第23話 愉快な生物課(1)
『お導き』を聞いた翌日。
燈太は葛城が手配した車に乗っていた。
本社を出て2時間ほど。
車はどんどん山道へ入っていき、他の車はとうとう姿を消した。
それから、20分。目的地であろう場所に到着した。 そう、燈太は研修をするため、生物課員の勤務先へ来たのだ。
「ホントに、ここが……?」
目の前にあるのは閉鎖された遊園地だった。
入り口の門には蔓が絡み付き、つい先日営業を辞めたというレベルではない。かなり前から営業していないことが読み取れる。
「はい。中へ入りましたら、植物園へ向かってくださいませ」
「わ、わかりました」
運転手はそう告げ、燈太を残し本社へと帰っていった。
ゲートをくぐり中へ進む。
「植物園は……」
コケが生え、朽ちつつある看板の地図を頼りに植物園へ向かう。道行く先にあるアトラクションはもちろん一つも動いていない。
潰れた遊園地というのはどこか寂しくい。しかし、これが案外悪くない。
本来は人々で賑わい、騒がしいはずであるのに、今は自分しかおらず、無音だ。
「あ、これか」
植物園へようこそ。そう書かれた看板を足元で発見した。まあ、外観からも植物園ということはわかる。
自動ドアは動いていない。手でドアを動かし中へ入る。
「おぉ……」
中の植物園は死んだ遊園地と対照的に生きていた。営業している植物園のそれだ。その差でつい声がでた。
空調も効いている。
外は冬が近づき、肌寒くなりつつあるためありがたい。
「すみませーん」
声を出すが返事はない。
とりあえず、植物園内を散策することに決めた。
植物に詳しくない燈太だが、よく手入れされているのがわかる。枯れているものは一つもなかった。
ふと、後ろの植物を見ようと振り返った。
──そこには少女が立っていた。
褐色の肌。背丈を見るに小学生から中学生ほどだろうか。
「……」
こちらをみている。
「え、えーと」
「……」
「……新入社員の坂巻燈太です」
「……シンニューシャイン……」
少女の日本語は片言だった。
「……シンニューシャ」
「?」
「シンニューシャ!」
少女は燈太を指差し、大声をあげた。
誤解が生まれている。
「『侵入者』じゃなくて、『新入社員』です!」
少女は指を口に近づけ、ピーと指笛を鳴らした。
「ちょ……!」
燈太は慌てた。
他に人がいないのかを見渡し、「それ」が目に入った。
「……え」
狼である。
燈太は生で狼をみたことはない。
しかし、こんなにも大きかったか。
体長はゆうに3mを越えている。体高は燈太の身長ほど。熊のサイズ感である。
──本気で、死を予感した。
手を頭の上まであげる。
「目的! 何だ!」
「誤解ですっ! 怪しくない! 怪しくない!」
狼は燈太の前まで来ると、周囲をグルグルと歩き始めた。
本当に勘弁して欲しい。
死んだフリするべきなんだろうか。でも、あれはかえって逆効果だとか──。
「あーーー!」
遠くで悲鳴が聞こえた。
「ネロちゃん!! それ、『黒葬』の人!!! ダメ!」
バタバタと走ってくる。
やっと他の社員が来たようだ。
「シズカ! コイツ! 自分で言ってた! 『シンニューシャ』!」
ネロと呼ばれた少女は燈太を指差す。
「だから! 新入! 社員です! 新しく入った! 社員!」
走ってきたのは黒髪を肩まで伸ばした女性だった。白衣を着ている。
「す、すいません! 本当にごめんなさい! 燈太さんですよね?!」
女性は何度も燈太に頭を下げた。
ネロはポカンとしていた。
「ネロちゃん。この人は『黒葬』の人。今日研修に来るって言ったでしょ!」
「……言ってた?」
「言ったよ……」
「……言ってた……かも」
女性は頭を抱えた。
「ゴメンナサイ」
ネロは燈太に謝った。
「あっ、いえいえ! 怪我してませんし」
怖い思いはしたが、特に何か怪我したわけではない。そして、彼女に悪気があったわけでもない。
頭を下げてまで謝られると逆にこっちが申し訳ない気がしてくる。
そもそも燈太は研修をしにお邪魔しているのだから。
「申し遅れました。私、執行部生物課 藤乃 静華です。こっちはネロと言います」
「ネロ!」
ネロは狼を撫でながら、名乗った。
「あ、研修に来た坂巻燈太です。今日からよろしくお願いします」
「──私が、課長の幽嶋麗デス」
唐突に後方から声がした。
びっくりして振り返るとそこには誰もいない。
「……あれ?」
気のせいということはないと思──
「ワ!」
「?!」
前を向くとそこには人が立っていた。
片眼鏡をかけた銀髪の男である。服装はスーツだが、なんだか真面目な感じがしなかった。
「どうぞよろしく。燈太クン」
「え……あ、よろしくお願いします」
後ろにいると思ったのに、気付いたら正面に立たれていた。
──そして、課長と名乗った。
「……あの、後ろに立ってませんでした?」
「それはデスね、『ミスディレクション』ってやつデスよ。意識を誘導するという」
「……なるほど」
声がしたときは後ろに人の気配を感じたのだが……。
「課長、嘘つくのやめてください……」
藤乃があきれた声で言った。
「嘘?」
幽嶋の方を見る。
──いなかった。
「というわけで、タネ無し手品デス」
肩を後ろからポンポンと叩かれた。
流石にこれはもう、意識をどうこうとか、そんなチャチなものじゃない。
「……もしかして、瞬間移動できる『超現象保持者』とかですか?」
「せーかいデス。勘が良いデスね」
研修で調が言っていた。
──課長はその国が軍を使い、拉致を敢行しようとした際、それを何らかの方法で逃れることができる
と。
瞬間移動ができれば、確かに逃げるのは容易だろう。課長に相応しい能力である。
「というか課長! 居たならネロちゃんを止めてください!」
「ネロが『シンニューシャ』と叫んでるので、侵入者なのかト」
「そんなわけないじゃないですか! もう!」
「……えー。生物課は未知の生物──UMA的なやつデスね。それの確保、保護をしてマス。彼もそーデス」
幽嶋は藤乃を無視してそう言い、巨大な狼を指差した。
「シール!」
ネロが叫ぶ。
「シールというのが彼の名前です。
種名はリンクバーグウルフ。名の通り、リンクバーグという島に生息している超巨大な狼デス」
やはり、あの狼は普通ではなかった。
リンクバーグ島というのは聞いたことがないが、あんなに大きな狼がいるとは世界もまだ広い。
「話を続けマス。生物課には二つの班がありマス。片方は対人課タイプの人間が勤め、もう片方は現象課タイプの人間が勤めていマス」
「……というと?」
「まず、『調査班』。現地調査や、捕獲を行う班デス。危険を伴ったりするので常人離れした能力を持った人間で構成されてマス。
『研究班』。未知の生物を研究、飼育する班デス。こっちは専門知識が必要になりマスね」
指を二本立てて見せる。
前者は対人課のような人間が多く、後者は現象課のような人間が多い、ということだろう。
現象課は静馬が特別なだけで、他の課員は研究しかしないと言っていた。
「それで、私やネロは『調査班』。静華さんは『研究班』の班長デス」
「調査してる!」
声をあげたネロは胸を張っていた。
「『調査班』はあと二人いるんデスけど、今日は留守なので後日紹介しマス」
「『調査班』は4人なんですか?」
「そーデスねー。『研修班』は50人近くいるんデスケドネ。対人課にしかり人材不足デスよ。全く」
「人材不足!」
「ネロ? それは復唱しなくてよろしい」
ネロに注意をしてから幽嶋は燈太の方を見た。
「今日はこのあと、静華さんに研究室の方を見してもらってくだサイ。
明日は、『調査班』の仕事があるので同行してもらいマス。メンドクサイだけで危なくないのでご安心」
「わかりました」
こうして燈太の生物課研修が幕を開けた。




