第38話 春奈と紅蓮
「紅蓮先輩、今日行くんですよね? 良んですか、こんなことしてて」
春奈と紅蓮は本社のトレーニングルームへ来ていた。
「なーに遠慮してんだよ」
「……いやー、良いのかなって」
「どうせ、すぐ治るから怪我したって、困りゃしねーよ」
対人課員は時間のある時、各々トレーニングをする。
春奈の能力は対人の接近戦向きであるため、紅蓮を相手に模擬戦を何度か行っていた。
春奈は明日も本社勤務だが、紅蓮は今日0時には『アトランティス』の調査へ向かう。
今はまだ昼だが、付き合ってもらうのはなんだか申し訳ない。
「――ま、どーせろくに当たりゃしねーしな」
「……あっそ」
やっぱり、申し訳なくない。
「――うですか」
一応、言葉をつなぎ敬語にしておく。
ちなみに、敬語にしていないのは燈太という社員だけである。本人からタメ語の許可をもらった。いわく、同い年だし、入った時期もそこまで違わないからだそうだ。
最近研修が中止になったらしく、よく対人課オフィスで見かける。
「やる気んなったか?」
「まぁ」
「じゃ、こい」
力の使い方を少しずつわかってきていた。連続で衝撃波を放つことはできるが、同時に複数の衝撃波を放つことはできない。
衝撃波のサイズは威力に反比例する。
突風のような低威力広範囲の攻撃にするか、刃のようにした高威力集中攻撃へするか。
その調整と使い分けで戦う。
「行きます」
まずは広範囲攻撃による牽制。
紅蓮はとにかく早く瞬発力が尋常ではない。点での攻撃はまず当たる気がしない。
かといって、面で攻撃しても避けてくる。
実際、春奈の衝撃波を紅蓮は飛びのき躱していた。紅蓮は春奈へ向かい距離を詰めようとしている。広範囲の衝撃波を打っていれば、大きく躱さねばならないためすぐに距離を詰められるということはない。
しかし、それは先延ばしだ。いずれ紅蓮の得意とする間合いになってしまうだろう。それでは最初と同じ結果を招く。
だから、虚を突く。
「おっ!」
春奈は自分の足元から力を放出し、前方へ大きく飛んだ。
相手のペースで距離を詰められるから、こちらが不利になる。こちらから急に間合いを詰めれば、紅蓮と言えど対応しきれないはずだ。
着地をする前に、腕を振った。上方から地面に向かう軌道の鋭い衝撃波を飛ばす。
「悪くねぇな」
紅蓮はそれをバク転でかわした。
春奈は着地した瞬間、紅蓮に向かい地面を蹴った。更に詰めて仕留める。
ここだ。地面と平行に鋭い衝撃波を放とうとした。
「し――」
死ねと口走りそうになった。……最近口が悪くなった気がする。
「がっ!」
何かが頭に当たった。バランスを崩し転ぶ。ちらりと何かが見えた。
それは紅蓮の靴だった。
「おっと」
紅蓮に掴まれ、床に頭をぶつけることはなかった。
「靴……。卑怯な……」
「お前の、わけわかんねぇ衝撃波よりマシだろ」
「ぐう……」
全くもって正論である。
紅蓮は春奈を起こすと、靴を拾いに行った。
「お、明日晴れだな」
靴を放って、天気占いをした小学生の頃を思い出した。頭にぶつけてくる友達はいなかったが。
「待てよ。明日には俺南極にいるわけだろ。……この天気占いは日本と南極のどっちを指してんだ」
「知りませんよ……」
その後も何度か模擬戦を行った。
『指令部葛城です。執行部対人課の伊佐奈紅蓮。至急、指令部室まで』
トレーニングルームにアナウンスが入った。
「あ?」
「なんか呼ばれてません?」
「……今何時だ?」
「15時ですね」
「やべ。そういや恵に呼ばれてたわ」
「恵?」
「……あぁ。葛城の下の名前だ」
「付き合ってんですか?」
「なわけなーだろ。だーれがあんなのと」
「えー、美人で、出来る女って感じじゃないですか」
「……猫被ってんだよ、ありゃ。ともかく、呼ばれたから行くわ。わりぃな」
「ありがとうございました」
紅蓮はそう言い、出ていった。
春奈はシャワーを浴びてからオフィスへと戻った。
「お疲れ様でーす」
「お疲れ様」
オフィスには調だけだった。
「トレーニングだったのかね?」
「えぇ。紅蓮先輩が付き合ってくれました」
「そうか」
紅蓮、空がいないところを見ると、出発最後の打ち合わせだろうか。紅蓮は当分帰って来なさそうだ。
「……あの」
「何かね?」
「紅蓮先輩、私のトレーニングとかすごい相手してくれるんですけど、迷惑になってないですかね? 凄い良くしてもらってるというか……」
「いいんじゃないか? そもそも執行部対人課に君を推薦したのも紅蓮なのだから、面倒みて当然と言えば当然だろう」
春奈に復讐相手が脱獄していることを教えてくれたのも紅蓮だった。
紅蓮は「お前は利用できる」という風に言っていたが。
「……自分と重ねているのかもな」
「え?」
「……紅蓮の入社の経緯は聞いていないのか?」
「聞いてないです」
「はぁ……。全く、あいつはなんでそういう事を黙っているのだ……。
とりあえず紅蓮に私が話したということは言うなよ。そして、紅蓮が語り始めたらいかにも初耳という体で振る舞いたまえ」
「あ、はい」
そこまでするなら言わなくても良い、とも思ったが紅蓮が春奈に対してよくする「明確な理由」があるなら気になるのも事実だ。話してもらえるなら聞いておこう。
「――紅蓮は、君と同じで両親を殺されている」
「え」
「そう、君と同じなのだよ」
「……私と同じ」
「……そして、彼は復讐をした」
「!?」
春奈は衝撃を受けた。
なんだそれは。
――じゃあ、なんで止めるんだ。
春奈には理解できなかった。自分は憎い相手に復讐しておいて、止めるのか。それなら、春奈だって復讐してもいいじゃないか。
「そして、それを今でも後悔しているんだよ、あいつは」
「後悔……?」
何を悔やむ必要があるのか。自分の両親を殺した奴を殺せたら悔やむことなどない。春奈はそう思う。
「今でも夢に出るんだそうだ。殺した相手が、殺した時が」
「ふーん……」
それがどうした。夢でみるくらいなんだ。
「なのに自分の両親の顔など夢で見たことない、と。そう言っていたよ」
「……」
それは。
それは、紅蓮が両親と仲が良くなかったとか。
――そんなわけがない。
紅蓮は両親の仇を討ったのだ。人を殺すほど憎かったんだ。
自分の両親を嫌いなわけがない。
こんなことは考えるだけでも失礼なことだ。自分が嫌になる。
何とも言えない不快感が拳を強く握らせた。
「……でも、紅蓮先輩は私じゃない」
「……そうだな」
復讐を果たした時、死んだ両親に胸を張って生きていくことができるのだろうか。
わからない。
でも、脱獄している現状は絶対に許してはならない。
もし、本人を目の前にしたとき自分を抑えることができるのか、春奈にはわからなかった。
「紅蓮は自分が復讐した身だからこそ、君に説教もしなければ、何も語らないんだろう」
そう言うと、調はパソコンへまた向かった。
「……」
春奈の気持ちは揺らいでいた。
『黒葬』に来てまだ短いが、居心地はちっとも悪くない。
春奈に対して、過度に同情したり、憐れんだり、距離を置く人は一人もいない。
復讐するということは、ここのみんなを裏切るということになるんじゃないだろうか。
「……自分が復讐した側だからと言って、何も言わないのは違うだろうに」
調がぽつりと漏らした言葉は、春奈には届かなかった。
◆
0時。
『アトランティス調査隊』は南極へ向け出発した。
燈太が入社する前にあたる
紅蓮、静馬、葛城やらの話はキリが良いところで書く予定です。




