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守る戦い

 ごとごと揺れる馬車の中、ヴェグネスはバックパックを椅子代わりにして腰掛けていた。パッシブ効果のショックアブソーバーのお陰で揺れる馬車も快適だった。


「マジで母さんに足向けて寝れん」

「どうした青年?今頃母親の偉大さに気付いたのか?まああんたくらいの年の男とくれば母親は鬱陶しいものだったかもしれんが、案外離れてみると母の優しさが身にしみるだろう?」

「いや、そうではなく・・・いや、ないこともないか。色々持たせてくれて、最初は過保護なものだと思ったが、俺が未熟で無知だったんだよなぁ」


ヴェグネスは朝から森の家を出発し、昼前に森を縦断する道へと出た。それから北へ向かいつつ、馬車が通るのを待とうと思っていたが・・・


「兄ちゃん、こっち南だぜ?」


 初っ端から間違えていた。この森で暮らしている間、北や南といった方角ではなく、年輪や群生している野草で現在地を捉えていた為の失敗だったが、少し考えれば分かる事でもある。16にもなって恥ずかしい失敗だ。なお方角など気にしたことも無かった前世は考えないものとする。

 南へと向かっていた馬車の御者に別れを告げ、暫く後にやってきた北行きの馬車に乗せてもらい、今に至る。旅をするなら磁針が要る。馬車に乗ると尻が痛む。ヴェグネスは自分の無知を恥じていた。


「ところで、北のスタンピードはどんな具合なんだ?腕に覚えはあるが、手遅れの場所に行きたくは無い。一応、負けることは無いと聞いているが・・・」

「そうさな、ようやっと敵の全体像が見えて来て、これから攻勢に移る・・・といったところかね。聖女様の未来視と斥候部隊の情報がかみ合って、今包囲殲滅の準備中ってところさ」

「おや、となると俺は出遅れたか?」


無知を恥じ、反省とするなら、今考えるべきは目的地、ブラッカートの情報を得ることだ。そして聞いてみたらどうやら若干出遅れらしい。


「まあこれから一番おいしいところだからな。そこに今来たばかりの人間が入るのは無理だろう。逆に言うと、あんまりおいしくない仕事はあるってことだ。出遅れではあるが、手遅れではあるまいよ」


御者の男はそう言って快活に笑う。なる程、確かに。とりあえず仕事にあぶれさえしなければ後はどうとでもなる。スタンピードから逸れた残党狩りや、復興作業なんかもあるだろう。ヴェグネスは好機を逃したことを残念に思いつつも、状況はそう悪いものでもないと考えた。


「さて、お前さん。ここからだよ」

「ああ、言ったろ?腕には覚えがあるんだ」


 ここから、が指す場所は、森を抜ける場所のことだ。御者曰くこの森は妖精の森と呼ばれ、南北に縦断した道から外れ、森の中に入ると帰って来れなくなるらしい。その代わり、この道を通っている限りは魔物、魔獣、盗賊に至るあらゆる害悪が襲ってこないという。

 無論、ヒナタがやっていることだ。ヒナタは縄張りとして定めたこの森の中に魔物や魔獣の存在を許さない。現れたら即刻殺しに行く。そして、盗賊は隠れ潜むために森の中へと入らざるを得ない。そんなことをすればヒナタは彼らを殺しに行く。皆殺しだ。

 結果この「妖精の森」は通るだけなら安全な道として知られているらしい。


そして、今、この妖精の森を抜ける。

ここからは魔物も魔獣も現れるし、盗賊が隠れ潜んでいる可能性もある。


ヴェグネスは初めて森を抜ける感慨を押さえ、神経を澄ませる。五感を研ぐ。殺気や殺意を肌で感じ、そして・・・


「前方にクラッシュウルフだ!!」

「うっわ最悪だ!!」


 狼型の小型の魔物、クラッシュウルフ。厄介なのは爪から放たれるインパクトの魔法。これを受けては普通の馬車は簡単に破壊される。まさしく一番出会いたくなかった魔物だ。


「通り抜けるのは厳しい、止めるか突き破るか決めてくれ!!」

「止める!!」


 御者が鞭を振るえば馬車はすぐさま減速した。すでにヴェグネスは鎧を着ており、いつでも戦える状態だ。

 やがて停止を待たずヴェグネスは飛び降り、その直後馬車は急転回し、停止した。

 ヴェグネスは腕の霊剣に魔力を込めて武器を生成。現れたのは真珠のような光沢のある白い剣。刃渡り1.10mの長剣だった。


「とはいえ、流石にこの数を一切後ろ通さないのは難しいな」


出し惜しむ理由も無い。即座に右腕を突き出し、詠唱する。


「キープイグニッション、アドコンプレッション。トリガーシュート!!」


6詞3節からなる複合魔法、通称ファイアボール。炎を生み出すイグニッションを空属性魔法のコンプレッションで圧縮。無属性魔法のシュートで打ち出す。やがて着弾と同時に圧縮されていた火炎がばら撒かれるという魔法だ。


弾速はさほど速くは無い、だが効果範囲と炎をばら撒くという効果を考えあえて直撃を狙わずクラッシュウルフとヴェグネスの間に落とす。

しかし、


「体当たりだと?」


 一匹のクラッシュウルフが蹴り足にインパクトを使い加速。そして、飛んできたファイアボールをインパクトで相殺した。当然完全に殺しきれるものでもなく、そのクラッシュウルフは吹き飛び魔石となった。しかし


「足止めの炎だったんだが」


 完全にその役目は果たせていない。炎は本来の効果範囲より広く、薄くばら撒かれている。この程度の炎では牽制にもならない。


「キープイグニッション。トリガーシュート」


 4詞2節通称ファイアバレット。消費魔力と発動の早さが優秀で人気の魔法だ。弾速は先ほどよりも速い。

残る数は10匹。インパクトの魔法は自分の装備を考えると脅威ではないため、自分の生存は固い。


「一匹も通さないってのがなあ!!」


やがて、戦闘域は剣の間合いへと移る。先頭3匹だ。

ヴェグネスは長剣を横一線へと振るう。クラッシュウルフは斬ったのが1匹、飛び越えたのが1匹、止まって避けたのが2匹。

飛び越えたほうを優先しなければならない。たとえ止まった2匹がすでに飛び掛りに移っていてもだ。


ヴェグネスは剣を手放す。魔力供給が途絶えたクリエイトソードは消失。

同時に、込められていた魔法が発動する。

(トリガーブレイクアドバンス)

 ブレイクアドバンスは基本的に武器に込められる付与魔法で、武器が大きく破損したとき、魔力を暴発させるものだ。一般的にアドガースト等の2詞1節を追加する事によって、風による衝撃で予備の武器を取り出す隙を生み出すものだ。

 これは分類上付与魔法であり、属性魔法では無い。原典詠唱という魔石を介して発動させる魔法で使うと暫く使えなくなる、詠唱が長い、消費魔力が多いと言うデメリットと、魔力操作さえあれば出来て、魔石に保存しておけば一度だけ無詠唱で発動できると言うメリットがある。

 

 今回ブレイクアドバンスを付与したのはクリエイトソード。それそのものが魔力と魔素の塊だ。ブレイクアドバンス単体で十分に隙が出せる、そう狙った。


 背後から魔力暴発を受けつつ、飛び越えていったクラッシュウルフの尻尾を掴む。引き倒して霊剣から短剣を生成、首を刺す。即座に手を離して身構える。・・・衝撃2発。


防御こそ出来なかったが、受身は完璧。防具の性能のお陰で精々いいパンチを貰った程度。普通なら骨が折れている。


「・・・やりづらいな」


たった1匹仕留めるために2発貰うなど、剣闘士の時代では考えられない。これが護る戦い。


「やはり、母は偉大だったよ」


 ・・・ヴェグネスを背に庇いつつ、グリムハンターイーグルと戦う母の背中を思い出す。

 敵は空を飛び、巨大な体躯を持ち、風や氷の魔法を使う敵に対して、母は・・・


『3匹程度で何をしにきたのかしら?ねえ』


残酷なほど完璧に勝利して見せた。ヴェグネスは氷の冷気すら感じることなく、決着した。


 それに対して、今ヴェグネスが相対する敵の小ささよ。

 敵は地面を駆け、体躯に恵まれているわけでもなく、魔法は爪との接触でしか発動しない。


「情けないことこの上ないなぁ・・・!!」


 クラッシュウルフはヴェグネスを取り囲むのが5匹、残りの3匹がヴェグネスを避け、回り込んで後ろの馬車を襲うつもりらしい。


「させるわけねえじゃねえか。キープ。トリガーシュート!!」


 クリエイトソードにキープの形態詞を入れ、シュートにより射出。ヴェグネスはソードバレットと呼んでいる。

本来のクリエイトソードは魔力消費が激しいものだが、霊剣はそれを軽減する。結果ファイアバレットよりも燃費や発動速度が良くなる。


「俺が無手で戦えないと思うなよ!!」


 霊剣で出せるクリエイトソードは1本のみ。飛ばしている間は無手になる。好機と読んで飛び掛ってきたクラッシュウルフの前足を掴んでもう一匹の前に放り出す。爪はクラッシュウルフの胴体に当たり、一匹撃破。飛ばしたクリエイトソードで回り込もうとしていた右側の1匹を撃破。次は左の2匹だ。

邪魔な位地から飛び掛ってきたクラッシュウルフの顎をつま先で蹴り上げ、踵落としで叩き伏せる。ブーツ裏地の衝撃吸収で蹴り威力は無いも同然だが、地面に叩きつけられればそれなりの威力になる。


「ブラスト!!」


1詞1節の最弱魔法。手から突風が出るだけ。しかし、それでも顔に風を浴びた2匹のクラッシュウルフは一瞬怯む。一瞬あれば動き出せる。


「キープイグニッション。トリガーシュート!!」


馬車に近いほうのクラッシュウルフをファイアバレットで打ち抜き、クリエイトソードで長剣を生成して後ろの狼を斬り飛ばす。


「申し訳ない。押し込まれかけました」

「いや、間に合ってくれてよかった」


あと、2秒遅ければ、御者の人と馬は死んでいた。まあ、あくまで御者の人が無手だったらの場合だが。


「頼むぜ青年。このスクロールを使うと俺の給料が半年間半分になるんだ」


ある意味当然の話、魔物が出るかもしれないところに何の自衛手段も無く突っ込む商人などいない。しかし、この御者の人は運悪く森に入る前に規定数の限界までスクロールを使っており、これ以上使うと減給対象になるらしい。故に、彼はヴェグネスを無料で乗せていたのだ。


 ヴェグネスにとってもこれはこれで助かる話だった。あくまで御者は自衛手段を使いたくないだけでちゃんと持っている。もしヴェグネスが1匹程度後ろに通してしまっても、彼はちゃんと身を護ることができる。そうなれば流石に無賃乗車とはいかないが。


「よし、あと4匹。どうって事無いな」


 ヴェグネスは自ら前に出て剣を構える。どうやらクラッシュウルフはまずヴェグネスを仕留める事にしたらしい。


 無論悪手。愚かの極み。


 同時に飛び掛ってきた4匹。否、飛び掛ろうとした時点で1匹頭を割られている。空中にいる間に一閃。2匹の首が落ちた。最後の1匹の飛び掛りをかわして、終わりである。


「おしまいっと」


(作品は)続きます

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