 放せ!! やめろッ!!!
福田は踏ん張り大穴へ悪魔を抱え飛び込んだ。
「お母さん、お父さんごめんなさい」
福田の視界は真っ暗になり、悪魔を抱え意識を失った。
◆
福田の主人格と悪魔が消えて10年近くが経過した。
残された4人の人格は日替わりで『表』に出て生活し、夢の中で記憶を共有した。あまりにも日によって性格が変わることから、友人が増えないなど不便はあったが、比較的うまくやれていた。平和だったのだ――
あの日までは。
9月3日の夜。
――よお。
4人の人格は驚愕した。
――どうしてお前が……
そこにいたのは、主人格の福田薫が身を賭して倒した悪魔であった。
――さて、お前らどうする? 身体を渡すか? 死ぬか?
4人は悪魔と交渉した。
4人は作られてから長い時間が経っている。悪魔に対し、ある程度の抵抗はできる力があった。しかし、これは勝てるほどのものではない。いずれは殺される。
よって、4人は自分達に夢の中で危害を加えないことを条件に、悪魔に対し定期的に身体を渡すことを提案した。
一度目の悪魔に対しての身体の譲渡が行われた。
悪魔は4人に身体を返す気など微塵もなかった。しかし、福田から受けたダメージで『表』へ長時間でることができなくなっていた。
結果、悪魔は3時間だけ『表』に出る。
4人は悪魔が『表』にでることの恐ろしさを知らなかった。福田から十年近く前に聞いただけである。見誤った。徹底抗戦すべきだった。
悪魔は3時間で二人の人間を殺した。
民家へ侵入。そこにいた夫婦二人を殺害。計画性がないにも関わらず、残虐な方法がとられており、嬲られるようにして殺された。
4人の人格のうちの一人が『表』に出る頃には、警察が駆け付け、福田薫は逮捕された。判決は勿論死刑。
その後、留置所にて白金治正に脱獄を助けられ、『白金遊戯の会』の入会。木原らと共に人を殺すときだけ悪魔を『表』に出した。
現在、福田――人格は悪魔――は、『黒葬』へ『極夜の魔術団』と共に強襲をかけ、『黒葬』の人間を欺き、社内へ侵入を果たしていた。
今、悪魔にあるのは「『黒葬』にいる人間を皆殺しにしたい」という一心だけである。『白金遊戯の会』での殺しは決められた相手を大勢で殺すといういまいち気持ちの晴れるものではなかった。
今回は、好きな相手を好きなだけ殺すことができる。
そう、9月3日にやったときと、同じのように。
夫は妻を、妻は夫をかばうようにしていた。そんな二人を滅多打ちにして殺した。
家には写真が飾られていて、夫婦だけでなく娘がいたようだ。その日は出かけていたのだろうか。娘は殺し損ねてしまった。
あの一家はなんといったか。確か、
――月野。
エレベータをでた福田は、すぐそこにいた受付嬢に向かって魔力を放ち、殺した。
受付を通りすぎ、廊下を歩く。
曲がり角を曲がると、そこには一人の少女が立っていた。
「……は?」
少女はただ、茫然とこちらをみていた。
福田は手のひらを向けを、魔力を放出をしようと――
「福田ァアアアアアアアア!!!」
少女――月野春奈――は福田に襲い掛かった。




