第12話 権力者の言い分は?
「……あれ」
燈太が目を開けると、何もない部屋が広がっていた。地面、壁は打ちっぱなしのコンクリートになっている。照明の発する光は弱く、薄暗さがぬぐえない。
「起きたか」
声のする方をみるとそこには紅蓮がいた。
「……おっと」
手足の自由が利かない。手は後ろで縄で結ばれ、足もきっちりと結ばれている。
紅蓮も同様であり、地面に倒れていた。
「飲み物になんか盛られてたみてぇだ」
そうだ。燈太は白金治正の息子、敬之助の『処理』を伝えるため、白金邸を訪れていた。そして、治正が手紙を書くと言って、部屋を出てから急な眠気が襲い……。
「え、じゃあ白金治正さんが?」
「……だろうな。案外バカ親で、息子を守るためにこんなことをしたのか、もしくは。……治正と敬之助が元々グルだったのかもしれねぇ」
「えっ、どうするんです? これ」
燈太は身じろぎ、縄を解こうと試みるが、もちろん緩まる気配もない。
「どうもできねぇ。ま、大丈夫だ。もう少しすりゃ、あっちから出てくるだろうよ」
◆
「紅蓮が捕まった」
「え、マジっすか?!」
「スーツについているGPSの位置情報が、白金邸でロストしたとのことだ。白金敬之助がいないことからも考えると、白金治正に連れ去られたとみて間違いない」
空のターゲットだった白金敬之助が不在。その父、白金治正の元へ行った紅蓮が行方不明。これを偶然というのは無理がある。それは空でもわかった。
「てか、強いんスか? その白金ってしゃちょー。紅蓮先輩が捕まったって」
「……あいつが腕っぷしで負けることはないだろう。搦め手だ」
「あー」
空は紅蓮と仕事をよくするが、『超現象保持者』相手はともかく一般人相手に苦戦することは想像できない。よって、なんらかの罠にはめられたと考えるのが妥当だ。
「紅蓮は、死なないせいで抜けているのだよ。全く。危機管理能力やら警戒心やらが」
「ショージキ言うんスけど。……勝手に帰ってくるんじゃないんスか? 紅蓮先輩なら」
「それがな、燈太も一緒だ」
調の言葉で思い出す。今回の仕事は紅蓮と燈太、二人で仕事へ出ていた。紅蓮単独ならなんとかして帰ってくる可能性はある。しかし、燈太を連れて無事に帰還するとなると難易度は跳ね上がるだろう。
「あー……。マズイっスね」
「紅蓮及び燈太の居場所がわかり次第、救出任務にあたってもらう」
「了解っス」
「そして、その場にもし白金敬之助がいたならば……」
「分かってるっスよ」
◆
「お目覚めですか?」
扉が開き、白金治正が現れる。その顔には笑顔が浮かんでいる。続けて、がっちりとした体格の強面の男が入ってきた。白金邸を訪れる前に写真で顔を確認している。あれは白金敬之助だ。
その後、二人ほどサングラスを掛けたスーツの男が現れる。手に持っているのは、燈太でもわかる。映画でよく見る連射の利くの銃、いわゆる自動小銃だ。
「全く好意で出向いてやったのによ。恩を仇で返したのはそっちじゃねぇか」
敬之助は紅蓮の元へ近づき、顔面を蹴り飛ばした。
「誰が喋って良いって言ったんだ? オイ」
「紅蓮さんっ!」
「敬之助、やめなさい」
敬之助は不服そうな顔をしながら、紅蓮の元を離れた。
紅蓮の口元から血が流れる。そして、血を含んだ唾を吐き捨てた。
「……で、なんだよ。親子そろって人殺しか? それともまだ脅されてるとか言うんじゃねぇだろうな」
「えぇ。脅されているというのは嘘です。真っ赤な」
治正は、先ほど白金邸で話していた内容の嘘をはっきりと認めた。
「ハッハッハ! 親父、俺に脅されてるとか言ったのかよ!」
敬之助は大声で笑い始める。
「親父だろ! 殺したの!」
「え……?」
燈太は敬之助の言葉に耳を疑う。
「いや、勘違いしないでくださいよ? 私は殺すよう頼んだだけで、殺したのは敬之助とそのご友人ですよ?」
「なんで……そんなことを……」
白金治正は大手企業の社長である。何不自由なく暮らし、いやそれどころか贅沢をして生きている。何があって、そんな凶行に、人殺しを行ったというのか。燈太には全く想像がつかなかった。
「娯楽です。娯楽」
治正はそう言った。
「なんていうんですかね。人が死ぬところというのは見ていて飽きないんですよ。あれです、消えかけの電球が点滅して、いずれ消える。わかりますかね? ここで消えるか? もう少し持つか? っていう感覚です。あのじれったさが堪らない」
燈太は深呼吸した。心底不快で、吐き気を催したからだ。
「あとは、自分の権力の再確認というのもありますかね。金で日本の法を黙らせるのは結構気持ちがいいものですよ。まぁ結果、あなたたちが来たわけですけど……」
「親父の趣味はわかんねぇな……。俺はただ、うっぷんを晴らせれば良いだけだ。わかりやすいだろ?」
呼吸が加速する。
人の命をなんとも思わない。
金があるから、偉いから、自分は何をしても良いと思っているのか。
「……おいクソ爺。連れが気分害してんだ。その口閉じるか死ね」
「だってよ親父ィ」
敬之助は笑うことを止めない。
「てめぇもてめぇだ。パパのおかげで、弱いものいじめできてよかったな」
「……なんだと?」
紅蓮の言葉で、敬之助の顔から笑みが消えた。
「パパからもらったおもちゃがそんなに良かったかって聞いてんだよ、クズ」
紅蓮は、煽ることを止めようとはしなかった。
「親父、人質は一人でいんじゃねぇか? なぁ? ぶっ殺してもいいだろ?」
「……だめですよ、敬之助――」
「クックック」
紅蓮がくつくつと笑い出す。
「ちょ、紅蓮さん……。あんまり煽らないほうが……」
「燈太も聞いたろ? パパの許可がいるんだと」
「こっの野郎!!」
敬之助がまた紅蓮に近づこうとして瞬間、銃声が鳴り響いた。治正のボディーガードと思しき男が天井に向け発砲したのだ。
「やめなさい。目的を忘れたのですか?」
「……チッ」
敬之助を舌打ちをもらす。
治正がボディーガードに耳打ちをした。
「ぐっ……」
短い銃声が鳴り、紅蓮は足から血を流していた。ボディーガードが発砲したのだ。
「本題に入りますね」
治正はそれを無視し、話始める。
「紅蓮さん、大丈夫ですか?!」
「……あぁ、血はすぐ止まるさ。致命傷じゃねぇからな」
紅蓮はそう答える。紅蓮は不死身だ。傷はすぐ治る。
しかし、相手を煽って、わざわざ攻撃を受ける必要はない。燈太は紅蓮の意図を掴みかねていた。
「あなた達は人質になっていただきます」
「……人質?」
「そう、私と敬之助が一生を終えるまでです。『黒葬』に目をつけられてしまった以上、仕方ないでしょう。あなたを人質に『黒葬』と交渉します」
「そういうこった。流石に、えー。『黒葬』だっけか? まあ、なんか裏社会じゃ有名らしいじゃねぇか。そいつらとやりあうのは頭悪ぃからな」
「本当に参りましたよ。敬之助に足が付いたということは、私の関与もいずれバレてしまうでしょう。ならば、敬之助が殺される前にこちらから動こうという魂胆ですね」
「いやぁ、わりぃな親父」
「はぁ。とはいえ、敬之助は助けますが、『お友達』は助けませんからね」
「あ? あぁ、あいつらか。構わねぇよ」
葛城の話を思い出す。そう、敬之助の起こした事件は集団暴行殺人であった。集団である。殺人に及んだのは敬之助だけではない。
お友達というのは、その仲間のことだろうか。
確か、その人間たちはすでに指名手配されていたはずである。つまり、治正が金でなんとかしようとしたのは「敬之助の関与」の一点であり、ほかの人間は普通に警察が追っている形だ。
結果として、敬之助が『黒葬』に目を付けられたことを考えるとなんとも皮肉な話である。同情の余地はないが。
「話が逸れましたね。今から『黒葬』とコンタクトを取らせていただきます。番号を教えていただけますか?」