第143話 抜けられぬ『時間跳躍』
◆ 4週目
燈太は考えた。
単純な策。
玄間と燈太は、廊下を歩んでいた。
そう。4週目では、1週目同様に玄間からの電話に出たのだ。
「……おっと」
玄間は、足を止めた。
「腕時計を忘れちまった」
玄間はスーツの左袖をまくり、肩をすくめた。
「燈太君を検査室まで送ったら会議なんだが……。申し訳ないが、今、何分かな」
――このタイミング。
玄間の誘発セーブを狙った会話。
燈太は、1週目同様スマホに手を伸ばす。
「あぁ。秒単位、いやコンマ単位は結構だぞ。何分かだけで良い」
玄間はやはり、同じ言葉を口にする。
それを無視して、スマホを取り出した。
――これでどうなる……?!
玄間の仕掛けた、誘発セーブを不発に終わらせる。
おそらく殺そうとしている意図、すなわち詰みセーブをさせようという作戦を燈太に察されるような真似はしてこない。この後、再びセーブをさせるような会話にするのは余りに不自然。玄間は諦めざるを得ないだろう。
これで、玄間の作戦は失敗に終わった。
この後、どうするかも考えなくてはならない――
「――何週目だ?」
玄間はとんでもないことを口にした。
「え……?」
燈太は動揺した。
なぜわかったんだ。
――いや、これは違う! 鎌をかけられ――
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 5週目
「――あぁ。秒単位、いやコンマ単位は結構だぞ。何分かだけで良い」
5週目でも、4週目の手順を同じように踏んでいた。
――あれに動揺しなければ問題ない。
先ほど同様、燈太はスマホに手を伸ばす。
すると、
「何週目だ?」
「え? なんのことですか?」
玄間の言葉に平然を装いそう返す。
「君は勘違いしているな」
玄間から、殺気が放たれた。
「俺は対人課長だ」
燈太は理解した。なんて男だ。
――……さっきのは鎌をかけたんじゃない。
読まれている。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 6週目
正午。燈太は静かに、ゆっくりと頭を抱えた。彼は、失念していた。
玄間天海は、対人のスペシャリスト。その観察眼は決して侮れないことを。
玄間の「何週目だ?」という言葉。あれは確認に過ぎないのだ。99%を100%にする行為でしかない。もし、燈太が1週目ならば、払拭できない不信感を植え付けてしまう。そんな真似を玄間はしない。
つまり、その前の段階で、燈太の行動から『時間跳躍』で回帰したn週目燈太であることを玄間は見抜いている。
どこで見抜かれたのか。
――恐らく……。
スマホに手を伸ばしたときに玄間が言うセーブをさせるための言葉。
ちょうど燈太がスマホに手を伸ばすというドンピシャのタイミング。あれが絶妙なのだ。
4、5週目の自身を振り返る。今思えば燈太は、玄間の言葉を全く無視してスマホに手を伸ばした。いや、玄間の目には「確実に聞こえているが無視した」という風に写ったのかもしれない。
かと言って、反応しておきながらスマホに手を伸ばし続けるのは不自然さが出てしまう。その不自然さを玄間はどう読み取るか。
――試すか……?
燈太の脳にはまだ余裕がある。作戦実施。
「――あぁ。秒単位、いやコンマ単位は結構だぞ。何分かだけで良い」
燈太は、玄間の言葉に眉をあげるようにして反応した。意味を理解していないことを装う。
作戦通り言葉に反応しつつスマホを取り出す。
「何週目だ?」
――嘘だろ。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 7週目
――この方法じゃ、無理だ……。
不可能だ。
多分、腕時計の話を始める前に玄間は燈太に違和感を覚えている。あのジョークは玄間にとっての答え合わせ。燈太が一番不自然な行動を起こすポイントだからだ。多分、自分ではわからない程度だが、玄間にとっては決定的な違和感が浮き出てしまっていて、それを見逃すことはない。
もう、ここまで来るとどこの何で見破られているのかわからない。玄間に呼び出されて、廊下で会ったとき、自然に装えているのか。廊下でしている雑談の中にヒントを与えず、自然体を維持できているのか。
考えれば考えるほどわからない。
何度繰り返しても、玄間の観察眼を破れる気がしない。
――それどころか、繰り返せば繰り返すほど、「作業感」が出てきてしまって不自然さが増すということまである……。
まだ脳には余裕がある。だが、限界はあった。
燈太の『時間跳躍』は理論上だと無制限に使い続けられる。
無論、連続で使いすぎると記憶が溢れ脳がパンクしてしまうのだが、これは睡眠をとって、記憶を整理すれば免れるのだ。リープ先で眠れば無限に回帰を行える。
だが今回、睡眠は取れないと考えた方が良い。玄間はカメラでこちらを観ている。セーブ直後にぶっ倒れるようにして眠るのは『時間跳躍』を確定させるようなもの。多分、そんな大げさでなくとも睡眠をとるような動作をすれば、玄間は動くだろう。
――無駄なリープは……できない。
演技をして玄間を欺くという方向性は捨てる。
ふと、スマホが目に入った。
――誰かに連絡する……のはどうだ。
燈太の頭を過る多くの頼りになる黒葬社員達。
玄間が動いているのは、『黒葬』の意思か。それとも玄間の単独か。
誰に電話を掛ければいいのかわからない。全員が敵という可能性も。そこで燈太にはある疑念が浮かんだ。
――……妙だ。
『黒葬』が一丸となっているなら、こんな作戦を実施するだろうか。そもそも、玄間に能力のレポートを提出したのは昨日だ。このスピード感はなんだ。
作戦を立てるなら能力をしっかりと吟味した方が良いはずだ。確かに危険な能力だが、せいぜい数日かければ完璧になる作戦をわざわざ急ピッチで実行するだろうか。
玄間はかなり念入りに燈太を殺そうと計画を立てているように感じる。しかし、あくまで「今日中に殺せる範囲」での確実さのように思えるのだ。
数日間、数人で燈太をいつでも殺せるような状況を作り上げておくとか。
――それだけじゃない……
あとは『オリハルコン』だ。自動『時間跳躍』を無効化できるかはやってみないとわからないが、試す価値はあるだろう。
――『オリハルコン』は玄間さんにとって弱点でしかない。単独だからこそ、持ってくるのを危険と判断したんじゃないか……?
そもそも確実性を取るなら、複数人で燈太の『処理』にくれば良いのだ。
――玄間さんの正義感が暴走して、指令部を振り切り俺を殺そうとしているようには思えない。でも、何かしらの制限がある気がする。きっと、下準備はそこまでできていない……。
ものは試し。燈太は、紅蓮に電話をかけることにした。
しかし、手が止まる。
――ダメだ。紅蓮さんが俺の味方だとしても伝える術がない……!
監視はきっと映像だけでなく盗聴もあるだろう。助けの言葉を口にした瞬間アウト。助けが来るより玄間の方が早い。
――そうだ、幽嶋さんなら!
生物課長のテレポーター。これなら、玄間よりも速い。
燈太は素早く電話を掛ける。しかし、
ツーツー。
――電話中……?
間髪いれずに破壊音がした。数秒後、ドアを破壊し玄間が現れる。
その手にはスマホが握られていた。
「麗に何か用でもあったか? ちょうど俺も電話を掛けたんだ」
――これも対策済みか……っ!
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 8週目
本格的に、手がない。
――それでも、なんでも試すしか……。
「待たせて申し訳ない」
燈太は、玄間の呼び出しに応じ部屋を出た。
「いえいえ」
玄間は、燈太に背を向け廊下を歩き始める。
燈太はおもむろに、ハンドガンへ手を伸ばす。
「――予想しようか?」
玄間は燈太に背を向けたままそうつぶやいた。
「君はバカじゃない。君が俺に銃を向けるという選択を早い段階で取るわけがない。つまり、手詰まりの一歩手前……。そうだな……」
燈太は半ばヤケでハンドガンを引き抜く。玄間の姿は消えていた。
「10週目弱ってところだろ」
玄間の声が背後か――
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 9週目
――俺は一体。
部屋の前へ玄間を呼び出し、ドア越しにハンドガンで銃撃。
全弾命中。
玄間天海、無傷。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 10週目
――何のために。
玄間に呼び出される前にトイレへ行き、そのまま脱走を試みる。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 11週目
――勝てる相手じゃない。
玄間に対し、自身の『時間跳躍』が終わらないと訴える。
燈太は役者じゃない。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 12週目
――こんなことは無駄だ。
自分を撃ち抜き、自殺を装った。玄間は血を流し、目を瞑り身動き一つしない燈太に近寄る。そして。
『時間跳躍』自動発動。
回帰地点、正午ジャスト。
◆ 13週目
――俺はどうしてそこまでして、生きようとしてるんだ。
坂巻燈太はその考えに行きついた。