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第145話 逆転の一手

◆ 19週目


 ――考えろ。


 生き抜く術を。

 玄間天海に勝つという『未知』を切り開く。

 あり得ないはあり得ないのだ。


 ――今までの経験から、知識から、絞り出せ。


 玄間天海にはきっと、どうしても消しきれなかった「揺らぎ」がある。

 なぜそうなったのかはわからないが、この作戦は万全じゃない。

 レポートを提出してから翌日に殺害を試みるのは決して玄間が望んだことじゃない。そうせざるを得なかったのだ。

 

 ――黒葬全体で、俺の『処理』を決めたわけじゃないはずだ。


 そこに突くべき隙がある。

 何かないか。


 秘策。


 玄間天海という化け物を退ける秘策。


 規格外の男をなんとかできる方法が。


 手札はハンドガンと能力のみ。 


 対人課、現象課、生物課、『アトランティス』、魔術団。ここまでの記憶を呼び起こす。その中に何かヒントはないか。


 燈太の脳はフルで動いていた。『時間跳躍(タイムリープ)』の負荷が逆に功を成す。運動をする前のウォームアップのように思考の動きを活発にしたのだ。

 そして、脳内で火花が散る。


 ――そうだ……。


 秘策と、手札と、経験。その3つが線でつながった。


 記憶の中に秘策の手がかりは存在した。


 そして、手札だ。能力という手札。

 その中に、玄間へのレポートで伝えていないカードがあった。このカードは、あまりに必要性がない(・・・・・・)ため伝えていない、最弱の一枚。二度と使う機会がないと考えていた不要の手。玄間も勿論知っているがきっと意識の外にあるはずの役立たずのカード。


 しかし、ある条件下でジョーカーに化ける。


 ――もしかすると、あの玄間天海をなんとかできる……ッ。



 黒葬対人課オフィス。

 伊佐奈紅蓮は立ちすくんでいた。


 ――俺は……。


 燈太を殺す。燈太が死ぬ。そんなことは止めるべきだ。そんなことあってはならない。

 しかし、それを紅蓮は選べない。いや、選んではならない(・・・・・・・・)


 ――贖罪。


 人殺しである自分が黒葬に入ったのはそのためだ。持て余す力をもう二度と私情のために振るわないことを誓った。今、伊佐奈紅蓮が胸を張って生きていけるのは黒葬の元で正しい力の使い方をしているからだ。

 黒葬の決定に背き、自身で考えで身勝手に力を振りかざせば、もう「紅蓮」ではいられなくなる。


 「私情」と「使命」。それでいつも紅蓮は揺れていた。


 いくら考えても、策も何も思いつかない。今までの自分を破壊して、背負ってきた十字架を自分勝手に放り投げるなんてことはできない。

 できない。

 

 ――できないんだ……。


 それをすることは、自身が正しさのために殺めてきた人間達を踏みにじるということ。どいつもこいつもクズばかりだった。吐き気がするほど邪悪にまみれた人間のゴミばかりだった。そっち側に傾いた過去を持つ紅蓮でも、全く同情の余地のない悪党にまみれていた。

 だが、命を奪った。

 紅蓮は、大義のため。それでも、殺したのだ。

 そうしたら、正しくあり続けなければいけないと思う。


 過去への贖罪と、自身の信じる正しさが紅蓮を縛っていた。


 ――俺は……。


 そうして縛られていることが正しいことなんじゃないか。そう思えてならない。この鎖を振り切ることは、できなかった。


 ――俺は、お前を助けられない……


「……『黒葬』が決めたんスもんね……」


 空がぽつりとつぶやいた。



 燈太は、心の準備をした。

 考え得る中で、玄間を退けられる最強の一手。


 失敗すれば振り出し。諦めるわけではないが、回帰に限界がある以上、更に状況は悪化する一方。ここで決めるしかない。


『玄間だ。検査の準備が整った。廊下に出て右だ。すぐに来てくれるか?』


 玄間が電話越しにそう告げる。

 

「わかりました」


 燈太は部屋を出る。

 成功するかはわからない。しかし、試すほかない。


「待たせて申し訳ない」


「大丈夫です」


 玄間が背を向けた。


「検査室へ行こうか。まあざっと3時間……、いや2時間半程度で終わるようなものだ」


「はい」


 二人は廊下を進む。

 燈太のそっけない態度で、玄間も今回ばかりは雑談を振ることもなかった。

 恐らく玄間はわかっているだろう。十中八九、今の燈太がn回目だと。


「……おっと」


 しかし、彼は万が一を取る。


「腕時計を忘れちまった」


 そういう男だ。

 絶対的な力を持ちながら、隙を見せないという徹底的な完璧主義者。

 そんな男の裏を書くには、玄間自身がどうすることも(・・・・・・・)できなかったこと(・・・・・・・・)を利用するしかない。


 ――あなたはきっと、俺の能力を指令部に報告してすぐ、この作戦を実施している。


 だから、付け込める。


 ――指令本部(・・・・)の穴に。


「燈太君を検査室まで送ったら会議なんだが……。申し訳ないが、今、何分かな」


 燈太はスマホに手を伸ばさなかった。そのため、いつもの誘発セーブを狙った言葉は飛んでこない。

 そのまま、指をピタリとくっつける。


「……」


 玄間の表情は変わらない。

 

 ――内心は驚いてるでしょう? 玄間さん。


「終わりました」


 燈太は能力を発動した。何も起こらない(・・・・・・・・)

 脳裏に、時間も浮かび上がっていない。


 しかし、しっかりとその能力(・・・・)を発動している。


「……じゃあ、時間を教えてもらえるかな?」


「終わったのは『準備』です」


 燈太がレポートに書かなかった。いや、というより書くのすら忘れていた、ある能力。

 幾度と黒葬を困らせた始まりの能力。

 玄間という完璧な男ですら忘却してしまった能力がある。


「……」


 玄間は、既に燈太を殺すモーションに入っていた。見えないが、玄間の身体がぶれたのだから間違いない。


 ――しかし、それは届かない。


 


19週目(今回)は、俺の勝ちです。玄間さん」

 



 燈太はそう告げる。

 数秒前に能力を発動していた。その効力は目には見えない。


 そう、目には見えぬ『UE』が燈太の身体から少し離れて大量に発生していた。


 それは今まで何度も観測されてきた、『共鳴』によって引き起こされる大量な『UE』の放出。


 ――俺は能力をもう完全に掌握しているんだ。


 この放出を燈太は意図的に行ったのだ。

 能力を完璧に使いこなせる今、それは可能だった。というより、使いこなせて当然。この無駄に見えるエネルギーは、本来『時間跳躍(タイムリープ)』を行うための莫大な力なのだ。いわば、回帰を寸前でキャンセルするようなイメージにより引き起こされた力。

 ただ、この力は今まで同様に何の意味も持たない。ただ、発生するだけ。


 それで良かったのだ。


 燈太の思惑は、完璧に当たった。

 既に最弱のカードは、ジョーカーに化けている。


 玄間を阻む、光の壁(・・・)として。




「『暗幕』……ッ!」




 玄間の四方には、超高密度なエネルギーを伴ったバリアが発生していた。


 黒葬本社の最終防衛装置『暗幕』。


 多量『UE』の発生に加え、物理的な衝撃が発生すると予測された瞬間、光の速さでそれは出現する。かつて、月野春奈を媒介とした魔術団の爆破攻撃を防いだ光の壁。それが今、燈太の前に、玄間を囲むようにして出現していた。


 大量の『UE』放出の起点を前方へずらした。半径1mは能力のテリトリーである。

 その結果、見かけ上は玄間から『UE』が大量に放出される形で『演算装置(ハイド)』は認識する。そして、同時のタイミングで玄間は燈太を殺そうと動いた。

 玄間という怪物の動きは、打撃に達する前の段階で強大な破壊力を秘めている。


 達成条件はクリア。


 だが、懸念(・・)があった。『暗幕』はどんな『UE』にでも反応するわけではない。例えば幽嶋はワープの際に『UE』を発する。ワープした直後、地面の着地の勢いによっては『暗幕』の発動条件を満たすだろう。

 もちろん、それでは困る。『暗幕』の発動コストは勿論、一歩間違えば命を奪う装置だ。

 故に工夫がなされている。

 『UE』はその性質上、『演算装置(ハイド)』であってもどんな効果を持っているかを判断することはできない。そのため、『暗幕』を発動するべきか、危険性を判断するのに「量」という尺度を使っている。これは、単に多いか少ないかではない。知っているか知っていないかだ。

 『UE』の量によって、『超現象保持者(ホルダー)』が放つ能力由来の既知『UE』であるかを判別する。

 例えば幽嶋のワープで発する『UE』の「量」を記憶しておく。地面に対し衝撃があったとしても、そこで発せられた『UE』が記憶した幽嶋の量と一致するなら『暗幕』は起動しない。

 もし同じような「量」を放出する『超現象保持者(ホルダー)』がいるならば、当人の位置情報と結び付ければその衝突(コリジョン)は問題ない。


 そういった『暗幕』の性質を踏まえた懸念だ。

 だから本来、燈太の大量放出された『UE』は、危険でないと判断されて『暗幕』は発動するのはおかしい。


 そこが穴。指令本部と玄間の穴だ。


 ――やっぱり、俺の能力は、まだ黒葬のシステムに登録されていない。


 燈太の能力を指令部があらかじめ知っていれば、『暗幕』は燈太から放たれる『UE』の量を確認して、危険ではないと登録しているだろう。つまり『暗幕』は発動しなかった。

 玄間が何を焦ったかは知らない。しかし、レポート提出からすぐ『処理』へ踏み切ったことによる弊害は、玄間を『暗幕』という最強の防御壁に封じ込めた。


 燈太は走り出す。


 ――指令部のサポートが完全でないなら、『暗幕』はすぐに解除されないはず! 時間を稼げる期待大……!


 通常『暗幕』の起動時間は、『UE』の量と予測されたインパクトに比例する。大量『UE』と玄間のパワーの乗算であるなら、起動時間はかなり期待できる。1分程度は持ってくれるか?

 燈太は背中越しに玄間に向け銃を撃つ。

 焼石に水になるかもしれないが、『暗幕』に物理攻撃を与えることで、解除までの時間が稼げるかもしれないと考えたのだ。


 燈太は走る。

 恐らく玄間を振り切れるのは今しかないだろう。

~補足~

・『暗幕』はⅡ章、幕間で登場しました。

・『暗幕』の発動条件は量ということでした。『UE』はあくまでUnknown Energyであり、未知のエネルギーの総称です。ワープの力を持つ『UE』と時を戻す『UE』の判別は、今の黒葬の技術力では不可能です。

・『暗幕』に詳しい燈太 → 『暗幕』は普通にマニュアル化されてます。燈太君はちゃんと読んでます。

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