第126話 オペレーション『鳥籠』(3)
シャルハットは、軽く肩を回し伸びをした。
『皆既食』は展開してある。
結界はシャルハットが解除するか、制限時間を超えるか、もしくはどちらかが一方が死亡するまで消えることはない。
それが対人結界『皆既食』。
結界が解除されれば戦いの痕跡は全て抹消され、死体すら残らぬ冷血な決闘場を作り出す。
「さてと」
シャルハットは、考えを巡らせる。
結界が展開されてなお、フロアの床にはダイナマイトが転がっていた。玉砕覚悟の自爆がお望みならば、既にやっているはず。結界に閉じ込められた以上、無視して問題ないだろう。
――そもそも本気で爆発させる気があったんですかね……?
『皆既食』を誘導された? しかし、誘導の先にこちらが不利になる条件は皆目見当もつかない。考えすぎか。
「そろそろやる気になりましたー?」
シャルハットから前方10m程度。音もなく銀髪の男が現れた。
「接客業務は私の仕事じゃないんデスけどね」
「あれま、そっちも人材不足ですか」
「……不景気デスからね」
シャルハットはクスっと笑った。
無論、景気のせいではない。
現在における魔術団の持ち駒の少なさは、1から10まで『黒葬』のせいである。
「……まぁ、お互い様ですね。さっきも面白ロボット君をぶつ切りにしてさしあげましたし」
正確に言えば、『人』材じゃないかと思ったりもした。
「ふふっ。本当に愉快な組織です。バラエティ豊か。ロボットに。……あと忍者さんとかも真っ二つに――」
シャルハットは人の感情の変化に鋭敏だった。
「あれ」
「忍者」というフレーズを出した刹那だ。
ここまで感情を表に出さないように見えた男の顔がほんの一瞬だけ強張った。
本人は、すぐにそれを隠したようだが、シャルハットは見逃さなかった。
「あれあれ?」
これは?
「……そういえば、忍者君が『部』だの『課』がどうとか言ってましたねぇ! あなたが、もしかして直属の部長とか課長だったりします?!」
「……私としたことが顔に出マシタか……」
――これは、愉快……ッ!
「図星デスね。執行部生物課の課長デスよ、私が」
「あぁ、そうでしたか! いやぁ、なかなか強かでしたよ? 彼は! 手裏剣やらなにやら手数も多くて! まぁ相手が悪かったですね」
この課長とやらは、隠しているようだが強い怒りを抱いている。きっと死に物狂いでシャルハットを殺りに来る。
「『皆既食』を貼ってましたから、真っ二つに裂けた死体も、残念ながら……ドロン!」
熱くなった奴ほど、弄び殺すことに適した人間はいない。
「まさか、ここに来て部下を殺した方に会えるとは……」
男は自分の腰あたりにゆっくりと手を伸ばした。さっきまでにも何度か飛んできた串のようなものを手に取るのだろう。
「……接客業務ではなくなりマシタ。これは生物課のお仕事デス」
シャルハットは笑った。
向き合う男も少しだけ口角をあげた。
「かわいい部下の仕事の不始末を『処理』するのも上司の務め……」
これは、全く好みの展開だ。
「『黒葬』執行部生物課長、幽嶋麗が責任をもって、あなたを『処理』させていただきマス」
「いいですね! 名乗り返しましょう」
シャルハットも軽く後ろ足を引き、構える。
「私は『黄昏の2』シャルハット。この私が上司も部下も、平等に地獄に送って差し上げましょう!」
幽嶋が消え、シャルハットは『届き得ぬ向こう』を展開する。
因縁絡まる殺し合いの幕開けだ。
ちなみに幽嶋は『黄昏の6』ミーシャと会ったときに、左空が死んだのは知っています(44話)
しかし、誰が殺したかまでは知らなかったわけですね。
p.s. 評価してくださった方、ありがとうございます!