第27話 忍者VS魔術師
「……『極夜の魔術団』」
男の言うその組織の名に左空は聞き覚えがあった。
半年前、NYで死傷者300人を超えたテロ。その実行グループが『極夜の魔術団』であった。その名の通り、『魔術』を使うらしい。
左空は生物課だ。対人課ではない。
もちろん、組手の心得もあれば、刀といった武器も携帯している。しかし、専門外の案件を今ここで、どうこうする必要はないのだ。まずは本部へ連絡をするのが最善だろう。
「ま、名前は知ってますよね? 私たちのテロは邪魔するわ、最近儀式まで嗅ぎまわってますもんねぇ。
あぁ、私は『黄昏の2』シャルハットと言います」
『黄昏の2』の意味は掴みかねるが、シャルハットという名、鼻の高い整った顔立ち、自前であろう金髪から外人であることはわかった。しかし、日本語は恐ろしく流暢だ。
左空はポケットにある黒葬本社への緊急連絡用端末へ手を伸ばす。
「……日本語がずいぶん流暢だな」
「え? あぁ、魔術の一環ですよ」
電源を入れた。
シャルハットという男はずいぶん余裕があるようだ。顔には笑みを浮かべているし、語調もやけに上機嫌に聞こえる。
「……おっと、話がそれましたね。私たち、『極夜の魔術団』はあなた達に宣戦布告をします」
緊急連絡用端末はボタン一つで、本社へとつながる。数秒もすれば、こちらの会話はすべて本社へ届き、左空の状況を指令部は把握するだろう。
しかし、油断はできない。腰に差した脇差に手を掛ける。
「――と言いたいところですが。宣戦布告はしません!」
シャルハットの煽るような言葉に左空は少し苛立ちを覚えた。
「……ふざけてるのか?」
「そう怒らずに!」
シャルハットは人差し指を口に当てた。
「――密に、静かに殺していくんです。私たちの邪魔をする人間は一人一人消す」
シャルハットの笑みは変わらない。しかし、目の色が明らかに変わった。殺し合う気だ。
「言い忘れていましたけど、電波は届きませんよ」
左空は耳が良い。ポケットの中であれ、コール音が鳴れば聞こえるはずだ。しかし、それは一向に聞こえない。
「対人結界『皆既食』は、術者と対象一人を閉じ込め、外部からの干渉を完全に絶つ。よって、お電話は繋がりませんので気をつけて」
言っていることが100パーセント事実かはともかく、連絡が取れなかったのは事実。作戦は変更。この場での最善手は、シャルハットを排除し、本部へ情報を伝えること。
「……おしゃべりだな」
「ええ。ですから、宣戦布告はしないんですよ。あなたはここで失踪するんです。私があなたを葬った事実すら残らない。いくらあなたに喋っても、問題は一切生じない」
「……執行部生物課、嵐堂左空。お前をここで処理する」
左空は刀を抜き、構えた。
「そうこなくては。……陽光よ――」
シャルハットが言葉を放ち切る前に駆けた。
「――どうか私にご加護を」
シャルハットは、左空の行動に動じず言葉を続けた。
当然、左空の刀はシャルハットの首元へ飛び込む。
「ッ!?」
何か見えない壁に遮られ、左空の刀は止まっていた。
「『届きえぬ向こう』」
左空は即座に飛びのき、距離を取るとともに、手裏剣を計四枚投げた。二枚は上半身、二枚は下半身へ狙った。
しかし、手裏剣はどちらも、シャルハットの手前で何かに弾かれ、地面へ落ちていく。
「……それが、魔術か……」
「初めてみます? 私もシュリケンとニンジャを初めてみましたよ。ブラボー!」
左空は舌打ちをした。
魔術師は相当に厄介らしい。
――壁を出し、こちらの攻撃を遮るというなら。
左空は木を蹴り、飛んだ。そして、飛んだ先の木をまた蹴るようにして、高くそびえる樹木の上へ駆けあがった。
「おお、凄い」
攪乱する。木々を移動し、相手の注意を一点に向かせない。
数秒すれば、木々の葉や枝が左空を隠し、相手は左空を目で追うことすら困難になるだろう。ここが開けた場所でないのは幸いだった。
――あの厄介な壁がもし、前面にしか出せないのであれば、勝機は十二分にある。
木々を移動しながら、クナイを投げた。
シャルハットは、左空を追うことに必死で、クナイの投擲に気づかない。
「おぉ!」
シャルハットは当たる寸前で、クナイに気づき声をあげ、身体をひねった。クナイは壁に阻まれ地に落ちる。
やはり、壁を出せるのは前方のみだ。
木々を移動する速度を上げる。手裏剣を投擲。一枚はシャルハットに向けて、二枚目は直接シャルハットには投げなかった。
シャルハットは自分に迫る手裏剣に気づき、そちらへ向く。
「本命は――」
左空は木から飛び降りた。手裏剣が弾かれる前に、距離を詰める。奇襲をかけるのだ。
「なっ!」
手裏剣を弾いた次の瞬間には左空の忍者刀が迫っているのだから、当然シャルハットに余裕は見られない。シャルハットは刀を止めるべく、左空の方へ必死に向き直った。
「――お前の後ろだ」
木の上から投擲した二枚目の手裏剣は大きく迂回し、シャルハットの後ろから襲いかかった。手裏剣一枚、さらには自分をも囮にした不意打ち。シャルハットにもう後ろを振り向く時間などない。向けたとしても刀はシャルハットを切り裂くだろう。
肉を裂き、骨を割る音がした。
――音の先は自分の右腕からだった。
「……は?」
刀を持った右腕は、何かに切り裂かれ、肘の先から宙を舞った。シャルハットの後頭部へ刺さるはずの手裏剣は弾かれた。
「残念! 『届きえぬ向こう』は四方八方、複数枚の同時展開が可能なんですよ。
そして、その壁の先端をあなたに向ければ、今宙を舞っているナマクラよりも切れる。こんな風にね」
見えない壁は、左空の腹を貫いた。
「ガ……ハッ」
吐血。強烈な痛みが頭を揺さぶる。
意識が遠のく。
倒れていく身体。
消える意識の中、生物課員の顔が浮かんだ。
ただでは死ねない。
『極夜の魔術団』は危険だ。
ここで逃がせば、仲間が危険に晒される。
近くにはまだ燈太が残っているのだ。
――せめてコイツだけでも……!
身体が地面に倒れる寸前。最後の力を振り絞り、地面に落ちている二枚の手裏剣を拾い、思い切り投げつけた。
これにはシャルハットも反応できないはずだ。
手裏剣はシャルハットの顔へ向かって飛び、脳天に直撃し、
――弾かれた。
「だぁから、無駄なんですよォ」
左空は地面に今度こそ倒れた。
「『届きえぬ向こう』で身体を覆ってるんです、最初から。勝ち筋なんて万に一つもなかったんですよ、あなたに」
「……無念」
ここで、こいつを仕留めきれなかったのは、悔やんでも悔やみきれない。鍛錬不足だ。実力不足。自分への過信もあったろう。
ただ、最後に投げた二枚目の手裏剣は当たっていてほしい。
――逃げろ、燈太殿。
左空は意識を失った。
◆
「チャオ、ニンジャくん」
シャルハットは、念には念を入れ、左空と名乗った男の首を落とした。
「……あぁ、言い忘れてました。『黄昏の2』は、私が『2』番目に強いということですからそう、気を落とさず地獄へ行ってください」
シャルハットは対人結界『皆既食』を解除した。
結界を解除すると、左空の死体が消えた。落ちていた、手裏剣も刀もクナイも血痕もすべて消える。
対人結界『皆既食』は閉じ込めた対象が死亡したことで解除された。すると左空の死体が消えた。落ちていた、手裏剣も刀もクナイも血痕もすべて消える。
『皆既食』は6枚の札で囲まれた半径100mの結界であり、解除すると結界内の空間は『皆既食』発動前の状態に戻る。
当然、戻すという工程に人間は含まれず、死んだものは死んだまま。傷が治るわけではない。
このとき、結界内で死んだ者の死体、及びその死者の持ち物は最初からなかったものとして扱われ、それはどこかへ消える。
よって、左空の死体、持ち物、木につけられた手裏剣の鋭い傷も消えた。
これで証拠は何ひとつ残らない。
最後に、左空は一枚の手裏剣をどこかに放っていたが、それも消えただろう。もう一人の仲間へ向けて、投げたのだとしても結界の外へは手裏剣は出ていかない。
「さて、もう一人も片づけますかね」




