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第140話 暗殺許可願

 獅子沢は、1割が怒り、1割が驚愕、8割が困惑という複雑な感情の中にいた。


「――報告は以上だ」


「……」


 黒葬本社ミーティングスペース。ここには、獅子沢の他には玄間しかいない。しばしの沈黙が流れた。

 ただいま玄間によってもたらされた報告は、坂巻燈太の能力に関することだった。

 魔術団との交戦における最終局面。先ほどまでその結末は謎に包まれていた。

 魔術団が儀式を行っていたビル最下の一室は、暗証番号をもって侵入者の妨害を固く拒んでいた。しかし、その扉を燈太が一発で開け、魔術団の悲願であったゼフィラルテ・サンバースの復活は未然に食い止められたのだった。

 なぜ、燈太が扉の暗証番号を当てることができたのか。推測として立ったのは、環境把握の延長戦という説だ。扉の仕組みを理解して、番号を当てたと。

 あの時、本社にいた静馬は、時を操る『UE』を燈太が放出していると推測した。しかし、燈太の周りでそのような大事は起きなかった。あっさりと幕を閉じた。燈太の『UE』が時に関わるというのは、憶測に過ぎなかった。

 この認識のすべては誤り。

 獅子沢達に知覚する術がなかっただけだ。時間を巻き戻すという弩級の異能によって世界が書き換えられていた。

 ゆえに。


「なぜ、黙っていた……」


 獅子沢は玄間を睨み付けるようにして、問いただす。


「死地へ赴き、重傷を負った少年の発言を全て鵜呑みに上へ報告することは、躊躇われた。社長の『お導き』の件もある。そこに間違いがあっては組織にも混乱を呼ぶことになる。彼の体調が万全になってからこのように体裁を整えて報告すべきだと判断した」


「貴様……」


 白々しいにもほどがある。

 だが、彼の言う理屈が大きく破綻しているかというとそんなことはない。無論、客観視に客観視を重ねればだが。

 当たり前だが、状況から考えて「燈太に『時間跳躍(タイムリープ)』という能力がありました」というのは説得力がありすぎる。

 報告しないことを選べる大義名分が存在しているだけで、報告するべき事項であることはバカにもわかる。玄間は愚かではない。

 つまり、話は元に戻る。


 ――なぜ黙っていた。


 しかし、その疑問はすぐに消えた。


晴音(はるね)


 玄間は、獅子沢の名を呼び、一枚の紙を提出した。

 その紙を見て、玄間の意図を悟る。獅子沢は、顔を歪めた。


「これは……」


「対人課長権限を行使する」


暗殺許可願(アサシンレポート)か……」


 対人課、課長権限の一つ。

 緊急事態における『超現象保持者(ホルダー)』の『処理』権限。

 急迫した事態における特殊権限であり、黒葬内部にて手が付けられない状況になってしまった『超現象保持者(ホルダー)』を速やかに『処理』する仕組み。

 状況によっては、暗殺許可願(アサシンレポート)提出の必要もない。これが出てくるということは当然ながら、報告と同時に燈太を殺す準備をしていたわけだ。


「時を操る未曾有の危険性を孕んだ『UE』を持つ坂巻燈太は早急に『処理』すべきだと判断した」


 ただし、この権限には満たすべき条件がある。当たり前だが、無条件に殺戮を行えるものでは断じてない。その条件とは、指令本部長クラスの承認である。

 平時、内部の人間であれば危険性を認め隔離するにしろ、『処理』するという結論に至るにしろ、慎重な議論がなされる。なぜなら『黒葬』は異能者のセーフティネットでもあるからだ。危険だから排除するという選択は、必要最小限に抑えるのは絶対の掟。

 この課長権限は、対人課長及び指令本部長の判断のみでそういった議論をすっ飛ばすことができる。安全確保のため速やかな抹殺を行う権限である。


「許可を願いたい」


 玄間は淡々と続けた。


「……坂巻燈太。彼がそこまで危険だと……?」


「そうでなければここまでしない」


 社長の遺言となった『お導き』はまず間違いなく燈太を指している。

 『火急を以て星の輝きを――』。社長の言葉はここで途切れた。「安定もしくは強めることで制御しろ」ということか、「輝きを絶やせ」というあたりが続く言葉としては自然だろう。

 玄間は間違いなく後者で解釈したのだろう。


「晴音。俺は、俺のすべきことをする。そこに慈悲は必要ない。坂巻燈太はここで『処理』するべきだ。今なら確実。議論が始まれば少なくとも一カ月は結論は出ない。そのわずかな時間すら命取りになるかもしれない爆弾を彼は抱えている」


 獅子沢は玄間を見つめる。

 彼とは長く仕事してきた。この男は、純粋に平和、平穏を望んでいる。

 その純粋さはあまりに澄んでいて、時に残酷なものだ。だからこそ、獅子沢はこの男を誰よりも信頼してきた。黒葬には玄間の持つ「澄み切った正義感」は必要だと考えている。

 自身の倫理と、道徳、正義感に則り治安を守る『黒葬』。あまりに不安定な存在意義と、方針。そこには、絶対なる天秤が必要だった。

 善悪に対し誰より素直で公平な男。それが執行部対人課長、玄間天海だ。

 

「……お前でも……そんなにも恐ろしいものか」


「あぁ。俺のことは誰でも殺せる(・・・・・・)が、あれが成長し続ければ誰も手出しできない。今なら俺が迅速に『処理』できる。今しかないんだ」


「……他の方法を模索する必要性はないと?」


「ない。その摸索の先にあるのは、リスクを残した妥協案だけだ。彼の能力は世界を滅ぼすことにつながりかねない。欠片でもリスクが残るならそれを許すべきじゃない」


「……」


 獅子沢は、目を細め思考を巡らせる。

 決断しなくてはならない。

 それが指令本部長だ。


「だが、これはあくまで対人課長玄間天海の意見だ。指令本部が、他の者達がそのリスクを許容して生きていくことを正式に(・・・)決めたのならばそれに従う。そのリスクを最低限に抑え込む方法を考え、それ以外の危機を俺は薙ぎ払い続ける」


「回りくどいのは変わらんな」


「変わっていいことじゃない。俺は『黒葬』の駒であることに変わりない。与えられた権限の中で最善を選ぶだけだ」


 グレーのラインで情報を隠蔽し、暗殺許可願(アサシンレポート)なんてものを引っ張りだしてきた。あくまでルールの範囲。その中で、彼は正義というなのどす黒いことをしようとしている。

 それが対人課の長だ。


 時に関わる能力。『時間跳躍(タイムリープ)』。

 『アトランティス』は同種の『UE』によって警告だけを残し、この世界から消失した。もし考え得る最悪のケースへ至った時、玄間の言う通り、どうすることもできない。正確には、知覚することすら叶わないのかもしれない。


 獅子沢は燈太という少年を頭に浮かべる。

 研修報告書、部下のオペレーターからの伝聞、実際に活躍を目にした『アトランティス』と魔術団との交戦。時間としては長くないが獅子沢の鑑識眼は燈太の性質を捉えていた。

 新人ながら、自身の力を生かし多くの事件で活躍した。怖いもの知らずだが、本質のところは冷静沈着。静かに決意し、しっかりと考えを巡らせたうえで『未知』へ飛び込む少年。将来への期待大。

 どの課へ配属させるか人事も大いに悩んでいた。


「……」


 獅子沢晴音。指令本部長。

 優秀なオペレーター達の中にいて、頭一つ飛びぬけた腕を持つ『黒葬』の指揮者(コンダクター)

 彼女もまた、玄間同様、時に残忍な選択をできる人間であった。


「――許可する」


 獅子沢は、あまねく全ての人間を鏖殺できる無情な正義の守護者の鎖を解き放った。獅子沢は、黒葬の最高戦力であるこの男の手からは、誰も逃れられないのを知っている。

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