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第1話 非日常は誘拐とともに

 坂巻さかまき燈太とうたは高校生である。

 これとってやりたいことはなく、ぼんやりと生きるごく普通の少年だった。


 ――よって、いきなり黒スーツの男に拉致され、ハイエースに担ぎ込まれる謂れはない。


「フゴッ……! な、なんっ……」


 通学路の中で一番人気のない道ではあるし、朝早いため辺りに人はいなかった。だが、流石に誘拐されるとは夢にも思わない。


「はな……っせ!」


 燈太は強引に口を押えられ、車の後部座席乗せられた。すぐさま、車は動き出す。

 車には、運転席に一人、燈太を押さえつける目付きの鋭い男が一人、そして――


「少年。落ち着きたまえよ」


 後部座席。つまり、燈太の横には40代くらいの少々白髪が混じる髪をしたスーツ姿の男が座っていた。人を誘拐している割に涼しげな表情を浮かべる男に燈太の絶望は加速する。何をされるかわかったものではない。


調しらべさん。……落とします?」


 燈太を押さえつける男が口を開く。首に回された腕の締まりが少し強まる。「落とす」とは「意識を落とす(・・・)」という意味であることを理解した。


「紅蓮。そう急くもんじゃない」


 紅蓮と呼ばれた男は燈太を抑える腕の力を少し弛めたようで、燈太はかろうじて声をだせることができるようになった。


「っな、なにが目的だ!? み、身代金か?!」


 震える声で必死に抵抗する。

 自身で口にはしたものの、燈太の家は決して、誘拐犯に狙われる程裕福ではない。莫大な金を要求されても、用意するあてはないだろう。

 その言葉に、紅蓮は動じる様子はない。調という男に判断を任せているようであった。


「……ふーむ。特に何もないな」


「みたいですね」


 何もない。燈太は二人の会話の意味を掴みかねていた。


「紅蓮、一応暴れないようにだけ抑えていてくれたまえ」


「了解です」


 調は身体を少し燈太に寄せ、顔を近づけた。


「私は、国営会社『黒葬』執行部対人課、慶蝶けいちょう調。君の後ろの男は同じく対人課の伊佐奈紅蓮」


 調は名乗ると一枚の名刺を懐から取り出し、燈太の制服のポケットに滑り込ませた。

『黒葬』……。燈太には全く聞き覚えがないワードである。


「私たち『黒葬』はいわゆる秘密結社でね、表に出せないような特殊な事件やらなにやらを解決するのが仕事なのだよ」


 秘密結社。漫画やゲームなどのフィクションで出てくるロマンあふれる架空の組織。

 日々の生活になんとも言えない不完全燃焼感を覚えていた高校性男子からすればとても魅力的な言葉に違いはない。

 しかし、自分を誘拐した人間がそれを言うとなると話は別だ。頭のおかしいカルト集団に生贄といったまともでない理由で拉致されている可能性が高い。


「……で、その秘密結社とやらが、なんの用があって俺を?」


「ふむ。率直に言うとだね。君、人には言えない不思議な力を持っていないかい?」


 身に覚えはない。


「そんなもん俺にはありません!」


 調は少し険しい顔付きで燈太を睨んだ後、


「……正解(true)か」


 そうつぶやいた。


「……調さん。コイツは『超現象保持者ホルダー』じゃないってことですか?」


「……少なくとも、嘘は(・・)言っていない」


「そんなもん、俺にはありませんって!」


「では少年。君は超能力を信じる、または見たことがあるか?」


 一体なんだというのか。燈太は超能力なんか持ってもいなければ、見たこともない。


正解(true)……? みたことがある?」


 ぶつぶつと呟く調を燈太は不審に思いながらも、紅蓮に抑えられているためただ眺めていた。


「あぁ。なんだロマンチストか」


「ロマンチスト? どういう意味です?」


「別に見たことはないが超能力を信じてるって意味さ」


 先ほどから燈太に質問を一人で投げては解決する調に、燈太は誘拐されたときとは別の恐怖があった。すべてが見透かされているような、確証のない恐怖である。


「まぁ良い。自覚はないかもしれないが、約5時間前、君から未知のエネルギーが発生した。そして、私たち『黒葬』はそれを調査するため君の身柄を確保した。……ちなみに解剖だったり、命に関わるようなことをするわけじゃないから安心したまえ」


「……未知のエネルギー?」


「そう。私たちはUnknown Energy、通称『UE』と呼んでいる。君には、私たちの本部へ同行してもらう」


「まぁそういうこった。別に悪いようにはしねぇから安心しろ。そこは約束する」


 秘密結社、超能力、未知のエネルギー。

 全く信用に値はしなが、燈太に危害を加えないという言葉は彼に小さな安心をもたらした。

 無論、暴れないようにさせるための嘘かもしれない。だが、それこそ最初の段階で首を絞めて意識を失わせてしまえばよい。理屈に合わない部分がある。


「で、お前超能力を信じてるんだったな?」


 紅蓮は燈太に後ろからそう問いかけた。


 実際、燈太は超能力といったオカルト少しだけ信じていた。正確にはそう言ったものがあってほしいという願望に近い。

 平凡な少年は非凡にあこがれていた。


「みとけよ」


 紅蓮は片手を自らのポケットに入れ、何かを取り出す。

 それは、ナイフだった。


「ちょっ!!」


 危害を加えないといった言葉を少しでも信じたことを後悔した。


「おい! 動くなよアブねぇな。なんもしねぇって」


 紅蓮は首に回していた腕を少し燈太の身体から離し、ナイフでその腕の人差し指を切った。


「うわっ!」


 唐突に行われた自傷行為に訳もからず燈太は声をあげる。

 指には小さな割れ目ができ、そこがじわじわ赤く染まり、血が垂れ――


「……あれっ」


 燈太はその違和感に気づいた。血がすぐに止まったのである。そして、近くで見るからわかる。血で赤くはなっている傷口がふさがった。

 今付いたばかりの傷は消えていた。


「これが超能力ってやつだ」


 紅蓮はナイフをしまった。


「……少年もう一度問おう。超能力をみたことがあるか?」


 秘密結社というのが事実かはわからない。

 が、少なくとも燈太は今、化学で解明できない未知を目にし、超能力を見た。

 あんなに早く傷はふさがらない。手品にしてはあの傷はリアルであったし、傷がふさがる瞬間を目にした。あれは本物(・・)

 燈太の中に、不安は未だ付きまとっているし、もちろん恐怖も拭えない。


「少しは信用してくれるかね?」


 燈太の中には小さな好奇心が生まれていた。

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