森を出るということ
ピンと張り詰めた空気が部屋を圧迫する。
相対しているのは銀髪の青年と金髪のアラクネ。先ほどの親子喧嘩はひとまず収束し、青年ヴェグネスは抱いた決意を母であるアラクネに打ち明けた。
この重い沈黙はそのせいだ、決して、母は給仕服を焼かれたせいで拗ねているのではない。大体その件を引きずるつもりならこっちにだって考えがある。と、ヴェグネスは徐々に本題から思考がずれ始めた。そこでようやく、ヴェグネスの母であるアラクネ「ヒナタ」が口を開いた。
「・・・ま、いずれこの日が来ることは分かってました。この際、私が寂しくなるとか、生きる理由がなくなっちゃうとか、せめて力作のドレスを着て欲しいとか、そういう私の話は置いておきましょう」
「そうですね。ひとまず俺が独り立ちするという話題にはあまり関係ありませんから。まずは俺の話に焦点を当てるべきでしょう。それにしても、先制パンチで交渉を有利にする技術流石ですね」
「・・・昔は先制パンチで決着していたのに、可愛げが無くなりました」
「俺も我を通すと言うことを覚えましたから」
自然と二人の視線は一着の服だった燃えカスに移る。ヴェグネスにとってはまさしく初の戦果であり、ヒナタにとってはある意味で息子の成長の証だった。
「・・・魔法、使えるようになったのね」
「はい、ひとまずは四属性と物理が」
ヴェグネスの所有スキルには属性魔法があった。しかし、魔法はスキルがあればすぐに使えると言うものでもない。ヴェグネスは10数年かけてようやく魔法を発動できたのだった。
「それを親に一切明かさず、親子喧嘩の切り札にするあたり育て方を間違えたと思います」
「間違えてますよ、間違いなく」
息子に女装させようとする教育が間違いでなくなんなのか。ふと、そういえば願掛けとして子供が7つを超えるまで男子は女装、女子は男装する村があったなと、どうでもいいことをヴェグネスは思い出していた。
勿論言ったりしない。
「・・・まあ、いいわ。反抗期は子育てにおいて重要なものだしね。読み書きは教えたし、算数も出来る。戦う力は私並。これから魔法の腕が伸びることを考えれば、十分やっていけるでしょう」
「反対しないんですか?」
「したらここに残ってくれますか?」
ヒナタは首を傾げて試すように聞いてくるが、今自分が泣く寸前見たいな顔をしていることに気付いているのだろうか。
ヒナタの境遇を考えれば、ヴェグネスの決断は非情に見えるかもしれない。いや、ヴェグネス自身が一番そう感じている。
二人はずっと森で暮らしてきた。アラクネであるヒナタに森の外で居場所得ることは不可能だ。ヴェグネスが森をでるということは、ヒナタをずっと一人にするということ。非情としか言いようが無い。でも
「それは無い。俺は森をでるよ」
親孝行を抜きにしても、ヴェグネス自身が外の世界を見たいと思っている。
そして、そのための手段をヒナタが教えてくれた。
ヴェグネスは最初から剣の扱い方を知っていたが、ヒナタが稽古のための木剣を作ってくれなければ知っているだけで終わっていた。事実、素人丸出しだった頃のヒナタにこっぴどくやられた。正々堂々と正面からしか戦ったことが無いヴェグネスにとって、罠とは予想だにしない衝撃だったのだ。
ヴェグネスは最初から言葉を知っていたが、ヒナタが文字を教えてくれなければ本など読めなかった。本を読まなければ、そもそも外の世界など知りもしなかったのに。それに、外に出す気が無いなら魔法など必要ない。俺に魔法を教える気が無いなら、この家に魔法辞典などあるはずが無い。
きっと、母は俺には俺の人生を歩むことを望んでいると、ヴェグネスはそう感じていた。
「・・・今、倉庫の扉を開けたわ。必要だと思うものを持って行きなさい」
「ありがとうございます」
ヴェグネスは椅子を引いて立ち上がり、腰を折って感謝を告げた。出発は今日明日ではないにしろ、準備は必要だ、すぐにヒナタに背を向けて倉庫に向かった。
『・・・そもそも、感謝を表すのに腰を折る動作をするなんて、俺は見せても教えても居ないんだがな』
ヒナタの呟きを拾う者は居ないし、拾ったところで分かる者はいない。
ヒナタ自身、ヴェグネスの不自然さはずっと理解して無視してきた。ただ、親離れする前に教えて欲しかったとは思うが。
『日本人では無いみたいだし、純粋な同世界転生とか?』
ヒナタ、或いは日向も大量の秘密を抱えているが故に、聞き出すことはしなかった。
ヴェグネスが住んでいる家は、ヒナタが建てた2階建ての家だ。二人で過ごすには非常に大きく、部屋はヒナタの寝室、作業部屋、作品部屋、材料部屋にヴェグネスの寝室、鍛錬部屋、勉強部屋に台所、居間、風呂場、書庫、倉庫さらに空き部屋二つと非常に部屋数が多い。ヒナタ曰く、最初は掘っ立て小屋もいいところだったとか。しかし、道具や魔法を使い熟すうちに、家という大きな作品を作りたくなったらしい。
そして、この倉庫にはヒナタ自作の道具や戦利品が収められている。
「分かってはいたけど、やっぱあるか」
そこにあるのは魔道具や魔武器といった、どう考えたって人間でしか手に入れられない道具だった。
幾ら森の中とはいえ、近くには街道が通っているような場所だ。森に入る人間が居ないわけがない。
その人間から戦利品として手に入れていたのだろう。推測の域はでないが、間違いなく殺して奪ったのがここにあるものだ。
とはいえ、ヴェグネスは聖人君子ではない。有象無象の人間が幾ら死のうと、ヒナタへの感情が代わることは無い。
「むしろ、こんな魔剣を持ってる相手に何で勝てるんだ?」
手に取ったのは長大なツヴァイヘンダー、叩き斬る剣だ。
ヴェグネスは手に取った上で特殊なスキルで「武器鑑定」を使用した
◆
烈剣
無属性 38
強度 388
魔力適応 25
*オートコンタクトアクション 『インパクト』
◆
無属性魔法インパクトを打ち合うたびに発動するとか言う反則武器だ。無論魔力を使用する以上乱発は出来ないが、38で発動できるのなら燃費も良い。接触するだけで発動するから糸で絡め取るのも難しい。
とはいえ、ヒナタの強さはヴェグネスも理解している。或いは魔剣に対抗できる武器があったのかも知れない。
ひとまず、自分にあった武器ではないため、烈剣は締まっておく。
本腰を入れて武器を探す前に、そもそも自分にあった武器とは何かヴェグネスは考える。
「自己鑑定」
◆
ヴェグネス 16.2
魔素保有量 13万4000
魔力量 827
魔力適応 8
身長 1.69m
体重 5万5800g
属性 空
スキル 『天命3』『属性魔法2』『鑑定2』『辞典2』『魔力操作1』『五感強化1』『身体強化1』
◆
・・・剣閃スキルが死ぬほど欲しかった。
スキルは後天的に得られるスキルと先天的に得るスキルがある。ヴェグネスの場合『天命』『属性魔法』が先天的に得たスキルである。この、『属性魔法』があると、剣閃スキルが後天的に得られなくなるのだ。
剣閃スキルがあれば、所謂飛ぶ斬撃が可能になる。そんなもの、剣士として憧れずにはいられない。
ヴェグネスは生まれたときから、いや、生まれる前から剣士だった。
かつての人生、すなわち前世にて彼は剣闘士として戦ってきた。
魔法やスキルを封じられ、人や魔獣と戦ってきた。頼れるのは己が肉体と剣のみ。周囲に満ちるのは死ねという歓声と殺せという声援のどちらか。観客の全てが彼に期待していた。堂々と敵に立ち向かうことを、華々しく敵に殺されることを。
やがて、彼は王自らが魔法にて呼び寄せた悪魔と相打って死んだ。その時の拍手喝采は今も覚えている。
ヴェグネスにとって尤も信頼できるのはやはり剣だった。『属性魔法』のスキルがあってもやはり剣の道を諦める理由にはならなかった。
前世では剣だけを使う道において頂点にあったと自負している。だが、今の人生では様々なものが使える。その全てを使って剣を活かす。
ヴェグネスは自身歩む道を決めた。魔法が使えるのなら、魔法を使って剣を活かそう。選ぶべき武器は、これだ。
◆
霊剣
空属性 10
強度 212
魔力適応 158
*マニュアルコントロール 「クリエイトソード」
◆
手に取ったのは剣ではなく腕輪。魔力を10流すことで『クリエイトソード』が発動する。
自身の制御によって形状や剣の強度が変化するマニュアルコントロールタイプの特殊機能。
ついでに、特殊機能を使わずとも腕輪型魔法導具として使える。魔法導具としての性能が魔力適応158。メイン武器としてはやや不満がある数字だが、サブ武器、牽制武器にはもったいない高性能だ。というか両手長杖でやっと500あるかどうか。腕輪とは思えない高性能だ。
武器は決まった。次は防具・・・防具である。
どう考えてもここにある軽鎧などより、ヒナタにオーダーメイドで作って貰ったほうが良いのが仕上がるだろう。だって彼女はアラクネ、最高級の糸素材を無限に使える。しかし
「女物のローブとか作りかねない・・・」
今着ているズボンにシャツも女物に見えなくもない。服飾には疎いが、貴族の娘が遠乗りで馬に乗るための服、といわれれば納得する。そんな代物だ。
「とはいえ、命を預ける防具に妥協はなぁ」
ヴェグネスの戦闘スタイルから考えれば防具は軽ければ軽いほど良い。町に出て、ヒナタの作る防具以上に強度と軽さを両立させたものはないだろう。
「あってもバカ高いに違いない」
ヴェグネスは一つ大きなため息を吐いた。頼むからまともな見た目の防具を作ってくれと願うことにした。
防具は母頼みとするなら最後は旅装。背嚢と野営装備を揃えておこう。
◆
耐10万gバックパック
無属性 5
強度 508
魔力適応 89
*パッシブ 『ショックアブソーバー』
◆
大きい、強い、疲れにくい。完璧な性能の背嚢だ。容量は70L近く、意匠はシンプルというか無骨。それがカッコイイ。ヒナタもこんなの作れたんだなぁ・・・。
「こんなの作れるんなら俺の服もまともなの作りやがれ!!」
シャツというよりブラウスを着た青年ヴェグネスは、キレた。




