第106話 ナイフの行く先
ソファー裏に隠れた篠崎は、ナイフを握り次の手を考えていた。
篠崎は、殺人犯として捕まったときも、白金の元で殺人を続けていた時もナイフを使っていた。なので、動く人間に対し、どうナイフを投げれば良いのかもわかっている。
ただ、あの爺はそれを撃ち落とす。
この「解」を探さねばならない。
奴の老いぼれた身体にナイフをぶっ刺す方法を。
そう、刃物を人殺しに使うことは篠崎にとって非常に楽しいことだ。なぜなら、そこには無限の疑問と課題が生まれ続け、その「解」をずっと探すことができるからだ。小動物にはない「複雑さ」が人にはあった。
当然、発砲音がした。
そして、ソファーが爆発した。
「?!」
――おもしれぇ弾、持ってやがんなぁ?!
白金治正の息子、敬之助が火薬を弄りまくった弾を持っていて、それで拷問していた時があった。多分、そういうあれだ。このソファー裏にいてはマズイ。
先ほど、同様にナイフの加速を用いて移動する。
ただ、流石にこのタイミングで無策に出れば、そこを狙い撃たれるだろう。奴もそれが狙いのはずだ。
なので、ソファーの右側にナイフを投擲、一瞬遅れて、篠崎は左から飛び出した。
ナイフはデコイ。それで隙を作るのだ。
瞬き一つの時間も空けず、鋭い発砲音。そして、デコイに使ったナイフが撃ち落とされる音が続く。
同時に、篠崎の左肩に激痛。
――なッ!
「両方撃ちゃァいいだろうがィ」
発砲音は一回に聞こえた。
両サイドをほぼ同時のタイミングで撃ってきたのだ。
――なんつぅ正確さと敏捷性、バケモンがぁ……
痛みに耐え、あちらに対してナイフを投げる。同時に3本だ。
老人は、その三本を冷静に撃ち落として対処した。
否。
対処してしまったのだ。
◆
「おい、白金さんよぉ」
「なんですか?」
「これみてて楽しいっすかぁ?」
「えぇ!」
白金治正は銃をよく好んでいた。しかし、治正は引き金を引かない。
ガラス越しに倒れ伏した青年は自身頭を撃ち抜いて死んだのだ。
「良くはないですか? ロシアンルーレット」
用いたのはリボルバータイプの拳銃であり、その装弾数は6発。
シリンダーに1発だけ弾を込め、5度空砲を引けば見逃すという条件で青年は震えながら自身の頭蓋に銃口を向けて引き金を引き続け、5発目で当たりを引いた。
「もしかしたら助かるかも、という希望を抱えて藻掻き死ぬのは非常に刺激的で良い。本当に。……まあ、5発目で必ず『当たり』を引くように仕組んでいますけどね」
挙句の果てに銃弾をも改造し、即死できないようにしているのがすこぶる趣味が悪い。
「わかんないすねぇ」
「そうですか……」
「ナイフが一番だぜぇ、やっぱぁ」
「……まぁ、銃も見ておくと良いですよ。リボルバーに限っては警察も持っているわけですし。私に何かあればあなたは追われる身ですからね」
「へーい」
その後、興味はなかったが、白金のコレクションのリボルバーを含む銃を一通りみた。
◆
白金の家で見たリボルバー、目の間にいるガンマンジジイの持つ銃はそれにそっくりだ。
――サンキュー! 白金さんよぉ! あんたの人殺し趣味がとうとう人を生かしたぜぇ!! ま、あの爺さんの大地獄行きは変わんねぇだろうけどなっ!
確か、あのリボルバーの装弾数は6発だった。
篠崎がソファーに隠れた際にリロードをして、全弾あったとしても、
ソファーに対して撃った爆発弾を1発。
ソファーから出た篠崎とナイフに対し、計2発。
ナイフを撃ち落とした3発。
これで、計6発。
奴のリボルバーには、これから再装填がいる。
今が狙い時。
「くたばれやぁ!!!」
ナイフを1本放った。
しかし、老人は、その外見から想像できないような身のこなしを見せた。
上体を大きく反らし、ナイフを避けたのだ。それだけではない。上体を後方に反らす勢いで、シリンダーに残った薬莢を背後に振り捨てた。
銃が身体に隠れ、篠崎からは見えないが恐らく今は装填中。まだ隙はある胴体狙ってナイフを2本投げる。そして、
「なんだそりゃぁ!」
思わず声が出た。
なんと、老人は上体を後方に反らしたまま、腰あたりから銃のみをこちらに向け、
――撃った。
老人はこちらを見ていない。そんなもの当たるわけないと思いつつ、篠崎は握ったナイフを加速させていた。
右方へぶっ飛び、前転して受け身を取る。
投げたナイフは2本とも落ちており、先ほどまで篠崎がいた場所の後ろには弾痕が。
――リロードも早ぇし、見ねぇでも当たんのぉ?!
「よゥ、避けんなァ」
老人はそう言いながら、上体を起こした。
「……俺とサーカス団入ろうぜぇ、儲かるからよぉ」
「やーだよォ。俺にゃァ、年金があるかんなァ」
老人はすぐに銃を構えた。
ナイフの加速に引っ張ってもらう形で、篠崎は広間を駆ける。
篠崎を捉えるべく、ジジイも銃を撃つ。うまく遮蔽物を利用し、走り回った。
――肩の出血がひでぇな……。投げるのもしんどいし、詰めっかぁ!
再びリロードが必要なタイミングを見て、篠崎は決死の覚悟で距離を詰めた。
ナイフ一本を握りしめ、前方へ加速する。
篠崎が刃物に感じた魅力は、その鋭さである。
今は、このナイフと共に自身が一本の「凶器」となり、このジジイを穿つ。
深く潜り、抉る。
詰め切れば、こっちのものだ。近距離であれば、銃よりも刃物の方が避け辛い。
老人は銃を地面に向けた。
――あ?
直後、地面が爆発した。先ほどの爆発弾である。
「そいつぁよぉ」
篠崎は、既にナイフの加速を使い、上に逃げていた。
「もうみたぜぇ!」
そして、今のでまたも6発目。
あちらには、リロードが必要。ナイフを投げれば、再びアクロバティックな回避をされるかもしれない。しかし、このまま思い切り距離を詰め、直にぶっ刺しに行けば問題ない。リロードする暇など与えない。
篠崎はナイフを加速させ、上空から老人向かって急降下した。
煙が立ち、老人の下半身が若干見えないが、顔や銃は見えている。
リロードはしていない。
――殺ったッ!
その時、あろうことか、老人は銃を下げた。
「あ?」
諦めたのか。そう篠崎が思った次の瞬間。
「げぇっ」
胸部に激痛が走った。
それによって、ナイフを加速させる魔力のコントロールに失敗し老人の一歩手前で、地面に倒れこんだ。
「がはっ」
――撃たれたのかぁ? そんなバカな、弾はねぇはずだし、銃はこっちを向いていなか……
吐血しながら、自身の胸に目を向けると、そこに刺さっていたものは、己のナイフだった。
「なん……でぇ」
わからない。
「……おめェ、投げたナイフ使われることをよォ、考えねェのかァ?」
爆発弾が放たれた時、篠崎は空中にいたことで、煙によって地面がどうなっているか把握できていなかった。老人の下半身も同じくみえていない。
そうか。
「蹴り……上げたのかぁ……」
老人は爆発によって、浮いたナイフを蹴り上げたのだ。そのための爆発弾。
篠崎はあの時、老人の銃ばかりを見て、何も気づかなかったのだ。そして、自身のナイフに対しては全くと言っていいほど警戒していなかった。
失血によって、薄れていく意識の中。
――待て。
一つの疑問が浮かんだ。
なぜ、この男は6発目に爆発弾を装填していた。リロードしたのは、篠崎が詰める前。つまり、
――読んでやがった……
全てを。
篠崎が距離を詰めようと考えることも。全てこの老人の手のひらの上だったのだ。
「けひっ……」
篠崎は血を吐き、笑う。
「じゃァな」
老人は素早くリロードして、銃口を篠崎に向けた。
――なんでも思いどおりにさせっかよ、クソ爺。
篠崎は全魔力と全余力を込め、ナイフを加速させた。
「――あァ?」
血が噴き出す。
篠崎のナイフは、篠崎自身を大きく切り裂いた。
「へへっ」
死の間際。篠崎はここで最後の「解」を得た。
――自分を切るってこんな感じかぁ……
篠崎は、
――悪くねぇやぁ。
歪な笑みを浮かべ、血だまりに倒れた。
――ねぇ、お母さん。じゃあ、この包丁で『ボク』を切ったらどうなるの?
p.s 評価ありがとうございます!