第138話 夜明けへ向かって(2)
投稿、遅くなってしまい申し訳ありません……。
「おし、行くぞ」
燈太は、紅蓮の腰に手を回した。
燈太を後ろに乗せたバイクは夜の街を走り出す。12月の空気は、吐いた息を白く染めた。
10分経たぬうちに、燈太が乗ったバイクは高速道路へ入っていく。
「そういえば、どこまで行くんですか!」
風を切る音にかき消されぬよう、声を大きくした。
「決めてねぇな!」
「そんなもんですか!」
「そんなもんだ!」
高速道路の道路照明と月明かりの下、バイクは闇を走り続ける。
明日も平日だからか、車もあまり走っていなかった。
「風が気持ちいいですね!」
「だろ! 寝ちまいそうだ!」
「紅蓮さん無事でも、俺が死にます!」
「時戻せ!」
「そうでした!」
「こんな頼もしい2人乗りはないぜ! スピードガンガン出せるな!」
「明日も始末書書くのは嫌ですよ!」
「ハッハッハ! ちげえねぇな!」
不死身二人を乗せたバイクはそれからも走り続けた。
「……お、あそこ行くか」
「え?」
不意に紅蓮がそんな風につぶやいた。
「何か言いました?!」
「行先決めたわ!」
そう言う紅蓮。燈太は、どこに行くかなど検討も付かない。でも、それを聞くのは野暮な気がして、黙っていた。
そのまま20分近く、バイクは走り続け、その後高速を降りた。下道に入ったということは恐らく目的地が近い。その後、真夜中の道路を進み数分後。
「見えてきたぜ! 燈太!」
「なるほど!」
紅蓮は、バイクを止めた。
燈太も降りる。
すぐそこには海が広がっていた。
真夜中に加え、冬。人は誰もいない。波の音が聞こえた。空には星々が燦然と輝いている。都会でも、意外と星は見れるものだなと思った。
「ほら」
紅蓮が、燈太に何かを投げた。
「ありがとうございます」
缶コーヒーだった。もちろん温かい。
「いいだろ? 静かで」
紅蓮は自分の缶コーヒーを開けながら、ずっと先。海を眺めていた。
少し、意外だった。
「似合わねぇか?」
「!」
ドンピシャで心を読まれた。
「空にもそう言われたよ」
紅蓮は苦笑を浮かべる。
「……まぁ、ちょっと意外だなとは思いましたね」
燈太も小さく笑う。
「なんつーか落ち着くんだよな」
燈太も紅蓮のように海を見つめた。
「いっつも忙しねぇからかな。落ち着くんだ」
「……確かに落ち着きますね」
なんとなく、色々あったなぁと考えてしまう。
紅蓮の背中を見るとなお、そう感慨に浸ってしまう。
全てが始まったときも紅蓮がいたし、研修中でも何かと紅蓮というか対人課の面々といることが多かった。
燈太にとって紅蓮は頼りになる人であり、楽しい人だ。
「一番頼りになるのは?」で言うと幽嶋や調、鑑心、玄間などが頭に浮かぶ。あとは静馬もまぁそうだ。
紅蓮はそうではない。何かと問題を起こす。しかし、それを結局なんとかしてしまう。なんというか、「なんだかんだ頼りになる」。そんな表現がぴったりだろうか。
紅蓮と調に誘拐されて。
妖刀を追って。
紅蓮と共に白金に捕まって。
幽霊トンネルを探索して。
ツチノコを捕まえて。
『アトランティス』を冒険して。
魔術団と戦った。
楽しい思い出ばかりじゃない。左空、調、春奈。命を落とす人もいた。
悲しいことも、辛いことも、苦しいこともある。
でも、燈太は今まで逃げたいと思ったことはなかった。
燈太は『黒葬』にいて良かったと思う。
わからないことや、知らないこと、想像を超えるようなこと。それがココにはあふれている。だからきっと、それに巻き込んでくれる紅蓮が燈太は好きだった。
これからもそれを求め続けるだろう。入社した時から変わらない。
唯一変わったことは、燈太が無力でなくなったということだ。
今の能力があれば、皆を助けられるし、自分ももっと先へ進める。
『好奇心』の先へ。『未知』の元へ。
燈太に宿る、燃えるようなその意志はより一層強さを増していた。
「……」
だからこそ、この静かな海が燈太にも心地よかった。いつもそんな風に燃えているからだろう。
きっと、紅蓮もそうだ。燈太とは違う何かを抱えている。だからこそ、この静かな海が、好きなんだろう。
「……紅蓮さんは、どうして『黒葬』に?」
紅蓮は、燈太を見た。
「そういや、言ってなかったな」
「……あ、その、別に言いたくなければ全然」
「……いや」
紅蓮はまた海の方を向いた。そしてコーヒーを口にした。
「別にお前に言うのは構わねぇよ。隠してたわけでもないしな」
紅蓮はそうつぶやいた。
「俺はな、ガキの時、人を殺しちまったんだよ。『黒葬』入る前に」
「……」
「強盗だった。……そいつらに両親ぶっ殺されてな。頭にきて殺しちまった」
燈太は、紅蓮の話にただ耳を傾けた。
「ちょうど能力が覚醒したんだ。不死身だったらガキでも返り討ちにできた。それで『黒葬』に入った。贖罪ってやつだ。能力で人を殺したから、能力で人を救うって。……バカみてぇな理由だろ?」
「……いえ。とても立派なことだと思います」
「他人を、自分の感情に任せて殺しててもか?」
「はい」
燈太は、静かに、しかし力強く答える。
「俺は紅蓮さんを短い間ですが、みてきましたから。過ちが消えるかなんて俺にはわかりません。でも。少なくとも俺は紅蓮さんを尊敬しています。紅蓮さんは凄い人です。それだけは知ってます」
「……買い被りだぜ、そりゃ」
紅蓮は、海をみたままそう漏らした。そして、
「……燈太、お前はどうして入社したんだ。初めて会ったとき、調さんの問いに即答したろ?」
今度は紅蓮が燈太に質問した。
「まあ、みてりゃよ。だいたい想像は付くけどな。でも、ちゃんと聞いたことはなかっただろ」
「ハハ、多分想像通りですよ? 『好奇心』です」
「やっぱりな」
紅蓮は燈太につられるようにして笑った。
笑い声が消えると、再び静寂が訪れる。気まずさは感じないのが不思議だ。
寄せては返すそれを見ている。燈太はおもむろに口を開く。
「……俺と同じくらいオカルトとか、いわゆる『未知』ってのが好きな友達がいたんです。少し前に事故で亡くなりました」
燈太は過去を打ち明けることした。
「そいつ、俺なんかより頭もよくて凄い奴で……。なのに、ちょっとした冒険で、そういう『未知』を求めてあっさり死んでしまった。何かの怪現象に巻き込まれたわけでもなく。本当によくあるただの事故で命を落としました。
なんか『好奇心』とかオカルトとかバカらしくなっちゃって……。それから、なんていうか凄い冷めてたんですよね、全部に」
「……」
「でも紅蓮さん達に出会って分かったんです。捨てたつもりがやっぱり自分には『好奇心』があるって。世界にはまだまだ謎があるんだって知ってしまった」
燈太は缶コーヒーを口にした。紅蓮は気を利かせて微糖を買ってきてくれていた。苦いが、ほのかな甘みが口に広がる。
「だから俺は、『黒葬』に、紅蓮さん達に会えて良かった」
紅蓮は黙っていた。
「……すみません、なんか。『黒葬』に入る理由にしては自分勝手というか、ちっぽけな理由ですよね」
「そんなことねぇよ」
紅蓮はすぐに燈太の言葉を否定した。
「別にどっちが優れてるとか、そんなんねぇだろ。きっと」
その言葉はどことなく力強かった。
「……俺にはお前みたいな『まっすぐさ』ってのはねえ。自信持てよ。お前はすげえ」
紅蓮は微笑みながら、燈太の方を見た。
「調さんはそういうとこを見込んだんだろうからよ。お前の『好奇心』に助けられた奴はちゃんといるぜ?」
燈太は、その言葉を聞き目を伏せた。目頭が熱くなったからだ。
「俺もそうだしな。……命一個でよくやってるぜ、ほんと」
「……ありがとうございます、紅蓮さん」
紅蓮と燈太は、また海を見つめた。
その後も何度か言葉を交わす。
紅蓮は、缶コーヒーを飲み干すと、クシャっと缶を握りつぶした。
燈太もそれをみて、握りつぶそうとするもスチール缶は固かった。
「あー、さみぃな」
「……5度ですって」
燈太は能力で答える。
夜が明ける。
明日は何が待ち受けるのか。
これから始まる『波乱』を燈太はまだ知らない。
ここ最近プライベートが忙しく更新できておりませんでした。
出来る限り、週1で更新できるよう頑張りますのでこれからも応援のほどよろしくお願いいたします。