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第121話 魔術団の孤狼は

「ま、そう上手くは行かねぇか……」


 二度の爆発の直撃。玄間の姿はボロボロだった。

 恐らく、同じ手はもう通じないだろう。再び分身体を投げれば、投げた分身全ての爆発を停止させるだけだ。あれは、意表を突くことで通じた一回限りの手。


 ――だが、布石(・・)は打った。


 さきほどの拳で魔術師に致命傷を与えたとは思っていない。

 しかし、ダメージは与えたという確信がある。

 そう、玄間は全力で突きを繰り出した直後に飛び散った血を見逃さなかった。

 分身体から出血がみられない以上、あれは本体。飛び散る血が見えたということはなかなかの至近距離だったはず。玄間の勘は鈍っていない。


「さて……仕上げだ」


 玄間は再び駆けだす。

 しかし、今回は分身体を殺すために走るのではない。実際、玄間は分身体をスルーして駆けた。目的は本体を炙り出すためだ。


 ――その傷はマーキング(・・・・・)だ。お前を殺すための。



 ――まさか、この怪我で俺か分身かを判別する気……じゃないだろうな?


 ヴォルフは出血している肩に小さな爆発を起こし、傷口を焼き出血を止めた。

 玄間は分身体を全て無視して走っている。ヴォルフは眉を(ひそ)めた。


 ――その対策がないとでも……?


 ヴォルフは、素早く、分身体の見た目を操作した。

 これによって、分身全ての肩には本体と同様の出血痕及び、露出した傷口が完全再現される。先ほど同様に、分身と本体の区別はもうつかない。

 ヴォルフは冷静に分身の数を増やし続ける。玄間は分身に攻撃をしないので、こちらから手動で爆発をさせた。

 直撃はないが、玄間は何度も爆風に晒されている。


 幾度となく、それが続く。


 ヴォルフは能力で少しづつ玄間のスピードが落ちるのを捉えていた。弱っている。しかし、それでも玄間は駆けるのを止めない。


 ――何が目的だ……?


 玄間がヴォルフとすれ違った。玄間は何かを探すように、目線を移動させているものの、本体に気づく様子はない。


 ――そうか……。これ自体が罠……ということか。


 意味のない行動に思える。

 しかし、それをすることによって、ヴォルフは疑念を抱く。何かミスをしているのではないか。何か判別する方法があるのではないか、と。

 その疑問によって、心が動き、冷静さを欠けば、玄間の思う壺。すれ違った時にこそ、その平常心が試されるのだ。


 玄間が再びヴォルフの方へ向かってくる。


 ――俺にミスはない。

 

 ヴォルフの勘は極めて鋭い。

 1秒に満たない時間の中ですら、その勘は働き、先ほどのキレた戦術を凌いだ。

 もし、自分に気づかぬミスがあるならば、虫の知らせのようにして何かを感じ取れるはず。先ほどからのヴォルフの心中は完全なる凪であった。

 動揺や、疑念は一切ない。

 自身の強さに対しての揺るがぬ自信と、戦場への慣れ。これがヴォルフを分身体の群れに同化させた。


 玄間は、ヴォルフの横を通り過ぎ――



 刹那。



 玄間がヴォルフ後方で足を止めた。

 同時に、ヴォルフの第六感は、玄間の殺気を感じ取った。



 この魔術師の男は優秀だった。非常に強か。勘も鋭く判断力も並外れている。

 長い攻防の中で、不意を突けたのは一度だけ。加えて、その一度で奴を絶命へと至らしめることはできなかった。


 『黒葬』執行部対人課長、玄間天海。『黒葬』の最高戦力。


 そんな玄間が手を焼いていた。

 恐らく、この戦いの中から、奴の一手上を行く戦術はもう生まれない。


 しかし。


 ――やっと……見つけた。


 そう、この戦い(・・・・)の中からは。



 玄間はヴォルフと背中合わせで立っていた。


 ――これもブラフのはずだ……。


 ヴォルフとの距離1m弱。


 ――偶然足を止めた。それだけだ。


 不可能だ。探し当てることなど。ヴォルフにミスはなかった。隙も見せなかった。


 だが、なぜだ。


 勘が。

 ヴォルフを何度も救ってきた野生の勘が、自身の命の危機をけたたましく伝えていた。

 

 ヴォルフは身じろぎ一つしなかったが、玄間が足を止めた瞬間から、ヴォルフは既に魔術師としての臨戦態勢を取っている。



 玄間は『超現象保持者(ホルダー)』である。

 能力は身体強化。身体中から肉体を強化する『UE』が溢れ出る。


 それは周囲に影響(・・・・・)を及ぼす(・・・・)ほどに。


 ある時は、負傷した獅子沢の治癒を促進(・・・・・)した。


 魔術師の男は、傷を分身体に反映した。玄間は、反映されたのが怪我をした後であることを見逃さなかった。つまりは手動。同期しているわけではない。

 否、仮に自動で自分の状態を分身に反映できたとしても、それをすれば自分の位置や方向のヒントを与えるきっかけになりかねない。恐らく敢えて手動での反映を選んでいるのだろう。


 玄間以外に対してであれば最善の選択であった。


 煙の中を、爆炎の中を駆け続けることで、玄間の体外へ溢れ出す『UE』は、少しずつ魔術師の本体にも影響を及ぼす。

 魔術師は考えもしないだろう。玄間が、「付けたキズ」をみて本体を探しているのではなく、「キズの治り具合(・・・・)」で探索していることを。止血が済んでいる以上、怪我の治癒が少しづつ起きていても、それに気づくのはほぼ不可能だ。


 何度も何度も爆風に晒される中、探索を続け、ようやく玄間は分身の中に一体だけ肩にある傷口が小さい個体を見つけ出した。極々僅かな差だ。玄間の動きに対応できる、ずば抜けた動体視力があってわかる程度の差でしかない。

 

 奴にミスはなかった。


 全ての選択は最善で、極めて合理的。

 しかし、玄間のみが知りえるアドバンテージを、戦術の中に組み込むことで、一手上を行ったのだ。

 



 足を止めた今でさえ、背中合わせの魔術師から動揺は感じ取れない。


「……」

「……」


 しかし、ここまでの戦いからわかる。

 奴はもう臨戦態勢に入っている。恐らく、玄間が本体を見付けた時点で、だ。

 この男の勘は鋭い。


 先に口を開いたのは魔術師の男だった。


「……俺は名をヴォルフという」


「……そうか」


「玄間天海、……お前は強い」


 玄間は静かに拳を握りこむ。


「――だが、それでも俺は上を行く……ッ」


 玄間は、それ以上の言葉を聞く前に、恐ろしい早さで振り返る。

 男を、いやヴォルフの息を止めるべく腕を引き、前方へ拳を突き出した。

~補足~

・獅子沢の治癒促進を行ったのは54話です。

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