第45話 煙の魔術師
「『覆い隠す白煙』!」
女がそうつぶやくと、彼女の身体はどこからか湧いた白い煙が包み、幽嶋の視界はすべて白で塗りつぶされた。
支部にいた魔術師達は、ぶつぶつと長い詠唱をしてから魔術を行使していた。その点を考えると腐ってもこの女は優秀らしい。
幽嶋は懐から鉄製の串を取り出し、即座に投げつけた。
串は煙の中に消えた。
対人課長の玄間 天海曰く、魔術師は一度に一つの魔術しか使うことはできないのだという。
この空間に入る前、投げた石は何かに弾かれ焼け焦げていた。その魔術は今展開されていないと考えてよいだろう。
煙にもし毒のような効果があれば話は別だが、接近する分には問題なさそうだ。
念のため、煙を吸い込まないよう息を止め――
幽嶋は瞬間移動で今いた場所から距離を取った。経験から来る勘。嫌な予感がしたのだ。
直後、後方で何かが木にぶつかるような破裂音がした。
「おー、よーく避けたな」
煙の中に女が見えた。タバコを加え、右手に銃を持っている。
銃声は聞こえなかった。
つまりこの煙は女の姿を隠すだけでなく物音も消すことができるようだ。
「……小賢しいデスね」
「魔術師の癖に銃を使うなんてずるいとか言うなよ?」
「言いまセンよ。当たらないデスし」
「あっそ」
女は煙の中に消えた。
「じゃ、精々飛んで跳ねてると良い。私はこうして一服して、気が向いたら撃つ。どっちが疲れるんだろうねぇ?」
白煙の中から声が聴こえた。
◆
『極夜の魔術団』は魔術師の集団としてだけでなく、宗教組織のような一面を持っている。
『極夜の魔術団』、魔術に救われた人々が発端だった。
彼らは魔術や魔術師を崇拝した。その心は子から孫へと伝わる。いつしか、魔術の祖であるゼフィラルテ・サンバースは神格化され、『極夜の魔術団』は『魔術崇拝』を掲げた宗教組織になっていた。
そして、信仰者たちは『極夜の魔術団』の資金元となるだけでなく、信仰者の中に魔術の才を持ったものがいれば魔術師として育てる。そういう流れができた。
『黄昏の6』ミーシャもその流れの中にいる。
彼女の家系は先祖代々、『極夜の魔術団』の支援者、信仰者であった。
幼少期から『陽光よ、どうか私にご加護を』という言葉――『陽光』とはゼフィラルテを魔術師達の太陽として例えることからきている――とともに、祈りを捧げてきた。
そんな彼女には魔術の才があった。
親は喜んで『極夜の魔術団』にミーシャを引き渡した。彼女は親からの期待を背負い、そして『極夜の魔術団』の悲願を果たすため今、日本にいる。
すべては『極夜の魔術団』の、ゼフィラルテ様のためだ。
そう思えば人を殺すことだってできる。
彼女は引き金を引く。この『極夜の魔術団』の邪魔をする『黒葬』を殺すため。
タバコの煙を口から吐いた。
その汚れた煙は『覆い隠す白煙』で生まれた白煙に紛れて消えていく。
彼女の極めた魔術『覆い隠す白煙』は見た通り、白い煙を発生させる。
その煙の中にある物は手に取るようにわかる。見るよりも聞くよりも鮮明に。
幽嶋と名乗った男は白煙に踏み込み、鉄の串を投げた。
絶対に当たらない。
なぜなら、幽嶋の手から串が離れる前にミーシャは回避を始めているからだ。煙は腕の筋肉の動き、視線、すべてを教えてくれる。
幽嶋が消えた。奴はどうやら瞬間移動ができるようだが、意表を突かれることはない。
煙から少々距離を取って現れようとも、空気は揺らぐ。空気が揺らげば、煙にも微妙な変化が生じ、煙の中ほどではないにせよある程度の幽嶋の位置は把握できる。
――無駄、無駄。
次は後方から串を投擲したようだ。次は左。右から。
串を投擲したところで投げた時には飛ぶ方向がわかっているのだから、余裕をもって避けられる。瞬間移動のスパンはかなり速いため、銃撃することは叶わないが、急ぐことはない。
煙の中に、意味もなく串を投げ続けるのは苦痛でしかはずだ。奴には必ず限界が来る。必ず隙ができる。
幽嶋はまた瞬間移動をした。
しかし、今度は串を投げる素振りを全く見せなかった。
――フェイントか……?
次の瞬間には、既に飛んでいる串の進行方向が変わっていた。
「ッ?!」
飛来した串がミーシャの頬をかすめる。
――コイツ!?
原理はシンプルだ。
串の飛ぶ先に瞬間移動して、手に持った串で弾くことで飛ぶ向きを手動で変えている。理解はした。
しかし、そんなもの人間技じゃない。
串が飛んでいる地点にピンポイントで移動して、向きを変えるなど、飛んでいる場所をミーシャと同等レベルに把握していなければできない芸当だ。
下手をすれば自らを貫き、そうでなかったとしても大幅な串の減速は免れない。
完璧な力加減で串を弾いているのだ。
「――数、増やしマスよ」
投擲には大きく腕を動かすため、投げようとしている串の軌道は容易に読める。しかし、既に飛んでいる串の向きを変える動作は一瞬だ。把握はできるが対応が間に合わない。
もちろん今も幽嶋はミーシャを捕捉できていない。従って、全くトンチンカンな方へ串が飛んでいくこともある。
しかし数が増えれば偶然当たることもある。
「うぐッ!」
腕に一本刺さった。
「こッの野郎ッ!」
ミーシャは引き金を引いた。弾丸は幽嶋をとらえることなく空を切る。
串の数、軌道が変わる回数も増加し煙の中を串が飛びかった。
「血煙の中で精々、飛んで跳ねてくだサイね」




