第11話 訪問、大豪邸
「ここが白金邸だ」
「……やっぱり大きいですね」
大きな門の前に燈太、紅蓮は立っていた。ここに「白金電通株式会社」社長がいるのだ。時刻は22時を回っていた。
紅蓮がチャイムを鳴らした。
『はい』
「夜分遅くにすみません。白金治正さんへ『黒葬』の者が来た、と伝えていただけますか」
『こくそう? アポは取られていますか?』
「はい」
『少々お待ちくださいませ』
一度インターホンからの音が消え、30秒ほど経過した。
「お待たせして申し訳ない! 『黒葬』の方々ですね。今門をあけ、使用人を向かわせます」
声は先ほど対応していた人間のものとは違う。白金治正は60に近い老人と聞いているが、はつらつとした声だった。
「おぉ……」
自動で大きな門が内側に開き、燈太は声を漏らした。流石豪邸である。
その後、現れた使用人に連れられ、応接室へ案内された。
待つこと1分。白金治正本人と思われる人間が現れた。
「お初にお目にかかります。『黒葬』対人課の伊佐奈紅蓮と申します」
「あっ、さ、坂巻燈太です!」
紅蓮に続き、名乗り、深く頭を下げる。
「こちらこそ初めまして、白金治正です。どうぞ座ってください」
ソファーに座るよう促され、二人は声をかけ座る。ソファーの座り心地はとても良い。高いものなんだろうなぁ、と燈太は思った。
次に使用人と思わしき人間が飲み物とお茶請けを運んできた。
「恐れ入ります」
白金治正は、穏やかな笑みを浮かべた、老紳士だ。
「さて、『黒葬』自ら出向き私に話があるとは、何事なんでしょう?」
「……あなたの息子、白金敬之助さんのことについてです」
治正は少し表情を曇らせた。何か思い当たる節があるということだろう。
「白金敬之助さんは、集団暴行殺人事件の容疑者である、いえ、容疑者でありました」
紅蓮はティーカップに注がれた紅茶に口をつけた。視線は鋭く、言葉遣いは丁寧でも本来の彼の威圧感がそこにはあった。
「そして、あなたは――」
「えぇ。隠蔽をしました」
治正はあっさりと自分のしたことを吐いた。
「隠蔽というより、金を使い警察機関に圧力をかけ、もみ消しました。ですが、仕方なかったんです……!」
「仕方なかった?」
「はい、敬之助に脅されていたんですよ! お前もこの死体みたいになりたくなかったら、俺のやってことをなかったことにしてくれ……と。写真が送られてきたんです。死体の……」
「ひどい……」
「……なるほど。『黒葬』はあなたの息子を法で裁けない悪人と定義し、こちらで処理をする決断をしました」
「……いえ、自分の息子とはいえ、とんでもない極悪人ですよ。あれは。このように事前通知していただいただけでもありがたく思います」
治正はうつむき、そのように語った。敬之助は自分の父である、治正を脅し、犯罪のもみ消しを行わせたという。であれば、治正は被害者の一人である。
「息子は、敬之助は、その……死刑なのでしょうか?」
「5人の人間が殺されています。敬之助さん、そして、彼と共に暴行し、殺人を行ったであろう容疑者全員罪を償うことになるでしょう。それ以上は言えません」
「……敬之助と面会することは可能でしょうか」
「……申し訳ありませんが、こちらで身柄を拘束してからはもう会うことは叶わないと思います」
「……その、手紙を渡していただくことは可能ですか?」
「手紙……ですか?」
「敬之助が重い罪を犯したのはわかっています。しかし、それでもやはり私は父のようです……。それも叶いませんか?」
「……わかりました」
◆
「さてうちも行くっスかね」
空は『黒葬』本部から出て、外にでていた。片耳にイヤホンを付け、電源を入れる。これは執行部が指令部のオペレーターの指示を受けるためのものである。小型マイクはパーカーの首元につけている。
彼女は、能力の特性上、動きやすい服装がのぞましいということで、スーツを着るという制約がない。
『こちら指令部。オペレーター、時雨沢カレンよ』
「おっ! カレンちゃんじゃないっスか! 久しぶりっスね!!」
『げっ、狐崎!』
「『げっ』ってなんスか?! それに狐崎じゃなくて『空』でいいッス」
『い、嫌よっ!』
「何照れてんスか? ほんと、かわいーッスね、カレンちゃんはー」
『はぁ?! もういいから! 私語なし! 禁止!』
時雨沢カレン。彼女は空が18歳であるのに対し、16歳と年長者多めの『黒葬』では珍しい人間である。空としては仲良くしたいのだが、いつもあしらわれてしまう。
『……てか、わかってるのよね? 今日の仕事内容』
「わかってるっスよ」
仕事内容。
――白金敬之助の殺害。
今日は道具が入ったワニを模したリュックを背負っている。
『……ならいいのよ』
「……」
空にとって人を殺すということは初めてではない。
しかし、慣れることはないだろう。
「なんスか? 心配してくれてんスか?!」
『ッーー!! あーもう! 調子狂うわね! ……えっ、あっすいません』
唐突にカレンが謝罪する。これは空に向けてのものではない。
「どうしたんスか?」
『アンタのせいで怒られたじゃない』
謝罪は指令部の職員へ向けられたものだったようだ。
「カレンちゃん、落ち着きがないんスよ」
『……アンタにだけは言われたくないわ。今、地図転送したから、それみて頂戴』
空はスマホを確認し、地図を見る。
「見たッス」
『そこが目的地、すなわち白金敬之助の家よ』
「家にかちこむ感じなんスか?」
『そうなるわ。入り口は電子錠だからこっちで開ける』
時雨沢カレンは16だが、能力は他の指令部職員と遜色ない。彼女は飛び級でアメリカの名門大学を卒業した帰国子女の天才だ。空はカレンと何度か仕事をしたが、その指示能力に疑問を持ったことは一度たりともない。
「了解ッス」
空はカレンの提示する最短ルート、そして、人目に付きにくいルートで敬之助の家を訪れた。空の能力は平たく言えば速く走ること。本気をだせばソニックブームによって物を破壊し、人を殺傷することもできる。
つまり手を抜けば、車に近いような速度で入ることも可能である。無論、走れば距離に応じて疲れることには変わりない。
彼女は人目につかないところでは、能力を使って走り、現場へ向かった。
「着いたッス」
『えぇ。スマホのGPSでしっかり捕捉してるわよ、近くで「黒子」も待機してる』
『黒子』というのは『黒葬』の抱える事後処理部隊だ。
敬之助の住む家というのは、かなり大きい一軒家であった。
『開けたわ、金持ちってのは何持ってるか、わかんないんだから一応気をつけないよ』
「わかってるっスよ」
『寝室は一階、間取りもうみてるわよね? 入ったら、ダッシュよ』
バッグを開け、中の物に手を掛ける。
ガチャリ音がし、扉が開いた。
ドアノブに手をかけ、静かに開け、能力を発動し、走る。
空の能力は一定の速度を超えると、『UE』が発生し、彼女の体を包み込む。いわゆるバリアのようなものだ。これによって、自身が衝撃波を受けることはない。それに加え外界からの攻撃を受けることもない。そして、その『UE』は一時的に彼女の処理速度、動体視力を上昇させ、高速移動中も彼女は周りの物体を認識することも可能になる。
空は高速で移動しながら、寝室へ向かう。
「……いないッス。電気が付いてる部屋もないっスよ?」
『そんな! おかしいわ。白金源之助は4時間前に退社しているのよ』
「寄り道してるとかじゃないッスか?」
『最寄り駅で改札を出たのも確認済みよ』
「どこ行ったんすかね?」
◆
治正が手紙を書くということで、一度応接室をでてから15分ほど経過した。
「……」
燈太、紅蓮は淹れてもらったお茶を飲み、待っていた。沈黙は眠気を誘う。
「ふぁ」
燈太はあくびを漏らしてしまった。
「あっ、すみませ――」
紅蓮はテーブルに突っ伏していた。
「えっ、紅蓮さ……」
眠気が燈太を襲う。視界がぼやける。
これはおかしい。
もしかして、飲み物に。
燈太はそこで意識を失った。