第15話 狐崎空は迷わない
「あんたら、誰」
狐崎空、10歳。彼女の「家」から少し離れた廃工場。一人でそこにいた空の前に、スーツを着た男二人が現れた。
一人は目付きが鋭い少年。高校生くらいにみえる。隣にいるのは体格が異常に良いサングラスを掛けた男だった。身長は2mを優に越えている。
「『黒葬』対人課、伊佐奈紅蓮」
「……こくそー? 何それ」
「まぁ、秘密結社だ。簡単に言えば。で、おまえなんか超能力があるんだってな?」
「……だったら?」
空は苦しんでいた。
自分のもつ力に。
「お前をスカウトにしに来たんだよ、俺たちは」
紅蓮と名乗る少年はそう言った。
◆
階段を抜けるとそこは、広い一本道だった。空の能力はあくまで直線加速。
一本道というのは非常に都合が良い。
通路には銃を持った男達が数人立っている。道幅は数メートルと狭い。
「──」
男達が空をみて、引き金を引くのはおろか、言葉を発しきる前に空はすでに走り出していた。
男たちの横を通り抜ける際、斧で殴っておく。もちろん、「刃で」ではない。フライパンで殴るがごとく、側面を使いひっぱたく。
顎を狙えば一発で落とせる。
『次、右』
「任せるッス 」
空は角の少し前から減速。手を付きつつ、急ブレーキ。スニーカーから少し焦げ付くにおいがした。
通常、空が走っている間は『UE』に包まれている。しかし、ブレーキをかけ、ある程度減速すればその加護は消えるのだ。
「この靴、お気に入りだったんスけど……」
『どうかした?』
「なんでもねぇッス」
空は走る。
◆
「敬之助。何か聞こえないですか?」
「あ? いやなんも?」
治正は異音を聞いたらしい。
紅蓮の耳にはしっかり聞こえた。『黒葬』が動いたらしい。
「……念のためです。見に行きます」
「気のせいじゃねぇか? 親父」
「黙ってついてきなさい。あ、そうそう。君たち」
「君たち」というのは紅蓮、燈太ではなく、黒服のボディーガードを見て言っている。
「万が一ということもあります。無線は手放さぬよう。指示を出すやもしれないので」
そう言い残すと、治正と敬之助は部屋から出ていった。
この場にいるのは紅蓮、燈太、小銃を持った男二人である。
退路は助けに来た『黒葬』のメンバーが作っているだろう。であれば問題はない。
紅蓮はあらかじめ切っておいた縄を振りほどき、男一人へ飛び掛かった。
「ッ!」
振り返る前に一発右ストレートをかます。残り一人。
残る一人は紅蓮に向け銃を構える。爆発的な脚力で瞬時に間合いを詰める。アッパーの要領で銃をカチ上げ、無力化。
「どうやっ――」
みぞおちに拳をねじ込む。
「げへッ!!」
男は倒れこんだ。
紅蓮の身体能力は常人のそれではない。超回復という能力を生かし、身体に限界の動きを実現させる。もちろん、『黒葬』に入社してから血のにじむような努力をし、会得した業だ。
「ふぅ……」
「……えっ。解いてたんですか……? 縄?」
「あ? あぁ。最初殴られたろ? あれでな。ほら」
紅蓮は燈太に白く尖った物を見せる。
「……歯ですか?」
「そーゆーことだ」
敬之助に殴られ、歯を折り、それで縄を解く。あとは、強引に脱走するだけだが、燈太がいるとなると話は別だ。燈太は弾丸一発で死んでしまう。
燈太を守りながら、構造も場所もわからないココから、地上へ出るのは至難であると判断した。
以上のことより最善は逆上した敬之助に暴行され死ぬことであった。
死んだふりをし、脱走。その後、燈太を救出しようかと案を練っていたのだが、思ったより治正が冷静だったため、作戦は失敗した。
しかし、燈太がなんらかの「数字」で黒葬に場所を伝えたようなので問題ない。
念のため、近くの男だけ伸しておけば、時機に助けがやってくるだろう。
それにしても、この状況で動転せず、『黒葬』へ助けを出せるのは見事だ。調が見込んだだけある。
「さて、あとは助け待つとするか」
◆
「なんですかこれは……」
奥の方から男が二人やってきた。
空の周りには黒服がバタバタと倒れている。それを見て言ったのだろう。
『そいつらよ白金治正、白金敬之助は』
カレンは空のカメラ越しに男の顔を見たのだろう。あの二人が今回の標的であり、凶悪な犯罪者だ。
「な、なんだお前!」
敬之助と思われる男は声を荒げる。
「……『黒葬』執行部対人課、狐崎空。
――あんたら犯罪者を『処理』するッス」
空は手斧で二人を指す。
「……わかりました。自首します。なぁ敬之助」
「あ、あぁ! そうしよう親父」
敬之助、治正は両名手をあげた。
「だめッス」
「?!」
「はぁ!? 無抵抗だぞ!! 俺たちは!」
空はトントンとその場でジャンプする。
4速。時速1200km。その速度は音を超え、妖刀を持った紅蓮を弾き飛ばしたように衝撃波が生まれる。
「ま、待ってください! コイツですよ! 人殺しは!!」
治正がそう言い、敬之助は驚愕し、治正を見た。
「!? 親父! 何俺を売ってんだ! お前が人が死ぬの見てぇって言ったんだろが!!」
「うるさいっ! クズめ! お前は偉くない!! 私が偉いんだ!! 偶然私の元から生まれた程度で調子ずくな!!」
「なっ!!」
「ですから、敬之助だけを!!」
治正は空を見て懇願する。
「だめっす」
「なっ!! この――」
「ごちゃごちゃうるせぇんスよ、さっきから。あんたらは自ら、裁かれるべき法に背を向けたんスよ。今更、『表』で裁かれる権利があるとでも思ってるんスか?」
敬之助は口をパクパクとさせ、治正は黙り、
そして、にやけた。
「あなたは、人を殺したことがありますか?
私はあなたを呪います。私たちと同じ人殺しです、あなたは。ずっとその業を背負えますかねぇ」
「……ッ、この人殺しめっ!!」
治正はまるで自分が何もしていない被害者のような顔で語り、敬之助はそれを見て空を加害者だと言わんばかりに煽る。
「……確かに。あんたら、ぶっ殺すのも胸糞悪いんすよ」
人を殺すといつも、その日は眠れない。どうしても顔が浮かぶのだ。
――しかし、空は迷わない。
「でも、あんたらに殺された人に報いることはできる。あんたらに殺される人が減る。そう思ってるッス。
うちはただまっすぐそう、信じてるんスよ」
この二人が空をどれだけ、呪おうが、怨もうがそれに勝る感謝があるはずだ。
救われる人がいるはずだ。
そのために自分の能力を使うと決めた。
これが彼女なりの正義で、信じるべき道だ。
「……ッ地獄で待ってるぞ!」
「残念ながら、うちは天国に行けるよう日頃から努力してるッス」
空は音の壁を越え、障害物を二つ跳ね飛ばし、まっすぐに、ただまっすぐに駆け抜けた。