第98話 確信犯(誤)
「――魔術は人殺しの道具だ」
「あ?」
『皆既食』で玄間を閉じ込めるなり、男はそんなことをほざいた。
「魔術を極めて悟ったが、この技術の本質は人を傷付け、殺めることにある。救済なんてもってのほかだ。魔術が、魔術団が世界を手に入れた先に楽園はない……」
そう男は続ける。
「……じゃあ、てめぇは何のために儀式なんてしてんだ」
「……俺への慰めだ」
男はさらりとそんなことを言い放った。
「俺は魔術で殺し合いをしている時が一番、生を実感する。そして、そこに生きる意味を感じる。……だが、もうこの世に俺より強い魔術師はいない。それほどまでに極めた」
男は少し自嘲気味にそう言った。
「だから、この世にこだわるのはやめにした。俺は稀代の天才と謳われたゼフィラルテ・サンバースを蘇らせ、奴と魔術で殺し合いたい。……ただ、それだけだ」
「……ま、強いってのは観察りゃわかる」
「お前にはないか? 強者の孤独が」
「ねぇな。俺はただの『黒葬』の駒だ。優劣はあれど、駒に変わりはねぇ。そういう意味じゃ、俺の周りにゃ同類だらけ。孤独とは無縁だ」
「……そうか」
「だが、共感できるところはある」
男は、玄間をじっと見つめた。
「俺もこの世で自分が一番強いと思ってる」
男は口角をあげた。
「……ゼフィラルテの前に、良いウォームアップになりそうだ。殺してやる」
男は、鋭く殺気を放った。
「おしゃべりはもう十分か?」
「あぁ。『同類』かと思ったが、どうやら違うようで残念だ。まぁ、仲良くなる気はないがな」
言う通り、玄間とこの男は「同類」ではない。
男はこの会話の中で玄間の「それ」を感じ取ったのだろう。
玄間とこの男には、「強い」という自負がある。そして、それに見合う実力がある。そこは同じだ。
だが、この男と違い玄間はその強さに悦は見出さない。
玄間は肩を回し、そして己の拳同士を打ち付けた。
「――『黒葬』執行部対人課長、玄間 天海」
故に。
玄間は無機的に、この男を自身の有する圧倒的強さで、ただただねじ伏せる。
「お前を『処理』する」
玄間が駆け抜け、急速に間合いを詰めた。
「速いな」
そして、玄間は男の腹部を拳でぶち抜いた。
「――『孤独ゆえに巨する威』」
背中越しに男の声がする。
もちろん、今ので終わったとは少しも思っていない。
確実に腹をぶち抜いた感覚があった。つまり、瞬間移動したというわけではなさそうだ。
――分身、といったところか。
振り返ると男は数十人に増えていた。
「けっ、質より数だぜ?」
「そうか?」
貫いた分身が急に膨張し、
「『爆ぜる魔の雫』」
爆ぜた。
「チッ……!」
威力はなかなか。玄間でなければ即死だった。
「……これで軽傷か。随分固いな」
男は玄間を見て、平然とそうつぶやいた。
「……魔術師は一度に魔術を一つしか使えねぇって聞いたんだが?」
支部で戦った魔術師の中にもそんなことができる者はだれ一人としていなかった。
「『俺以外の』という部分が抜けているな。地獄で訂正しておいてくれ」
「――ま、二つ使えようがなんてこたねぇけどな」
玄間は駆けた。
1秒で分身5体を殴り殺す。全て爆発したが、先ほどのような直撃はない。確かに面倒だが、このペースなら問題なくこの男を仕留められる。恐らく分身を増やすペースよりも玄間の動きの方が速い。
もちろん、可能ならば本体を叩きたいところだ。
しかし、この男、全く本体の所在を掴ませない。
恐らく、分身が増えるのも本体からだけとは限らないようだ。それだけでなく男の動きには、動揺などの乱れが一切なく、どこに本体がいるのか見当すら付かない。その技術、精神的余裕に関して恐るべきものだ。
やはり、最速で分身を殺すことに絞り、分身を増やすペースを追い越す方が正解。
分身が次々に爆発し、煙が立つ。
白い煙が立ち込める。
分身を殺し28体目に差し掛かる頃。
玄間は、あることに気づき一度足を止めた。
煙がやけに濃く、消えない。
「……おいおい」
「言い忘れた」
玄間を白い煙が包みこんだ。
「俺が同時に使える魔術は3つだ」
――こりゃ、他の魔術師が相手にならねぇわけだ。
「『覆い隠す白煙』」
玄間の視界は既に白で塗りつぶされていた。
こうなると、分身体を殺す効率は大幅に低下。爆発も先ほどまでのように全てを躱すのは、ほぼ不可能。
何か策を練らねばならない。さもなくば、ここからは男の魔力が尽きるか、玄間が爆発の威力で削られ死ぬかというダメージレースになる。
――泥沼。
前回の97話とこの回はかねてより書きたかった回です。色々仕込んできた甲斐がありました。
サブタイの(正)と(誤)については意味が伝われば幸いです。
ヒントは「確信犯」という言葉の意味を検索していただければ……