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短編:店とスーツと紅蓮

リハビリに短編を書きました。

 (つばめ) 絹尾きぬお、42歳。

 彼は、このファッションショップの支店長である。本家はドイツで生まれた伝統ある高級衣料品店であり、いわゆるブランドショップと言われる店だ。

 この店は主に、スーツを取り扱っており、外資系に努めるサラリーマン、何かを当てた会社の社長、果てはドラマや映画に出演するスターを目にすることもある。そして、それに見合うラグジュアリーな空間がそこにはあった。


「――高そーっすね」

「そりゃ、そうだろうよ。空、ぜってぇ失礼なこと言うんじゃねえぞ」

「……え、失礼なことを言うのは、うちなんスか? 紅蓮センパイでなく?」


 故に奴ら(・・)は目立っていた。

 高校生くらいのパーカーを着た少女、眼つきの鋭い20代の男性。男性の方はスーツを着ているものの高そうなものではない。随分着続けているのか、よくみれば所々に(ほつ)れがあり、革靴も年季が入っていて黒革が少し剥げている。更に観察すると、スラックスには血痕のようなものすら滲んでいる。

 絹尾は深くため息をついた。


――冷やかしは困るんだよなぁ。全く。


 質の低い客は、いるだけで店の価値を下げる。絹尾が朝早く出社し、チリ一つないよう隅々に至るまで掃除をして、照明の角度を整え、店の雰囲気を完璧にしてもこういった外的要因が台無しにする。

 ここは支店長の出番だろう。

 だが、絶対に怒らせてはならない。ああいう品の低い輩に限って口コミに低評価を綴るのだ。あくまで、あちらの意思で帰っていただくに限る。


「何かお探しでしょうか?」


 絹尾は、二人組に声を掛けた。顔には満面の笑みを浮かべ、声色は優しく、相手に不快感を覚えさせる真似は一切しない。


「あー、えー、スーツを探していて」


 男の方が質問に答える。少女の方は、キョロキョロと辺りの服を見回していた。


「なるほど、ご予算の方ですが……」


 絹尾は、こういう時のパターンを既に持っていた。


「スーツとなると、50万円からとなりますが……、宜しいですか?」


 ふっかける。

 実際、50万なくて買えるスーツの取り扱いもある。だが、高額を提示、暗に威嚇し、「あーそれならいいです」と言いやすい空気を作ることで追い返す。


「ひえー」


「えっ、そんなするんですね」


 少女は間の抜けた声を出し、男性も眉をひそめた。男の口調は意外と丁寧である。


「えぇ。質の良いものを取りそろえるとそうなってしまうんです。申し訳ございません」


「あー……。まあ、それで大丈夫です」


「はい、では、またの御来客を――。……はい?」


「? え、ですから予算には収まってるのでスーツを見せていただけますか?」


 予算に収まっている。

 ?。

 素早く男と少女を見返す。

 謎が解けた。


 ――反グレだ。


 間違いない。

 男は、反社会的組織の鉄砲玉。そして、少女はその娘か法外に若い愛人ということだ。最悪極まりない。客の質を下げるどころか犯罪者だ。

 このあと懐から出てくる札束は、判断力の乏しいお年寄りからオレオレ詐欺でせしめた年金の結晶に(たが)わないだろう。絹尾は自身の両親――富山にいる――を思い出し、激しい怒りを覚えた。

 しかし、絹尾は追い返すことなどできない。努力を積み重ね、ここの支店長を任されるようになったのだ。問題を起こす、まして反社会的勢力に対してとなれば首が飛びかねない。拳を強く握り、下唇を噛み、絹尾は再びいつもの営業スマイルを浮かべた。


「かしこまりました。ではいくつか紹介させていただきます」


「すみません、よろしくお願いします」


 何がすみませんだ。謝るのは絹尾にではないだろう。


 ――全方面に謝罪しろ、アウトレイジめ。


 絹尾はそう心で、罵るも表情には一切それを出さなかった。


「……ウール生地になるかと思いますが、繊維の細かさに何かご希望はございますか?」


「えーと、繊維の細かさ……」


「細かい方がいいんじゃないっすか? 細かい方がきっと、触り心地がいいんすよ」


「ほんとかァ? ……そういう細かいとこ聞いてくるんだったな」


「細かいことが気にならない紅蓮センパイは、粗くてもいいかもしれないッスけど」


「黙ってろ」


 二人は何か相談をしていた。


「あ、すみません。ちょっと電話してもいいですか?」


「えぇ、かまいませんよ」


 そういうと男は、電話を掛けた。


「あー、オレオレ」


 ――やっぱりオレオレ詐欺師じゃないか。


「……わかってんなら、先教えてくれよ! なんだよ、『だろうな』って」


 先の「オレオレ」は年季が感じられる。使い慣れている感じもした。

 反グレで間違いない。犯罪者め。

 この少女も裏でどんな――


「――聞いてます?」


「は、はい?!」


 気がつくと、男は絹尾に対して話しかけているようだった。


「ここの店に絹尾さんっていらっしゃいます?」


「……? 私ですが」


「電話を代わって欲しいって、言ってるんですけど」


「はぁ……?」


 なぜ名前を知っているのか。

 絹尾は反社会的勢力とのつながりなど一切ない。高校生の頃、ヤンキーに絡まれたのが最初で最後だ。

 絹尾は、困惑しながらもスマホを受け取った。


「あー、もしもし……」


『お世話になってます。玄間です』


「く、玄間様!?」


 玄間。

 絹尾が担当している常連の『お客様』である。風体にかなり威圧感を覚えるものの礼儀正しく、素晴らしい人格者だ。

 目の前の男は反グレ。

 ということは玄間も反――


 ――そんなわけがない!


 玄間が反グレということは絶対にありえない。

 絹尾の持つかわいい一人娘に渡すプレゼントの相談をするような『お客様』が反社会的勢力など、あり得ない。ありえないのだ。

 なんという誤解をしてしまったのか。

 この男は、今日だけなぜか汚いスーツを着ていたのだ。普通の会社員なのだろう。

 ここまでの発言で露骨に失礼だったものはなかったか?

 絹尾は、それはそれはあわただしく自分の行動や言動を省みた。そして、なんという勘違いをしてしまったのだと、猛省した。

 電話先の声がふと頭に飛び込んだ。


『――グレ』


「いえ! そのような勘違いは!!!!」


『……はい?』


「へ」


『絹尾さん?』


「は、はい?! なんでしょう!」


『え、ですから、グレー(・・・)のスーツじゃなくて、黒のスーツを仕立ててやってくださいね……と』


 玄間の声をようやく絹尾は理解した。


「紅蓮センパイ、もう飽きたんで、うちは帰るッス」


「何しに来たんだお前」

空ちゃんは、スーツは着ません。パーカーです。

理由は動きやすいからです。(能力的に)

なんでこの日、紅蓮についてきたかと言うと、暇だからです。

あわよくば何かを奢られようと思っています。

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