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旅装と旅程

 ヴェグネスは自身の旅装と防具の作成を母、ヒナタに依頼した。倉庫で見つけた余計な装飾を排したバックパックを見せ。「こんな感じのシンプルで無骨なデザインが良い」と、若干キレ気味に訴えた。


ヒナタは「死んでも嫌だ」と答え、第5回親子喧嘩が勃発した。




「はぁ、仕方ない。分かりました。余計な装飾なしで、機能的かつタフな旅装と動きを阻害しない軽鎧。いいでしょう。やってあげます」

「や、やったぜ、完全勝利・・・!!遂に俺は勝利条件を完全に満たした・・・!!」

「・・・死に体で何言ってるの?」


 正直、ヴェグネスは戦慄していた。先ほど倉庫から引っ張り出してきた霊剣を使い、今まで隠してきた属性魔法を出し惜しみ無く使っても、ヒナタの防御を崩すことは出来ず、またしても数時間に及ぶ剣戟を繰り広げることになった。


「・・・母さん、なんでアレ避けれんの?」

「前の持ち主と同じことをしているもの。なんというか、そう言う使い方があると分かっていれば別に脅威でもないというか」

「・・・ありえねえ」


 結果、殆ど粘り勝ちという形でヒナタが折れ、ヴェグネスが勝利した。ということになる。




 それから5日後、旅に必要な道具、消耗品を揃え、遂に旅装と防具も完成した。ヴェグネスは家の庭先でヒナタの作った軽鎧を試着していた。


「ヴェグネスは属性魔法と魔力操作が使えるから、基本的に物理防御優先。旅装に耐刃性能、ブレストプレートに耐衝撃性能。コートは耐水通気性能。ブーツは裏地に衝撃吸収、表皮に雪、泥、砂を無視できる悪路耐性、だけど氷で滑るのは対策できてないから。グローブは滑り止め加工して防水通気性能。手甲は右手に霊剣の腕輪をつけるからデザインを統一しつつ耐衝撃性能。

久しぶりにガッチガチの実用品。文句を言ったら裸で外に放り出すから」


 たしかに、性能は良い。デザインも宣言どおり余計な装飾を排した性能だ。

 が、コートについた腰を絞る帯とか、ブーツの紐とか、ブレストプレートの薔薇の意匠とか・・・なんとなく気品がある。女っぽいとまではいかないが、これではヴェグネスに似合いすぎてしまう。


 女顔で細身のヴェグネスに似合うということはつまりそう言うことだ


 久しぶりに母の本気を見てヴェグネスは戦慄していた。着心地、使用感、どれも完璧だ。新品ゆえの違和感も旅の間に馴染むだろと感じ、文句の付け所が自分に似合ってしまうことしかない。

 そんなところに文句を言ったらほんとに裸で放り出されても文句は言えないだろう。


「・・・完璧ですよ、母さん。ええ、母さんの本気に今俺は震えています」


 リクエストした際の無骨なデザインというのは完全に無視されていた。しかし、シンプルという点は完璧に当てはまっている。

 ひとまず、ブレストプレートや手甲、足甲を外し、身軽になる。

 準備はこれで整い、今日明日にでも出発は可能になった。

 いよいよだ。ヴェグネスはこれまで育った家を見上げた。

 前世、剣闘士だった頃には自分の家など無かった。腕を上げ名を馳せた頃に小さな一人部屋を与えられたが、今生では3つも与えられた、食事も温かい料理が食べられた、ふかふかのベッドで眠れた。

 全て、母であるヒナタのお陰だ。

 ヒナタに対して疑問は山のようにある。そもそも魔物が喋る時点で前代未聞、空前絶後。そんなヒナタが子供を態々育てた理由。育てることが出来た理由。分からないことばかりだが、分かっていることが一つある。


「母さん」

「ん?」

「育ててくれて、ありがとうございました。今まで、お世話になりました」

「ふふ、判ってませんね、ヴェグネス。子育てに終わりなんてありません。いつでも帰っておいで、勿論、常識を考えてね」


 ヴェグネスはヒナタの息子であり、ヒナタはヴェグネスの母親だ。これだけハッキリしていれば、後のことは瑣末ごとだ。ヴェグネスは本気でそう思っていた。




 新装備の試着を終え、家の中に入ったヴェグネスとヒナタは明日の出立への計画の見直しをすることにした。


「さて、独り立ちして人の町に向かうに当たって、何処に行くかだけど、どうする?平和なところか、危険なところ。危険なところなら今のヴェグネスなら仕事に困ることも無いでしょう」


 そう言ってヒナタはテーブルの上に地図を置く。森を中心に描かれたもので、恐らくヒナタの自筆だと思われる地図だ。森の中には一本の大きな道が引かれており、この家は道に対して東側にある。


「今この道の北にある街はスタンピードの侵攻を受けて防戦中。今で2週間目になります。負けはしないでしょうが、防衛設備や消耗品が少なくなって街全体が緊張状態。対して南側の町は援軍や物資を送り続けているせいで物価上昇気味、それ以外はおよそ平和。町の荒くれ者の冒険者や傭兵が軒並み北に行っていますから」

「・・・北に行きます」

「言っておきますが、万一その街が墜ちて魔物がこの森に押し寄せて来ても、私なら一匹残らず皆殺しに出来ますよ」

「それでもですよ。森に入った魔物を討伐するために人間が入ってくるかもしれないし、森に火をつけるかもしれない。だったら、俺は北に行きます」


 スタンピード、というものを実際に見たことが無いヴェグネスはあくまで家の書物に書いてあった内容から起きていることを想像する。恐らく、北の街ブラッカートは更に北にある荒野の魔物に襲われているのだろう。荒野の魔物・・・ファイトスコーピオンとかだろうか?やはり、闘技場で人生が完結した前世と森の中から出たことがない今生では知識が足りなくていけない。ヴェグネスは街で一息ついたら魔物に関する知識を身に着けるもありだと感じつつ、北に行く理由を想起する。


 ヴェグネスの目的は女奴隷を買うことだ。それも、ヒナタの美観に適う者。

 恐らくだが、北に荒くれ者が集まっているなら、そこに需要が生まれるはずだ。性奴隷の需要が。

 勿論、奴隷に関する知識は殆ど無い。前世ではそもそも自分自身がその立場であり、男の奴隷は剣闘士になり女の奴隷は性奴隷になるのが定番だと聞いたことがある程度だ。

だが、別にヴェグネスは効率や合理性を突き詰めるつもりも無い。居ないなら居ないで別の手段をじっくり考えるつもりだった。


「・・・なら、明日の正午ほどに、街道を南から北へ移動する商人の馬車に乗せて貰いなさい。いつもその時間に通っている馬車があるから」

「馬車か、金要るかな?」

「適当に銀貨7枚ほど渡しておけばいいでしょう。あなた、身なりだけはいいから多少羽振りの良い所を見せておくのが人生のコツよ」


 視線を今自分が着ている服に移す。絹の光沢と竜皮並みの強靭性を兼ね備えたアラクネの蜘蛛糸で織られた服だ。これは、金持ってると思われて当然だ。


「とりあえず、現金はさほど無いから。素材としてこれらを換金しなさい」


 並べられたのはハンターホークにハイドウルフの魔石、魔獣化した鹿の角・・・


「これ、俺が狩ったヤツの素材か?」

「金になるついでにあなたの実力を示すことも出来るから、まさしく一石二鳥でしょう」

「頭いいな母さん」


 昔ヴェグネスが狩った魔物の魔石や魔獣の角や牙。これらは素材として取引できる上、鑑定魔法を使えば俺が手に入れた素材だということも判る。これらはバックパックとは別のポーチに入れることにした。量は入らないがウェイトリダクションによる軽量化のパッシブ効果がついており、重くなる魔石や硬貨を入れるにはぴったりの代物だった。ついでに、外側にポーションを入れるためのホルダーも付いていて、ポーションが5つ取り付けられていた。


「流石にこれは過保護では?」

「独り立ちを見送る母親なんてみんな過保護よ。甘んじて受け入れなさい」


 事実、過保護といえば用意してもらった全ての品が高性能すぎて過保護以外の何物でもないところまで来ている。今更ポーション5本で変わるものでもないだろう。


「ああ、ありがとう母さん」



 そして、この家で過ごす最後の夜をすごし、明日俺は旅に出る。

 その日の夕食は何時にもまして豪勢・・・ということも無く、割と普段道理の夕食だった。

 ・・・そうだな、豪勢な食事は、俺が帰ってきたらやろう。量と質をそろえて、盛大に。2つ目の親孝行だ。


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