第118話 伊佐奈と坂巻
117話のサブタイトルにある、(1)の表記を消しました。
話の内容に変化はありません。
紅蓮が鑑心とすれ違い、地下2階を走っていると、
「んだ、これ」
壁が扉のように開いていた。
『……それは、燈太君がみつけた隠し階段よ。でも、駄目。そこを降りてすぐ燈太君と連絡が――』
紅蓮は壁を抜け、隠し階段へ足を掛けた。
『ちょっ!』
「急いでんだよ、俺を心配してどーすんだ」
はっきり言って、さきほどの戦いで、紅蓮の再生能力はかなり衰弱していた。だが、それでも燈太に比べれば死ににくい。
もちろん、「なんとしても助けたい」という私情はある。ただ、今回はそれだけでなく『お導き』で燈太が重要な鍵になるというのがあった。紅蓮が死んだとしても、燈太を生かせたのならば、それは紅蓮にとって、使命を、そして贖罪を完遂したといって過言はない。
『……』
葛城は黙っていた。何か言いたげというか、意味を含んだ沈黙に思えてならない。
小型カメラには、紅蓮の様子は映らないはず。紅蓮の完治していない怪我も映らない。よって紅蓮の自己治癒能力には限界があるというのは葛城は知らないのだ。なぜ、さっきから葛城の歯切れは悪いのか。
――あのクソ眼鏡、能力の件、恵にチクったのか?
『……警戒はして』
葛城の声色ではっとした。
――……そうか。同じ状況だからか。
言い方からして、通信がロストした際、燈太のオペレーターは葛城だった。指令部も許可を出してたんだろうが、彼女は強く責任を感じているのだ。
「……心配すんな、燈太はバカじゃねぇ。俺より機転が利くやつだ」
階段を駆け下りる。
『……俺より? それはみんなそうじゃないかしら……』
「……」
なんなんだ、こいつは。
階段を駆け下り10秒足らず、紅蓮は地下四階へとたどり着いた。
『……警戒してね』
「おう」
隠し階段の先の扉を蹴り開ける。
「燈太ァ!!」
辺りを見回すと、
「……あ、紅蓮さん」
「良かったぜ、無事だった――」
燈太は壁に寄りかかっており、腹部から出血していた。加えて、近くには人が倒れており、恐らく死んでいる。
――何があった……?
燈太に駆け寄り、腹部の傷を見た。見たところ銃創である。恐らく、致命傷ではない。ここで応急処置を施し、ちゃんとした医療機関へ届ければ、死に至ることはないだろう。
「……倒れてるのは木原です。戦いになって……、俺が撃ちました」
「……無理に喋らなくて良い。いてぇだろ。待ってろ」
応急処置を始める。
――撃った……?
燈太が木原を殺したということか?
燈太は見たところ、そして、話している様子はいつも通りだ。だが、紅蓮は燈太の精神状態について正常であると、確信が持てなかった。分かりやすく感情が外に出ていないだけかもしれない。
かといって、探りを入れるような真似は絶対にしない。怪我をした状態であるなら、今は目を逸らしたままで良い。深く考えさせないようにするべきだ。
「……あと、通信。この階はつながらないみたいです……。てっきり『皆既食』かと思いましたけど」
確かに、葛城の声が全く聞こえない。木原の死体が消えていない以上、燈太の言う通り、二人の間に『皆既食』はなかったと思われる。
「わかった。ありがとな」
「……紅蓮さん……お手を取らせてすみません」
「気にすんな。……言っとくけどな、これはちゃんとした『大怪我』だ。手当しねぇと下手すりゃ死ぬ」
紅蓮は立ち止まって、燈太の治療をしている。
実際、紅蓮の中に迷いがなかったのかと言うと嘘になる。
はっきり言って「燈太の応急手当は後回しにして、今すぐ下に降りる」、そんな選択肢はあった。無論、燈太のケガは浅くはない。何もしないのは本当に命に関わる。
「私情」と「使命」。
それで彼はいつも揺れる。しかし、どれだけ揺れても、「使命」を選ぶことが紅蓮にとっての贖罪だ。
――……『導き』は無視できねぇ。
『お導き』を考えれば、燈太のケガをどうにかするのは優先事項の一つだ。紅蓮一人で最下層へ行き、儀式を止められれば良い。だが、どうにもならなかったとき、それをなんとかしてくれる可能性を秘めているのが燈太だ。
――でもそれはよ……。
紅蓮は、痛みに喘ぐ燈太を見た。
この選択は、この状態の燈太を更に下階へ連れて行くということに他ならない。それはあまりにも――。
「――でも、そうですよね。このままだと先へ行けない」
紅蓮は思わず手を止めた。
「……ありがとうございます、紅蓮さん」
紅蓮は燈太の顔を驚愕の表情で見た。
「お前、自分の状態をわかってんのか……?」
燈太は、紅蓮の言葉を聞くと、目を閉じた。
そして、目を開け、何か覚悟を決めたような真剣な表情で紅蓮に話始める。
「……ずっと、『共鳴』してるんです。俺の『UE』、……いや能力が」
紅蓮は眉をひそめた。
その情報は指令部から共有されている。だが、それがどうした。
「それとなんの関係が――」
「この先にあるんです」
燈太は突然、紅蓮の腕を強く掴んだ。
「俺の能力の真相が……。やっと、わかるんです……! この先にある……! 『アトランティス』でもわからなかった、『未知』が……! 俺は確信してます。先です。この下なんです」
これはどっちだ。
痛みで、ハイになっているだけか?
正気の狂気か?
「俺は何か……、何か間違っているんです……。こうじゃない。きっと何か根本的に使い方を……」
そう燈太はぶつぶつと呟いた。
その後、再び紅蓮を見る。
「……ともかく、俺は下へ行きます」
紅蓮は燈太の目を見てわかった。こいつは行く。
応急処置をしても、しなくても。腹から出た血を、床に塗り付けててでも前へ進む。
「……俺はお前を殺しちまうかもしれねぇ」
応急処置をすることが、先に進ませる助けをすることが。燈太の死に直結するかもしれない。
「……調さんは言いました。アトランティスへ行く前です。俺の性格は、道を間違えれば死を招くって。でも、人類を生かしてきたのは好奇心で、俺を生かすのもまたその好奇心なんだ、って」
「……」
「もし最悪の結果が待っていても悔いはありません。俺は少なくとも自分に嘘はつかなかったし、最善の選択をしたと胸を張れるからです」
燈太は紅蓮の手を放した。
「……多分、それが俺にできることなんです。調さんが入社を提案してくれて俺は嬉しかった。だから、あの人が気に入ってくれた『好奇心』は捨てたくないんです……」
「……わかった」
「紅蓮さん……」
「ただ、……死なせねぇよ。調さんのそう言われたんだろ。死んだら、調さんが嘘つきになっちまう。あの人は滅多に嘘つかねぇんだ」
「……っ。はい……っ」
紅蓮は、燈太に初めて会ったあの日のことを思い出す。
――調さん。
調のした提案が正しかったのか、紅蓮は未だわからずにいる。
~補足~
葛城さん→下の名前は恵で、紅蓮は恵と呼びます。
燈太の共鳴→99話の獅子沢指令部長の懸念、102話の燈太の懸念とはこれのことでした。
調さんの言葉→34話にあるやつです。
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