第119話 嵐の夜に
お待たせしました、98話の続きになります。
対人課長 玄間VS『黄昏の1』ヴォルフです。
地下1階。『皆既食』内部。
――これほどの『魔術内包者』がいるとはな。
玄間の動きを見て、ヴォルフは素直に感心した。
『覆い隠す白煙』で視界は完全に遮られているはずだが、分身体が近づいた瞬間に気配や煙の揺らぎでそれを察知し、恐ろしい速度で屠る。そして、爆発の直撃を避けるため迅速にその場所から離れる。その一連の動作に全くの無駄がない。
恐らく能力は単純な肉体強化であるが、その質が抜群だ。
それに加え。
――そろそろこっちも場所を変えるか。
玄間は、一定の間隔で場所を大きく移動する。それも恐らく、ランダムではない。経験則に則ってこちらの位置を予測しているのだ。ここまでで2度も玄間との接近を許した。無論、ヴォルフ本体に玄間の一撃が炸裂すればそれで勝敗は決す。
能力の質はもちろん、戦術や戦う上で必要とされる経験やセンスも一流。公園で戦った少女も悪くはなかったが、玄間に比べれば天と地ほどの差があるだろう。
――だが、俺の勝ちは揺るがない。
ヴォルフは確信していた。
分身体の爆発は玄間を少しずつ、着実に削っている。実際、分身体を殺す速度にわずかながらではあるものの、低下の兆しが見え始めていたのだ。
「……ふっ」
ヴォルフは小さく笑みをこぼす。
久しく現れなかった洗練された実力者との戦いで高揚感に満たされていた。そう、ヴォルフにとって魔術を用いた殺し合いこそが全てだ。
◆
ヴォルフの父は魔術師だった。ヴォルフの家系は遥か昔から魔術団と関わりのあるもので、ヴォルフにも当然魔術の素質があった。
今までと違ったのは、その才能が極めて優れていたことだ。空前絶後と言って過言はない。
ヴォルフは、父の言うことを素直に聞き、魔術を学び、実践に励み、来たる魔術の祖ゼフィラルテ復活の儀に備え、腕を磨き続けた。
その結果、ヴォルフは10代前半のうちに父の実力を超えていた。そう、父の数十年に渡る努力の産物を10年足らずで打ち砕いたのだ。ヴォルフの父は、あろうことか実の息子に醜い嫉妬の感情を持ってしまった。
ヴォルフが17歳になって、魔術団の中でもその腕を買われ注目の的になり始めた頃だった。嵐の夜にヴォルフは寝室で、魔術師に襲われた。ヴォルフは、突然の事ながらも魔術による最善かつ最大の反撃を行った。そうして、ヴォルフは無傷、暗殺を企てた魔術師は即死した。
死体をみると、その男はヴォルフの父だった。
父は「魔術は、人を良い方向に導く、崇高なものなんだ」とそう言っていた。その父が、息子のヴォルフを殺しに来た。それも崇高なる魔術で。そしてヴォルフは実の父を殺害した。同じく崇高なる魔術で。
ヴォルフは確信する。
魔術は人を殺めるためにあるのだと。
加えて、この体験はヴォルフのもう一つの才能を開花させた。
ヴォルフは父の屍を見つめる。
父の初撃は、炎の魔術であった。あれを躱していなければ、自分がこうなっていたかもしれない。躱しながら詠唱を行い、炎の魔術を放った。あの選択は恐らく不正解だ。詠唱の長さとしては氷柱を打ち込む魔術の方が素早かった。……いや、それでは、殺しきれていないかもしれない。であれば……。
ヴォルフは初めて人間を殺した。それも身内をだ。
そんなヴォルフは実父を殺害したことへの後悔ではなく、先の殺し合いの反省を始めていた。あろうことか、ヴォルフの心は昂っていたのである。
ふと、我に返る。
「これが魔術か……」
なぜ、自分が魔術の勉強をしているのかわからなかった。なぜ、ゼフィラルテという魔術の祖が偉いのか全く理解できなかった。だが、拒否するほど嫌でもないから父の言うことを素直に聞いていただけ。
才能に恵まれながらも、目的や、願望を何ひとつ持ち合わせていなかった青年は嵐の夜に、父の屍の傍らで酷く暴力的で残酷な指針を得た。
自身の才能の使い道を理解したのだ。
――他の魔術師と命の奪い合いを望む。もっと強かな者はいないのか。
魔術を用いた決闘こそがヴォルフの人生の意味だとわかった。
ヴォルフは魔術団の異分子を殺す仕事を引き受けた。
仕事は多かった。ゼフィラルテ復活の儀には、人の血液や臓腑を用いた大量の供物がいる。これを得るべく行うNYテロ。このテロに賛同しない魔術師は少なからずいた。その魔術師らをヴォルフは皆殺しにした。
他にも、ゼフィラルテを蘇生させることは間違っているという主張をする他宗派。数は少ないが、日本を除く政府子飼いの魔術内包者――質はあまりに低かった――も殺した。
恐らくこの世に残る強かな魔術師は、もう『黄昏部隊』の魔術師だけだろう。だが、そんな上澄みの彼らですらヴォルフとは大きな開きがある。
故にヴォルフは望む。魔術の祖と呼ばれたゼフィラルテ復活を。
曰く、ゼフィラルテは好んで使った魔術が6つあるそうだ。
『孤独ゆえに巨する威』
『届き得ぬ向こう』
『虚無を晒す肢体』
『光り轟く迅殺の槍』
『爆ぜる魔の雫』
『覆い隠す白煙』
『黄昏部隊』が各々極めた魔術である。
そして、ゼフィラルテは、この6つの魔術を同時に使うことができたらしい。
はっきり言って眉唾だ。「6」という数字は魔術的に強い意味がある。恐らくそれを強調した作り話だろう。ヴォルフですら同時に使える魔術は3つが限界。加えて、適性者が極めて稀である『虚無を晒す肢体』は魔術団でもビヨンデしか使うことができないものだ。
神格化されすぎている。
そもそも、一人の男が魔術の体系を全て築きあげ、後世へ残したというのがはっきり言って、無茶しかない。ゼフィラルテの死去から600年余りが経過したのだ。正確な伝承を期待する方が的外れだろう。
しかし、ヴォルフはもうそんなおとぎ話に縋るしかないほど飢えていた。
この儀式が成功した瞬間、ゼフィラルテに対し『皆既食』を貼り殺し合う。その後、ビル内にいる魔術師と黒葬の人間全員と殺し合う。
それがこの儀式に加担するヴォルフの理由である。
強き者と殺し合う。それが全てだ。
~補足~
『覆い隠す白煙』について。これは煙で視界を遮るだけなく、遮音効果もあります。煙の中で、感じられるのは臭いや煙の揺らぎ(風)だけです。まぁ、臭いでどうこうできるのは生物課のネロくらいですね。